【判例】責任能力の判断基準(刑法39条)
責任能力に関する主要判例を解説。刑法39条の心神喪失・心神耗弱の判断基準、精神鑑定と裁判所の判断の関係、混合的方法について判例・学説を分析します。
この判例のポイント
責任能力の判断は、精神医学的診断を基礎としつつも、最終的には法律判断として裁判所が行うものである。判例は、精神鑑定の結果に裁判所が拘束されるものではないとしつつ、鑑定意見を排斥する場合にはその合理的な理由を示すべきことを要求している。責任能力の判断基準として、弁識能力(行為の違法性を認識する能力)と制御能力(その認識に従って行動を制御する能力)の二要素が重要である。
事案の概要
昭和58年決定(最決昭58.9.13)
被告人は、精神分裂病(現・統合失調症)に罹患しており、妄想に基づいて殺人を犯した。精神鑑定では心神喪失の状態にあったと鑑定されたが、裁判所は鑑定意見に依拠せず心神耗弱と認定した。精神鑑定の結論と異なる判断を裁判所が行うことの可否が争われた。
昭和59年判決(最判昭59.7.3)
被告人は犯行当時、精神障害の影響下にあったとされたが、犯行の動機・態様・犯行前後の行動等からみて、行為の違法性を認識し、その認識に従って行動を制御する能力が相当程度残されていたと認定された事案。責任能力の判断において考慮すべき具体的要素が問題となった。
平成20年決定(最決平20.4.25)
被告人は、統合失調症に罹患しており、幻覚妄想の影響下で殺人を犯した。精神鑑定の結果と裁判所の責任能力判断との関係について、最高裁が改めて判断枠組みを示した事案。
争点
- 責任能力の判断基準は何か(弁識能力・制御能力の判断方法)
- 精神鑑定の結果と裁判所の責任能力判断との関係
- 心神喪失と心神耗弱の区別基準
判旨
昭和58年決定
被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題であることはもとより、その前提となる生物学的、心理学的要素についても、右法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題である
― 最高裁判所第三小法廷 昭和58年9月13日 昭和56年(あ)第877号
本決定は、責任能力の判断が法律判断として裁判所に委ねられることを明確にした。生物学的要素(精神障害の有無・程度)と心理学的要素(弁識能力・制御能力への影響)のいずれについても、最終的には裁判所の評価に委ねられるとした。
平成20年決定
生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については、その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば、専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである
― 最高裁判所第三小法廷 平成20年4月25日 平成19年(あ)第398号
本決定は、昭和58年決定の枠組みを維持しつつ、精神鑑定の意見を排斥する場合には合理的な事情が必要であることを示した。これは、精神鑑定の結論を安易に退けることに対する歯止めとなるものである。
ポイント解説
責任能力の体系的位置づけ
責任能力とは、行為の是非善悪を弁識し(弁識能力)、その弁識に従って行動を制御する能力(制御能力)をいう。責任能力は責任の前提条件であり、責任能力がなければ犯罪は成立しない(刑法39条1項:心神喪失者の行為は罰しない)。
| 区分 | 弁識能力・制御能力 | 法的効果 |
|---|---|---|
| 完全責任能力 | 両能力ともに十分 | 通常の刑事責任 |
| 心神耗弱(限定責任能力) | いずれかが著しく減退 | 刑の必要的減軽(39条2項) |
| 心神喪失(責任無能力) | いずれかが欠如 | 不可罰(39条1項) |
