【判例】国家賠償法1条と公権力の違法性(最判昭60.11.21)
国家賠償法1条の「公権力の行使」と「違法性」の意義に関する最判昭60.11.21を解説。職務行為基準説と権利侵害基準説の対立、規制権限の不行使を詳しく分析します。
この判例のポイント
国家賠償法1条1項の「違法」とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたことをいい、取消訴訟における行政処分の違法とは異なる概念である。国家賠償訴訟における違法性の判断基準として職務行為基準説を採用したことを明らかにした重要判例である。
なお、本記事では、検索ニーズの高い「違法な行政指導と国家賠償法1条」「行政指導 国家賠償法1条 最高裁」という論点についても、最判昭和60年7月16日(品川マンション事件)を中心に正面から解説する。行政指導も国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に含まれるため、相手方の任意の協力を超えた事実上の強制にわたる行政指導は国賠法上違法と評価されうる。この論点を先に確認したい場合は「違法な行政指導と国家賠償法1条(最高裁判例)」の節を参照されたい。
事案の概要
本件は、税務署長が行った所得税の更正処分が後に取り消された場合に、当該更正処分を行ったことについて国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求が認められるかが問題となった事案である。
原告は、税務署長が行った所得税の更正処分が違法であるとして、取消訴訟を提起し、勝訴判決を得た。その後、原告は、違法な更正処分により精神的苦痛を受け、また税理士費用等の損害を被ったとして、国を被告として国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた。
国は、更正処分が取消訴訟において取り消されたとしても、税務署長が更正処分を行ったこと自体が国家賠償法上の違法に該当するわけではないと主張した。
争点
- 取消訴訟で取り消された行政処分について、当該処分を行ったこと自体が国家賠償法1条1項の「違法」に該当するか
- 国家賠償法1条1項の「違法」と取消訴訟における行政処分の「違法」は同一の概念か
- 国家賠償法1条1項の「違法」の判断基準はどのようなものか
判旨
最高裁は、国家賠償法1条1項の「違法」について以下のとおり判示した。
税務署長のする所得税の更正は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があつたとの評価を受けるものではなく、税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認めうるような事情がある場合に限り、右の違法があつたとの評価を受ける
― 最高裁判所第三小法廷 昭和60年11月21日 昭和56年(オ)第1170号
すなわち、国家賠償法1条1項の「違法」は、行政処分の客観的な法規違反ではなく、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったか否かによって判断されるとした。
ポイント解説
違法性の二元論
本判決の最大の意義は、取消訴訟における違法と国家賠償訴訟における違法が異なる概念であることを明確にした点にある。この考え方は違法性の二元論(違法性相対説)と呼ばれる。
訴訟類型 違法の意味 判断基準 取消訴訟 行政処分の客観的な法規適合性 処分が法令の要件を充たしているか 国家賠償訴訟 公務員の職務行為の義務違反 公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたかこの二元論のもとでは、行政処分が取消訴訟で取り消されたとしても(取消訴訟上は「違法」)、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていた場合には、国家賠償法上は「違法」とはならない。
職務行為基準説
本判決が採用した職務行為基準説は、国家賠償法1条1項の違法性を、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背したか否かによって判断する立場である。
この立場は、違法性の判断を公務員の行為の態様に焦点を当てて行うものであり、以下の点を考慮する。
- 収集した資料の内容: 公務員が入手可能な資料を合理的に収集したか
- 判断過程の合理性: 収集した資料に基づく判断が合理的であったか
- 注意義務の程度: 職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたか
結果不法説との対比
