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【判例】実行の着手時期(未遂犯の成立)

実行の着手に関する主要判例を解説。クロロホルム事件等を通じて、実行の着手時期の判断基準、実質的客観説と形式的客観説の対立を詳しく分析します。

この判例のポイント

実行の着手とは、犯罪の実現に至る客観的な危険性を含む行為を開始した時点をいう。判例は、構成要件該当行為そのものの開始にとどまらず、構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為を開始した時点で実行の着手を認める実質的客観説に近い立場をとっている。クロロホルム事件決定(最決平16.3.22)は、複数の行為を一連の行為として捉えた上で着手時期を判断した重要判例である。


事案の概要

クロロホルム事件(最決平16.3.22)

被告人らは、被害者に多額の保険金をかけた上で、被害者を自動車ごと海中に転落させて溺死させる計画を立てた。計画の第1段階として被害者をクロロホルムで昏睡させ、第2段階として昏睡した被害者を自動車に乗せて海中に転落させるという二段階の計画であった。被告人らは第1段階として被害者にクロロホルムを吸引させて昏睡させたが、実際にはクロロホルムの吸引自体が死因となって被害者が死亡し、第2段階の海中転落は行われなかった。

殺人罪の実行の着手がクロロホルム吸引の時点で認められるかが争われた。

窃盗罪の着手時期(最決昭40.3.9)

被告人は、他人の住居に侵入し、金品を窃取する目的で物色行為を開始した。窃盗罪の実行の着手が住居侵入の時点か、物色行為の開始時点か、財物の取得行為の時点かが問題となった。

強盗罪の着手時期(最決昭45.7.28)

被告人は、被害者から金品を強取する目的で被害者方に赴き、被害者に対して暴行を加えた。強盗罪の実行の着手が暴行開始の時点か、金品の要求の時点かが問題となった。


争点

  • 実行の着手の判断基準は何か(形式的客観説か実質的客観説か)
  • 複数の行為からなる犯行計画において、着手時期はどのように判断されるか
  • 具体的な犯罪類型ごとの着手時期

判旨

クロロホルム事件

第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること、第1行為に成功した場合、それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められることや、第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性などに照らすと、第1行為は第2行為に密接な行為であり、実行犯3名が第1行為を開始した時点において既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められるから、その時点において殺人罪の実行の着手があったものと解するのが相当である

― 最高裁判所第一小法廷 平成16年3月22日 平成13年(あ)第1277号

本決定は、クロロホルム吸引行為(第1行為)が、溺死させる行為(第2行為)と密接な行為であり、第1行為の開始時点で殺人に至る客観的な危険性が認められるとして、第1行為の時点で殺人罪の実行の着手を認めた。判断の要素として、行為の不可欠性計画遂行の障害の不存在時間的場所的近接性を挙げている。

窃盗罪の着手時期

他人の住居に侵入し金品を窃取するため物色行為を始めた時点をもって、窃盗罪の実行の着手があったものと認めるのが相当である

― 最高裁判所第二小法廷 昭和40年3月9日 昭和39年(あ)第2077号

本決定は、窃盗罪の実行の着手を物色行為の開始時点と認定した。住居侵入の時点では未だ財物に対する直接的な危険が発生していないのに対し、物色行為の開始は他人の財物を窃取する現実的危険を生じさせるとの評価である。


ポイント解説

実行の着手の法的意義

実行の着手は、未遂犯の成立時点を画する概念である。刑法43条は「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる」と規定しており、実行の着手があって初めて未遂犯として処罰される。実行の着手前の行為は原則として予備罪として処罰されるにすぎない(予備罪の規定がある場合)。

したがって、実行の着手時期の判断は、処罰の始期を画するものとして極めて重要である。

形式的客観説と実質的客観説

実行の着手の判断基準をめぐっては、以下の学説が対立する。

  • 形式的客観説: 実行の着手とは構成要件該当行為の一部を開始することであるとする。殺人罪であれば「人を殺す行為」の開始、窃盗罪であれば「他人の財物を窃取する行為」の開始が着手時期となる。基準は明確であるが、着手が遅くなりすぎるとの批判がある
  • 実質的客観説: 実行の着手とは構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為を開始することであるとする。構成要件該当行為の一部でなくとも、結果発生の現実的危険性が認められれば着手が肯定される。判例はこの立場に近い
学説 着手時期の判断基準 クロロホルム事件への適用 形式的客観説 構成要件該当行為の開始 殺害行為(海中転落)の開始時に着手。第1行為では着手なし 実質的客観説 結果発生の現実的危険の発生 クロロホルム吸引の時点で殺人の現実的危険あり。第1行為で着手