混合的方法(生物学的・心理学的方法)
日本の刑法は、責任能力の判断に混合的方法を採用している。これは、生物学的要素(精神障害の存在)と心理学的要素(弁識能力・制御能力への影響)の双方を判断する方法である。
- 生物学的要素: 精神障害(統合失調症、双極性障害、知的障害等)の有無と程度。この判断には精神医学的知見が不可欠であり、精神鑑定が重要な役割を果たす
- 心理学的要素: 精神障害が弁識能力と制御能力に与えた影響の有無と程度。犯行の動機、態様、犯行前後の行動、犯行後の対応等の事情を総合して判断される
精神鑑定と裁判所の判断の関係
精神鑑定の結果と裁判所の責任能力判断との関係について、判例は以下の立場をとっている。
- 責任能力の判断は法律判断であり、最終的には裁判所が行う(昭和58年決定)
- 精神医学的診断は専門家の意見を十分に尊重すべきであり、これを排斥するには合理的な事情が必要(平成20年決定)
- 裁判所が精神鑑定と異なる判断をする場合には、鑑定の前提条件に問題がある、鑑定人の公正さ・能力に疑いがある等の事情が必要
この立場は、精神鑑定の結論に事実上の拘束力を認めつつも、法律判断としての裁判所の最終的な判断権限を留保するものであり、両者のバランスを図るものである。
学説・議論
弁識能力と制御能力の関係
責任能力の判断における弁識能力と制御能力の関係について、以下の議論がある。
- 弁識能力重視説: 行為の違法性を認識する能力が欠けていれば、そもそも適法行為の動機づけが不可能であるから、弁識能力の欠如は常に責任無能力を意味する。弁識能力が責任能力の核心であるとする
- 制御能力重視説: 弁識能力があっても、その認識に従って行動を制御する能力が欠けていれば、行為者に対する非難は不可能である。近年の精神医学においては、知的には違法性を認識していても、衝動を制御できない症例が存在することが認められており、制御能力の独自の意義が強調される
- 総合判断説: 弁識能力と制御能力を個別に判断するのではなく、精神障害が行為者の意思決定に全体としてどのような影響を及ぼしたかを総合的に判断すべきとする
責任能力判断の諸事情
実務上、責任能力の判断において考慮される事情として、以下のものがある。
- 犯行の動機: 了解可能な動機に基づく犯行は完全責任能力を推認させる方向に、了解不能な動機(妄想に基づく犯行等)は責任能力の減退を推認させる方向に作用する
- 犯行の態様: 計画的・組織的な犯行は完全責任能力を推認させる方向に作用する
- 犯行前後の行動: 犯行前の準備行為、犯行後の罪証隠滅行為等は、弁識能力の存在を推認させる
- 精神障害の種類・程度: 統合失調症の急性期における幻覚妄想状態は、責任能力の減退を強く推認させる
裁判員制度と責任能力判断
裁判員制度の導入(2009年)により、責任能力の判断に裁判員が参加することとなった。これに伴い、精神鑑定の結果を裁判員にわかりやすく説明する方法や、専門的知見に基づく判断を裁判員が適切に行えるかという問題が議論されている。
平成20年決定が精神鑑定を「十分に尊重すべき」と判示したことは、裁判員裁判において精神鑑定の結果を安易に排斥することを抑制する機能を持つと評価される一方で、裁判員の判断の独立性を制約するのではないかとの指論もある。
判例の射程
精神鑑定の尊重と限界
平成20年決定は、精神鑑定の意見を「十分に尊重して認定すべき」と判示したが、これは精神鑑定の結論に法的拘束力を認めたものではない。鑑定の前提条件に問題がある場合や、鑑定人の公正さ・能力に疑いがある場合には、裁判所は鑑定意見と異なる判断をすることができる。
もっとも、鑑定意見を排斥するために「合理的な事情」がどの程度必要かについては、本決定は具体的な基準を示していない。この点は、個別事案における判断の蓄積を通じて明らかにされていくことになる。
責任能力判断の類型化
