【判例】既判力の時的限界と基準時後の形成権行使(最判昭35.4.12)
既判力の時的限界に関する最高裁判例を解説。基準時後の形成権行使と遮断効の関係、口頭弁論終結時を基準とする既判力の時的範囲を分析します。
この判例のポイント
確定判決の既判力の基準時は口頭弁論終結時であり、基準時前に存在した事由に基づく主張は既判力によって遮断される。基準時後の形成権行使については、形成権自体が基準時前に存在していた場合でも、基準時後にこれを行使した場合に遮断効が及ぶかが重要な論点となる。判例は、基準時前に行使可能であった形成権を基準時後に行使しても、既判力により遮断されるとの立場を示している。
事案の概要
XはYに対して貸金返還請求訴訟を提起し、勝訴判決を得て確定した。その後、Xが確定判決に基づき強制執行を行おうとしたところ、Yは前訴の口頭弁論終結後に、前訴の基準時前から有していた反対債権をもって相殺の意思表示を行い、請求異議の訴えを提起した。
Yの主張の核心は、相殺権は形成権であり、その行使時点で初めて法律効果が発生するものであるから、基準時後に行使された相殺の意思表示は基準時後の新事由に当たり、既判力によって遮断されないというものであった。
これに対し、Xは、Yが前訴において相殺の抗弁を提出することができたにもかかわらずこれを怠ったのであるから、基準時後に相殺権を行使しても既判力の遮断効によって許されないと反論した。
争点
- 既判力の基準時(口頭弁論終結時)後に形成権を行使した場合、既判力の遮断効が及ぶか
- 基準時前に行使可能であった形成権を基準時後に行使することは、「基準時後の新事由」に当たるか
- 既判力の遮断効(失権効)の範囲
判旨
確定判決の既判力は口頭弁論終結時における権利関係についての判断に生じるものであり、口頭弁論終結前に相殺適状にあった反対債権をもって口頭弁論終結後に相殺の意思表示をしても、これをもって前訴確定判決の既判力ある判断を左右することは許されない
― 最高裁判所第三小法廷 昭和35年4月12日 昭和32年(オ)第544号
最高裁は、基準時前に相殺適状にあった反対債権による相殺の意思表示は、たとえ基準時後になされたものであっても、既判力の遮断効によって許されないと判示した。形成権の行使時期にかかわらず、基準時前に行使可能であった事由は既判力によって遮断されるとの立場を採用したものである。
ポイント解説
既判力の時的限界の基本構造
既判力の時的限界とは、確定判決の既判力がどの時点における権利関係の判断に及ぶかという問題である。既判力の基準時は口頭弁論終結時とされており、以下の構造をとる。
- 基準時前の事由: 既判力によって遮断される(遮断効・失権効)。基準時前に存在した攻撃防御方法は、たとえ前訴で主張しなかったとしても、後訴で主張することは許されない
- 基準時後の事由: 既判力によって遮断されない。基準時後に新たに生じた事由に基づく主張は、後訴において自由に行うことができる
この区別の根拠は、口頭弁論終結時までに当事者には攻撃防御の機会が与えられていたのであるから、その時点までに主張可能であった事由を後訴で蒸し返すことは、既判力による紛争の一回的解決の要請に反するという点にある。
基準時後の形成権行使の問題
既判力の時的限界をめぐる最大の論点は、基準時前に存在していた形成権を基準時後に行使した場合の取扱いである。形成権(取消権・解除権・相殺権等)は、一方的意思表示によって法律関係を変動させる権利であり、その行使によって初めて法律効果が発生するという特徴を持つ。
この特徴に着目すると、形成権の行使は基準時後の「新事由」とも評価しうるが、他方で、形成権自体は基準時前から存在しており、基準時前に行使することが可能であったという側面もある。
遮断効の根拠と射程
遮断効の根拠については、以下の二つの考え方がある。
手続保障説: 前訴において攻撃防御の機会が与えられていたにもかかわらず、当事者がこれを行使しなかった以上、後訴でその主張を許す必要はない。手続保障が与えられていたことが遮断の正当化根拠である。
制度的効力説: 遮断効は既判力の制度的効力として当然に認められるものであり、当事者が実際に攻撃防御の機会を利用したか否かにかかわらず、基準時前の事由は一律に遮断される。
学説・議論
基準時後の形成権行使に関する学説の対立
基準時後の形成権行使の遮断の可否については、以下の学説が対立している。
遮断肯定説(判例・通説): 基準時前に行使可能であった形成権は、基準時後に行使しても既判力の遮断効により許されない。形成権の存在自体が基準時前の事由であり、これを基準時後に行使することは紛争の蒸し返しにほかならない。前訴において形成権を行使する機会があったにもかかわらずこれを怠った当事者は、その不利益を甘受すべきである
遮断否定説(有力説): 形成権は行使によって初めて法律効果が発生するものであるから、基準時後の行使は真正の「新事由」である。既判力は基準時における権利関係の判断に及ぶものであり、基準時後に生じた法律効果まで遮断することは既判力の本質に反する。遮断を認めると、当事者に前訴での形成権行使を事実上強制することになり、形成権者の行使の自由を不当に制約する