クロロホルム事件の「密接行為論」

クロロホルム事件決定は、第1行為(クロロホルム吸引)自体は殺人罪の構成要件該当行為ではないが、第2行為(海中転落)と密接な行為であるとして、第1行為の時点で実行の着手を認めた。この「密接行為論」の判断要素は以下のとおりである。

  • 不可欠性: 第1行為が第2行為の実行に必要不可欠であること
  • 障害の不存在: 第1行為に成功した場合、計画遂行上の障害がないこと
  • 時間的場所的近接性: 第1行為と第2行為が時間的・場所的に近接していること
  • 客観的危険性: 第1行為の開始時点で結果発生の客観的危険性が認められること

犯罪類型ごとの着手時期

判例は、犯罪類型ごとに着手時期を具体的に判断してきた。主要な判断は以下のとおりである。

  • 殺人罪: 殺害行為の開始時。ただし、密接行為論により、直接の殺害行為に先行する行為の時点で着手が認められる場合がある
  • 窃盗罪: 物色行為の開始時。住居侵入の時点では未だ着手なし
  • 強盗罪: 財物奪取に向けた暴行・脅迫の開始時
  • 詐欺罪: 欺罔行為の開始時
  • 放火罪: 火を放つ行為の開始時。媒介物への点火が着手とされる場合もある

学説・議論

実質的客観説内部の対立

実質的客観説の中でも、危険の判断方法について見解が分かれる。

  • 具体的危険説: 行為時の具体的事情を基礎として、結果発生の具体的・現実的な危険が認められるかを判断する。この立場では、行為者の犯罪計画や犯行の客観的状況が重要な判断要素となる
  • 客観的危険説: 行為の客観的な性質から、結果発生の一般的・類型的な危険が認められるかを判断する。行為者の主観的事情にはあまり依拠しない

クロロホルム事件決定は、被告人らの犯行計画の内容を考慮した上で第1行為の危険性を判断しており、具体的危険説に親和的とされる。

早すぎた構成要件の実現との関係

クロロホルム事件は、早すぎた構成要件の実現(行為者が予定していたのとは異なる段階で結果が発生した場合)の問題としても議論される。被告人らは第2行為(海中転落)によって被害者を殺害する予定であったが、実際には第1行為(クロロホルム吸引)の段階で被害者が死亡した。

この場合に殺人既遂罪が成立するためには、第1行為の時点で殺人罪の実行の着手が認められることと、第1行為と死亡結果との間に因果関係があることが必要となる。最高裁は、実行の着手を第1行為の時点で認め、因果関係も肯定することで殺人既遂罪の成立を認めた。

着手時期の早期化に対する批判

クロロホルム事件決定の密接行為論に対しては、着手時期を不当に早期化するのではないかという批判がある。構成要件該当行為に先行する行為の時点で着手を認めることは、予備罪と未遂犯の区別を曖昧にし、処罰範囲を拡大するおそれがあるとの指摘である。

これに対し、密接行為論を支持する立場からは、犯行計画全体の中で行為の位置づけを判断すべきであり、第1行為が成功すれば結果発生に至ることが客観的に明白な場合には、その時点で着手を認めることが合理的であるとされる。


判例の射程

クロロホルム事件の射程

クロロホルム事件決定の密接行為論は、複数の行為からなる犯行計画において、構成要件該当行為に先行する行為の時点で着手を認めるための法理として重要である。もっとも、本決定が掲げた判断要素(不可欠性、障害の不存在、時間的場所的近接性、客観的危険性)がすべて充たされなければ着手は認められないとすれば、射程はそれほど広くない

特に時間的場所的近接性の要件は、第1行為と第2行為が時間的・場所的に離れている場合には着手が否定される方向に作用する。例えば、毒物を郵送して被害者を殺害する計画において、毒物の発送時点で着手が認められるかどうかは、本決定の枠組みからは必ずしも明らかではない。