判例は、精神障害の類型ごとに責任能力判断の傾向を示してきた。統合失調症の場合は、急性期の幻覚妄想状態下の犯行では心神喪失が認められやすいのに対し、残遺状態(陰性症状)下の犯行では完全責任能力が認められることが多い。これに対し、人格障害(パーソナリティ障害)については、精神医学上の疾患ではあるものの、責任能力の減退が認められるかどうかについて判断が分かれている。
反対意見・補足意見
昭和58年決定、平成20年決定のいずれにも個別の反対意見は付されていない。もっとも、責任能力の判断基準をめぐっては、下級審段階で判断が大きく分かれることがあり、最高裁の判断枠組みの下でも、具体的な適用において相当な幅があることが示されている。
特に、精神鑑定が心神喪失と鑑定したのに対し裁判所が心神耗弱と認定した事案や、精神鑑定が心神耗弱と鑑定したのに対し裁判所が完全責任能力を認めた事案では、精神鑑定と裁判所の判断の乖離が問題となり、学説からの批判を受けることがある。
試験対策での位置づけ
責任能力は、司法試験・予備試験の刑法科目において、責任論の中核をなす重要論点である。短答式では正確な知識が、論文式では事案に即した実質的判断が求められる。
短答式試験では、心神喪失・心神耗弱の定義、弁識能力・制御能力の意義、混合的方法の内容、精神鑑定と裁判所の判断の関係が繰り返し出題されている。特に、刑法39条1項の効果(不可罰)と2項の効果(必要的減軽)の区別、完全責任能力・限定責任能力・責任無能力の三段階の正確な理解が求められる。
論文式試験では、責任能力そのものが正面から出題されることは比較的少ないが、原因において自由な行為との関連で出題されることが多い。すなわち、行為者が飲酒等により自ら心神喪失・心神耗弱の状態を作出し、その状態で犯罪を行った場合の処理が問われる。平成26年予備試験、令和3年司法試験等で関連する出題がなされている。
論文式では、精神障害の種類・程度と犯行態様の関係を具体的に検討した上で、弁識能力・制御能力への影響を認定するという手順が求められる。単に「心神耗弱である」と結論を述べるだけでは不十分であり、判断の根拠となる事実を丁寧に摘示する必要がある。
答案での使い方
基本的な論証パターン
パターン1: 責任能力の減退が問題となる場合
「本件では、甲が犯行当時、統合失調症に罹患しており幻覚妄想状態にあったことから、甲の責任能力が問題となる。
責任能力の有無・程度は、精神障害の有無及び程度(生物学的要素)と、それが弁識能力及び制御能力に与えた影響の有無及び程度(心理学的要素)を総合して判断される(混合的方法)。
本件では、甲は統合失調症の急性期にあり(生物学的要素)、犯行の動機が被害妄想に基づく了解不能なものであったことに照らせば、甲は犯行当時、行為の違法性を弁識する能力が著しく減退していたと認められる(心理学的要素)。したがって、甲は心神耗弱の状態にあったと認められ、刑法39条2項により刑が必要的に減軽される。」
パターン2: 原因において自由な行為が問題となる場合
「本件では、甲が大量の飲酒により心神耗弱の状態に陥った上で傷害行為に及んだ事案であるが、甲は飲酒すると暴力的になる自己の性癖を認識しつつ大量に飲酒しており、原因において自由な行為の法理の適用が問題となる。
この点、行為者が自己の故意又は過失により責任無能力又は限定責任能力の状態を招き、その状態で構成要件的結果を惹起した場合には、原因行為(飲酒行為等)の時点で完全責任能力が認められる限り、完全な刑事責任を問いうるとされる。
本件では、甲は原因行為(飲酒)の時点で完全責任能力を有しており、飲酒すれば暴力行為に及ぶ可能性を認識していたのであるから、原因において自由な行為の法理により、甲には完全責任能力を前提とした刑事責任が認められる。」
答案作成上の注意点
- 混合的方法の二段階構造を明示すること。生物学的要素と心理学的要素を分けて検討する姿勢を示すことが重要である