職務行為基準説に対する対立説として、結果不法説(結果違法説)がある。結果不法説は、国家賠償法1条1項の違法性を、行政処分の客観的な違法性(法規違反)そのものとして捉える立場であり、取消訴訟における違法と国家賠償訴訟における違法を同一の概念と理解する(違法性一元論)。
結果不法説からは、処分が取り消された以上は国家賠償法上も違法と評価すべきであり、職務行為基準説は国家賠償の範囲を不当に狭めるものであるとの批判がある。
「職務上通常尽くすべき注意義務」の水準
職務行為基準説における注意義務の水準は、平均的な公務員を基準として判断される。すなわち、特別に高度な専門的知識・能力を要求するものではなく、当該職務に就く公務員として通常期待される水準の注意義務を尽くしたか否かが基準となる。
この基準のもとでは、法令の解釈に複数の見解が存在する場合で、公務員がいずれかの見解に基づいて判断したときには、その解釈が後に誤りであったとされても、直ちに国家賠償法上の違法とはならない。
学説・議論
違法性の判断基準をめぐる三つの学説
国家賠償法1条1項の違法性については、以下の三つの学説が対立している。
職務行為基準説(判例の立場): 違法性は、公務員が職務上の注意義務に違反したか否かによって判断される。違法性と過失が一体的に判断され(違法性と過失の融合)、実質的には過失の有無が判断の中心となる。この立場は国の賠償責任の範囲を限定する傾向がある
結果不法説: 違法性は、行政活動の結果としての法規違反(客観的な違法性)によって判断される。過失は違法性とは別個の要件として判断される。この立場は、取消訴訟における違法性と同一の基準を用いるため概念の統一性がある。もっとも、過失がなくても違法性が認められうるため、過失の要件でフィルタリングすることになり、実質的な結論において職務行為基準説と大きく異ならない場合もある
相関関係説: 違法性は、侵害行為の態様と被侵害利益の種類・程度との相関関係で判断される。民法709条の不法行為における違法性の判断と同様の枠組みを用いる。この立場は柔軟な判断を可能にするが、基準が不明確になるとの批判がある
規制権限の不行使と国家賠償
本判決が示した違法性の判断基準は、行政処分が行われた場合に関するものであるが、近年では行政庁が規制権限を行使しなかったこと(不作為)が国家賠償法上の違法に該当するかという問題が重要性を増している。
最判平成16年4月27日(筑豊じん肺訴訟)では、通商産業大臣(当時)が石炭鉱山における粉じん対策のための規制権限を行使しなかったことが国家賠償法上の違法に該当するとされた。最高裁は、規制権限の不行使が違法となるのは、権限を定めた法令の趣旨・目的や被害の重大性に照らし、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く場合であるとした。
最判平成16年10月15日(水俣病関西訴訟)でも同様に、規制権限の不行使の違法性が認められた。これらの判例は、行政の不作為についても国家賠償責任を認めることで、被害者救済の拡充を図ったものと評価されている。
立法行為の違法と国家賠償
さらに発展的な問題として、国会の立法行為(立法不作為を含む)が国家賠償法上の違法に該当するかという論点がある。
最大判昭和60年11月21日(在宅投票制度廃止事件)では、立法行為が国家賠償法上の違法と評価されるのは、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず、国会があえて当該立法を行うというような例外的な場合に限られるとされた。その後の最大判平成17年9月14日(在外邦人選挙権事件)では、この基準が緩和され、立法不作為の違法が認められた。
違法な行政指導と国家賠償法1条(最高裁判例)
結論(端的な定義)
違法な行政指導とは、国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に当たり、行政指導が相手方の任意の協力を前提とする本来の限度を超えて、事実上の強制にわたる場合には、国家賠償法1条1項の「違法」と評価されうる。行政指導は法的拘束力をもたない非権力的な事実行為であるが、国家賠償法1条1項の「公権力の行使」には広義説のもとで行政指導も含まれるため、違法な行政指導を受けて損害を被った私人は、国又は公共団体に対し国家賠償を請求できる。
ここで重要なのは、行政指導はそもそも相手方の任意の協力によって実現されるべきものであり、相手方が指導に従わない意思を真摯かつ明確に表明した後もなお、行政が許認可等の本来与えるべき利益の付与を留保して指導に従うよう圧力をかけ続けると、その時点以降の行政指導は違法になりうる、という構造である。
行政指導とは
