国家賠償法1条の応用論点 ― 立法不作為・裁判行為・規制権限不行使
国家賠償法1条の応用論点として、立法行為・立法不作為の違法性、裁判行為の違法性、規制権限不行使の違法性を判例に即して体系的に解説します。
この記事のポイント
国家賠償法1条1項は「公権力の行使」に当たる公務員の違法行為による損害賠償を定めるが、その適用範囲は行政行為にとどまらず、立法行為・立法不作為、裁判行為、規制権限の不行使にも及ぶ。それぞれの場面における「違法性」の判断基準は、職務行為基準説を基礎としつつも、行為の性質に応じた固有の枠組みが判例上形成されている。
国家賠償法1条の基本構造
条文の確認
国家賠償法1条1項は以下のとおり定める。
国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
要件の整理
要件 内容 公権力の行使 私経済作用・国賠法2条の営造物管理を除く広い概念 公務員 公務員に限らず、公権力の行使を委託された者も含む 職務を行うについて 外形標準説(職務の外形を備えていれば足りる) 故意又は過失 主観的帰責要件 違法に 客観的違法性(職務行為基準説) 損害 因果関係のある損害「違法性」の意味 ― 職務行為基準説
国家賠償法1条1項の「違法」の判断基準について、判例は職務行為基準説を採用している(最判昭60.11.21)。
- 職務行為基準説: 公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と行為した場合に「違法」となる
- 結果違法説(少数説): 行為の結果が客観的に違法であれば足りるとする見解
- 職務行為基準説の下では、行政処分が取消訴訟で取り消されたからといって、直ちに国賠法上も違法となるわけではない
立法行為・立法不作為の違法性
問題の所在
国会議員の立法行為(法律の制定)や立法不作為(必要な法律を制定しないこと)が、国家賠償法1条1項の「違法」に該当するかが問題となる。立法権は国会の広範な裁量に属するため、司法審査が及ぶ範囲が限定される。
在宅投票制度廃止事件(最判昭60.11.21)
事案
在宅投票制度が法改正により廃止されたことが、身体障害者の選挙権を侵害し国家賠償法上違法であると主張された。
判旨
最高裁は以下の基準を示した。
国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けない
- 原則: 立法行為は国賠法上違法とならない
- 例外: 憲法の一義的な文言に違反する場合のみ違法となる
- 非常に厳格な基準であり、立法裁量を広く尊重する立場
在外邦人選挙権事件(最大判平17.9.14)
事案
在外日本人に国政選挙の投票を認めない公職選挙法の規定が、選挙権を侵害するとして国家賠償が請求された。
判旨
最高裁大法廷は、在宅投票制度廃止事件の基準を実質的に緩和し、以下のとおり判示した。
立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受ける
立法不作為の違法性の判断基準
要素 内容 権利の重要性 憲法上保障された権利であること 侵害の明白性 立法による権利侵害が明白であること 措置の必要不可欠性 立法措置が必要不可欠であること 長期間の懈怠 国会が正当な理由なく長期にわたって立法を怠っていることハンセン病訴訟(熊本地判平13.5.11)
- 隔離政策を定めるらい予防法を長期間廃止しなかった立法不作為が違法とされた
- 国会が違憲の法律を廃止する義務を長期間怠った事案として、立法不作為の違法性が認められた
裁判行為の違法性
問題の所在
裁判官の裁判行為(判決等)が国家賠償法1条1項の「違法」に該当するかが問題となる。裁判の独立(憲法76条3項)との関係で、裁判行為に対する国賠法上の審査は極めて限定的である。
最判昭57.3.12
判旨
最高裁は以下の基準を示した。
裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とする
裁判行為の違法性の判断基準
- 原則: 裁判の結果が誤りであっても、国賠法上違法とはならない