- 責任能力の程度(完全責任能力・限定責任能力・責任無能力)を具体的事実に基づいて認定すること。結論を先に述べて理由が不明確な答案は低評価となる
- 原因において自由な行為を論じる場合は、原因行為の時点での故意・過失と責任能力の存在を明確に認定すること
- 精神鑑定と裁判所の判断の関係を問う出題では、平成20年決定の「十分に尊重すべき」という基準を正確に引用すること
重要概念の整理
責任能力の判断方法の比較
| 判断方法 | 内容 | 採用する国 |
|---|---|---|
| 生物学的方法 | 精神障害の有無のみで判断 | ― |
| 心理学的方法 | 弁識能力・制御能力のみで判断 | ― |
| 混合的方法 | 精神障害の有無+弁識能力・制御能力への影響を総合判断 | 日本(判例・通説) |
精神障害の類型と責任能力判断の傾向
| 精神障害の類型 | 責任能力判断の傾向 | 備考 |
|---|---|---|
| 統合失調症(急性期) | 心神喪失又は心神耗弱が認められやすい | 幻覚妄想が犯行に直接影響した場合に特に減退が認められる |
| 統合失調症(残遺状態) | 完全責任能力が認められやすい | 陰性症状のみでは弁識・制御能力の減退は認めにくい |
| 双極性障害(躁状態) | 心神耗弱が認められることがある | 躁状態の程度による |
| 人格障害 | 完全責任能力が認められる傾向 | 判断は分かれるが、人格障害のみでは減退を認めにくい |
| 知的障害 | 程度による | 重度の場合は心神喪失又は心神耗弱 |
| 薬物中毒 | 原因において自由な行為の法理で処理 | 自ら薬物を摂取した場合は完全責任能力 |
| アルコール酩酊 | 複雑酩酊・病的酩酊の場合に責任能力減退の可能性 | 単純酩酊は原則として完全責任能力 |
原因において自由な行為の構造
| 要素 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 原因行為 | 責任無能力状態を招いた行為 | 大量の飲酒、薬物の摂取 |
| 原因行為時の責任能力 | 完全責任能力が必要 | 飲酒開始時に正常な判断能力あり |
| 原因行為時の故意・過失 | 結果発生に対する故意又は過失 | 飲酒すると暴力的になることの認識 |
| 結果行為 | 責任無能力状態での犯罪行為 | 酩酊状態での暴行 |
| 法的効果 | 完全責任能力を前提とした処罰 | 刑法39条の適用なし |
発展的考察
原因において自由な行為の理論的根拠
原因において自由な行為の理論的根拠については、以下の見解が対立している。例外モデルは、行為時に責任能力が必要であるという同時存在の原則の例外として、原因行為時の責任能力を基準に判断することを正当化する。これに対し、構成要件モデルは、原因行為自体を構成要件該当行為(間接正犯類似の構造)と捉えることで、同時存在の原則を維持しつつ完全責任能力による処罰を基礎づける。判例(最決昭43.2.27)は原因において自由な行為の法理を肯定しているが、いずれのモデルを採用したかは明示していない。
薬物犯罪と責任能力
覚醒剤等の薬物使用により精神障害を発症し犯罪に及んだ場合の責任能力判断は、実務上重要な問題である。判例は、覚醒剤の自己使用により精神障害を発症した場合について、自己の意思で薬物を使用したことを重視し、完全責任能力を認める傾向にある。もっとも、長期間の薬物使用により慢性的な精神障害が生じた場合には、薬物使用と精神障害の因果関係が複雑になり、責任能力の判断が困難となることがある。
発達障害と責任能力
近時、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)等の発達障害を有する者の責任能力が問題となるケースが増加している。発達障害は精神障害の一類型として位置づけられるが、弁識能力や制御能力にどの程度影響するかについては精神医学上も見解が分かれている。判例は個別事案ごとに判断しているが、発達障害のみを理由として心神喪失・心神耗弱を認めた例は少なく、他の精神障害との合併がある場合に限定責任能力が認められるケースが多い。