行政指導とは、行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導・勧告・助言その他の行為であって、処分に該当しないものをいう(行政手続法2条6号参照)。行政指導の最大の特徴は、法的拘束力をもたず、相手方の任意の協力によってのみ実現される点にある(行政手続法32条1項参照)。
そのため、行政指導はそれ自体としては相手方の権利義務を直接変動させず、原則として取消訴訟の対象となる「処分」には当たらない(処分性の否定)。しかし、行政指導が事実上の強制力をもって相手方の権利利益を侵害する場合には、国家賠償による事後的救済が問題となる。ここに「違法な行政指導と国家賠償法1条」という論点が成立する。
行政指導が「公権力の行使」に含まれる理由
国家賠償法1条1項の「公権力の行使」の範囲については、広義説が判例・通説の立場である。すなわち、「公権力の行使」には行政処分のみならず、行政指導・公立学校での教育活動・公務員の事実行為など、国又は公共団体の作用のうち純粋な私経済活動と国家賠償法2条の営造物管理を除く全ての活動が含まれる。
行政指導は非権力的な事実行為であり、本来は「権力的作用」とはいえないようにも見える。しかし、広義説は、国家賠償法1条が私経済作用(民法の不法行為で処理される領域)と営造物責任(同法2条)を除いた行政作用を広く対象とすることで被害者救済の間隙を埋める趣旨であると理解する。この理解のもとでは、相手方の権利利益に事実上重大な影響を及ぼす行政指導も、当然に「公権力の行使」に含まれることになる。
最高裁の判例(行政指導と建築確認の留保)
違法な行政指導と国家賠償の関係を論じる際の中心判例が、最判昭和60年7月16日(品川マンション事件)である。これは、マンション建築をめぐり、付近住民との紛争解決を求める行政指導が継続している間、建築主の申請に対する建築確認処分が留保された事案である。
最高裁は、おおむね次の枠組みを示した。
建築主が確認処分の留保につき任意に同意しているものと認められる間は、行政指導に対する建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われているものとして、当該確認処分を留保することも違法とはならない。しかし、建築主が行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し速やかに応答すべきことを求めているものと認められるときには、特段の事情がない限り、それ以降の行政指導を理由とする確認処分の留保は違法となる。
― 最高裁判所第二小法廷 昭和60年7月16日(品川マンション事件)
この判例の要点は、(1) 行政指導は相手方の任意の協力を前提とする限り適法であること、(2) 相手方が協力できない旨を真摯かつ明確に表明した後は、(3) 特段の事情がない限り、その後の指導継続(および指導を理由とする処分の留保)が違法となる、という三段構えにある。なお、この判決は確認処分の留保の違法性を論じたものであり、ここで示された「任意の協力の限界」という考え方が、その後の行政手続法32条以下の行政指導の一般原則に結実したと評価されている。
違法判断の分水嶺──「任意の協力の限界」
違法な行政指導を見分ける核心は、任意性を超えて事実上の強制にわたったかという一点にある。整理すると次のようになる。
- 適法な行政指導: 相手方が任意に協力している間の指導。相手方が応答を強く求めていない、または協力的態度を維持している局面
- 適法から違法への転換点: 相手方が「もはや指導に従う意思はない」「速やかに処分してほしい」という意思を真摯かつ明確に表明した時点
- 違法な行政指導: 上記表明後、なお特段の事情なく指導を継続し、許認可の留保等によって従わせようとする行為。これは相手方の任意性を奪う事実上の強制であり、国家賠償法1条1項の「違法」と評価されうる
ここでいう「特段の事情」とは、例えば、相手方の不協力が社会通念上正義の観念に反するといえるような特段の事情(近隣紛争の解決を図る公益上の必要が極めて高い等)を指し、これが認められる限りは指導継続が直ちに違法とはならない。試験では、この「真摯かつ明確な表明」と「特段の事情」の有無を事実から丁寧に拾うことが評価される。
行政手続法による現在の規律
行政指導の限界は、現在では行政手続法にも明文化されており、国家賠償の違法性判断の手がかりとなる。
- 行政手続法32条1項: 行政指導は、当該行政機関の任務・所掌事務の範囲を逸脱してはならず、行政指導の内容があくまで相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない
- 行政手続法32条2項: 相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない
- 行政手続法33条: 申請の取下げ・内容変更を求める行政指導にあっては、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず、行政指導を継続すること等により申請者の権利行使を妨げてはならない
これらの規定に違反する行政指導は、行政手続法上違法であると同時に、国家賠償法1条1項の「違法」を基礎づける重要な事情となる。とりわけ33条は、品川マンション事件の判例法理を立法化したものと位置づけられる。
あてはめの具体例
設例: A市は、宅地開発を計画する事業者Xに対し、開発に伴う寄付金(負担金)の納付を求める行政指導を行い、これに応じない限り上下水道の供給に必要な手続を進めない態度を示した。Xは「寄付金を支払う意思はなく、速やかに手続を進めてほしい」と書面で明確に申し入れたが、A市はなお供給手続を留保した。
検討: 行政指導はXの任意の協力を前提とすべきところ、Xが協力しない旨を真摯かつ明確に表明した後もA市が供給手続を留保したのであれば、特段の事情がない限り、その後の指導・留保は任意性を超えた事実上の強制であり違法となる(武蔵野マンション給水拒否をめぐる一連の事案も、行政指導を背景とした給水留保・拒否の限界が問われた例である)。Xは、留保により生じた損害について国家賠償法1条1項に基づき賠償を請求しうる。この場合の「違法」も、職務行為基準説のもとでは、担当公務員が職務上通常尽くすべき注意義務に違背して任意性を超える圧力をかけ続けたか否かによって判断される。
行政指導の国賠における要件整理
違法な行政指導について国家賠償法1条1項を適用する際の要件は、通常の国家賠償と同じく次のとおり整理できる。
要件 行政指導の場合のあてはめ 公権力の行使 広義説により行政指導も含まれる 公務員 指導を行った担当職員 職務を行うについて 行政目的実現のための職務上の行為 故意・過失 任意性を超える強制と認識・認識可能性 違法 相手方の真摯・明確な不協力表明後の指導継続(特段の事情なし) 損害 確認・許認可・給水等の留保により生じた損害判例の射程
公権力の行使の範囲
国家賠償法1条1項の「公権力の行使」の範囲については、広義説が判例の立場である。すなわち、「公権力の行使」には行政処分のみならず、行政指導・公立学校での教育活動・公務員の事実行為など、国又は公共団体の作用のうち純粋な私経済活動と国家賠償法2条の営造物管理を除く全ての活動が含まれる。
他の判例への影響
本判決の職務行為基準説は、税務更正処分以外の行政処分についても広く適用されている。
最判平成5年3月11日では、建築確認処分について職務行為基準説を適用し、建築主事が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていたか否かを判断基準とした。
最判平成3年7月9日では、刑事事件における検察官の公訴提起について、合理的な嫌疑に基づいていた場合には国家賠償法上の違法はないとした。
反対意見・補足意見
本判決には個別意見は付されていない。もっとも、職務行為基準説については、学説からの根強い批判があり、その後の判例においても裁判官間で違法性の判断の厳格さに差異が見られることがある。
特に、規制権限の不行使の違法性が問題となる事案では、被害の深刻さに鑑みて違法性を広く認める方向への判例の展開が見られ、職務行為基準説の枠内での柔軟な運用が図られている。
試験対策での位置づけ
国家賠償法1条は、行政法の論文試験において頻出の論点であり、特に違法性の判断基準と規制権限の不行使が重要である。
出題科目と分野: 行政法の「行政救済法」分野に属する。取消訴訟の訴訟要件(処分性・原告適格)が第1問で問われ、国家賠償が第2問で問われるというパターンも見られる。
出題実績: 司法試験・予備試験で繰り返し出題されている。特に規制権限の不行使に関する出題が増加しており、裁量権収縮論との関係が問われる。
出題のポイント: 国家賠償法1条1項の各要件(公権力の行使、公務員、職務を行うについて、故意又は過失、違法、損害)を体系的に検討する力が求められる。特に「違法」の要件について職務行為基準説を正確に論じ、事実関係に即したあてはめを行うことが重要である。
答案での使い方
基本的な論証パターン(職務行為基準説)
論証例(規範部分):
「国家賠償法1条1項の『違法』とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたことをいう(最判昭和60年11月21日)。したがって、行政処分が後に取り消されたとしても、そのことから直ちに国家賠償法上の違法があったとの評価を受けるものではなく、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分をしたと認めうるような事情がある場合に限り、違法の評価を受ける。」
