【判例】一部請求と既判力(最判平10.6.12)
一部請求と既判力に関する最高裁判例を解説。明示の一部請求の残部請求の可否・外側説と内側説の対立・既判力の客観的範囲を分析します。
この判例のポイント
一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えを提起した場合(明示の一部請求)、その一部請求を棄却する判決が確定したときは、残部請求は既判力によって遮断される。本判決は、明示の一部請求が棄却された場合の残部請求の可否について、外側説を前提としつつ、棄却判決の場合には残部請求も遮断されるとの重要な判断を示した。
事案の概要
XはYに対して、不法行為に基づく損害賠償請求として1000万円の債権のうち500万円の支払を求める訴え(明示の一部請求)を提起した。前訴においてXの請求は全部棄却され、判決が確定した。
その後、Xは同一の不法行為に基づく損害賠償請求権の残部500万円の支払を求める後訴を提起した。Yは、前訴の確定判決の既判力により残部請求は遮断されると主張した。
問題の核心は、明示の一部請求を棄却する判決が確定した場合に、残部請求が前訴判決の既判力によって遮断されるかという点にあった。
争点
- 明示の一部請求が棄却された場合の残部請求の可否
- 一部請求における訴訟物の範囲
- 一部請求と既判力の客観的範囲の関係
判旨
一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを理由として右額の限度でこれを請求するものであり、右請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。すなわち、裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部についてその額を確定しなければならない。右一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部についてのみ現存するとの判断を示すものにほかならず、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである
― 最高裁判所第二小法廷 平成10年6月12日 平成8年(オ)第316号
最高裁は、明示の一部請求が全部又は一部棄却された場合、残部請求は前訴判決の既判力又はこれに準ずる効力によって遮断されると判示した。一部請求の棄却判決は債権の全部について審理判断した結果であり、残部請求を許すことは紛争の蒸し返しにほかならないとした。
ポイント解説
一部請求の意義と類型
一部請求とは、一個の債権の数量的な一部についてのみ裁判を求めるものである。一部請求には以下の類型がある。
- 明示の一部請求: 債権の一部である旨を明示して訴えを提起する場合。「1000万円の債権のうち500万円を請求する」といった形式
- 黙示の一部請求: 一部請求である旨を明示せず、結果的に債権の一部のみを請求する場合
明示の一部請求と黙示の一部請求では、訴訟物の範囲と既判力の客観的範囲が異なる。
外側説と内側説
明示の一部請求における訴訟物の範囲については、以下の二つの見解が対立している。
外側説(通説・判例): 明示の一部請求の訴訟物は債権の一部(請求された部分)に限定される。したがって、一部請求が認容された場合、既判力は請求された部分にのみ及び、残部については既判力が及ばない。残部請求は後訴で別途請求可能である。
内側説: 一部請求であっても訴訟物は債権全体である。裁判所は債権全体について審理判断し、一部のみを認容する場合でも、残部についても審理の対象に含まれる。既判力は債権全体に及ぶ。
一部請求認容の場合と棄却の場合
外側説を前提とすると、一部請求が認容された場合、既判力は請求された一部にのみ及び、残部についての後訴は許される。
しかし、一部請求が棄却された場合の取扱いが問題となる。外側説を形式的に貫くと、既判力は請求された一部についてのみ生じ、残部についての後訴は許されることになるが、本判決はこの帰結を修正し、一部請求が棄却された場合には残部請求も遮断されるとした。
この判断の実質的根拠は以下のとおりである。
一部請求を棄却する判決は、債権全体について審理した結果、請求額に満たないとの判断を示すものである。すなわち、棄却判決は「債権は全く存在しないか、又は請求額に達しない」ことを意味し、残部として請求しうる部分が存在しないとの判断を含んでいる。
一部請求が一部認容された場合
本判決の射程として、一部請求が一部認容・一部棄却された場合の残部請求の可否が問題となる。例えば、500万円の一部請求のうち300万円が認容された場合、残部500万円の後訴は許されるか。
この場合、認容された300万円と棄却された200万円の関係が問題となる。本判決の論理を延長すれば、棄却された200万円部分について債権が存在しないとの判断が示されているのであるから、残部500万円のうち少なくとも200万円部分の後訴は遮断されるとも解しうる。もっとも、この点については判例が確立しておらず、なお議論がある。