裁判員裁判における責任能力判断の実態
裁判員裁判の導入後、責任能力判断に市民感覚が反映されるようになった。裁判員裁判では、精神鑑定の結果をわかりやすく説明するための工夫がなされており、鑑定人による証人尋問が重視されている。もっとも、裁判員が精神医学の専門的知見を十分に理解した上で判断を行えているかについては疑問も呈されている。統計的には、裁判員裁判において完全責任能力が認定される割合が従来の裁判官裁判よりもやや高いとの指摘があり、市民感覚による判断が責任能力の認定にどのような影響を及ぼしているかが注目されている。
よくある質問
Q1: 心神喪失と心神耗弱はどう区別されますか。
心神喪失とは、精神障害により弁識能力又は制御能力が欠如している状態をいい、この場合は刑法39条1項により不可罰となる。心神耗弱とは、精神障害により弁識能力又は制御能力が著しく減退している状態をいい、この場合は39条2項により刑が必要的に減軽される。両者の区別は、弁識能力・制御能力の減退の程度によるが、「欠如」と「著しい減退」の境界は明確ではなく、実務上も困難な判断を要する。一般に、犯行の動機が了解不能であること、犯行態様が異常であること、犯行前後の行動に合理性が欠けること等が心神喪失を推認させる要素とされる。
Q2: 精神鑑定で心神喪失と判断されたら必ず無罪になりますか。
必ずしも無罪になるわけではない。責任能力の判断は法律判断であり、最終的には裁判所が行う(最決昭58.9.13)。精神鑑定の結果は裁判所を法的に拘束するものではなく、裁判所は鑑定の前提条件に問題がある場合等には、鑑定意見と異なる判断をすることができる。もっとも、平成20年決定により、精神鑑定の意見を排斥するには合理的な事情が必要とされており、安易に鑑定結果を退けることはできない。
Q3: 飲酒して犯罪を犯した場合、責任能力は否定されますか。
単純酩酊(通常の酔い方)の場合は、原則として完全責任能力が認められる。複雑酩酊(酩酊の程度が著しく、意識障害を伴う場合)や病的酩酊(少量の飲酒で意識障害に至る場合)では、心神耗弱又は心神喪失が認められる可能性がある。しかし、自らの意思で飲酒した場合には、原因において自由な行為の法理により、飲酒開始時の責任能力を基準に判断されるため、完全な刑事責任が問われることが多い。
Q4: 責任能力判断において裁判員はどのような役割を果たしますか。
裁判員裁判対象事件において責任能力が問題となる場合、裁判員も裁判官とともに責任能力の判断に参加する。裁判員は精神鑑定の結果を踏まえつつ、犯行の動機・態様・犯行前後の行動等の事情を総合して、心神喪失・心神耗弱・完全責任能力のいずれに当たるかを評決する。裁判員にとって精神医学の専門的知見を理解することは容易ではないため、鑑定人の証人尋問や検察官・弁護人の主張をわかりやすく整理することが重要とされている。
Q5: 人格障害(パーソナリティ障害)は責任能力の減退事由になりますか。
人格障害は精神医学上の疾患として認められているが、責任能力の減退が認められるかについては判断が分かれている。裁判例の傾向としては、人格障害のみを理由として心神喪失・心神耗弱を認定した例は少ない。これは、人格障害の場合、弁識能力(行為の違法性を認識する能力)は通常保たれており、制御能力の減退を認定することも容易ではないためである。もっとも、人格障害と他の精神障害(統合失調症等)が合併している場合には、総合的な判断として責任能力の減退が認められることがある。
既存セクションの拡充についての補足
ポイント解説の補足: 責任能力判断の具体的考慮要素の体系
実務における責任能力判断では、以下の7つの着眼点(いわゆる7つのステップ)が指標として用いられることがある。
