原因において自由な行為の判例|構成要件モデルと例外モデルの対立
原因において自由な行為について判例がどの理論構成を採っているかを解説。構成要件モデル(間接正犯類似説)と例外モデルの対立、実行行為の始期、責任能力の同時存在の原則との関係を整理します。
この判例のポイント
原因において自由な行為(actio libera in causa)とは、行為者が自ら心神喪失・心神耗弱の状態を招き、その状態で犯罪を実行した場合に、完全な責任を問う法理である。判例は、飲酒による酩酊状態で犯罪を行った事案において、飲酒の際に犯罪を実行する意思があった場合に本法理の適用を認め、刑法39条の適用を排除している。理論構成としては、間接正犯類似説と原因行為時説が対立する。
事案の概要
最決昭26.1.17
被告人は、飲酒すると暴力的になる性癖があることを自覚しながら、大量に飲酒し、酩酊状態に陥った上で暴行を行い、被害者を負傷させた。被告人は犯行当時心神耗弱の状態にあったが、飲酒開始時には自己の性癖を認識しており、暴行に及ぶ可能性を予見していた。心神耗弱であることを理由に刑を減軽すべきか否かが争われた。
最決昭28.12.25
被告人は、飲酒により酩酊すると犯罪を犯す傾向があることを認識しながら飲酒を重ね、心神耗弱の状態で犯罪を行った。原因において自由な行為の法理により、心神耗弱を理由とする刑の減軽を認めないことが許されるかが問題となった。
最決平18.1.27(飲酒運転事件)
被告人は、大量に飲酒した上で自動車を運転し、人身事故を起こした事案。犯行時にアルコールの影響により正常な判断能力が著しく減退していたとされたが、飲酒と運転の両行為について被告人の意思決定に問題がなかったことから、原因において自由な行為の法理の適用が問題となった。
争点
- 原因において自由な行為の法理は刑法39条の例外として認められるか
- 原因において自由な行為の理論構成はどのようなものか
- 「原因行為」(飲酒等)の段階でどの程度の故意・過失が必要か
判旨
最決昭26.1.17
被告人が、飲酒の際、飲酒すれば暴行の犯意を生ずるおそれのあることを認識しつつ、敢えて飲酒して心神耗弱の状態に陥り、暴行の犯意を生じて犯行に及んだものであるから、被告人に対し刑法39条2項を適用して刑を減軽しなかったのは相当である
― 最高裁判所第三小法廷 昭和26年1月17日 昭和25年(あ)第1647号
最決昭28.12.25
被告人は、かねて飲酒のうえ粗暴の行為のあることを自覚しながら、飲酒酩酊の結果病的酩酊に陥り犯行に及んだ場合には、原因において自由なる行為として、刑法39条を適用しないことが相当である
― 最高裁判所第三小法廷 昭和28年12月25日 昭和26年(あ)第1241号
本決定は、飲酒によって病的酩酊に陥り犯罪を行った場合であっても、飲酒の際に自己の粗暴な傾向を自覚していたならば、刑法39条の適用を排除することが相当であるとした。「原因において自由なる行為」という文言を用いて、本法理を明示的に承認した判例として重要である。
ポイント解説
原因において自由な行為の問題構造
原因において自由な行為の問題は、責任主義(行為と責任の同時存在の原則)との緊張関係から生じる。
行為と責任の同時存在の原則とは、行為者に責任能力が備わっている時点で実行行為が行われたことが必要であるとする原則である。この原則を厳格に適用すると、行為者が自ら心神喪失の状態を招いた場合であっても、犯罪の実行時点で責任能力がない以上、刑法39条1項により不可罰となる。しかし、この結論は社会正義の観点から不当であるとして、原因において自由な行為の法理が主張される。
理論構成の対立
原因において自由な行為の理論構成をめぐっては、以下の学説が対立する。
間接正犯類似説(構成要件モデル)
原因行為(飲酒等)を実行行為と捉え、心神喪失状態の自己を「道具」として犯罪を実行したと構成する。この見解によれば、原因行為の時点で行為者に責任能力があるため、行為と責任の同時存在の原則に反しない。
- 利点: 行為と責任の同時存在の原則を維持できる
- 批判: 飲酒行為等を殺人罪の「実行行為」と評価することは、実行行為の概念を不当に拡張するものであるとの批判がある。また、原因行為の時点で結果発生の現実的危険が認められるかどうか疑問があるとされる
例外モデル(責任モデル)
実行行為は心神喪失・心神耗弱状態での犯罪行為であるとしつつ、原因行為の段階で責任能力が認められることをもって、例外的に完全な責任を問うことを許容する。行為と責任の同時存在の原則に対する例外を認める立場。
- 利点: 実行行為の概念を歪めない
