【判例】在宅投票制度廃止違憲訴訟(最判昭60.11.21)
在宅投票制度廃止違憲訴訟(最判昭60.11.21)を解説。身体障害者の選挙権行使の保障と立法不作為の国家賠償責任について、在外日本人選挙権訴訟との比較を含めて詳しく分析します。
この判例のポイント
在宅投票制度の廃止により身体障害者が投票の機会を奪われたことについて、立法不作為(在宅投票制度を復活させなかったこと)を理由とする国家賠償請求を棄却した判例。立法不作為が国家賠償法上違法となるのは、国会議員の立法行為(立法不作為を含む)が、その立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行った場合のように、容易に想定し難いような例外的な場合に限られるとの厳格な基準を示した。
事案の概要
在宅投票制度は、身体の故障等により投票所に行くことが困難な選挙人が、自宅で郵便等により投票できる制度として昭和22年に導入された。しかし、不正投票が相次いだことを理由に、昭和27年の公職選挙法改正により廃止された。
X(原告)は、両下肢に重度の障害があり、投票所まで移動することが著しく困難な身体障害者であった。Xは、在宅投票制度が廃止された後、選挙権を行使することが事実上不可能となった。
Xは、在宅投票制度の廃止後、国会が長期間にわたり在宅投票制度を復活させる立法措置を講じなかったこと(立法不作為)が、選挙権の保障を定める憲法15条に違反し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める訴訟を提起した。
なお、在宅投票制度はその後、昭和49年に一部復活し、対象者の範囲が段階的に拡大されてきた。
争点
- 在宅投票制度を復活させなかった国会の立法不作為は、国家賠償法1条1項の「違法」に該当するか
- 立法不作為が国家賠償法上違法となる基準はいかなるものか
判旨
国会議員の立法行為(立法不作為を含む。以下同じ。)が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反する廉があるとしても、その故に国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない。
― 最高裁判所第一小法廷 昭和60年11月21日 昭和57年(オ)第902号国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けない。
― 最高裁判所第一小法廷 昭和60年11月21日 昭和57年(オ)第902号
最高裁は、上記の基準を示したうえで、在宅投票制度を復活させなかった立法不作為は、「憲法の一義的な文言に違反する」場合には該当しないとして、Xの国家賠償請求を棄却した。
ポイント解説
立法不作為と国家賠償の関係
本判決は、立法行為(立法不作為を含む)の国家賠償法上の違法性について、初めて最高裁が一般的な判断基準を示したリーディングケースである。
論点 本判決の立場 立法の内容の違憲性 直ちに国賠法上の違法とはならない 国賠法上の違法の基準 憲法の一義的な文言に違反する例外的な場合に限る 本件の結論 立法不作為は国賠法上違法ではない本判決が示した「憲法の一義的な文言に違反する例外的な場合」という基準は極めて厳格であり、事実上、立法不作為に基づく国家賠償はほとんど認められないことを意味する。
「立法の内容の違憲性」と「立法行為の違法性」の区別
本判決の重要な法理的特徴は、立法の「内容」の違憲性と立法「行為」の国賠法上の違法性を明確に区別した点にある。すなわち、立法の内容が違憲であるとしても、そのことから直ちに国会議員の立法行為が国賠法上違法となるわけではない。
これは、国会議員の立法活動には政治的判断としての自由が認められるべきであり、立法の内容が結果的に違憲であったとしても、そのことをもって国家賠償責任を問うことは、国会の自律性を損なうおそれがあるという考慮に基づく。
在外日本人選挙権訴訟による判例の変更
本判決の厳格な基準は、在外日本人選挙権訴訟(最大判平17.9.14)において大幅に緩和された。在外日本人選挙権訴訟では、以下のように判示された。
項目 在宅投票制度廃止訴訟(本判決) 在外日本人選挙権訴訟 違法性の基準 憲法の一義的な文言に違反する例外的な場合 立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障された権利を違法に侵害することが明白な場合等 判断のアプローチ 国会議員の行動の違法性 立法の内容・不作為の違法性 結論 国家賠償請求を棄却 国家賠償請求を認容在外日本人選挙権訴訟は、本判決の「憲法の一義的な文言に違反する例外的な場合」という基準を事実上変更し、「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障された権利を違法に侵害することが明白な場合」という、より緩やかな基準を採用した。