| 段階 | 考慮要素 | 完全責任能力方向 | 責任能力減退方向 |
|---|---|---|---|
| 1 | 犯行の動機 | 了解可能な動機 | 了解不能な動機(妄想等) |
| 2 | 犯行の態様 | 計画的・合目的的 | 衝動的・無目的 |
| 3 | 犯行の意味了解 | 犯行の意味を理解 | 犯行の意味を理解していない |
| 4 | 犯行前の生活状態 | 通常の社会生活 | 生活の荒廃・社会的孤立 |
| 5 | 犯行前の精神状態 | 安定 | 幻覚妄想・躁状態等 |
| 6 | 犯行後の行動 | 罪証隠滅・逃走等 | 犯行後の無関心・混乱 |
| 7 | 犯行の一貫性 | 目的に沿った一貫した行動 | 行動の支離滅裂 |
学説・議論の補足: 刑法39条廃止論
刑法39条に対しては、被害者やその遺族の立場から廃止論が主張されることがある。廃止論は、精神障害者であっても犯罪の結果は同じであり、被害者保護の観点から責任無能力者を不可罰とすることは不当であるとする。これに対し、現行法の立場は、責任主義の原則(責任なければ刑罰なし)に基づき、責任能力を欠く者に対する刑罰は応報としても抑止としても正当化できないとする。もっとも、心神喪失により不起訴又は無罪となった者については、医療観察法(心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律)に基づく入院処遇・通院処遇の制度が設けられている。
関連条文
心神喪失者の行為は、罰しない。
― 刑法 第39条第1項
心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
― 刑法 第39条第2項
関連判例
- 原因において自由な行為の判例 - 責任能力を欠く状態を自ら招いた場合の法理
- 正当防衛の成立要件の判例 - 責任能力と違法性阻却の関係
試験に出るポイント(5つ)
- 短答式: 心神喪失・心神耗弱の定義と法的効果 --- 心神喪失は弁識能力又は制御能力の「欠如」で不可罰(39条1項)、心神耗弱は「著しい減退」で必要的減軽(39条2項)である。この区別を正確に答える正誤問題が頻出。
- 短答式: 混合的方法の内容 --- 生物学的要素(精神障害の有無・程度)と心理学的要素(弁識能力・制御能力への影響)の双方を判断する方法であること、精神鑑定と裁判所の判断の関係(法律判断は裁判所に委ねられる)を正確に押さえる。
- 論文式: 精神鑑定と裁判所の判断の関係 --- 昭和58年決定の「法律判断として裁判所に委ねられる」と平成20年決定の「鑑定意見を十分に尊重すべき」の二つの判示を正確に引用し、両者のバランスを示す論証が求められる。
- 論文式: 原因において自由な行為 --- 自ら飲酒・薬物摂取により責任無能力状態を招き犯罪を行った場合の処理を論じる出題が頻出。例外モデルと構成要件モデルの対立を踏まえ、原因行為時の完全責任能力と故意・過失の認定を行う。
- 論文式: 責任能力の具体的認定 --- 犯行の動機(了解可能性)、犯行の態様(計画性)、犯行前後の行動(罪証隠滅の有無)等の考慮要素を問題文の事実から丁寧に拾い、弁識能力・制御能力への影響を認定する手順が問われる。
覚えるべき要点
キーフレーズ
- 「被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題である」(最決昭58.9.13)
- 「専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して認定すべき」(最決平20.4.25)
- 「責任能力は、弁識能力(行為の違法性を認識する能力)と制御能力(その認識に従って行動を制御する能力)により判断される」
数字・日付
- 昭和58年決定: 最決昭和58年9月13日(昭和56年(あ)第877号)
- 昭和59年判決: 最判昭和59年7月3日