- 批判: 行為と責任の同時存在の原則に対する明文の例外規定がないにもかかわらず、例外を認めることの根拠が不十分であるとの批判がある
原因行為時説(修正された間接正犯類似説)
原因行為の時点に実行の着手を認め、原因行為から結果に至る一連の因果経過を「実行行為」と把握する。間接正犯類似説を修正し、実行の着手時期の問題として処理する見解である。
| 理論構成 | 実行行為 | 責任の根拠 | 同時存在原則との関係 |
|---|---|---|---|
| 間接正犯類似説 | 原因行為(飲酒等) | 原因行為時の責任能力 | 原則を維持 |
| 例外モデル | 結果行為(犯罪行為) | 原因行為時の責任能力(例外的に遡及) | 原則の例外 |
| 原因行為時説 | 原因行為から結果行為への一連の経過 | 原因行為時の責任能力 | 原則を修正的に維持 |
故意犯と過失犯の区別
原因において自由な行為は、故意犯の場合と過失犯の場合に分けて考える必要がある。
- 故意犯の場合: 原因行為の段階で犯罪を実行する故意が存在する場合。例えば、Aを殺害するために予め大量に飲酒し、酩酊状態で殺害を実行する場合。この場合は原因において自由な行為として故意犯の完全な責任が問われる
- 過失犯の場合: 原因行為の段階では犯罪を実行する故意はないが、酩酊状態で犯罪を行う可能性を予見しえた場合。例えば、飲酒すると暴力的になる性癖を自覚しながら飲酒し、酩酊状態で暴行を行った場合。判例(最決昭26.1.17)はこのような場合にも原因において自由な行為の法理の適用を認めている
学説・議論
同時存在の原則の根拠と射程
行為と責任の同時存在の原則は、責任主義の帰結とされる。責任主義とは、行為者を非難するためには行為時に責任能力が存在しなければならないとする原則であり、近代刑法の基本原則の一つである。
しかし、同時存在の原則の「行為」の範囲をどこまで拡張しうるかについては見解が分かれる。間接正犯類似説は原因行為を「行為」に含めることで同時存在の原則を維持するが、この「行為」の拡張がどこまで許されるかは理論上の問題として残る。
飲酒運転との関係
飲酒運転については、自動車運転死傷処罰法(平成25年法律第86号)が制定され、「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ」て人を死傷させた場合の加重処罰規定が設けられた。この立法は、原因において自由な行為の法理を明文化したものと評価されることがある一方で、同法理とは異なる独自の立法政策に基づくものとの理解もある。
薬物・精神障害との関係
原因において自由な行為の法理は、飲酒による酩酊の場合に限られず、覚醒剤等の薬物使用によって精神障害を招いた場合にも適用されうる。薬物使用により統合失調症様の症状を呈した状態で犯罪を行った場合に、薬物使用の開始時点での責任能力に着目して完全な責任を問うことが考えられる。
もっとも、薬物の長期使用により慢性的な精神障害が生じた場合には、原因行為(薬物使用の開始)と結果行為(犯罪行為)との間の因果関係や時間的距離が問題となり、原因において自由な行為の法理の適用には慎重な検討が必要である。
判例の射程
判例の理論構成の不明確さ
判例は「原因において自由なる行為」の法理を承認しているが、その理論構成について明示的な判断を示していない。間接正犯類似説を採用したのか例外モデルを採用したのかは判文からは明らかではなく、判例の理論的立場については学説上の分析に委ねられている。
過失犯への適用
判例は、原因行為の段階で犯罪実行の意思(故意)がない場合であっても、犯罪を行う可能性を予見しえた場合に原因において自由な行為の法理を適用している。この点で、本法理は過失犯の場合にも広く適用される射程を有する。もっとも、過失犯の場合には、原因行為の段階での予見可能性の程度がどの程度必要かが問題となり、個別事案ごとの判断が必要とされる。
計画的犯行と偶発的犯行
原因において自由な行為の法理の適用が最も容易なのは、計画的に心神喪失状態を作出して犯罪を実行する場合(例:殺害のために飲酒して酩酊状態を作出し、責任能力の減退を装って殺人を実行する場合)である。このような場合は、間接正犯類似説からも例外モデルからも完全な責任を問うことに異論は少ない。
これに対し、偶発的に犯罪を行った場合(飲酒時には犯罪の意図がなかったが、酩酊状態で突発的に犯行に及んだ場合)については、原因行為の段階での故意・過失の認定が困難であり、本法理の適用に慎重な検討が求められる。
反対意見・補足意見