不能犯との関係

実行の着手が認められても、行為に結果発生の危険が客観的に存在しなかった場合は不能犯として不可罰となる。実行の着手の判断(未遂犯の成立)と不能犯の判断は、いずれも行為の危険性を問題とする点で共通しており、両者の関係が問題となる。


反対意見・補足意見

クロロホルム事件決定には個別の反対意見は付されていない。裁判官全員一致の意見であり、密接行為論による着手時期の判断について最高裁の見解が統一されたことを示している。


試験対策での位置づけ

実行の着手は、司法試験・予備試験の刑法科目において頻出する重要論点である。未遂犯の成立の可否を左右する概念であり、刑法総論の体系の中で「構成要件該当性」の一部として位置づけられる。

短答式試験では、実行の着手の意義、形式的客観説と実質的客観説の対立、各犯罪類型における着手時期の具体的判断が繰り返し出題されている。特に、窃盗罪・強盗罪・詐欺罪における着手時期を問う出題は定番である。また、未遂犯・不能犯・中止犯の区別を正確に理解しているかを問う出題も頻出する。

論文式試験では、クロロホルム事件の「密接行為論」が極めて重要である。平成25年司法試験、令和2年司法試験で「早すぎた構成要件の実現」が出題されており、実行の着手の認定と因果関係の判断が複合的に問われた。採点実感では、犯行計画の内容を具体的に摘示した上で、密接行為論の判断要素を一つ一つあてはめていく答案が高く評価されている。

出題パターンとしては、(1)密接行為論による着手時期の判断、(2)早すぎた構成要件の実現における着手と故意の問題、(3)間接正犯・離隔犯における着手時期の3類型が典型的である。


答案での使い方

基本的な論証パターン

パターン1: 密接行為論により着手を認定する場合

「本件では、甲の第1行為(クロロホルム吸引)の時点で殺人罪の実行の着手が認められるかが問題となる。

この点、実行の着手は、構成要件該当行為そのものの開始に限られず、構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為を開始した時点で認められる。具体的には、第1行為が第2行為に密接な行為であり、第1行為の開始時点で結果発生の客観的危険性が認められる場合には、第1行為の時点で着手が認められる(最決平16.3.22・クロロホルム事件)。

密接性の判断においては、(1)第1行為が第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠であること、(2)第1行為に成功した場合に計画遂行上の障害となる特段の事情がないこと、(3)第1行為と第2行為との間に時間的場所的近接性があることが考慮される。

本件では、(1)甲のクロロホルム吸引行為は被害者を昏睡させて殺害計画の次の段階に移行するために不可欠であり、(2)昏睡に成功すれば計画遂行の障害はなく、(3)クロロホルム吸引後直ちに殺害行為に移る予定であったことから、時間的場所的近接性が認められる。したがって、第1行為の開始時点で殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められ、殺人罪の実行の着手がある。」

パターン2: 早すぎた構成要件の実現を論じる場合

着手を認めた上で、さらに故意の問題を検討する。「甲は第2行為によって被害者を殺害する計画であったが、実際には第1行為の段階で被害者が死亡している。甲に殺人既遂罪の故意が認められるかが問題となる。この点、第1行為の時点で殺人罪の実行の着手が認められ、甲には殺意があったのであるから、第1行為と第2行為を一連の実行行為として捉える限り、結果の発生が当初の計画と異なる段階で生じたとしても故意は阻却されない。」

答案作成上の注意点

  • 犯行計画の内容を具体的に引用すること。密接行為論の判断は犯行計画の全体像を前提とするため、問題文から計画の内容を丁寧に拾って答案に反映させる必要がある
  • 密接行為論の3つの判断要素を順番にあてはめること。結論だけを述べて理由を省略する答案は低評価となる
  • 早すぎた構成要件の実現が問題となる場合は、着手の認定と故意の認定を分けて論じること。両者を混同する答案が多いため注意が必要である
  • 予備と未遂の区別を明確にすること。着手が否定される場合は予備罪の成否を検討する

