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【判例】国家賠償法1条と公権力の違法性(最判昭60.11.21)

国家賠償法1条の「公権力の行使」と「違法性」の意義に関する最判昭60.11.21を解説。職務行為基準説と権利侵害基準説の対立、規制権限の不行使を詳しく分析します。

この判例のポイント

国家賠償法1条1項の「違法」とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたことをいい、取消訴訟における行政処分の違法とは異なる概念である。国家賠償訴訟における違法性の判断基準として職務行為基準説を採用したことを明らかにした重要判例である。


事案の概要

本件は、税務署長が行った所得税の更正処分が後に取り消された場合に、当該更正処分を行ったことについて国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求が認められるかが問題となった事案である。

原告は、税務署長が行った所得税の更正処分が違法であるとして、取消訴訟を提起し、勝訴判決を得た。その後、原告は、違法な更正処分により精神的苦痛を受け、また税理士費用等の損害を被ったとして、国を被告として国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた。

国は、更正処分が取消訴訟において取り消されたとしても、税務署長が更正処分を行ったこと自体が国家賠償法上の違法に該当するわけではないと主張した。


争点

  • 取消訴訟で取り消された行政処分について、当該処分を行ったこと自体が国家賠償法1条1項の「違法」に該当するか
  • 国家賠償法1条1項の「違法」と取消訴訟における行政処分の「違法」は同一の概念か
  • 国家賠償法1条1項の「違法」の判断基準はどのようなものか

判旨

最高裁は、国家賠償法1条1項の「違法」について以下のとおり判示した。

税務署長のする所得税の更正は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があつたとの評価を受けるものではなく、税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認めうるような事情がある場合に限り、右の違法があつたとの評価を受ける

― 最高裁判所第三小法廷 昭和60年11月21日 昭和56年(オ)第1170号

すなわち、国家賠償法1条1項の「違法」は、行政処分の客観的な法規違反ではなく、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったか否かによって判断されるとした。


ポイント解説

違法性の二元論

本判決の最大の意義は、取消訴訟における違法と国家賠償訴訟における違法が異なる概念であることを明確にした点にある。この考え方は違法性の二元論(違法性相対説)と呼ばれる。

訴訟類型 違法の意味 判断基準 取消訴訟 行政処分の客観的な法規適合性 処分が法令の要件を充たしているか 国家賠償訴訟 公務員の職務行為の義務違反 公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたか

この二元論のもとでは、行政処分が取消訴訟で取り消されたとしても(取消訴訟上は「違法」)、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていた場合には、国家賠償法上は「違法」とはならない。

職務行為基準説

本判決が採用した職務行為基準説は、国家賠償法1条1項の違法性を、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背したか否かによって判断する立場である。

この立場は、違法性の判断を公務員の行為の態様に焦点を当てて行うものであり、以下の点を考慮する。

  • 収集した資料の内容: 公務員が入手可能な資料を合理的に収集したか
  • 判断過程の合理性: 収集した資料に基づく判断が合理的であったか
  • 注意義務の程度: 職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたか

結果不法説との対比

職務行為基準説に対する対立説として、結果不法説(結果違法説)がある。結果不法説は、国家賠償法1条1項の違法性を、行政処分の客観的な違法性(法規違反)そのものとして捉える立場であり、取消訴訟における違法と国家賠償訴訟における違法を同一の概念と理解する(違法性一元論)。

結果不法説からは、処分が取り消された以上は国家賠償法上も違法と評価すべきであり、職務行為基準説は国家賠償の範囲を不当に狭めるものであるとの批判がある。

「職務上通常尽くすべき注意義務」の水準

職務行為基準説における注意義務の水準は、平均的な公務員を基準として判断される。すなわち、特別に高度な専門的知識・能力を要求するものではなく、当該職務に就く公務員として通常期待される水準の注意義務を尽くしたか否かが基準となる。

この基準のもとでは、法令の解釈に複数の見解が存在する場合で、公務員がいずれかの見解に基づいて判断したときには、その解釈が後に誤りであったとされても、直ちに国家賠償法上の違法とはならない。


学説・議論

違法性の判断基準をめぐる三つの学説

国家賠償法1条1項の違法性については、以下の三つの学説が対立している。

  • 職務行為基準説(判例の立場): 違法性は、公務員が職務上の注意義務に違反したか否かによって判断される。違法性と過失が一体的に判断され(違法性と過失の融合)、実質的には過失の有無が判断の中心となる。この立場は国の賠償責任の範囲を限定する傾向がある