学説・議論
一部請求の可否自体の議論
一部請求が許されるか自体についても争いがある。
肯定説(判例・通説): 処分権主義の帰結として、原告は請求の範囲を自由に画定できるから、債権の一部のみを請求することは許される。最判昭37.8.10はこの立場を明確にした
否定説(少数説): 一部請求を許すと、被告は同一債権について複数回の応訴を強いられることになり、訴訟不経済である。また、既判力の範囲が不明確になるという問題もある
外側説と内側説の対立
外側説を支持する根拠: (1)処分権主義の観点から、原告が請求の範囲を画定できる以上、訴訟物もその範囲に限定されるべきである。(2)原告が一部請求に留めるのは、訴額に応じた印紙代の負担軽減や立証の負担軽減など合理的な理由がありうる
内側説を支持する根拠: (1)一部請求の審理においても裁判所は債権全体の存否を判断するのであるから、訴訟物を一部に限定する合理性がない。(2)外側説では残部請求が許されるため被告に二重の応訴の負担が生じる。(3)既判力の範囲が明確になる
本判決の理論的位置づけ
本判決は外側説を前提としつつも、一部請求棄却の場合に残部請求を遮断するという修正を加えた。この判断は、以下のいずれかの理論構成によって説明される。
- 既判力による遮断: 一部請求の棄却判決の既判力は請求された部分にのみ及ぶが、残部請求は実質的に前訴の蒸し返しであるから、信義則又は既判力に準ずる効力により遮断される
- 訴訟物の範囲の修正: 一部請求が棄却された場合には、訴訟物は債権全体に拡大し、既判力も債権全体に及ぶとする見解
判例の射程
一部請求認容判決確定後の残部請求
最判昭37.8.10は、明示の一部請求が認容された場合、残部請求の後訴は既判力によって遮断されないとしている。本判決は棄却の場合の残部請求を遮断したものであるから、認容の場合と棄却の場合で結論が分かれることになる。
この結論の差異は以下のように説明される。一部請求が認容された場合は、債権の存在が確認されたにとどまり、その額が一部請求額を超えるかどうかは前訴で審判されていない。これに対し、一部請求が棄却された場合は、債権が請求額に満たない(又は存在しない)ことが前訴で確定しているため、残部請求は論理的にありえない。
一部請求と相殺の抗弁
一部請求に対して被告が相殺の抗弁を主張した場合、相殺の充当順序が問題となる。外側説を前提とすると、相殺は請求された一部との間でなされるのか、債権全体との間でなされるのかが不明確である。この問題については、相殺は請求された一部の限度で充当されるとする見解が有力である。
一部請求と時効中断(完成猶予・更新)
一部請求の訴えの提起が残部について時効中断(完成猶予・更新)の効力を生じるかも重要な問題である。最判昭34.2.20は、明示の一部請求の訴え提起は残部について裁判上の催告としての効力を有するとした。
反対意見・補足意見
本判決には反対意見は付されていない。もっとも、学説においては、一部請求棄却の場合に残部請求を遮断する根拠づけについて、既判力説と信義則説の間でなお活発な議論がある。
試験対策での位置づけ
一部請求と既判力は、司法試験・予備試験の民事訴訟法においてA級の重要論点であり、外側説と内側説の対立及び一部請求棄却時の残部請求の可否が繰り返し出題されている。論文式試験では、明示の一部請求の後に残部請求がなされる場面の設問が典型的であり、認容の場合と棄却の場合を区別して論じることが求められる。
出題実績としては、新司法試験では平成22年、平成28年、令和3年に関連する出題がなされ、予備試験でも複数回出題されている。
主な出題パターンは、(1)一部請求の可否と訴訟物の範囲(外側説・内側説の対立)、(2)一部請求棄却後の残部請求の遮断(本判決の論理)、(3)一部請求認容後の残部請求の可否、(4)一部請求と時効中断(完成猶予・更新)の関係、の四つが主な類型である。
答案での使い方
論証パターン
「一個の金銭債権の数量的一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えを提起した場合(明示の一部請求)、訴訟物は当該一部に限定される(外側説)。したがって、一部請求が認容された場合、既判力は請求された部分にのみ及び、残部請求の後訴は既判力によって遮断されない。しかし、一部請求が棄却された場合には、棄却判決は債権の全部について審理した結果として残部として請求しうる部分が存在しないとの判断を示すものであるから、残部請求は前訴判決によって遮断される(最判平10.6.12)。」
答案記述例
「Xが1000万円の損害賠償請求権のうち500万円の支払を求める明示の一部請求を提起し、前訴でXの請求が全部棄却されて確定した場合について検討する。前訴では、裁判所は損害賠償請求権の全部について発生・消滅の原因事実を審理判断した結果、請求額に達しないとの判断を示している。この棄却判決は、残部として請求しうる部分が存在しないとの判断を含むものであるから、Xが残部500万円の支払を求める後訴を提起することは、前訴で認められなかった請求の蒸し返しであり許されない。」