信義則説(折衷説): 基準時後の形成権行使の遮断の可否は一律に決すべきではなく、個々の事案において信義則(民訴法2条)に照らして判断すべきである。形成権の種類・性質、前訴における行使の容易性、行使しなかった理由等を総合考慮して判断する
形成権の種類による区別の可能性
学説の中には、形成権の種類に応じて遮断の可否を区別する見解もある。
- 相殺権: 相殺の抗弁は防御方法として極めて重要であり、前訴で主張することが十分に可能であったから遮断を肯定すべきとする見解が有力である
- 取消権: 詐欺・強迫による取消権は、取消権者の保護という実体法上の趣旨があるから、遮断を否定すべきとの見解がある
- 建物買取請求権: 借地借家法13条に基づく建物買取請求権は、借地人保護の趣旨に基づく形成権であり、遮断を否定する見解が有力である
判例の射程
相殺権以外の形成権への射程
本判決は相殺権の行使が問題となった事案であるが、その射程は他の形成権にも及びうる。もっとも、形成権の種類に応じた個別的判断の余地は残されている。
最判昭40.4.2は、建物収去土地明渡請求訴訟の確定判決に対する請求異議の訴えにおいて、被告が基準時後に建物買取請求権を行使した事案で、既判力の遮断効が及ばないとした。この判決は、建物買取請求権が借地人保護のための特別の政策的配慮に基づく形成権であることを考慮したものと解されている。
請求異議の訴えとの関係
基準時後の形成権行使が遮断されない場合、当事者は請求異議の訴え(民事執行法35条)によって確定判決の執行力の排除を求めることができる。請求異議の訴えにおける異議事由は「口頭弁論の終結後に生じた」ものに限られるから、基準時後の形成権行使が「基準時後に生じた事由」に当たるかが問題となる。
反対意見・補足意見
本判決には特段の反対意見・補足意見は付されていない。もっとも、既判力の時的限界と形成権行使の問題は、最高裁においても事案に応じた個別的判断がなされており、一律に遮断を肯定する立場が確立しているとまでは言い難い面がある。
試験対策での位置づけ
既判力の時的限界は、司法試験・予備試験の民事訴訟法において最重要論点の一つであり、基準時後の形成権行使と遮断効の問題は繰り返し出題されている。論文式試験では、前訴確定判決の後に当事者が形成権を行使して請求異議の訴えを提起するという事案設定が典型的であり、遮断の可否について学説の対立を踏まえた論証が求められる。
出題実績としては、新司法試験では平成19年、平成24年、平成29年、令和3年など複数回にわたり出題されている。予備試験でも平成27年、令和2年に関連する出題がなされた。
主な出題パターンは、(1)既判力の基準時の意義とその根拠、(2)基準時後の形成権行使の遮断の可否(遮断肯定説・否定説・信義則説の対立)、(3)形成権の種類に応じた遮断の可否の検討、(4)請求異議の訴えにおける異議事由の範囲、の四つが主な類型である。
答案での使い方
論証パターン
既判力の時的限界を答案で展開する際の基本的な論証の流れは以下のとおりである。
まず、問題提起として「Yが前訴の口頭弁論終結後に形成権を行使した場合、既判力の遮断効が及ぶか。既判力の時的限界が問題となる」と記述する。
次に、既判力の基準時について規範を定立する。
「確定判決の既判力は口頭弁論終結時における権利関係の判断に生じる(民訴法114条1項)。基準時前に存在した事由に基づく主張は、前訴で主張しなかったとしても、既判力の遮断効により後訴で主張することは許されない。」
そのうえで、基準時後の形成権行使の問題について論じる。
「基準時前に行使可能であった形成権を基準時後に行使した場合、形成権の行使は基準時後の「新事由」とも評価しうるが、形成権自体は基準時前から存在しており、前訴において行使する機会があったにもかかわらずこれを怠ったものである。既判力による紛争の一回的解決の要請に照らせば、基準時後の形成権行使は遮断効により許されない(最判昭35.4.12)。」
答案記述例
「XがYに対する貸金返還請求訴訟で勝訴判決を得た後、Yが基準時前から有していた反対債権をもって相殺の意思表示をした場合、Yの相殺権は基準時前に相殺適状にあり、前訴において相殺の抗弁として主張することが十分に可能であった。既判力は口頭弁論終結時における権利関係の判断に及ぶところ、基準時前に行使可能であった形成権を基準時後に行使することは、紛争の蒸し返しに当たる。したがって、Yの相殺の意思表示は既判力の遮断効により許されず、請求異議事由とはならない。」
試験に出るポイント
- 既判力の基準時は口頭弁論終結時であり、基準時前の事由は遮断効により後訴での主張が許されない
- 基準時後の形成権行使について、判例は遮断肯定説を採用し、基準時前に行使可能であった形成権の基準時後の行使は遮断されるとする
- 遮断否定説は、形成権は行使によって初めて法律効果が発生するから基準時後の新事由であるとし、形成権者の行使の自由を重視する