昭和28年決定には個別の反対意見は付されていない。もっとも、原因において自由な行為の理論構成については最高裁が明確な立場を示していないため、この点に関する最高裁内部の見解の相違は明らかではない。下級審段階では、理論構成について異なるアプローチを採用する判断が見られる。
試験対策での位置づけ
出題科目と重要度
原因において自由な行為は、司法試験・予備試験の刑法(刑事系科目第1問)において重要な論点である。責任能力の問題と実行行為の問題が交錯する高度な理論的論点であり、理論構成の選択に応じた論理展開が求められる。出題頻度は高くないが、出題された場合には理論構成を正確に示せるかが合否を分ける。
出題実績
司法試験論文式では、飲酒や薬物の影響により責任能力が問題となる事案が出題されることがある。令和4年予備試験設問1では間接正犯の理論構成が問われ、原因において自由な行為の法理との共通点が意識された。短答式では、刑法39条の適用要件、心神喪失と心神耗弱の区別、原因において自由な行為の各学説の帰結の違いが出題される。
関連論点との接続
原因において自由な行為は、責任能力の判断基準(混合的方法)、間接正犯の理論構成、実行の着手時期、因果関係論との関連で問われる。特に間接正犯類似説を採用する場合は間接正犯の着手時期に関する議論と連動し、例外モデルを採用する場合は責任主義の根拠論との関連が問われる。
答案での使い方
間接正犯類似説に立つ場合の論証
「甲は犯行時に心神喪失の状態にあったから、刑法39条1項により不可罰となるのが原則である。もっとも、甲は責任能力が完全な状態で飲酒を開始し、心神喪失状態の自己をいわば道具として利用して犯罪を実行したものであるから、原因において自由な行為の法理により、完全な責任を問いうるかが問題となる。」
「原因において自由な行為は、間接正犯に類似する構造を有する。すなわち、行為者が責任能力のある状態で原因行為(飲酒等)を行い、心神喪失状態の自己を道具として利用して構成要件的結果を惹起したものと評価できる。原因行為の時点で責任能力が存在する以上、行為と責任の同時存在の原則に反しない。」
「甲は飲酒の際にAを殺害する意思を有し、飲酒により心神喪失状態に陥ってAを殺害している。原因行為の時点で殺人の故意及び責任能力が認められるから、甲に殺人罪の完全な責任を問いうる。」
例外モデルに立つ場合の論証
「実行行為は心神喪失状態での殺害行為であるが、行為と責任の同時存在の原則の例外として、原因行為時の責任能力に基づき完全な責任を問うことが許されると解する。その根拠は、行為者が自らの意思で責任能力を喪失させた場合に39条の保護を与えることは、自招行為に対する法的保護の濫用を認めることになり、不当だからである。」
答案記述上の注意点
- 理論構成を明示する: 間接正犯類似説か例外モデルかを明確に選択し、その根拠を示す
- 同時存在の原則との関係を論じる: いずれの説でも同時存在の原則との関係を意識した論述が必要
- 原因行為時の故意・過失を認定する: 原因行為の段階で犯罪実行の故意があったか、少なくとも予見可能性があったかを具体的に認定する
- 心神耗弱と心神喪失を区別する: 心神耗弱の場合は間接正犯類似説からは「道具」性が疑問視される点に注意
重要概念の整理
理論構成の比較
| 項目 | 間接正犯類似説 | 例外モデル | 原因行為時説 |
|---|---|---|---|
| 実行行為 | 原因行為(飲酒等) | 結果行為(犯罪行為) | 原因行為から結果行為への一連の経過 |
| 実行の着手時期 | 原因行為時 | 結果行為時 | 原因行為時 |
| 同時存在の原則 | 維持 | 例外を承認 | 修正的に維持 |
| 心神耗弱への適用 | 困難(道具性の否定) | 可能 | 可能 |
| 主要論者 | 大塚仁ほか | 山口厚ほか | 西田典之ほか |
故意犯と過失犯の場合の比較
| 場面 | 原因行為時の主観 | 法理の適用 | 成立する罪 |
|---|---|---|---|
| 故意犯(計画的) | 犯罪実行の故意あり | 適用容易 | 故意犯(完全な責任) |
| 過失犯(予見あり) | 犯罪の予見可能性あり | 適用可能(判例) | 過失犯(完全な責任) |
| 予見不能の場合 | 犯罪の予見可能性なし | 適用不可 | 39条の適用 |
発展的考察
心神耗弱と間接正犯類似説の問題
間接正犯類似説の最大の理論的難点は、心神耗弱状態を利用した場合の処理にある。間接正犯においては、被利用者に完全な「道具」性が認められることが前提であるが、心神耗弱者は責任能力が減退しているにすぎず、完全に道具化されているとはいいがたい。この場合、間接正犯類似説からは完全な責任を問うことが困難となり、39条2項による減軽が認められうるという帰結になる。これに対し例外モデルからは、心神耗弱の場合でも原因行為時の完全な責任能力に基づき、減軽なく処罰することが理論的に可能である。
