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用語集 / 刑法 / 不作為と共犯

不作為と共犯(不作為による幇助)とは

ふさくいときょうはん

刑法 共犯

不作為と共犯とは、他人の犯罪を止める義務のある者がこれを止めなかった場合に、その者が正犯になるのか共犯になるのかという問題です。不作為による幇助とは、犯罪を防止すべき作為義務のある者が、防止することが可能であるのに作為をせず、正犯の実行を容易にすることをいいます。

プールの監視員が、客どうしの危険な悪ふざけを見ていながら笛も吹かずに放っておいたとします。けがをさせたのは悪ふざけをした客ですが、止めるのが仕事の監視員が黙っていたことで、悪ふざけは続けやすくなりました。通りがかりの人が同じ場面を見て通り過ぎた場合とは、立場が違います。止める義務のある者が止めなかったときは、何もしなかったこと自体が、他人の犯罪を手助けしたものとして扱われることがあります。

劇場の舞台袖の場面(舞台の上は幕と照明だけで、出演者は描かない)。舞台袖に、腕を組んで舞台の方を見ている男性(札「劇場の責任者:公演を止めなかった」)。その横の壁に、幕を下ろすためのレバーと札「公演を止める措置」。客席側の通路に先生が検察官

他人の犯罪を止めなかった者は、犯罪を防止すべき作為義務がある場合に限って、不作為による共犯になります

何もしないことが犯罪になるのは、結果を防止すべき作為義務を負う者が、防止することが可能であるのにしなかった場合に限られます。共犯でも同じです。知人が見知らぬ人を縛り上げて草むらに連れ込み所持金を奪おうとしているのを偶然目撃した者が、後で口止め料をもらおうと考えて何もせずに立ち去ったという事例では、目撃した者は被害者を保護すべき立場にも、知人の行為を監督すべき立場にもありません。作為義務がない以上、立ち去ったことは幇助になりません。知人も目撃されたことに気づいていないので、心理的に実行が容易になったともいえません。この事例で、目撃した者に強盗罪の従犯は成立しません。作為義務は、親が子を保護する義務、施設や興行の責任者が管理する場所での犯罪を防ぐ義務のように、法令、契約、条理から認められます。

止めなかった者は原則として幇助犯になり、正犯と同視できる場合に共同正犯が問題になります

作為義務のある者が他人の犯罪を止めなかった場合、その者を不作為の正犯とみるか、正犯の実行を容易にした幇助犯とみるかが問題になります。結果を直接生じさせているのは作為で実行している者であり、止めなかった者の関与は従たるものにとどまるのが通常です。そこで、裁判例は、他人の犯行を止めなかった者を原則として幇助犯としています。同居の者が被害者に暴行を加えて死亡させるのを止めなかった者について、作為によって人を殺害した場合と等価値とは評価しがたいとして、殺人罪の共同正犯を認めた原判決を破棄し、幇助犯としたものがあります。これに対し、止めなかった者が実行者と意思を通じ、自分の犯罪として結果を実現したといえるときは、共謀共同正犯が成立します。この場合は、不作為が問題なのではなく、共謀に加わったことが正犯とされる理由になります。

不作為による幇助は、犯行を確実に阻止できたことまでは要らず、犯行の実行を容易にしたことで足ります

不作為の単独正犯では、期待された作為をしていれば結果が発生しなかったことが、合理的な疑いを超える程度に確実であったことが必要です。不作為による幇助では、そこまでの関係は求められません。幇助は、正犯の実行を容易にすれば成立するからです。札幌高判平成12年3月16日は、内縁の夫が3歳の子に暴行を加えるのを、母親が台所で無関心を装って放置した事案で、犯罪の実行をほぼ確実に阻止し得たにもかかわらず放置したという要件は不作為による幇助には不必要であるとしました。そのうえで、不作為による幇助は、正犯者の犯罪を防止しなければならない作為義務のある者が、一定の作為によって犯罪を防止することが可能であるのに、そのことを認識しながら作為をせず、これによって正犯者の犯罪の実行を容易にした場合に成立するとしました。そばで監視することや言葉で制止することは可能であり、それによって暴行を困難にできたとして、母親に傷害致死罪の幇助犯の成立を認めています。「不作為による幇助犯が成立するためには、作為に出ることで確実に正犯の実行を阻止できたという関係は不要である」という肢は正しいです。

教室の場面。先生が教師役で黒板の前に立つ。黒板が左右に分かれている。左の見出し「不作為の単独正犯」、その下に「作為をしていれば結果は発生しなかったことが、合理的な疑いを超える程度に確実」。右の見出し「不作為による幇助」、その下に「確実に阻止

劇場の責任者が出演者の公然わいせつ行為を止めずに公演を続けさせた場合は、幇助犯が成立します

最判昭和29年3月2日は、劇場の責任者が、出演者の公然わいせつに当たる演技を目撃しながら公演を継続させた事案で、不作為による幇助犯の成立を認めました。劇場の責任者は、演技が公然わいせつに当たると認識した場合、公演をやめさせるなどの有効な措置をとるべき立場にあります。軽く注意しただけで公演を続けさせたのでは、その義務を果たしたことにならず、行為の継続を容易にしています。「甲が乙に注意をした以上、甲に公然わいせつ罪の共犯は成立しない」という肢は誤りです。反対に、作為義務が否定されて幇助犯が成立しなかった裁判例もあります。飲食店の営業許可の名義を貸した者が、その店が売春に使われていることを後から知って放置した事例や、ゲームセンターの店長が、従業員から系列のパチンコ店へ強盗に入る計画を打ち明けられたのに止めなかった事例です。犯罪を知っただけでは、それを防止すべき義務は生じません。

作為義務を負う者どうしが意思を通じて義務を果たさなかった場合は、不作為犯の共同正犯が成立します

不作為犯でも共同正犯は成立します。子を保護すべき両親が、意思を通じて子に必要な食事を与えずに死亡させた場合、二人は共同の作為義務に共同して違反しているので、不作為犯の共同正犯になります。作為義務を負う者と負わない者が意思を通じた場合については、見解が分かれます。作為義務のない者は不作為犯の実行行為ができないとして、共同正犯を否定し教唆犯・幇助犯にとどめる見解も有力です。しかし、多数説は、犯罪を共同して遂行する合意のもとにそれぞれ重要な役割を果たし、共同して結果を実現したといえる場合には、作為義務のない者にも共同正犯が成立するとしています。これらは、止めなかった者が幇助にとどまるかどうかという問題とは別に、共謀の有無と正犯性から判断します。

刑法62条1項

正犯を幇助した者は、従犯とする。

論文ではこう使う

論文では、同居の家族による虐待や、管理する場所での犯罪を止めなかった者の罪責で使います。まず、実行者との間に共謀があるかを事実から検討し、共謀と正犯意思が認められれば共謀共同正犯とします。共謀が認められないときに、不作為による幇助を検討します。最初に、止めなかった者の作為義務を認定します。被害者との関係、実行者との関係、その場を支配していたか、ほかに止められる者がいたかを拾います。次に、どのような作為が可能であったかを具体的に挙げます。実力で止めることだけでなく、言葉で制止する、そばで監視する、通報するといった作為を並べます。続いて、その作為によって犯行を確実に阻止できたことまでは要らず、犯行を困難にできたといえれば足りることを述べ、当てはめます。最後に、作為義務を基礎づける事実と正犯の実行を認識していたことを認定して、幇助犯の成立を結論にします。

試験ではこう問われる

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