承継的共同正犯の判例|最決平24.11.6が示した帰責の限界
承継的共同正犯について判例がどこまで責任を認めるかを解説。全面肯定説・限定肯定説・否定説の対立、最決平24.11.6が傷害罪で承継を否定した理由、強盗・詐欺での処理までを整理します。
この判例のポイント
承継的共同正犯とは、先行者が犯罪の一部を実行した後に、後行者が共謀に加わり残余の行為を共同して実行する場合に、後行者が先行者の行為の結果についても共同正犯としての責任を負うかという問題である。最決平24.11.6は、強盗の事案において、暴行・脅迫が先行者により行われた後に共謀に加わった後行者について、強盗罪の共同正犯ではなく、自らが共謀加担後に行った行為についてのみ責任を負うとの判断を示した。
事案の概要
最決平24.11.6
先行者Aは、被害者に対して暴行・脅迫を加え、被害者の反抗を抑圧した。その後、被告人(後行者B)がAと共謀の上、反抗が抑圧された被害者から金品を奪取した。被告人は暴行・脅迫には一切関与しておらず、共謀加担後の財物奪取行為にのみ関与していた。
問題は、被告人に強盗罪の共同正犯が成立するか(先行者の暴行・脅迫を承継して強盗罪全体の責任を負うか)、それとも窃盗罪の限度でしか責任を負わないかであった。
下級審の判断の分かれ
承継的共同正犯については、下級審段階で判断が大きく分かれてきた。
- 全面肯定説に立つ下級審判断: 後行者は先行者の行為の効果を利用して犯罪を遂行したのであるから、先行者の行為を含む犯罪全体について共同正犯が成立する
- 限定肯定説に立つ下級審判断: 後行者が先行者の行為を積極的に利用した場合に限り、承継が認められる
- 否定説に立つ下級審判断: 後行者は自己が関与した行為についてのみ責任を負い、先行者の行為を承継することはない
争点
- 後行者は先行者の暴行・脅迫を「承継」して強盗罪の共同正犯となるか
- 承継的共同正犯はどのような範囲で認められるか
- 「利用」の事実は承継の根拠となりうるか
判旨
被告人は、Aが共謀加担前にAが既に生じさせていた反抗抑圧状態を利用して財物を奪取したにすぎず、共謀加担前にAが行った暴行・脅迫を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用したとはいえない
― 最高裁判所第二小法廷 平成24年11月6日 平成23年(あ)第2011号
本決定は、後行者が先行者の暴行・脅迫の結果(反抗抑圧状態)を利用したにすぎない場合は、暴行・脅迫を「承継」して強盗罪の共同正犯となるとはいえないとした。被告人には窃盗罪の限度で共同正犯が成立するにとどまる。
ポイント解説
承継的共同正犯の理論的構造
承継的共同正犯の問題は、共同正犯の因果性に関わる問題である。共同正犯が成立するためには、各共同正犯者が結果に対して因果的影響を与えていることが必要であるが、後行者が共謀加担前の先行者の行為について因果的影響を与えることは不可能である(遡及的因果関係は認められない)。
この理論的構造から、承継的共同正犯の問題は以下のように整理される。
- 物理的因果性の観点: 後行者は、先行者の行為が行われた時点では関与しておらず、先行者の行為に対して物理的な因果的影響を与えることはできない
- 心理的因果性の観点: 後行者の共謀加担は、先行者の行為を事後的に承認するものであるが、過去の行為に対して心理的な因果的影響を及ぼすことも論理的に不可能である
各学説の対立
学説 内容 結論(強盗の事例) 全面肯定説 後行者が先行者の行為の効果を認識・利用した場合、犯罪全体について共同正犯が成立 強盗罪の共同正犯 限定肯定説 先行者の行為を積極的に利用する意思がある場合にのみ承継を認める 積極的利用があれば強盗罪、なければ窃盗罪 全面否定説(判例の方向性) 後行者は自己の関与後の行為についてのみ責任を負う 窃盗罪の共同正犯平成24年決定の位置づけ
平成24年決定は、全面否定説に近い立場を示したものと評価されている。すなわち、先行者の暴行・脅迫の結果(反抗抑圧状態)を利用したにすぎない場合は承継を認めないとの判断である。