- 例外: 裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をした場合など、権限の趣旨に明らかに背いた特別の事情がある場合のみ
- 裁判の独立を手厚く保障する極めて厳格な基準
規制権限の不行使の違法性
問題の所在
行政機関が法令上有する規制権限を行使せず、これにより私人に損害が生じた場合に、規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の「違法」に該当するかが問題となる。
筑豊じん肺訴訟(最判平16.4.27)
事案
炭鉱におけるじん肺被害について、国が鉱山保安法に基づく省令改正権限を行使しなかったことの違法性が争われた。
判旨
最高裁は以下の基準を示した。
国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となる
規制権限不行使の違法性の判断要素
判断要素 内容 法令の趣旨・目的 規制権限を定めた法令が国民の生命・健康の保護を目的とするか 権限の性質 裁量権か羈束行為か、裁量の幅はどの程度か 被害の重大性 生命・健康に関わる重大な被害か 予見可能性 行政機関が被害の発生を予見できたか 結果回避可能性 権限を行使すれば被害を回避できたか 期待可能性 権限行使が行政機関に期待できたか関西水俣病訴訟(最判平16.10.15)
- 水俣病の被害拡大について、国及び熊本県が水質二法等に基づく規制権限を行使しなかったことが違法とされた
- 筑豊じん肺訴訟と同様の判断枠組みを用い、規制権限不行使の違法性を肯定
クロロキン薬害訴訟(最判平7.6.23)
- 厚生大臣が薬事法に基づく規制権限を行使しなかったことについて、違法性が否定された事案
- 当時の医学的知見の水準では予見可能性が認められないと判断
各場面の違法性判断基準の比較
場面 判断基準 厳格さ 代表判例 行政処分 職務行為基準説(職務上通常尽くすべき注意義務) 中 最判昭60.11.21 立法行為 憲法の一義的文言への違反 高 最判昭60.11.21 立法不作為 明白性 + 長期間の懈怠 やや高 最大判平17.9.14 裁判行為 権限の趣旨に明らかに背く特別の事情 最高 最判昭57.3.12 規制権限不行使 許容限度の逸脱・著しい合理性の欠如 やや低 最判平16.4.27試験対策での位置づけ
国家賠償法1条の応用論点は、行政法の論文式試験で極めて重要なテーマである。
- 立法不作為の違法性は、在外邦人選挙権事件の判断基準を正確に再現できることが必須
- 規制権限の不行使は、事例問題の素材として出題頻度が高く、筑豊じん肺訴訟の判断枠組みを使いこなす力が求められる
- 裁判行為の違法性は短答式で出題されやすい
- 各場面の違法性判断基準の違いを表で整理しておくと、比較問題に対応しやすい
答案構成のポイントは以下のとおりである。
- 国賠法1条1項の要件の提示
- 「違法性」の判断基準の選択(行為類型に応じた基準)
- 判例の基準の提示
- 事案への当てはめ
- 因果関係・損害の検討
関連判例
- 在宅投票制度廃止事件(最判昭60.11.21)― 立法行為の違法性の原則的否定
- 在外邦人選挙権事件(最大判平17.9.14)― 立法不作為の違法性の肯定
- 最判昭57.3.12 ― 裁判行為の違法性の判断基準
- 筑豊じん肺訴訟(最判平16.4.27)― 規制権限不行使の違法性
- 関西水俣病訴訟(最判平16.10.15)― 規制権限不行使の違法性
- クロロキン薬害訴訟(最判平7.6.23)― 規制権限不行使の違法性の否定
まとめ
国家賠償法1条1項の「違法」は、行政処分のみならず、立法行為・立法不作為、裁判行為、規制権限の不行使にも適用される。それぞれの場面で違法性の判断基準は異なり、立法行為・裁判行為については司法権の自制から厳格な基準が用いられる一方、規制権限の不行使については国民の生命・健康の保護という観点から比較的緩やかな基準が適用される。各場面の違法性判断基準を正確に理解し、事案に応じて適切な基準を選択・当てはめる能力が試験では問われる。
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