規制権限の不行使の論証パターン
論証例:
「行政庁の規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法と評価されるのは、当該権限を定めた法令の趣旨・目的、その権限の性質等に照らし、被害の重大性、予見可能性、結果回避可能性、期待可能性等を総合考慮して、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合である(最判平成16年4月27日参照)。」
違法な行政指導の論証パターン
論証例(規範部分):
「行政指導は、国家賠償法1条1項の『公権力の行使』に含まれる(広義説)。もっとも、行政指導は相手方の任意の協力によってのみ実現されるべきものであるから(行政手続法32条1項参照)、これに従うか否かは相手方の自由である。したがって、相手方が行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、申請に対する速やかな応答を求めているにもかかわらず、特段の事情がないのに行政指導を継続し、許認可等の留保によって相手方を従わせようとすることは、もはや相手方の任意性を超えた事実上の強制であって、国家賠償法1条1項の『違法』と評価される(最判昭和60年7月16日参照)。」
あてはめの着眼点:
- 相手方が不協力の意思を真摯かつ明確に表明した時点をまず特定する
- その時点以降も指導が継続されたか、許認可・給水・手続等が留保されたかを認定する
- 指導継続を正当化する特段の事情(公益上の高度の必要性等)の有無を検討する
- 留保期間や留保によって生じた具体的損害を特定し、因果関係を論じる
重要概念の整理
違法性に関する学説の比較
学説 違法性の内容 違法性と過失の関係 批判 職務行為基準説(判例) 職務上の注意義務違反 違法性と過失が融合 国賠責任を不当に狭める 結果不法説 行政行為の客観的法規違反 違法性と過失を別個に判断 過失要件との関係が不明確 相関関係説 侵害行為の態様と被侵害利益の相関 柔軟な判断が可能 基準が不明確規制権限の不行使が問題となった主要判例
判例 規制対象 結論 判断のポイント 最判平成16年4月27日(筑豊じん肺) 炭鉱の粉じん対策 違法 権限不行使が著しく合理性を欠く 最判平成16年10月15日(水俣病関西) 水銀排出規制 違法 被害の重大性、予見可能性 最判平成26年10月9日(大阪泉南アスベスト) 石綿使用規制 違法 省令改正権限の不行使発展的考察
違法性の二元論と実務への影響
違法性の二元論(取消訴訟における違法と国賠訴訟における違法の区別)は、実務上重要な帰結をもたらす。取消訴訟で処分が取り消されたとしても、国賠訴訟で違法が認められるとは限らない。このことは、行政処分を争う場合の訴訟戦略の選択に影響を与える。取消訴訟と国賠訴訟を併合提起する場合には、それぞれの違法性の主張・立証が異なることを意識する必要がある。
立法不作為の国家賠償
最大判平成17年9月14日(在外邦人選挙権事件)は、在外邦人の選挙権行使を認める立法措置を長期間怠ったことが国賠法上の違法に該当するとした。従来の最大判昭和60年11月21日(在宅投票制度廃止事件)が「憲法の一義的な文言に違反する場合」に限定していたのに対し、この判決はその基準を実質的に緩和し、立法不作為による国賠責任の可能性を広げた。
行政の不作為と作為義務
規制権限の不行使の場面では、行政庁に作為義務(規制権限を行使すべき義務)が生じるかが問題となる。判例は、裁量権が収縮して行政庁に作為義務が生じる場合(裁量権収縮論)として、被害の重大性、予見可能性、結果回避可能性、期待可能性を総合考慮する枠組みを採用している。
よくある質問
Q1: 取消訴訟で処分が取り消された場合、国賠訴訟でも違法は認められますか。
必ずしも認められない。職務行為基準説のもとでは、国賠法上の違法は公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったかによって判断されるため、処分が客観的に違法であっても、公務員が注意義務を尽くしていた場合には国賠法上の違法は否定される。
Q2: 国家賠償法1条1項の「公権力の行使」にはどのような行為が含まれますか。
判例は広義説を採用しており、行政処分のみならず、行政指導、公立学校での教育活動、公立病院での医療行為など、国又は公共団体の作用のうち純粋な私経済活動と国賠法2条の営造物管理を除く全ての活動が含まれる。
Q3: 国家賠償法における公務員個人の責任はどうなりますか。
