職権取消しと撤回とは
しょっけんとりけしとてっかい
職権取消しとは、行政行為の成立時からあった瑕疵を理由に、行政庁が自らその効力を失わせることです。撤回とは、成立時には適法だった行政行為を、その後の事情の変化を理由に、行政庁が将来に向かって失効させることです。
中絶手術を行える医師として指定を受けた開業医が、あとから虚偽の出生証明書を作って罰金刑を受けたとします。指定を出したときには問題がなかったのに、指定を続けることが公益に合わなくなったのですから、指定を出した側はこれを将来に向かって消せます。これが撤回です。反対に、出したときから違法や不当だった処分を消すのが職権取消しです。処分をする権限には正す権限も含まれると考えるので、どちらも法律に書いていなくてもできます。
分かれ目は、瑕疵が成立時からあったか、あとから生じたかです
職権取消しは、行政行為に成立のときから瑕疵があった場合に、行政庁が自らその効力を失わせる行為で、効力は原則として成立のときにさかのぼって消えます。撤回は、成立のときには瑕疵がなかった行政行為について、その後の事情の変化によって存続させることが公益に適合しなくなった場合に、将来に向かって効力を失わせる行為です。条文や判決文では撤回のことも「取消し」と書くことが多いので、どちらに当たるかは瑕疵の時点で決まります。指定を受けた医師がその後に虚偽の出生証明書を作って罰金刑を受けたことを理由に指定を失わせる行為は、指定処分そのものに成立時の瑕疵はなく、指定後に生じた事情によるものなので撤回です。これを「学問上の職権取消しに当たる」とする肢は誤りです。最判昭和63年6月17日も、この事案を「指定医師の指定の撤回」と呼んでいます。また、職権取消しの理由になる瑕疵は違法に限られず、裁量の行使が違法とまではいえないものの妥当性を欠く不当な場合も含みます。行政庁は法律による行政の原理のためだけでなく、行政の適正な運営の見地からも自らの処分を正す立場にあるからです。最判昭和31年3月2日は「行政処分が違法または不当であれば」処分をした行政庁が自らこれを取り消すことができると述べています。したがって「行政行為が当初から不当であっても、違法ではない場合には、職権取消しを適法に行うことはできない」という肢は誤りです。
どちらも、法律の明文の根拠規定は要りません
処分をする権限を法律が与えている以上、その権限には、成立時の瑕疵を是正する権限も、公益に合わなくなった処分を将来に向けて解消する権限も含まれていると考えます。そのため、取消しや撤回を認める旨の条文が別にある必要はありません。最判昭和63年6月17日(実子あっせん医師指定取消事件)は、指定を存続させることが公益に適合しない状態が生じたと認めたうえで、「法令上その撤回について直接明文の規定がなくとも」、指定の権限をもつ医師会はその権限において指定を撤回することができると述べました。「撤回について直接明文の規定がある場合に限り、効力を将来に向かって消滅させることができる」という肢は誤りです。職権取消しについても同じで、最判平成28年12月20日(公有水面埋立承認の職権取消し)は、明文の規定がない場面で処分庁が自ら先行処分を職権で取り消せることを当然の前提として判断しています。授益的な行政行為の取消しは相手方の地位を奪うので侵害的な行政行為の取消しより慎重な判断が求められますが、それは次に述べる利益衡量による実体的な制約の問題であって、明文の根拠規定を要するかどうかの問題ではありません。「授益的な行政行為の職権取消しには、取消しを認める旨の法律上の明文の規定が必要である」という肢も誤りです。
授益的処分では、取消しも撤回も利益衡量で制限されます
根拠規定が要らないことと、自由にできることは別です。相手方が既に得た地位を奪う場合は、処分を維持することによる公益上の不利益と、取消しや撤回によって相手方が受ける不利益を比べ、前者が上回るときに限って許されます。最判昭和31年3月2日は、農地買収計画の取消しについて、処分の取消しによって生ずる不利益と、取消しをしないで既に生じた効果を維持することの不利益を比較考量し、しかも処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められるときに限り取り消すことができると述べました。撤回についても、最判昭和63年6月17日は、指定の撤回によって医師が被る不利益を考慮しても、なお撤回すべき公益上の必要性が高いと認められるから撤回できるとしており、同じ比較の枠組みで判断しています。相手方が処分を信頼して行動していれば、ここで信義則が働くこともあります。取り消された側が争う場面では、最判平成28年12月20日が、授益的処分を処分時の瑕疵を理由に職権で取り消した場合の裁判所の審理は、「当該処分がされた時点における事情に照らし、当該処分に違法又は不当があると認められるか否か」の観点から行うとしました。職権取消しは成立時の瑕疵を理由にするものなので、判断の基準となる時点も処分がされた時点になるという理屈です。
撤回で損をした人への補償は、撤回の効力とは別に判断します
撤回は相手方に瑕疵がないのに地位を失わせることがあるので、憲法29条3項の損失補償が問題になることがあります。もっとも、補償が要るかどうかは、失われる権利の性質などから個別に判断する問題で、撤回ができるかどうかとは切り離して考えます。最判昭和49年2月5日(行政財産使用許可の撤回と損失補償)は、期間の定めのない行政財産の使用許可を本来の用途上の必要から将来に向けて失効させる場面を撤回として扱いました。そのうえで、行政財産の使用権は、もともと行政財産が本来の用途に必要になれば撤回されうるという制約を内在させたものなので、特別の事情がない限り使用権の消滅について補償を要しないとしました。「補償しなければ撤回の効力が生じない」という関係にはなく、補償の要否は撤回が有効かどうかとは別の問題です。
出訴期間が過ぎても、行政庁は自ら取り消すことができます
取消訴訟の出訴期間が過ぎると、処分を受けた人は争訟によって処分の効力を争えなくなります。これは行政上の法律関係を早く安定させるために、私人の側の争う機会を時間で区切る効果にとどまり、処分庁が自らの処分を見直すことまで妨げるものではありません。職権取消しは違法又は不当な処分を正して法律による行政の原理に適合した状態を回復する行政内部の作用で、私人の救済を目的とする争訟による取消しとは制度の趣旨が違うからです。最判昭和31年3月2日も、法定の不服申立期間の徒過により争訟手続によって効力を争えなくなった処分であっても、処分をした行政庁は自らその違法又は不当を認めて取り消すことができると述べています。「取消訴訟の出訴期間経過後に瑕疵が判明した場合でも、当該処分を自ら取り消すことができる」という肢は正しいです。なお、同じ判決は、争訟手続に従って当事者を関与させ紛争の終局的解決が図られて確定した処分については、行政庁も特別の規定がない限り取り消し又は変更できないとしており、この場面では話が変わります。
最判昭和63年6月17日(実子あっせん医師指定取消事件)
指定医師の指定の撤回によって上告人の被る不利益を考慮しても、なおそれを撤回すべき公益上の必要性が高いと認められるから、法令上その撤回について直接明文の規定がなくとも、指定医師の指定の権限を付与されている被上告人は、その権限において上告人に対する右指定を撤回することができる。
論文ではこう使う
論文では、まず瑕疵が成立時のものか後発のものかを事実から確定し、取消しと撤回のどちらかを名指しします。条文や処分書が「取消し」と書いていても、後発事情によるものなら撤回として論じます。次に、明文の根拠は不要だと一言で示し、処分権限に是正の権限が含まれることを理由として添えます。授益的処分であれば、処分を維持することによる公益上の不利益と相手方の不利益を比較する形で当てはめ、相手方の信頼が厚い事実があれば信義則にも触れます。財産権を奪う場合は、撤回の可否とは別に損失補償の要否を論じます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。