学説・議論
学説の対立
立法不作為の違法性の基準
学説 内容 厳格説(本判決の立場) 憲法の一義的な文言に違反する例外的な場合に限定 緩和説 権利侵害が明白な場合にも違法となりうる 裁量収縮説 立法裁量が収縮し、特定の立法が義務づけられる場合に違法本判決に対する批判
- 基準が厳格すぎる:「憲法の一義的な文言に違反する」場合に限定することは、事実上立法不作為による国家賠償を封じるに等しい
- 選挙権の重要性を軽視:選挙権は民主主義の根幹をなす権利であり、その行使が事実上不可能な状態を放置することは許されない
- 違憲審査の回避:立法の内容の違憲性と立法行為の違法性を区別することで、違憲審査を実質的に回避している
判例に対する評価
本判決は、立法不作為に基づく国家賠償の可能性を理論的には認めつつ、その基準を極めて厳格に設定した点で、消極的評価が多い。特に、身体障害者が長年にわたり投票の機会を事実上奪われていたにもかかわらず、立法不作為を違法と認めなかった点は批判の対象となった。
もっとも、在外日本人選挙権訴訟により判断基準が緩和されたことで、本判決の先例としての意義は相対的に低下しているとの評価もある。
判例の射程
直接的な射程
本判決が示した立法不作為の違法性基準は、在外日本人選挙権訴訟により実質的に変更された。したがって、現在の判例法理としては、在外日本人選挙権訴訟の基準が適用される。
ただし、本判決が示した「立法の内容の違憲性と立法行為の違法性の区別」という法理は、在外日本人選挙権訴訟後も基本的に維持されている。
射程の限界
- 選挙権以外の権利:本判決は選挙権の行使に関する事案であったが、立法不作為の違法性基準は他の権利にも適用される一般的基準である。
- 国会以外の立法行為:地方議会の条例制定不作為にも同様の基準が適用されうるかは別問題である。
- 在外日本人選挙権訴訟後の位置づけ:基準が緩和された後も、立法不作為が違法となる場合は限定的であり、権利侵害の「明白性」が要求される。
反対意見・補足意見
本判決は全員一致であり、反対意見・補足意見は付されていない。しかし、第一審(札幌地判昭49.12.9)においては、在宅投票制度を廃止したこと自体は違憲ではないが、廃止後長期間にわたり制度を復活させなかった立法不作為は違法であるとして、国家賠償を認容した。この第一審判決は、立法不作為による国家賠償を認めた先駆的な判断として注目される。
試験対策での位置づけ
本判決は、立法不作為の国家賠償に関する重要判例として、在外日本人選挙権訴訟(最大判平17.9.14)とセットで出題されることが多い。
試験対策上、以下の点を正確に理解しておく必要がある。
- 本判決の基準:「憲法の一義的な文言に違反する例外的な場合」
- 在外日本人選挙権訴訟の基準:「権利を違法に侵害することが明白な場合」
- 両判決の関係:基準が緩和されたこと
- 選挙権の重要性:在外日本人選挙権訴訟で「国民の国政参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹をなすもの」と位置づけられたこと
答案での使い方
論証パターン
【立法不作為の国賠法上の違法性】
1. 立法不作為が国賠法1条1項の「違法」に該当するか
2. この点、在宅投票制度廃止訴訟(最判昭60.11.21)は、
立法の内容が憲法の一義的な文言に違反する例外的な場合に限り
違法となるとした
3. しかし、在外日本人選挙権訴訟(最大判平17.9.14)は、
この基準を緩和し、立法の内容又は立法不作為が国民に
憲法上保障された権利を違法に侵害することが明白な場合等にも
違法となるとした
4. 本件では、○○という権利侵害が明白であり(なく)、
立法不作為は国賠法上違法である(ない)
よくある間違い
- 本判決の基準がなお有効であるかのように書く:在外日本人選挙権訴訟により基準は緩和されている。本判決の基準のみを引用して論じるのは不正確。
- 立法の内容の違憲性=立法行為の違法性と混同する:両者は区別される。内容が違憲でも直ちに行為が違法とはならない。
- 「立法不作為は常に違法とならない」と書く:本判決も理論的には立法不作為が違法となる場合を認めている。
重要概念の整理
立法不作為の国家賠償に関する判例の推移
判例 基準 結論 在宅投票制度廃止訴訟(本判決) 憲法の一義的な文言に違反する例外的な場合 請求棄却 在外日本人選挙権訴訟 権利侵害が明白な場合等 請求認容 ハンセン病訴訟 権利侵害が明白で合理的期間経過 請求認容(国和解)選挙権に関する主要判例比較