判例は、国賠法1条1項に基づく賠償責任は国又は公共団体が負うものであり、被害者は公務員個人に対して直接損害賠償を請求することはできないとしている(最判昭和30年4月19日)。国又は公共団体が賠償した後、公務員に故意又は重過失がある場合には求償権を行使できる(国賠法1条2項)。
Q4: 規制権限の不行使が違法となるのはどのような場合ですか。
規制権限の不行使が国賠法上の違法となるのは、当該権限を定めた法令の趣旨・目的に照らし、被害が重大であること、行政庁が被害の発生を予見できたこと、規制権限の行使により結果を回避できたこと、権限行使が期待可能であったことなどを総合考慮し、不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合である。
Q5: 違法な行政指導は国家賠償法1条の対象になりますか。
なる。行政指導は法的拘束力をもたない非権力的な事実行為だが、国家賠償法1条1項の「公権力の行使」は広義説により行政指導も含む。したがって、違法な行政指導により損害を被った私人は、国又は公共団体に対し国家賠償を請求できる。問題となるのは、いつ行政指導が「違法」になるかであり、相手方が任意に協力している間は適法、相手方が協力できない旨を真摯かつ明確に表明した後に特段の事情なく指導を継続して事実上強制した場合に違法となる。
Q6: 行政指導が違法かどうかを判断した最高裁判例は何ですか。
代表例が最判昭和60年7月16日(品川マンション事件)である。マンション建築をめぐる近隣紛争の解決を求める行政指導の継続中に建築確認処分が留保された事案で、最高裁は、建築主が確認処分の留保に任意に同意している間は留保も適法だが、建築主が指導にもはや協力できない旨を真摯かつ明確に表明して速やかな応答を求めたときは、特段の事情がない限りそれ以降の留保は違法となる、と判示した。この判例法理は後に行政手続法32条・33条として明文化された。
Q7: 行政指導に従わなかったことを理由に不利益な取扱いを受けた場合はどうなりますか。
行政手続法32条2項は、行政指導に従わなかったことを理由とする不利益な取扱いを禁止している。また同法33条は、申請の取下げ等を求める行政指導について、申請者が従う意思がない旨を表明したにもかかわらず指導を継続して申請者の権利行使を妨げることを禁じている。これらに違反する取扱い(例えば指導不服従を理由とする許認可の留保・拒否)は、行政手続法上違法であり、同時に国家賠償法1条1項の「違法」を基礎づける有力な事情となる。
関連条文
国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
― 国家賠償法 第1条第1項
何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
― 日本国憲法 第17条
関連判例
- 処分性の判断基準の判例 - 行政処分の要件と国家賠償の前提
- 原告適格の判例 - 行政訴訟における救済手段の選択
試験に出るポイント
- 短答式: 国賠法1条1項の要件(公権力の行使、公務員、職務を行うについて、故意又は過失、違法、損害)の正確な知識が問われる。「公権力の行使」の広義説(純粋な私経済活動と営造物管理を除く全ての活動)の理解が必要
- 短答式: 違法性の二元論(取消訴訟上の違法と国賠法上の違法の区別)、職務行為基準説の内容と結果不法説との対比が問われる。処分が取り消されても直ちに国賠法上違法にならない点の理解が重要
- 論文式: 職務行為基準説に基づいて違法性を具体的事実に即してあてはめる力が求められる。「職務上通常尽くすべき注意義務」の水準を示し、公務員の判断過程の合理性を検討する
- 論文式: 規制権限の不行使の違法性が近年の最頻出論点。法令の趣旨・目的、被害の重大性、予見可能性、結果回避可能性、期待可能性の総合考慮で「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」か否かを判断する
- 論文式: 処分性・原告適格と国家賠償の複合問題が出題される。取消訴訟の訴訟要件が否定された場合の代替的救済として国賠請求を検討する設問構造を理解しておく必要がある
覚えるべき要点
キーフレーズ
- 「職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認めうるような事情がある場合に限り」
- 「公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えた」
- 「その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合」(規制権限の不行使)