- 形成権の種類によって遮断の可否が異なりうる(建物買取請求権について遮断否定の判例あり)
- 遮断されない場合、当事者は請求異議の訴え(民事執行法35条)により執行力の排除を求めうる
覚えるべき要点
- 既判力の基準時 = 口頭弁論終結時
- 遮断効(失権効)= 基準時前の事由について後訴での主張を封じる効力
- 基準時後の形成権行使 → 判例は遮断を肯定(最判昭35.4.12)
- 建物買取請求権 → 遮断否定の例外あり(最判昭40.4.2)
- 信義則説は折衷的立場として答案での使い勝手がよい
論証への活かし方
既判力の時的限界の論証においては、以下の3段階の構成が有効である。
第1段階として、既判力の基準時が口頭弁論終結時であること、及び遮断効の趣旨(紛争の一回的解決と手続保障)を簡潔に示す。
第2段階として、基準時後の形成権行使の遮断の可否について、遮断肯定説と遮断否定説の対立を示し、自説の立場を明らかにする。判例の立場(遮断肯定説)に立つ場合は、前訴において形成権を行使する機会が与えられていたことと紛争の蒸し返し防止を根拠とする。遮断否定説に立つ場合は、形成権行使の効果発生時期と形成権者の行使の自由を根拠とする。
第3段階として、具体的事案へのあてはめを行う。形成権の種類、前訴での行使の容易性、当事者の帰責性等を考慮して結論を導く。
重要概念の整理
既判力の基準時前後の事由の比較
区分 基準時前の事由 基準時後の事由 定義 口頭弁論終結時以前に存在した事由 口頭弁論終結後に新たに生じた事由 遮断効 及ぶ(後訴で主張不可) 及ばない(後訴で主張可能) 根拠 前訴で主張の機会があった 前訴で主張の機会がなかった 問題点 形成権の行使時期の扱い 新事由の範囲の画定形成権行使に関する学説の比較
学説 結論 根拠 批判 遮断肯定説 遮断される 紛争の蒸し返し防止・行使機会の存在 形成権者の行使の自由を不当に制約 遮断否定説 遮断されない 形成権行使は基準時後の新事由 遮断効の趣旨を没却しうる 信義則説 事案による 信義則に照らした個別的判断 基準が不明確よくある質問
Q1: 既判力の遮断効と争点効の違いは何ですか。
既判力の遮断効は、基準時前に存在した攻撃防御方法について後訴での主張を封じる効力であり、民訴法114条1項に根拠を持つ。これに対し、争点効は、前訴で実質的に争われ判断された重要な争点について後訴での蒸し返しを封じる効力であり、信義則を根拠とする理論である。判例は争点効を正面からは認めていない。
Q2: なぜ基準時を口頭弁論終結時とするのですか。
口頭弁論終結時が基準時とされるのは、それが事実審における最後の攻撃防御の機会であるからである。口頭弁論終結時までに当事者は十分な手続保障を受けているため、その時点までに主張可能であった事由は後訴で蒸し返すことが許されない。
Q3: 基準時後に取得した債権で相殺することは許されますか。
基準時後に新たに取得した債権による相殺は、基準時後の新事由に当たるから、既判力の遮断効は及ばない。この場合、当事者は請求異議の訴えにおいて相殺の主張を行うことができる。
Q4: 建物買取請求権について遮断が否定されるのはなぜですか。
最判昭40.4.2は、建物買取請求権について遮断を否定した。その理由として、建物買取請求権は借地人保護のための特別の政策的配慮に基づく形成権であり、前訴における不行使をもって失権させることは借地人保護の趣旨に反するという点が挙げられている。
Q5: 遮断肯定説と遮断否定説のどちらを答案で採用すべきですか。
いずれの見解も採用可能であるが、判例の立場である遮断肯定説を基本線とし、形成権の種類に応じた修正を加えるのが安全な書き方である。信義則説は柔軟な結論を導きやすいが、基準の明確性に欠ける面がある。
関連条文
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
― 民事訴訟法 第114条第1項
請求異議の訴えにおいては、口頭弁論の終結後に生じた事由に限り、異議の事由とすることができる。
― 民事執行法 第35条第2項
関連判例
- 既判力の主観的範囲の拡張 - 既判力の人的範囲との対比
- 一部請求と既判力 - 既判力の客観的範囲と時的限界の交錯
- 相殺の抗弁と既判力 - 相殺と既判力の関係
まとめ
既判力の時的限界に関する本判決は、基準時前に行使可能であった形成権を基準時後に行使しても既判力の遮断効により許されないことを明らかにした重要判例である。既判力の基準時は口頭弁論終結時であり、遮断効は基準時前の事由に基づく後訴での主張を封じる。基準時後の形成権行使については、遮断肯定説・否定説・信義則説の三つの見解が対立しており、形成権の種類に応じた個別的検討が必要である。本判決の射程は相殺権以外の形成権にも及びうるが、建物買取請求権のような政策的配慮に基づく形成権については遮断が否定される余地がある。既判力の時的限界は、既判力の客観的範囲・主観的範囲とともに、確定判決の効力の核心をなす論点であり、民事訴訟法の学習において不可欠の理解が求められる。