判例 争点 結論 在宅投票制度廃止訴訟(本判決) 身体障害者の在宅投票 国賠請求棄却 在外日本人選挙権訴訟 在外邦人の選挙権行使 違憲+国賠認容 議員定数不均衡訴訟 投票価値の平等 違憲(事情判決) 定住外国人参政権訴訟 外国人の地方参政権 憲法上保障されない立法行為の違法性判断の構造
ステップ 内容 第1段階 立法の内容(又は立法不作為)の違憲性を検討 第2段階 違憲性が認められる場合、国賠法上の違法性を検討 第3段階 権利侵害の明白性、合理的期間の経過等を考慮 第4段階 損害の発生と因果関係を認定発展的考察
本判決は、立法府の裁量と司法審査の限界という憲法学の根本問題に関わるものである。立法不作為に基づく国家賠償を広く認めることは、事実上、裁判所が国会に対して特定の内容の立法を義務づけることを意味し、三権分立の原則との緊張関係を生じさせる。
他方で、憲法が保障する基本的権利が長期間にわたり侵害されている場合に、司法が何ら救済を与えないことは、人権保障の空洞化をもたらす。在外日本人選挙権訴訟が基準を緩和したのは、この問題意識に基づくものである。
近年では、同性婚訴訟において、同性カップルが婚姻できないことの立法不作為の違法性が争われている。このような新たな人権問題において、立法不作為の違法性基準がどのように適用されるかは、今後の判例の展開が注目される。
また、障害者権利条約の批准や障害者差別解消法の制定により、障害者の社会参加の保障は国際的にも重要な課題となっている。本判決が扱った身体障害者の選挙権行使の保障という問題は、現在ではより広い文脈の中で議論されている。
よくある質問
Q1: 在宅投票制度は現在どうなっていますか?
在宅投票制度は、昭和49年に郵便等による不在者投票として一部復活した。その後、対象者の範囲は段階的に拡大され、現在では、身体障害者手帳に両下肢等の障害の程度が1級又は2級と記載されている者等が利用できる。ただし、対象者の範囲がなお限定的であるとの指摘がある。
Q2: 本判決の基準は在外日本人選挙権訴訟で完全に変更されましたか?
在外日本人選挙権訴訟は、本判決の「憲法の一義的な文言に違反する例外的な場合」という基準を明示的に変更し、「権利を違法に侵害することが明白な場合等」に緩和した。したがって、本判決の基準は現在の判例法理としては維持されていない。ただし、「立法の内容の違憲性と立法行為の違法性の区別」という基本的な法理は維持されている。
Q3: 立法不作為と行政不作為の違いは何ですか?
立法不作為は国会が特定の法律を制定しないことであり、行政不作為は行政機関が法律に基づく処分等をしないことである。行政不作為については、行政事件訴訟法の義務付け訴訟(3条6項)により救済が可能であるが、立法不作為については、直接的に立法を義務付ける訴訟類型は存在しない。
Q4: 立法不作為の違法を争う訴訟類型は何ですか?
立法不作為の違法を争う主な訴訟類型は、国家賠償訴訟(国賠法1条1項)である。立法そのものを直接義務付ける訴訟は、三権分立の原則から認められていない。本判決も国家賠償訴訟の形式で提起された。
Q5: 本判決は選挙権以外の立法不作為にも適用されますか?
本判決が示した基準は、選挙権に限らず、立法不作為一般に適用される一般的基準として位置づけられていた。在外日本人選挙権訴訟により基準が緩和された後も、この一般性は維持されている。したがって、選挙権以外の権利(例えば、社会権や平等権)に関する立法不作為についても、同様の枠組みで判断される。
関連条文
- 憲法15条1項:公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
- 憲法15条3項:公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
- 憲法44条:両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。
- 国家賠償法1条1項:国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
関連判例
- 在外日本人選挙権訴訟(最大判平17.9.14):立法不作為の違法性基準を緩和
- 議員定数不均衡違憲判決(最大判昭51.4.14):投票価値の平等
- 定住外国人地方参政権訴訟(最判平7.2.28):外国人の参政権
- 再婚禁止期間違憲判決(最大判平27.12.16):立法不作為の違法性が問題となった事例
まとめ
在宅投票制度廃止違憲訴訟は、立法不作為に基づく国家賠償の可能性と限界を示した重要判例である。本判決が示した「憲法の一義的な文言に違反する例外的な場合」という厳格な基準は、在外日本人選挙権訴訟により緩和されたが、立法の内容の違憲性と立法行為の違法性を区別するという基本的な法理は現在も維持されている。試験対策上は、本判決と在外日本人選挙権訴訟の基準の違いを正確に理解し、判例の変遷を説明できるようにしておくことが重要である。