訴訟物理論の体系的理解|旧訴訟物理論と新訴訟物理論
訴訟物の概念と旧訴訟物理論・新訴訟物理論の対立を体系的に解説。判例の立場、訴訟物が影響する場面、各説の長短比較まで司法試験対策として整理します。
この記事のポイント
訴訟物(訴訟上の請求)は民事訴訟の審判対象であり、訴訟の開始から終了まで全過程を規律する基本概念である。 訴訟物をいかに理解するかについては、実体法上の請求権を基礎とする旧訴訟物理論(実体法説)と、訴訟法的な給付請求権を単位とする新訴訟物理論(訴訟法説)が対立する。判例・実務は旧訴訟物理論に立つ。本記事では、訴訟物理論の全体像を体系的に整理し、各説が訴えの変更・既判力・二重起訴に与える影響を解説する。
訴訟物の概念
訴訟物とは
訴訟物(Streitgegenstand)とは、民事訴訟における審判の対象をいう。原告が訴えによって裁判所に審判を求める対象であり、判決の既判力が及ぶ範囲を画する基本単位である。
訴訟物の概念は、以下の場面で決定的な意義を有する。
場面 訴訟物の機能 訴えの特定 訴えの対象を特定する(256条1項2号) 二重起訴の禁止 同一訴訟物についての二重起訴を判断する(142条) 訴えの変更 訴訟物の変更の可否を判断する(143条) 既判力の客観的範囲 判決の拘束力が及ぶ範囲を画定する(114条1項) 請求の併合 請求の客観的併合の基準となる(136条)訴訟物理論の対立の背景
訴訟物の概念をめぐる理論的対立は、ドイツ法学に由来する。日本でも1960年代以降、実体法と訴訟法の関係をどのように捉えるかという根本的な問題として活発に議論されてきた。
旧訴訟物理論(実体法説)
内容
旧訴訟物理論は、訴訟物を実体法上の個々の請求権と同一視する見解である。原告が主張する実体法上の権利関係が訴訟物を構成し、法的根拠が異なれば訴訟物も異なる。
例えば、AがBに対して100万円の支払を求める場合、その根拠が売買代金請求権(民法555条)であるか、不当利得返還請求権(民法703条)であるかによって、訴訟物は異なるものとされる。
訴訟物の特定方法
旧訴訟物理論によれば、訴訟物は以下の要素によって特定される。
要素 内容 当事者 原告と被告 請求の趣旨 原告が求める判決の内容(給付・確認・形成) 請求の原因(請求原因事実) 実体法上の権利の発生原因事実請求の原因は、単なる攻撃防御方法ではなく、訴訟物そのものを構成する要素である。したがって、請求原因の変更は訴訟物の変更を意味し、訴えの変更(143条)の手続が必要となる。
旧訴訟物理論の長所
- 実体法との整合性: 実体法上の請求権概念と訴訟法上の訴訟物概念が一致するため、法体系全体の整合性が保たれる
- 審判範囲の明確性: 訴訟物が実体法上の請求権に対応するため、裁判所の審判範囲と既判力の範囲が明確である
- 被告の防御権の保障: 原告が依拠する法的根拠が特定されるため、被告は防御対象を明確に把握できる
- 判例・実務との親和性: 判例・実務が採用しているため、実務上の安定性がある
旧訴訟物理論の短所
- 紛争の統一的解決の困難: 同一の経済的紛争であっても法的根拠が異なれば訴訟物が別となり、紛争の統一的解決が妨げられる
- 訴えの変更の煩雑さ: 法的根拠の変更が訴えの変更に該当するため、手続が煩雑になる場合がある
- 既判力の範囲の狭さ: 訴訟物が個々の請求権に限定されるため、既判力の客観的範囲が狭く、紛争の蒸し返しを十分に防止できない場合がある
- 請求権競合の処理の問題: 債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権が競合する場合、それぞれが別個の訴訟物となるため、処理が複雑になる
新訴訟物理論(訴訟法説)
内容
新訴訟物理論は、訴訟物を訴訟法的に把握された給付請求権として構成する見解である。訴訟物は実体法上の個々の請求権ではなく、一定の給付を求める訴訟法上の地位として統一的に理解される。
新訴訟物理論にはいくつかの派生的見解が存在するが、基本的な考え方は以下のとおりである。