もっとも、本決定は「共謀加担前にAが行った暴行・脅迫を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用したとはいえない」と述べており、積極的利用があった場合にまで承継を否定する趣旨であるかどうかは、判文からは必ずしも明らかではない。この点で、限定肯定説との関係が問題として残されている。
恐喝罪・詐欺罪への適用
承継的共同正犯の問題は、強盗罪に限らず恐喝罪や詐欺罪においても生じうる。
- 恐喝罪の場合: 先行者が脅迫行為を行い、後行者が共謀加担後に金品の受領に関与した場合、後行者に恐喝罪の共同正犯が成立するかが問題となる。平成24年決定の法理を適用すれば、後行者は窃盗罪ないし占有離脱物横領罪の限度で責任を負うにとどまる可能性がある
- 詐欺罪の場合: 先行者が欺罔行為を行い、後行者が共謀加担後に財物の受領(いわゆる「受け子」)に関与した場合も同様の問題が生じる。この点について、下級審では詐欺罪の共同正犯を認める判断が多いが、理論的整合性については議論がある
学説・議論
全面否定説の根拠と批判
全面否定説は、以下の根拠に基づく。
- 因果性の不存在: 後行者は先行者の行為に対して因果的影響を与えることができない以上、先行者の行為について共同正犯としての責任を負う根拠がない
- 個人責任の原則: 刑事責任は個人の行為に対する個人の責任として問われるべきであり、他人が行った過去の行為を「承継」することは個人責任の原則に反する
これに対する批判として、以下の指摘がある。
- 共犯の本質との齟齬: 共同正犯は「共同して犯罪を実行した」ことを要件としており(刑法60条)、犯罪の全過程を共同する必要はないとの理解もある。犯罪の一部について共同すれば、犯罪全体について共同正犯が成立するとの見解からは、全面否定説は共同正犯の範囲を狭く解しすぎるとの批判がある
- 処罰の間隙: 全面否定説を徹底すると、先行者の暴行・脅迫によって反抗が抑圧された被害者から後行者が財物を奪取する行為は窃盗罪にとどまることになるが、反抗抑圧状態を利用した奪取は窃盗罪の「窃取」の概念にそぐわないとの指摘もある
限定肯定説の立場
限定肯定説は、全面否定説と全面肯定説の中間に位置する見解であり、先行者の行為を後行者が積極的に利用した場合にのみ承継を認める。「積極的利用」の有無は、後行者が先行者の行為の効果を自己の犯罪実現のために意識的に利用したかどうかで判断される。
限定肯定説に対しては、「積極的利用」の基準が曖昧であり、結局は裁判官の価値判断に委ねられるとの批判がある。
共謀加担後の暴行と承継
先行者が暴行・脅迫を行った後に後行者が共謀加担し、後行者自身も追加的な暴行を行った場合は、後行者の暴行が強盗罪の暴行として評価されるかが別途問題となる。後行者の暴行が被害者の反抗を抑圧する程度のものであれば、後行者自身の暴行に基づいて強盗罪の成立が認められうる。
判例の射程
強盗罪以外の犯罪への適用
平成24年決定は強盗罪の事案であるが、その法理は承継的共同正犯が問題となるすべての犯罪類型に及びうる。特に問題となるのは、特殊詐欺(振り込め詐欺等)における「受け子」の罪責である。
特殊詐欺では、先行者が電話をかけて被害者を欺罔し(欺罔行為)、後行者(受け子)が現金を受け取りに行く(財物の受領)という分業体制が一般的である。この場合に後行者が詐欺罪の共同正犯となるかについて、平成24年決定の法理を適用すれば承継は否定されうるが、実務上は後行者が欺罔行為の内容を認識した上で受け取り役を引き受けた場合には詐欺罪の共同正犯を認める傾向にある。
傷害罪との関係
先行者の暴行により被害者が負傷した場合、後行者が傷害結果について責任を負うかも問題となる。平成24年決定の法理からは、後行者は先行者の暴行を承継しないから、先行者の暴行による傷害結果についても責任を負わないことになる。
反対意見・補足意見
千葉勝美裁判官の補足意見
平成24年決定には千葉勝美裁判官の補足意見が付されている。千葉裁判官は、承継的共同正犯について全面否定説の立場を明確にし、後行者が先行者の行為を積極的に利用した場合であっても承継は認められないと述べた。
後行者が途中から犯行に関与した場合、後行者は、少なくとも後行者の加担後の行為等については共同正犯としての責任を負うが、後行者の加担前に先行者が行った行為については、これを後行者の犯行と評価する余地はない
