保護責任者・不保護と不作為の殺人との区別とは
ほごせきにんしゃふほごとふさくいのさつじんとのくべつ
保護責任者とは、老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者をいい、不保護とは、これらの者の生存に必要な保護をしないことをいいます(218条)。保護責任者が殺意をもって保護をしなかった場合は、不作為の殺人罪が問題になります。
道で倒れている見知らぬ人を助けずに通り過ぎても、それだけで犯罪にはなりません。しかし、幼い子の親や、自分の車ではねた相手を車に乗せた運転者のように、その人の命が自分にかかっている立場の人が、置いて立ち去ったり、必要な世話をしなかったりすれば、218条で処罰されます。助ける立場にある人が助けないことは、助けを必要とする人にとって、危険な場所に連れて行かれるのと同じくらい危険だからです。
保護責任者遺棄等罪の客体は、老年者、幼年者、身体障害者又は病者に限られます
218条の客体は「老年者、幼年者、身体障害者又は病者」で、217条の「老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者」と同じ意味です。この列挙は限定列挙と考えられており、道に迷った人や縛られて動けない人は、扶助が必要であっても客体になりません。「例示列挙であり,同罪の客体はそれらの者に限られず,扶助を必要とする者であれば足りる」という肢は誤りです。病者には、病気の人だけでなく、扶助を必要とする状態にある人が広く含まれます。判例は、高度の酩酊により身体の自由を失い他人の扶助を要する状態にあったと認められるときは、泥酔者も病者に当たるとしています(最決昭和43年11月7日)。泥酔者が病者に当たるとする肢は正しいです。覚醒剤を注射されて錯乱状態に陥った人や、交通事故で歩行不能の重傷を負った人も病者に当たります。
保護する責任は、法令、契約・事務管理、条理から生じ、不真正不作為犯の作為義務と同じ事情が根拠になります
保護する責任の発生根拠は、親の監護義務のような法令、介護や看護の契約、保護を引き受けたという事務管理、自分の行為で危険を生じさせたという先行行為などの条理です。最判昭和34年7月24日は、過失により通行人に歩行不能の重傷を負わせた自動車の運転者は、法令により病者を保護すべき責任のある者に当たるとし、被害者を自動車に乗せて現場を離れ、降雪中の薄暗い車道上で医者を呼んでくると欺いて降ろし、立ち去った行為に保護責任者遺棄罪の成立を認めました。同じ事例について「この場合,甲には,Vを保護する責任があり,保護責任者遺棄等罪が成立する」という肢は正しいです。事故を起こした運転者が被害者をその場に残して逃走しただけの場合については、見解が分かれます。過失行為という先行行為から保護責任が生じるとする見解と、道路交通法上の救護義務から生じるとする見解からは、保護責任者遺棄罪が成立するという結論になります。これらの見解に対しては、単純なひき逃げが常に保護責任者遺棄罪に当たることになるという批判が向けられます。被害者をいったん車に乗せた場合のように、排他的な支配を得た場合に初めて保護責任が生じるとする見解からは、その場に残して逃走しただけでは保護責任者遺棄罪は成立しないという結論になります。事故と関係のない通行人には、保護責任を基礎付ける事情がありません。道端で重傷を負って倒れている見ず知らずの人を放置して立ち去った通行人には、保護責任者遺棄罪も単純遺棄罪も成立しません。堕胎によって未熟児を出生させ、自己の医院内に置いていた産婦人科医師には、保護する責任が認められています(最決昭和63年1月19日)。
- 法令親権者の監護義務、交通事故を起こした運転者の救護義務
- 契約・事務管理介護・看護の契約、病人を引き取って世話を始めた場合
- 条理(先行行為・引受け)自分の行為で危険を生じさせた場合、保護を全面的に委ねられた場合
不保護は、生存のために特定の保護行為が必要な状況で、期待される特定の行為をしなかったことをいいます
不保護は、場所的離隔を伴わずに、要扶助者の生存に必要な保護をしないことです。食事を与えない、医師の診察を受けさせないといった行為がこれに当たります。最判平成30年3月19日は、不保護による保護責任者遺棄罪の実行行為は、老年者、幼年者、身体障害者又は病者につき、その生存のために特定の保護行為を必要とする状況(要保護状況)が存在することを前提として、その者の生存に必要な保護行為として行うことが刑法上期待される特定の行為をしなかったことを意味するとしました。218条が、広く保護行為一般を行うことを刑法上の義務として求めているわけではありません。「幼年者の親ならば当然に行っているような監護、育児、介護行為等、保護行為一般を行うことを刑法上の義務として求めている」という肢は誤りです。不保護の罪は、保護をしない状態が続く間、犯罪が継続します。
死亡の結果について故意があれば不作為の殺人罪、故意がなければ保護責任者遺棄致死罪が成立します
遺棄等致死傷罪(219条)は、217条・218条の罪の結果的加重犯です。「保護責任者遺棄等致死罪(刑法第219条、第218条)は結果的加重犯であり、死亡結果について故意がある場合は含まれない」という肢は正しく、「保護責任者遺棄等致傷罪(刑法第219条,第218条)には,傷害結果に故意がある場合は含まれない」という肢も正しいです。保護する立場にある者が、死亡することを認識・認容しながら保護をしなかった場合は、不作為による殺人罪が成立します。最決平成17年7月4日は、重篤な患者を入院先から運び出させ、必要な医療措置を受けさせないまま放置して死亡させた事案で、未必的な殺意のあった被告人に不作為による殺人罪の成立を認め、殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯になるとしました。この判旨の立場からは、被告人に未必的な殺意が認められない場合でも、必要な医療措置を受けさせる義務に違反して死亡させている以上、保護責任者遺棄致死罪が成立し得るという結論になり、重過失致死罪が成立するにとどまるという結論にはなりません。両罪は殺意の有無で区別するのが判例の立場ですが、殺人罪の作為義務は保護責任よりも高度のものでなければならないとして、義務の程度でも区別する見解があります。致死罪が成立するには、不保護や遺棄と死亡との間の因果関係が必要です。覚醒剤を注射されて錯乱状態に陥った者を、救急医療を要請せずにホテル客室に放置して立ち去り、死亡させた事例について「甲がVを放置した行為とVの死亡との間の因果関係に欠けることはなく,甲には,保護責任者遺棄等致死罪が成立する」という肢は正しいです。最決平成元年12月15日は、直ちに救急医療を要請していれば十中八九救命が可能であり、救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったとして、因果関係を認めました。救命が確実であったといえない場合は、致死罪は成立せず、保護責任者遺棄罪にとどまります。
刑法218条
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
刑法219条
前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
論文ではこう使う
論文では、助けるべき立場にある者が被害者を放置して死亡させた事例で、不作為の殺人罪と保護責任者遺棄致死罪のどちらが成立するかを論じます。まず、行為者に殺意があるかを、被害者の容体の重さ、行為者がそれをどこまで認識していたか、放置した時間や場所から認定します。殺意が認められれば、不作為の殺人罪の成否として、作為義務、作為の可能性・容易性、因果関係を検討します。作為義務は、先行行為によって危険を生じさせたこと、保護を引き受けたこと、他に助ける者がいない排他的な支配があることから基礎付けます。殺意が認められなければ、保護責任者遺棄致死罪を検討し、保護する責任を同じ事実から認定したうえで、行為が遺棄か不保護かを場所的離隔の有無で区別します。因果関係は、期待された保護行為がされていれば救命が合理的な疑いを超える程度に確実であったかで判断し、確実といえなければ保護責任者遺棄罪にとどめます。共犯者の間で殺意の有無が分かれる場合は、保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯になると書きます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。