- 一分肢説: 給付訴訟における訴訟物は、原告の被告に対する給付請求権である。法的根拠が異なっても、同一の給付を求める限り訴訟物は一つである
- 二分肢説: 訴訟物は「請求の趣旨」と「生活関係上の事実(事実関係)」の二つの要素によって特定される。法的構成は訴訟物の特定要素ではない
訴訟物の特定方法
新訴訟物理論によれば、訴訟物は以下の要素によって特定される。
要素 内容 当事者 原告と被告 請求の趣旨 原告が求める判決の内容 事実関係(二分肢説の場合) 紛争の基礎となる事実関係法的構成(請求権の根拠規定)は訴訟物を特定する要素ではなく、裁判所の法的評価に属する事項とされる。
新訴訟物理論の長所
- 紛争の統一的解決: 同一の給付を求める限り訴訟物は一つであるため、一回の訴訟で紛争を統一的に解決できる
- 訴えの変更の不要: 法的根拠の変更は訴訟物の変更に当たらないため、訴えの変更手続が不要となり訴訟経済に資する
- 既判力の範囲の拡大: 訴訟物が広く把握されるため、既判力による紛争の蒸し返し防止が効果的に機能する
- 請求権競合の解消: 実体法上の請求権競合の問題が訴訟法上は解消される
新訴訟物理論の短所
- 実体法との乖離: 訴訟物概念が実体法上の請求権概念と乖離し、法体系の統一性が損なわれる
- 審判範囲の不明確: 訴訟物が広く把握されるため、裁判所の審判範囲が不明確になるおそれがある
- 被告の防御権への影響: 原告が依拠する法的根拠が特定されないため、被告の防御が困難になるおそれがある
- 判例・実務との不整合: 判例・実務は旧訴訟物理論を採用しており、実務への導入に困難が伴う
判例の立場
旧訴訟物理論の採用
判例は旧訴訟物理論に立つものと理解されている。すなわち、訴訟物を実体法上の個々の請求権と同一視し、法的根拠が異なれば訴訟物も異なるとする。
最判昭51.9.30: 不法行為に基づく損害賠償請求と債務不履行に基づく損害賠償請求は、たとえ同一の事実関係に基づくものであっても、訴訟物を異にするとした。
最判昭61.7.17: 所有権に基づく明渡請求と賃貸借終了に基づく明渡請求は、訴訟物を異にするとした。
請求権競合と訴訟物
旧訴訟物理論の下では、請求権競合の場合、各請求権がそれぞれ別個の訴訟物を構成する。原告は一方の請求権に基づく訴えが棄却されても、他方の請求権に基づいて別訴を提起することが理論上可能である(ただし、信義則による制限がありうる)。
もっとも、判例は請求権競合の場合に、一方の請求権に基づく確定判決の既判力が他方の請求権に基づく後訴に及ぶかについて、原則として及ばないとしつつも、信義則による遮断を認める余地を残している。
訴訟物理論が影響する具体的場面
訴えの変更(143条)
訴えの変更の可否は、訴訟物が変更されるか否かによって判断される。
理論 法的根拠の変更 結論 旧訴訟物理論 訴訟物の変更に当たる 訴えの変更の手続が必要(143条) 新訴訟物理論 訴訟物の変更に当たらない 攻撃防御方法の変更にすぎない旧訴訟物理論の下では、例えば売買代金請求から不当利得返還請求への変更は訴えの変更に該当し、「請求の基礎に変更がないこと」(143条1項)の要件を満たす必要がある。
二重起訴の禁止(142条)
二重起訴の判断も訴訟物理論によって影響を受ける。
理論 判断基準 旧訴訟物理論 実体法上の請求権が同一であれば二重起訴に該当 新訴訟物理論 同一の給付を求める訴えであれば二重起訴に該当新訴訟物理論の方が二重起訴の範囲が広くなるため、紛争の蒸し返し防止に有効であるが、原告の訴えの自由を制約する側面もある。
既判力の客観的範囲(114条1項)
既判力は「主文に包含するもの」に限り生じる(114条1項)。ここにいう「主文に包含するもの」とは訴訟物についての判断であるから、訴訟物の範囲が既判力の客観的範囲を決定する。
理論 既判力の範囲 紛争の蒸し返し 旧訴訟物理論 個々の請求権について判断された部分 他の請求権に基づく後訴は遮断されない(原則) 新訴訟物理論 給付請求権全体について判断された部分 他の法的根拠に基づく後訴も遮断される旧訴訟物理論の下での既判力の範囲の狭さを補うために、信義則に基づく後訴の遮断や、争点効の理論が主張されている。