自動車運転死傷処罰法との関係
自動車運転死傷処罰法(平成25年制定)3条は、アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為を処罰する規定を設けている。この規定は、原因において自由な行為の法理を部分的に立法化したものと理解されることがあるが、同法独自の構成要件を定めたものであり、原因において自由な行為の法理とは理論的に別の問題である。もっとも、同法の解釈において原因において自由な行為の議論が参照されることは少なくない。
薬物常用者の責任能力の問題
覚醒剤等の薬物を常用した結果、慢性的な精神障害を発症した者が犯罪を行った場合、原因行為(薬物使用の開始)と結果行為(犯罪行為)の間に長期間の経過があり、原因行為時の故意の認定が困難となることが多い。この場合、原因において自由な行為の法理の適用は限界に達し、むしろ責任能力の判断それ自体の問題(薬物使用の経緯を責任能力の判断においてどのように考慮するか)として処理されることが多い。
自招酩酊と正当防衛の問題
飲酒により自ら酩酊状態を招いた者が、その状態で他者から攻撃を受け、反撃行為を行った場合、自招侵害と正当防衛の問題と原因において自由な行為の問題が交錯する。この場合、正当防衛の成否を先に検討し、正当防衛が否定された場合に原因において自由な行為の法理の適用を検討するという二段階の分析が必要となる。
よくある質問
Q1: 判例はどの理論構成を採用していますか
判例は原因において自由な行為の法理を承認しているが、理論構成について明示的な判断を示していない。間接正犯類似説と例外モデルのいずれを採用したかは判文からは明らかでない。答案では、いずれの理論構成を採るかを自分で選択し、その理由を示す必要がある。
Q2: 飲酒開始時に犯罪の意図がなくても適用されますか
適用されうる。判例(最決昭26.1.17)は、飲酒すると暴力的になる性癖を自覚しながら飲酒した場合に、暴行の故意が飲酒時に明確に存在しなくても、予見可能性がある限り過失犯として完全な責任を問うことを認めている。
Q3: 同時存在の原則に反しませんか
間接正犯類似説からは、原因行為を実行行為と捉えるため同時存在の原則に反しないと説明される。例外モデルからは、同時存在の原則の例外を認めるが、行為者が自ら責任能力を喪失させた場合には例外を認めることが正当化されると説明される。いずれの見解も同時存在の原則との緊張関係を自覚しつつ理論構成を行っている。
Q4: 心神耗弱を利用した場合にも完全な責任を問えますか
理論構成による。間接正犯類似説からは、心神耗弱者は完全な道具とはいえないため、完全な責任を問うことは困難であり、39条2項の減軽が認められうる。例外モデルからは、原因行為時の完全な責任能力に基づき、心神耗弱の場合でも減軽なく処罰することが理論的に可能である。
Q5: 原因において自由な行為は未遂犯にも適用されますか
適用されうるが、理論構成によって着手時期が異なる。間接正犯類似説によれば実行の着手は原因行為の時点で認められるため、心神喪失状態に陥った時点で既に未遂罪が成立しうる。例外モデルによれば実行の着手は結果行為の時点であるため、心神喪失状態での犯罪行為の開始時に未遂が成立する。着手時期の違いは実務上の帰結に影響しうる。
関連条文
心神喪失者の行為は、罰しない。
― 刑法 第39条第1項
心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
― 刑法 第39条第2項
関連判例
- 責任能力の判例 - 心神喪失・心神耗弱の判断基準
- 実行の着手に関する判例 - 原因行為への着手時期の問題
まとめ
原因において自由な行為の法理は、行為者が自ら心神喪失・心神耗弱の状態を招いた場合に完全な責任を問うことを可能にする法理であり、判例はこれを承認している。もっとも、その理論構成については間接正犯類似説と例外モデルが対立しており、判例は明示的な立場を示していない。行為と責任の同時存在の原則との整合性、故意犯と過失犯の区別、計画的犯行と偶発的犯行の区別等、本法理をめぐる議論は責任主義の根幹に関わるものであり、刑法学の最も重要な論点の一つとして検討が続けられている。
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