  • 結果不法説: 違法性は、行政活動の結果としての法規違反(客観的な違法性)によって判断される。過失は違法性とは別個の要件として判断される。この立場は、取消訴訟における違法性と同一の基準を用いるため概念の統一性がある。もっとも、過失がなくても違法性が認められうるため、過失の要件でフィルタリングすることになり、実質的な結論において職務行為基準説と大きく異ならない場合もある

  • 相関関係説: 違法性は、侵害行為の態様と被侵害利益の種類・程度との相関関係で判断される。民法709条の不法行為における違法性の判断と同様の枠組みを用いる。この立場は柔軟な判断を可能にするが、基準が不明確になるとの批判がある

規制権限の不行使と国家賠償

本判決が示した違法性の判断基準は、行政処分が行われた場合に関するものであるが、近年では行政庁が規制権限を行使しなかったこと(不作為)が国家賠償法上の違法に該当するかという問題が重要性を増している。

最判平成16年4月27日(筑豊じん肺訴訟)では、通商産業大臣(当時)が石炭鉱山における粉じん対策のための規制権限を行使しなかったことが国家賠償法上の違法に該当するとされた。最高裁は、規制権限の不行使が違法となるのは、権限を定めた法令の趣旨・目的や被害の重大性に照らし、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く場合であるとした。

最判平成16年10月15日(水俣病関西訴訟)でも同様に、規制権限の不行使の違法性が認められた。これらの判例は、行政の不作為についても国家賠償責任を認めることで、被害者救済の拡充を図ったものと評価されている。

立法行為の違法と国家賠償

さらに発展的な問題として、国会の立法行為(立法不作為を含む)が国家賠償法上の違法に該当するかという論点がある。

最大判昭和60年11月21日(在宅投票制度廃止事件)では、立法行為が国家賠償法上の違法と評価されるのは、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず、国会があえて当該立法を行うというような例外的な場合に限られるとされた。その後の最大判平成17年9月14日(在外邦人選挙権事件)では、この基準が緩和され、立法不作為の違法が認められた。


判例の射程

公権力の行使の範囲

国家賠償法1条1項の「公権力の行使」の範囲については、広義説が判例の立場である。すなわち、「公権力の行使」には行政処分のみならず、行政指導・公立学校での教育活動・公務員の事実行為など、国又は公共団体の作用のうち純粋な私経済活動と国家賠償法2条の営造物管理を除く全ての活動が含まれる。

他の判例への影響

本判決の職務行為基準説は、税務更正処分以外の行政処分についても広く適用されている。

最判平成5年3月11日では、建築確認処分について職務行為基準説を適用し、建築主事が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていたか否かを判断基準とした。

最判平成3年7月9日では、刑事事件における検察官の公訴提起について、合理的な嫌疑に基づいていた場合には国家賠償法上の違法はないとした。


反対意見・補足意見

本判決には個別意見は付されていない。もっとも、職務行為基準説については、学説からの根強い批判があり、その後の判例においても裁判官間で違法性の判断の厳格さに差異が見られることがある。

特に、規制権限の不行使の違法性が問題となる事案では、被害の深刻さに鑑みて違法性を広く認める方向への判例の展開が見られ、職務行為基準説の枠内での柔軟な運用が図られている。


試験対策での位置づけ

国家賠償法1条は、行政法の論文試験において頻出の論点であり、特に違法性の判断基準と規制権限の不行使が重要である。

出題科目と分野: 行政法の「行政救済法」分野に属する。取消訴訟の訴訟要件(処分性・原告適格)が第1問で問われ、国家賠償が第2問で問われるというパターンも見られる。

出題実績: 司法試験・予備試験で繰り返し出題されている。特に規制権限の不行使に関する出題が増加しており、裁量権収縮論との関係が問われる。

出題のポイント: 国家賠償法1条1項の各要件(公権力の行使、公務員、職務を行うについて、故意又は過失、違法、損害)を体系的に検討する力が求められる。特に「違法」の要件について職務行為基準説を正確に論じ、事実関係に即したあてはめを行うことが重要である。


答案での使い方

基本的な論証パターン(職務行為基準説)

論証例(規範部分):

「国家賠償法1条1項の『違法』とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたことをいう(最判昭和60年11月21日)。したがって、行政処分が後に取り消されたとしても、そのことから直ちに国家賠償法上の違法があったとの評価を受けるものではなく、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分をしたと認めうるような事情がある場合に限り、違法の評価を受ける。」

規制権限の不行使の論証パターン

論証例:

「行政庁の規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法と評価されるのは、当該権限を定めた法令の趣旨・目的、その権限の性質等に照らし、被害の重大性予見可能性結果回避可能性期待可能性等を総合考慮して、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合である(最判平成16年4月27日参照)。」


重要概念の整理

違法性に関する学説の比較

学説 違法性の内容 違法性と過失の関係 批判 職務行為基準説(判例) 職務上の注意義務違反 違法性と過失が融合 国賠責任を不当に狭める 結果不法説 行政行為の客観的法規違反 違法性と過失を別個に判断 過失要件との関係が不明確 相関関係説 侵害行為の態様と被侵害利益の相関 柔軟な判断が可能 基準が不明確

規制権限の不行使が問題となった主要判例

判例 規制対象 結論 判断のポイント 最判平成16年4月27日(筑豊じん肺) 炭鉱の粉じん対策 違法 権限不行使が著しく合理性を欠く 最判平成16年10月15日(水俣病関西) 水銀排出規制 違法 被害の重大性、予見可能性 最判平成26年10月9日(大阪泉南アスベスト) 石綿使用規制 違法 省令改正権限の不行使

発展的考察

違法性の二元論と実務への影響

違法性の二元論(取消訴訟における違法と国賠訴訟における違法の区別)は、実務上重要な帰結をもたらす。取消訴訟で処分が取り消されたとしても、国賠訴訟で違法が認められるとは限らない。このことは、行政処分を争う場合の訴訟戦略の選択に影響を与える。取消訴訟と国賠訴訟を併合提起する場合には、それぞれの違法性の主張・立証が異なることを意識する必要がある。

立法不作為の国家賠償

最大判平成17年9月14日(在外邦人選挙権事件)は、在外邦人の選挙権行使を認める立法措置を長期間怠ったことが国賠法上の違法に該当するとした。従来の最大判昭和60年11月21日(在宅投票制度廃止事件)が「憲法の一義的な文言に違反する場合」に限定していたのに対し、この判決はその基準を実質的に緩和し、立法不作為による国賠責任の可能性を広げた。

行政の不作為と作為義務

規制権限の不行使の場面では、行政庁に作為義務(規制権限を行使すべき義務)が生じるかが問題となる。判例は、裁量権が収縮して行政庁に作為義務が生じる場合(裁量権収縮論)として、被害の重大性、予見可能性、結果回避可能性、期待可能性を総合考慮する枠組みを採用している。


よくある質問

Q1: 取消訴訟で処分が取り消された場合、国賠訴訟でも違法は認められますか。

必ずしも認められない。職務行為基準説のもとでは、国賠法上の違法は公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったかによって判断されるため、処分が客観的に違法であっても、公務員が注意義務を尽くしていた場合には国賠法上の違法は否定される。

Q2: 国家賠償法1条1項の「公権力の行使」にはどのような行為が含まれますか。

判例は広義説を採用しており、行政処分のみならず、行政指導、公立学校での教育活動、公立病院での医療行為など、国又は公共団体の作用のうち純粋な私経済活動と国賠法2条の営造物管理を除く全ての活動が含まれる。

Q3: 国家賠償法における公務員個人の責任はどうなりますか。

判例は、国賠法1条1項に基づく賠償責任は国又は公共団体が負うものであり、被害者は公務員個人に対して直接損害賠償を請求することはできないとしている(最判昭和30年4月19日)。国又は公共団体が賠償した後、公務員に故意又は重過失がある場合には求償権を行使できる(国賠法1条2項)。

Q4: 規制権限の不行使が違法となるのはどのような場合ですか。

規制権限の不行使が国賠法上の違法となるのは、当該権限を定めた法令の趣旨・目的に照らし、被害が重大であること、行政庁が被害の発生を予見できたこと、規制権限の行使により結果を回避できたこと、権限行使が期待可能であったことなどを総合考慮し、不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合である。


関連条文

国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

― 国家賠償法 第1条第1項

何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。

― 日本国憲法 第17条


関連判例


まとめ

最判昭和60年11月21日は、国家賠償法1条1項の違法性の判断基準として職務行為基準説を採用した重要判例である。本判決により、取消訴訟における処分の違法と国家賠償訴訟における違法は異なる概念であることが明確にされ(違法性の二元論)、国家賠償法上の違法は公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったか否かによって判断されることとなった。この判断基準は結果不法説からの批判を受けつつも判例として定着しており、規制権限の不行使の場面での応用など、現在も展開が続いている。

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