試験に出るポイント
- 明示の一部請求では訴訟物は請求された一部に限定される(外側説が判例・通説)
- 一部請求が認容された場合、残部請求の後訴は既判力によって遮断されない
- 一部請求が棄却された場合、残部請求は前訴判決によって遮断される(最判平10.6.12)
- 棄却の場合の遮断根拠は、棄却判決が債権全体の不存在・不足を示す判断であることにある
- 一部請求の訴え提起は残部について裁判上の催告としての効力を有する(最判昭34.2.20)
覚えるべき要点
- 明示の一部請求 = 処分権主義により許容(最判昭37.8.10)
- 外側説 = 訴訟物は一部に限定、残部に既判力及ばず(通説・判例)
- 内側説 = 訴訟物は債権全体
- 一部請求認容 → 残部請求可(既判力は一部のみ)
- 一部請求棄却 → 残部請求不可(最判平10.6.12)
論証への活かし方
一部請求と既判力の論証においては、以下の構成が有効である。
第1段階として、明示の一部請求の可否と訴訟物の範囲について外側説と内側説の対立を示し、外側説(判例・通説)を採用する。
第2段階として、一部請求の結果(認容か棄却か)に応じて残部請求の可否を論じる。認容の場合は残部請求を許容し、棄却の場合は遮断するという結論の差異と、その実質的根拠(棄却判決が債権全体の審理結果を示す点)を丁寧に論じる。
第3段階として、具体的事案へのあてはめを行い、前訴の判決内容と後訴の請求内容を対比して結論を導く。
重要概念の整理
一部請求と残部請求の可否
場面 訴訟物の範囲 残部請求の可否 根拠 一部請求認容 請求された一部(外側説) 可 残部に既判力及ばず 一部請求全部棄却 請求された一部(外側説) 不可 債権不存在の判断 一部請求一部認容 請求された一部(外側説) 争いあり 棄却部分の射程の問題 黙示の一部請求 債権全体 不可 既判力が全体に及ぶ外側説と内側説の比較
比較項目 外側説 内側説 訴訟物 請求された一部 債権全体 認容時の残部請求 可能 不可能 棄却時の残部請求 遮断(判例による修正) 遮断(既判力による) 処分権主義との関係 整合的 処分権主義の修正 被告の応訴負担 二重応訴のおそれ 一回的解決よくある質問
Q1: なぜ外側説が通説とされているのですか。
外側説は処分権主義の帰結として理論的に整合的であるとされている。処分権主義により、原告は請求の範囲を自由に画定できるのであるから、訴訟物もその範囲に限定されるべきである。また、原告が一部請求に留めるのは、印紙代の軽減や立証の負担軽減など合理的理由がありうる。
Q2: 一部請求棄却の場合に残部請求を遮断する法的根拠は何ですか。
本判決は明示的な法的根拠を特定していないが、学説上は(1)既判力(114条1項)により直接遮断されるとする見解、(2)既判力に準ずる効力として信義則(2条)により遮断されるとする見解、(3)棄却判決により訴訟物が債権全体に拡大したと解する見解がある。
Q3: 明示の一部請求と黙示の一部請求の違いは何ですか。
明示の一部請求は、一部である旨を訴状に明記して請求するものであり、訴訟物が一部に限定される(外側説)。黙示の一部請求は、一部である旨を明示せずに請求するものであり、訴訟物は請求額全体(又は債権全体)とされるため、既判力の範囲が異なる。黙示の一部請求の場合、残部請求は既判力によって遮断される。
Q4: 一部請求と過失相殺の関係はどうなりますか。
一部請求に対して過失相殺が適用される場合、債権全体から過失相殺を行った後の残額と一部請求額を比較するとする見解(外側説との整合性を重視)と、一部請求額から過失相殺を行うとする見解がある。最判平6.11.22は、一部請求に対する過失相殺について、債権総額から過失相殺を行い、その残額の範囲で一部請求額と比較すべきとしている。
Q5: 一部請求の訴え提起は残部について消滅時効の完成猶予の効力がありますか。
最判昭34.2.20は、明示の一部請求の訴え提起は残部について裁判上の催告としての効力を有するとした。したがって、訴え提起から6か月以内に残部について訴えを提起するなどの措置をとれば、残部についても消滅時効の完成が猶予される。
関連条文
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
― 民事訴訟法 第114条第1項
関連判例
まとめ
一部請求と既判力に関する本判決は、明示の一部請求が棄却された場合に残部請求が前訴判決によって遮断されることを明らかにした重要判例である。外側説を前提としつつ、一部請求の棄却判決は債権全体について審理判断した結果であり、残部として請求しうる部分が存在しないとの判断を含むものであるとの論理を採用した。一部請求認容の場合と棄却の場合で残部請求の可否が異なるという結論は、処分権主義と紛争解決の一回性の調和を図るものと評価できる。一部請求と既判力は、訴訟物の範囲、処分権主義、既判力の客観的範囲が交錯する民事訴訟法の核心的論点であり、外側説と内側説の対立を踏まえた正確な理解が不可欠である。