司法権の独立とは
しほうけんのどくりつ
司法権の独立とは、裁判所が立法権・行政権から独立して自主的に活動すること(司法府の独立)と、個々の裁判官が裁判にあたって何人からも指示や命令を受けないこと(裁判官の職権の独立)をあわせた原則です。76条3項がその中核で、身分保障がこれを制度面から支えます。
学校のいじめの訴えを判定する先生が、校長や保護者会の顔色を見て結論を変えるなら、弱い立場の生徒は守られません。裁判所も同じで、多数派の意思から少数者の権利を守るという役割は、政治部門から独立していなければ果たせません。そこで憲法は、裁判所という組織が国会や内閣から独立して自分で運営されること、そして一人ひとりの裁判官が誰の指示も受けず憲法と法律にだけ従って裁くことを保障し、身分保障でそれを裏づけました。
司法権の独立は、司法府の独立と裁判官の職権の独立からなります
二つの側面のうち、司法府の独立は制度によって担保されます。「司法権独立の原則の一内容として,司法権が立法権及び行政権から独立して自主的に活動することがあるが,これを担保するものとして,例えば,憲法第77条の最高裁判所の規則制定権や,憲法第80条の最高裁判所による下級裁判所裁判官の指名権が定められている」という肢は正しいです。明治憲法下では司法行政権を司法大臣が握っており、裁判所は行政の監督下にありました。日本国憲法はこれを改めています。「憲法上の直接的な明文の規定はないが,司法権の独立の観点から,最高裁判所及び下級裁判所が司法行政権を担っていると解されている」という肢も正しく、司法行政権を裁判所自身が担うことが独立の前提になります。もっとも、司法行政の権限が最高裁判所に集中すると、今度は内部からの統制が職権の独立を脅かすという問題が生じます。独立は外に向けてだけの話ではありません。
- 司法府の独立最高裁判所の規則制定権(77条1項)、下級裁判所裁判官の指名権(80条1項)、司法行政権が制度的な支え
- 裁判官の職権の独立裁判官は良心に従い独立して職権を行い、憲法と法律にのみ拘束される(76条3項)
- 身分保障心身の故障による分限裁判と公の弾劾によるほかは罷免されない(78条)。報酬は在任中減額できない
裁判官を拘束する「法律」には、政令や条例も含まれます
76条3項の「この憲法及び法律にのみ拘束される」は、裁判官が法以外のものに従ってはならないという趣旨です。ここでの「法律」は国会の制定する法律に限られません。「憲法第76条第3項は,裁判官は「この憲法及び法律にのみ拘束される」と規定しているが,ここにいう「法律」には,国会によって制定される法律はもとより,政令や条例も含まれる」という肢は正しいです。裁判官は適用すべき法規範すべてに従うのであり、逆にいえば、上司の意向や世論、政党の方針といった法以外のものには拘束されません。なお、裁判官が適用すべき法律を違憲と判断したときは、その法律に従う義務はありません。違憲審査権は各裁判所がもつからです。上級審の判断に下級審が拘束されるのは、裁判所法4条により当該事件に限られており、一般的に判例に従う法的義務があるわけでもありません。
職権の独立を侵す干渉には、司法部内からのものも含まれます
干渉は外部からだけでなく、裁判所の内部からも起こりえます。裁判長が担当裁判官に判断の方向を示唆した平賀書簡の事例が、その典型として語られてきました。「下級裁判所は,最高裁判所が制定した裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する規則に拘束されるから,最高裁判所が,下級裁判所の裁判官に対して,具体的事件について,どのような判断を行うべきか指示することも許される」という肢は誤りです。規則によって内部規律に服することと、具体的事件の判断について指示を受けることは、まったく別の話です。他方で「裁判官の職権の独立は,裁判に対して不当な影響を与えるおそれのある一切の外部的行為の排除を要求するが,一般国民やマスメディアによる裁判内容の批判は,表現の自由の行使の一場面であるから許される」という肢は正しく、判決の内容に対する国民やマスメディアの批判は、表現の自由の行使として許されます。
裁判官の良心は、客観的な良心を指すと解されています
最大判昭和23年11月17日(裁判官の良心)は、76条3項の「良心」について、裁判官が有形無形の外部の圧迫や誘惑に屈しないで自己の内心の良識と道徳感に従うことをいうとしました。ここから、裁判官個人の主観的な世界観や信条を意味するのではなく、法の客観的な意味を探究する裁判官としての職業的良心を指す、という客観的良心説が通説とされています。個人の信条に従ってよいとすれば、法にのみ拘束されるという同項の後段と矛盾してしまいます。もっとも、客観的良心説に立っても、裁判官が自分の判断を捨てて多数意見に合わせてよいことにはなりません。評議で少数意見を述べ、最高裁では意見を表示できる仕組みも、この独立を支えています。
国政調査権は、司法権の独立による限界に服します
議院の国政調査権(62条)も、裁判の内容そのものには及びません。「国政調査権は議院にとって重要な権能であるが,司法権の独立の観点からして,具体的事件について,その判決の事実認定や量刑が適切かどうかを調査することは,国政調査権の範囲を逸脱するものであり,許されない」という肢は正しいです。参議院法務委員会が確定した刑事判決の量刑を不当だと決議した浦和事件では、最高裁判所が司法権の独立を侵すものだと抗議し、激しく争われました。裁判と並行して同一の事実を調査すること自体が禁じられるわけではなく、裁判官の判断に影響を与える態様の調査が許されない、という整理が通説です。係属中の事件について訴訟指揮や量刑の当否を調査することは、まさにその態様に当たります。立法や予算の審議に必要な範囲で、制度の運用状況を調べること自体は妨げられません。
身分保障が、職権の独立を制度面から支えます
いかに独立を宣言しても、意に沿わない裁判をした裁判官が職を失うのであれば独立は絵に描いた餅です。そこで78条が罷免事由を限定します。「最高裁判所の裁判官は,憲法第79条第2項に定める国民審査の結果によって罷免される場合があるほか,憲法第78条に定める「公の弾劾」により罷免される場合があるが,それ以外の方法で罷免することは許されない」という肢は誤りです。最高裁判所の裁判官には国民審査と弾劾のほか、心身の故障による分限裁判もあります。「裁判官の定年は,憲法第79条第5項,第80条第1項により,法律で定められることになっているが,法律で定められた年齢を引き下げ,その年齢に達しているすべての裁判官を退官させることは,憲法第78条の趣旨に照らして許されない」という肢は正しいです。定年を法律で定めること自体は憲法が認めていますが、定年の引下げで現職を一斉に退官させれば、実質的に身分保障を破ることになります。裁判官の身分保障の詳細はそちらで扱います。
憲法 第76条 第3項
すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
論文ではこう使う
論文では、裁判官への干渉が問題になる場面で使います。まず76条3項から職権の独立を導き、干渉の主体が司法部外か司法部内かを問わないことを確認します。そのうえで、問題となっている行為が、具体的事件の判断に影響を与える態様のものかを当てはめます。国政調査権との関係では、調査の目的と方法が裁判官の判断に圧力を加えるものかを基準にします。批判や報道は表現の自由の行使として原則許されること、他方で身分上の不利益を伴う働きかけは許されないことを対比して示すと、線引きが明確になります。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。