試験対策での位置づけ
出題傾向
訴訟物理論は、民事訴訟法の最も基礎的な理論問題として、論文式試験で出題されることがある。特に以下の点が重要である。
- 両説の内容と差異の正確な理解: 旧訴訟物理論と新訴訟物理論の内容を正確に説明できること
- 判例の立場の把握: 判例が旧訴訟物理論を採用していることの理解
- 具体的場面への影響: 訴えの変更・二重起訴・既判力への影響を具体的に論じられること
- 請求権競合との関係: 請求権競合の場面での訴訟物の処理
答案での使い方
訴訟物理論が直接の出題対象となる場合は、以下の流れで論じる。
「本件において、Xの請求の訴訟物が何かが問題となる。訴訟物の理解については旧訴訟物理論と新訴訟物理論が対立するが、判例は旧訴訟物理論に立ち、訴訟物を実体法上の個々の請求権と同一視する。この立場によれば、本件の訴訟物は〔具体的な請求権〕である。」
訴訟物理論が前提問題として間接的に関わる場合(訴えの変更や既判力の問題など)には、判例の立場を前提として処理すれば足りる。
注意点
- 答案では基本的に判例の立場(旧訴訟物理論)を前提として論じる
- 新訴訟物理論に立つ場合にはその旨を明示し、具体的な帰結の違いを論じる
- 訴訟物理論の選択が結論に影響する場面では、両説の比較を踏まえた論述が求められる
よくある質問(FAQ)
Q1. 判例が旧訴訟物理論を採用しているのはなぜですか?
判例が旧訴訟物理論を維持している理由としては、実体法との整合性の確保、審判範囲の明確性、被告の防御権の保障などが挙げられる。また、実務慣行の安定性も重要な要素である。旧訴訟物理論の短所(紛争の蒸し返しなど)は、信義則による後訴の遮断や争点効の理論によって補われている。
Q2. 新訴訟物理論は実務で採用されていますか?
日本の判例・実務は旧訴訟物理論を採用しており、新訴訟物理論は学説上の見解にとどまる。もっとも、行政事件訴訟においては処分の違法性一般が審判対象とされるなど、新訴訟物理論に近い発想が一部で取り入れられている。
Q3. 請求権競合の場合、旧訴訟物理論ではどう処理されますか?
旧訴訟物理論の下では、競合する各請求権がそれぞれ別個の訴訟物を構成する。原告は複数の請求権を選択的に併合して訴えを提起することができ、裁判所はいずれかの請求権が認められれば請求を認容する。一方の請求権に基づく訴えが棄却された場合、他方の請求権に基づく別訴提起は理論上可能だが、信義則による制限がありうる。
Q4. 訴訟物理論は短答式試験でも出題されますか?
訴訟物理論自体が直接出題されることは少ないが、訴えの変更の要否、二重起訴の判断、既判力の客観的範囲など、訴訟物理論が前提となる論点は頻出である。旧訴訟物理論を前提とした判例の結論を正確に理解しておくことが重要である。
Q5. 確認訴訟・形成訴訟でも訴訟物理論の対立は問題になりますか?
訴訟物理論の対立が最も先鋭化するのは給付訴訟の場面である。確認訴訟では確認の対象となる権利関係が訴訟物となり、形成訴訟では形成原因が訴訟物を構成する。これらの訴訟類型では、旧訴訟物理論と新訴訟物理論の差異は給付訴訟ほど顕著ではない。
関連条文
裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。
― 民事訴訟法 第246条(処分権主義)
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
― 民事訴訟法 第114条第1項
まとめ
- 訴訟物(訴訟上の請求)は民事訴訟の審判対象であり、訴訟の全過程を規律する基本概念である
- 旧訴訟物理論は訴訟物を実体法上の個々の請求権と同一視し、判例・実務が採用している
- 新訴訟物理論は訴訟物を訴訟法的な給付請求権として統一的に把握する学説上の見解である
- 訴訟物理論の選択は、訴えの変更の要否、二重起訴の範囲、既判力の客観的範囲に影響する
- 答案では原則として判例の立場(旧訴訟物理論)を前提として論じる