― 千葉勝美裁判官補足意見
この補足意見は、多数意見よりもより明確に全面否定説の立場を示したものであり、承継的共同正犯の理論的な位置づけについて重要な示唆を含んでいる。
試験対策での位置づけ
出題科目と重要度
承継的共同正犯は、司法試験・予備試験の刑法(刑事系科目第1問)における重要論点である。共同正犯の成立範囲に関わる問題であり、平成24年決定以降、最高裁の立場を踏まえた論証が求められるようになった。特に特殊詐欺における「受け子」の罪責の問題は、実務的にも極めて重要である。
出題実績
司法試験論文式では、複数の共犯者が時間差で犯行に加わる事案において承継的共同正犯の問題が出題されている。強盗罪だけでなく、恐喝罪、詐欺罪、傷害罪の事案でも問われうる。短答式では、承継的共同正犯の各学説(全面肯定説・限定肯定説・全面否定説)の帰結の違いが出題される。
関連論点との接続
承継的共同正犯は、共犯の離脱(その反対方向の問題)、共謀共同正犯の要件、共犯と錯誤、共犯と身分との関連で問われることが多い。特に特殊詐欺の事案では、欺罔行為と財物の受領が分業的に行われるため、承継的共同正犯の問題が正面から問われる。
答案での使い方
全面否定説(判例の方向性)に立つ場合の論証
「甲はAが被害者に暴行・脅迫を加えて反抗を抑圧した後に共謀に加わり、財物を奪取した。共同正犯が成立するためには、各共同正犯者が結果に対して因果的影響を与えていることが必要であるところ、甲は共謀加担前のAの暴行・脅迫に対して因果的影響を与えることは不可能である。甲が反抗抑圧状態を利用して財物を奪取したとしても、暴行・脅迫を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用したとはいえない(最決平24.11.6参照)。したがって、甲にはAの暴行・脅迫を承継した強盗罪の共同正犯は成立せず、窃盗罪の共同正犯が成立するにとどまる。」
限定肯定説に立つ場合の論証
「共同正犯の因果性は、後行者が先行者の行為を積極的に利用する意思をもって犯罪に加担した場合には、先行者の行為の効果を通じて結果に対する因果的寄与が認められると解する。もっとも、単に先行者の行為の結果を利用したにすぎない場合には、承継は認められない。本件において甲がAの暴行・脅迫を積極的に利用する意思があったかを検討する。」
答案記述上の注意点
- 学説の選択を明示する: 全面否定説、限定肯定説、全面肯定説のいずれに立つかを明確にする
- 因果性の有無を丁寧にあてはめる: 先行者の行為に対する因果的影響の有無を具体的事実に即して検討する
- 結論としての罪名を正確に示す: 承継が否定された場合の後行者の罪名(窃盗罪、占有離脱物横領罪等)を正確に特定する
- 千葉補足意見の位置づけに注意する: 多数意見と補足意見の射程の違いを意識する
重要概念の整理
承継的共同正犯に関する学説の比較
学説 承継の範囲 理論的根拠 強盗事案での帰結 問題点 全面肯定説 犯罪全体 先行行為の効果の認識・利用 強盗罪 因果性なき責任を認める 限定肯定説 積極的利用の場合のみ 利用意思による因果的寄与 場合による 「積極的利用」の基準が曖昧 全面否定説 承継を一切認めない 因果性の不存在・個人責任原則 窃盗罪 処罰の間隙の可能性犯罪類型ごとの承継の問題
犯罪類型 先行者の行為 後行者の行為 承継否定の場合の後行者の罪 強盗罪 暴行・脅迫 財物奪取 窃盗罪 恐喝罪 脅迫 金品受領 窃盗罪又は占有離脱物横領罪 詐欺罪 欺罔行為 財物受領(受け子) 窃盗罪又は占有離脱物横領罪 傷害罪 暴行(傷害惹起) 暴行加担 自己の暴行による結果のみ発展的考察
特殊詐欺における承継の問題
特殊詐欺(振り込め詐欺等)における「受け子」(被害者から現金を受け取る役割の者)の罪責は、承継的共同正犯の問題として現在最も実務的に重要な論点である。最決平成29年12月11日は、受け子について、欺罔行為の内容を認識したうえで受け取り役を引き受けた場合には詐欺罪の共同正犯が成立すると判断した。この判例は、形式的には承継の問題のように見えるが、受け子が自ら被害者のもとに赴いて現金を受領する行為自体が欺罔行為の一環(被害者の錯誤を維持・強化する行為)と評価されうる点で、純粋な承継の問題とは異なる側面がある。