重要概念の整理

実行の着手に関する学説の比較

学説 着手の判断基準 長所 短所 形式的客観説 構成要件該当行為の開始 基準が明確 着手が遅くなりすぎる 実質的客観説 結果発生の現実的危険の発生 柔軟な判断が可能 「現実的危険」の判断が曖昧 主観説 犯罪意思の飛躍的表動 行為者の意思を重視 主観を重視しすぎる 折衷説 犯罪意思の飛躍的表動+客観的危険性 両面からの判断 基準が複雑

犯罪類型ごとの着手時期一覧

犯罪類型 着手時期 判例・根拠 殺人罪 殺害行為の開始。密接行為の開始時点で認められる場合あり 最決平16.3.22 窃盗罪 物色行為の開始 最決昭40.3.9 強盗罪 財物奪取に向けた暴行・脅迫の開始 最決昭45.7.28 詐欺罪 欺罔行為の開始 最判昭30.1.13 放火罪 火を放つ行為の開始(媒介物への点火を含む) 大判大7.1.22 住居侵入罪 住居への立入りの開始 ―

予備・着手・既遂の時系列比較

段階 法的評価 処罰 具体例(殺人) 予備 犯罪の準備行為 予備罪の規定がある場合のみ処罰(刑法201条等) 凶器の購入、計画の策定 実行の着手 未遂犯の成立 未遂処罰規定がある場合に処罰(刑法43条) 被害者に対する攻撃の開始 既遂 犯罪の完成 当該犯罪の法定刑で処罰 被害者の死亡

発展的考察

間接正犯・離隔犯における着手時期

間接正犯(道具としての他人を利用して犯罪を実行する場合)における着手時期は、利用者の行為の時点で認めるか、被利用者の行為の時点で認めるかが問題となる。判例は、被利用者の行為が開始された時点で着手を認める傾向にあるが、学説では利用者が被利用者に対する働きかけを行った時点で着手を認めるべきとする見解も有力である。離隔犯(例えば毒物を郵送する場合)についても同様の問題が生じ、毒物の発送時に着手を認めるか、被害者に到達した時点で認めるかが議論されている。

不能犯との境界

実行の着手が認められるかという問題は、不能犯の成否とも密接に関連する。不能犯とは、行為の性質上、結果発生の危険が客観的に存在しない場合をいい、この場合は未遂犯も成立しない。例えば、砂糖を毒と信じて飲ませた場合は不能犯となる。不能犯の判断基準については、具体的危険説(行為時に一般人が認識しえた事情を基礎として危険の有無を判断する)が通説であり、絶対的不能・相対的不能区別説(結果発生が絶対的に不可能な場合のみ不能犯とする)は近時では少数説となっている。

中止犯との関係

実行の着手が認められた後、行為者が自己の意思により犯罪を中止した場合には、中止犯(刑法43条ただし書)として刑の必要的減免を受ける。中止犯の成立には、(1)実行の着手があること、(2)犯罪が既遂に至っていないこと、(3)「自己の意思により」中止したことが必要である。「自己の意思により」とは、外部的障害によって犯罪の完遂が不可能になったのではなく、行為者が自発的に犯行を断念したことを意味する。判例は「広義の後悔」があれば足りるとする立場をとっている。

最決平成30年3月22日と着手論の展開

最決平成30年3月22日は、詐欺罪の実行の着手について、被告人が被害者に電話をかけて金員の交付を求める欺罔行為を開始した時点を着手とした。この判決は、電話による接触の段階で既に欺罔行為が開始されたと評価した点で、着手時期をやや早期に認定したものとして注目されている。クロロホルム事件の密接行為論とは異なり、当該行為自体が構成要件該当行為の一部と評価されている点で、実質的客観説の中でも異なる位置づけにある。


よくある質問

Q1: 形式的客観説と実質的客観説のどちらで答案を書くべきですか。

現在の司法試験では、実質的客観説で書くことが推奨される。判例は「構成要件的結果発生の現実的危険性」を基準に着手を判断しており、実質的客観説に近い立場をとっている。もっとも、実質的客観説を採る場合でも、「現実的危険性」の判断を恣意的に行わないよう、具体的事実に基づいた論証が必要である。形式的客観説で書いても直ちに不正解とはならないが、クロロホルム事件のような事案では着手を認めることが困難になるため、実質的客観説の方が判例との整合性が高い。