- 平成20年決定: 最決平成20年4月25日(平成19年(あ)第398号)
- 原因において自由な行為: 最決昭和43年2月27日
- 関連条文: 刑法39条1項(心神喪失者)、39条2項(心神耗弱者)
対比表
| 比較項目 | 完全責任能力 | 心神耗弱(限定責任能力) | 心神喪失(責任無能力) |
|---|---|---|---|
| 弁識能力・制御能力 | 両能力ともに十分 | いずれかが著しく減退 | いずれかが欠如 |
| 法的効果 | 通常の刑事責任 | 必要的減軽(39条2項) | 不可罰(39条1項) |
| 典型例 | 通常の精神状態 | 統合失調症の部分的影響 | 急性期の幻覚妄想状態下 |
| 犯行動機の特徴 | 了解可能 | 一部了解困難 | 了解不能(妄想に基づく等) |
| 犯行態様の特徴 | 計画的・合目的的 | 衝動的要素あり | 支離滅裂・無目的 |
論証への活かし方
規範の明示
答案で引用すべき規範は以下のとおりである。
「責任能力の有無・程度は、精神障害の有無及び程度(生物学的要素)と、それが弁識能力及び制御能力に与えた影響の有無及び程度(心理学的要素)を総合して判断される(混合的方法)。」
精神鑑定との関係:
「責任能力の判断は法律判断であって裁判所に委ねられるが(最決昭58.9.13)、精神医学者の意見が鑑定として証拠となっている場合には、これを採用し得ない合理的な事情がない限り、その意見を十分に尊重して認定すべきである(最決平20.4.25)。」
原因において自由な行為:
「行為者が自己の故意又は過失により責任無能力又は限定責任能力の状態を招き、その状態で構成要件的結果を惹起した場合には、原因行為の時点で完全責任能力が認められる限り、完全な刑事責任を問いうる。」
論文での引用例
「本件では、甲が犯行当時、統合失調症に罹患し幻覚妄想状態にあったことから、甲の責任能力が問題となる。責任能力の有無・程度は、精神障害の有無及び程度(生物学的要素)と、それが弁識能力及び制御能力に与えた影響(心理学的要素)を総合して判断される。本件では、甲は統合失調症の急性期にあり(生物学的要素)、犯行の動機は被害妄想に基づく了解不能なものであったこと、犯行態様は衝動的で計画性を欠くこと、犯行後に罪証隠滅等の合理的行動がみられないことから、弁識能力が著しく減退していたと認められる(心理学的要素)。したがって、甲は心神耗弱の状態にあり、刑法39条2項により刑が必要的に減軽される。」
あてはめのコツ
- 生物学的要素と心理学的要素を分けて検討する: まず精神障害の種類・程度を認定し、次にそれが弁識能力・制御能力にどう影響したかを検討するという二段階構造を明示する
- 7つの考慮要素を活用する: 犯行の動機(了解可能性)、犯行の態様(計画性)、犯行の意味了解、犯行前の生活状態、犯行前の精神状態、犯行後の行動、犯行の一貫性を問題文から丁寧に拾う
- 原因において自由な行為では原因行為時の状態を重視する: 「甲は飲酒開始時に完全責任能力を有しており、飲酒すると暴力行為に及ぶ可能性を認識していた」と認定し、原因行為時の故意・過失と責任能力の存在を明確に示す
- 心神喪失と心神耗弱の区別は慎重に: 「欠如」と「著しい減退」の境界が問題となる場合は、犯行の動機の了解不能性、犯行態様の異常性、犯行後の行動の合理性の有無等を総合して結論を導く
まとめ
責任能力の判断は、精神医学的診断を基礎としつつも法律判断として裁判所が行うものであり、混合的方法(生物学的・心理学的方法)による判断が確立している。判例は、精神鑑定の結果を十分に尊重しつつ、最終的な責任能力判断は裁判所に委ねられるとの立場を維持している。弁識能力と制御能力の関係、責任能力判断における考慮事情の体系化、裁判員制度との関係等、責任能力をめぐる議論は多岐にわたり、精神医学と法学の学際的な検討が引き続き重要な課題である。
科目を選び、肢別演習で知識を確かめられます。