因果的共犯論の徹底と承継
因果的共犯論を徹底すれば、後行者が先行者の行為に因果的影響を与えることは論理的に不可能であるから、承継的共同正犯は一切認められないという結論に至る。もっとも、共同正犯の「共同実行」の概念を広く解し、犯罪の一部について共同すれば犯罪全体について共同正犯が成立するとする「部分的犯罪共同説」の観点からは、承継的共同正犯を認める余地が理論的に残される。
身分犯と承継的共同正犯
身分犯において承継的共同正犯が問題となる場合、65条(身分と共犯)の適用も併せて検討する必要がある。例えば、業務上横領罪において、業務者が横領行為の一部を開始した後に非業務者が加担した場合、非業務者に承継的共同正犯としての責任が認められるかは、承継の問題と身分犯の共犯の問題が交錯する複合的な論点である。
国際的な議論動向
承継的共同正犯の問題は日本刑法特有のものではなく、ドイツ刑法やアメリカ刑法においても類似の問題が議論されている。ドイツでは「接続的正犯」(Sukzessivtaterschaft)の概念のもとで議論が行われており、後行者の因果的寄与の有無が同様に問題とされている。
よくある質問
Q1: 平成24年決定は全面否定説を採用したのですか
多数意見は「積極的に利用したとはいえない」と述べるにとどまり、積極的利用がある場合の結論は明示していない。千葉補足意見は全面否定説を明示しているが、多数意見の射程については解釈の余地がある。もっとも、学説上は、本決定は全面否定説に近い立場を示したものと評価されるのが一般的である。
Q2: 承継が否定された場合、後行者は無罪になりますか
ならない。承継が否定されても、後行者は自己が共謀加担後に行った行為について責任を負う。強盗の事案であれば、後行者は財物の奪取行為について窃盗罪の共同正犯の責任を負いうる。
Q3: 「受け子」は詐欺罪で処罰されますか
実務上は、受け子が欺罔行為の内容を認識していた場合には詐欺罪の共同正犯として処罰される傾向にある。これは、受け子が被害者のもとに赴いて現金を受領する行為自体が、被害者の錯誤を維持・利用する行為として欺罔行為の一環と評価されうるためである。もっとも、理論的な整合性については学説上の議論が続いている。
Q4: 先行者の暴行による傷害についても後行者は責任を負いますか
全面否定説によれば、負わない。後行者は先行者の暴行による傷害結果を承継しないため、傷害罪の共同正犯は成立しない。後行者が自ら暴行を行った場合には、その暴行による傷害結果についてのみ責任を負う。
Q5: 承継的共同正犯の問題は幇助犯にも及びますか
理論的には及びうる。先行者が実行行為の一部を終えた後に、後行者が幇助行為を行った場合に、後行者が先行者の行為全体について幇助犯としての責任を負うかという問題(承継的幇助)が生じる。この場合にも、因果性の有無が問題となり、後行者が先行者の行為に因果的影響を与えていない以上、承継的幇助も否定されるのが全面否定説からの帰結である。
関連条文
二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
― 刑法 第60条
関連判例
- 共謀共同正犯の判例 - 共同正犯の成立要件と理論的根拠
- 共犯の離脱に関する判例 - 共犯関係の解消と承継の反対方向の問題
まとめ
承継的共同正犯の成否に関する判例は、平成24年決定において最高裁が全面否定説に近い立場を示したことで、一つの到達点を画した。後行者は、先行者の行為の結果を利用したにすぎない場合には先行者の行為を承継せず、自己が関与した行為についてのみ責任を負うとされた。もっとも、千葉補足意見が全面否定説を明示する一方、多数意見は「積極的利用」の場合を完全に排除していないとの読み方も可能であり、今後の判例の展開が注目される。承継的共同正犯の問題は、共同正犯の因果性、個人責任の原則、処罰の適正性という刑法の基本的問題を凝縮したものであり、理論的検討が引き続き求められている。
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