Q2: 密接行為論はクロロホルム事件以外にも適用されますか。

密接行為論の射程は限定的であるが、複数の行為からなる犯行計画において、構成要件該当行為に先行する準備的行為の時点で着手を認めるべき事案には広く適用されうる。例えば、被害者を監禁した上で身代金を要求する計画において、監禁行為の開始時点で身代金目的拐取罪の着手を認めるような場合が考えられる。ただし、密接行為論の3つの判断要素(不可欠性、障害の不存在、時間的場所的近接性)が全て充たされる必要がある。

Q3: 「早すぎた構成要件の実現」とは何ですか。

行為者が第2行為によって結果を発生させる計画であったにもかかわらず、第1行為の段階で結果が発生してしまった場合をいう。クロロホルム事件がその典型例であり、被告人は被害者を海中に転落させて殺害する予定であったが、クロロホルム吸引の段階で被害者が死亡した。この場合に既遂罪を認めるためには、第1行為の時点で実行の着手が認められることと、第1行為と結果との間に因果関係があることが必要である。故意については、第1行為と第2行為を一連の行為と評価できれば、故意は阻却されないとするのが判例の立場である。

Q4: 予備と未遂の区別は実務上どのように判断されますか。

予備と未遂の区別は、実行の着手の有無によって判断される。実行の着手があれば未遂犯が成立し、着手がなければ予備にとどまる。実務上は、行為の客観的な危険性の程度、犯行計画の進行段階、行為の具体的態様等を総合して判断される。例えば、凶器を購入しただけの段階は予備にすぎないが、凶器を持って被害者に接近した段階では着手が認められうる。予備と未遂では法定刑に大きな差があるため、着手時期の認定は実務上も重要な意味を持つ。

Q5: 中止犯が成立するにはどのような条件が必要ですか。

中止犯(刑法43条ただし書)の成立には、(1)犯罪の実行に着手したこと、(2)犯罪が既遂に至らなかったこと、(3)自己の意思により犯罪を中止したことが必要である。(3)の「自己の意思により」とは、外部的障害ではなく行為者の自発的意思に基づく中止を意味する。判例は、「やろうと思えばできたが、やめた」場合に中止犯の成立を認め、「やりたかったが、できなかった」場合には障害未遂にとどまるとする。中止犯が成立すると、刑が必要的に減軽又は免除される。


既存セクションの拡充についての補足

ポイント解説の補足: 密接行為論の判断要素の詳細

クロロホルム事件決定の密接行為論における各判断要素の具体的適用を整理する。

判断要素 意味 クロロホルム事件での認定 否定される場合の例 不可欠性 第1行為なしに第2行為の実行が不可能又は著しく困難 クロロホルムによる昏睡なしに海中転落は困難 第1行為がなくても第2行為が可能な場合 障害の不存在 第1行為成功後の計画遂行に障害がない 昏睡後は被害者の抵抗なく計画遂行可能 第1行為後に第三者の介入が予想される場合 時間的場所的近接性 第1行為と第2行為が時間的・場所的に近い 同日中・近距離での犯行計画 第2行為が数日後・遠隔地で予定されている場合

学説・議論の補足: 着手論と主観的違法要素

実行の着手の判断に行為者の犯罪計画(主観的事情)をどの程度考慮すべきかについて、学説上の議論がある。クロロホルム事件決定は犯行計画の内容を考慮した上で第1行為の危険性を判断しており、行為者の主観的事情が着手の判断に影響を与えることを前提としている。この点について、客観的危険のみで判断すべきとする立場からは、主観的事情の考慮は主観的違法要素の問題として着手論とは区別すべきとの批判がある。


関連条文

犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。

― 刑法 第43条


関連判例


まとめ

実行の着手に関する判例は、形式的客観説から実質的客観説への展開を示している。クロロホルム事件決定は、構成要件該当行為に密接な先行行為の時点で着手を認める「密接行為論」を示し、着手時期の判断に新たな枠組みを提供した。もっとも、着手時期の早期化に対する批判もあり、密接行為論の射程と限界については今後の判例の蓄積が待たれる。実行の着手は未遂犯の成立時点を画する概念として刑法体系上の重要性を有しており、処罰範囲の適切な画定という観点からの精緻な議論が求められている。

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