- 「所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があつたとの評価を受けるものではなく」
数字・日付
- 判決日: 昭和60年11月21日(1985年11月21日)
- 事件番号: 昭和56年(オ)第1170号
- 法廷: 最高裁判所第三小法廷
- 関連条文: 国賠法1条1項・2項、憲法17条
- 規制権限不行使判例: 最判平16.4.27(筑豊じん肺)、最判平16.10.15(水俣病関西)、最判平26.10.9(大阪泉南アスベスト)
- 立法不作為判例: 最大判平17.9.14(在外邦人選挙権)
対比表
項目 取消訴訟上の違法 国賠法上の違法(職務行為基準説) 判断対象 処分の客観的な法規適合性 公務員の職務行為の義務違反 判断基準 処分が法令の要件を充たすか 職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたか 帰結 処分取消→違法 処分取消でも注意義務を尽くしていれば違法でない 過失との関係 別個の問題 違法性と過失が融合論証への活かし方
規範の明示
答案で引用すべき規範(原文ママ):
行政処分の違法(職務行為基準説):
「税務署長のする所得税の更正は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があつたとの評価を受けるものではなく、税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認めうるような事情がある場合に限り、右の違法があつたとの評価を受ける」(最判昭和60年11月21日)
規制権限の不行使:
「行政庁の規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法と評価されるのは、当該権限を定めた法令の趣旨・目的、その権限の性質等に照らし、被害の重大性、予見可能性、結果回避可能性、期待可能性等を総合考慮して、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合である」(最判平成16年4月27日参照)
論文での引用例
「本件処分が国賠法1条1項の『違法』に該当するか検討する。国賠法上の違法は、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して損害を加えた場合に認められ、処分が客観的に違法であるだけでは足りず、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分をした場合に限られる(最判昭60.11.21)。」
あてはめのコツ
- 公務員の判断過程の合理性を具体的に検討する: 公務員がどのような資料を収集し、どのような判断を行ったかを事実に即して検討する。「入手可能な資料を合理的に収集した」「収集した資料に基づく判断が合理的であった」か否かを具体的に分析する
- 規制権限の不行使では4つの考慮要素を順に検討する: (1)被害の重大性(生命・健康への被害か)、(2)予見可能性(行政庁が被害の発生を予見できたか)、(3)結果回避可能性(規制権限の行使により結果を回避できたか)、(4)期待可能性(権限行使が期待可能であったか)を順に検討する
- 法令の趣旨・目的を分析する: 規制権限を定めた法令の趣旨・目的が何か(公益の保護か、個々人の権利利益の保護か)を分析し、違法性の判断に結びつける
まとめ
最判昭和60年11月21日は、国家賠償法1条1項の違法性の判断基準として職務行為基準説を採用した重要判例である。本判決により、取消訴訟における処分の違法と国家賠償訴訟における違法は異なる概念であることが明確にされ(違法性の二元論)、国家賠償法上の違法は公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったか否かによって判断されることとなった。この判断基準は結果不法説からの批判を受けつつも判例として定着しており、規制権限の不行使の場面での応用など、現在も展開が続いている。
また、国家賠償法1条1項の「公権力の行使」は広義に解され(広義説)、違法な行政指導もその対象に含まれる。最判昭和60年7月16日(品川マンション事件)は、相手方が行政指導に協力できない旨を真摯かつ明確に表明した後、特段の事情なく指導を継続して許認可等を留保することは、相手方の任意性を超えた事実上の強制として違法となると判示した。この法理は行政手続法32条・33条に明文化されており、「違法な行政指導 国家賠償法1条 判例」を学ぶ際の中核となる。試験では、税務更正処分型の職務行為基準説の論証と、行政指導型の「任意の協力の限界」論証の双方を、事案に応じて使い分けられるようにしておきたい。