国賠法1条「その職務を行うについて」(外形標準説)とは
そのしょくむをおこなうについて
国賠法1条「その職務を行うについて」とは、国家賠償法1条1項が求める職務関連性の要件です。判例は、公務員が主観的に権限行使の意思をもっていなくても、客観的に職務執行の外形を備えていれば足りるとする外形標準説に立ちます。
夜道で制服の警察官に呼び止められ、職務質問だと言われて所持品を預けたところ、その警察官は実は非番で、預かった品を自分のものにするために相手を撃ったとします。相手から見れば、その行為は本物の職務質問と区別がつきません。国家賠償法1条1項は、公務員がその職務を行うについて損害を加えたときに国や公共団体が賠償すると定めますが、ここで公務員の内心の目的まで問うと、外から見えない事情で被害者の救済が左右されてしまいます。そこで判例は、客観的に職務執行の外形を備えていれば足りるとし、職務の外形を信頼した被害者を守ります。
職務関連性は、公務員の内心ではなく客観的な職務執行の外形で判断します
その職務を行うについてとは、国家賠償法1条1項の職務関連性の要件です。公務員の加害行為が職務の執行そのものである場合はもちろん要件を満たし、職務と無関係な私的行為なら要件を欠きます。問題はその中間で、判例は外形標準説を採り、公務員が主観的に権限行使の意思をもっていなくても、客観的に職務執行の外形を備えていれば足りるとします。職務の外形を信頼した被害者を救済し、広く国民の権益を擁護するための解釈です。この要件は、民法715条の「事業の執行について」を広く解してきた判例の発想と同じ系譜にあります。相手方から見て職務の執行と区別がつかない行為については、内心の意図で責任の有無が変わるのは不合理だからです。
非番の警察官が私利を図った場合でも、外形が備わっていれば職務を行うについてに当たります
最判昭和31年11月30日(「職務を行うについて」の意義)は、非番の警察官が制服を着用して職務質問を装い、預かった所持品を不法に領得するために相手を射殺した事案です。判例は、公務員が自己の利をはかる意図をもってした場合でも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をして他人に損害を加えたときは国又は公共団体が賠償の責を負うとして、国の責任を認めました。「警察官が専ら自己の利を図る目的で職務執行を装って私人Aに職務質問をし、犯罪の証拠物名義で預かった所持品を不法に領得するため拳銃でAを射殺した事案につき、警察官の上記行為は客観的に職務執行の外形を備えているから、国家賠償法第1条第1項にいう公務員が「その職務を行うについて」違法に他人に損害を加えたときに該当する」という肢は正しいです。制服、警察手帳、公用車、庁舎という外形が備わっていれば、加害公務員が職権を濫用していたことは国の責任を否定する理由になりません。
権限行使の意思は要件ではなく、外形を備えるかどうかを客観的に見ます
外形標準説のもとでは、公務員に権限行使の意思があったかどうかは問いません。「国家賠償法第1条第1項にいう「その職務を行うについて」に当たるのは,公務員が権限行使の意思をもって行為をした場合に限られ,公務員が自己の利を図る意図をもって行為をした場合は,これに当たらない」という肢は誤りです。同じ内容を国家賠償責任の否定という形で述べた、「国家賠償法第1条第1項の「その職務を行うについて」とは,少なくとも公務員が主観的に権限行使の意思を有して,当該権限行使を行う場合に限られるから」客観的に職務執行の外形を備える行為で他人に損害を加えても国家賠償責任は認められない、という肢も誤りです。判断の順序としては、まず外形を備えるかを客観的に見て、備えていれば主観は問わない、と割り切れば足ります。もっとも、外形すら備えない完全な私的行為は対象外で、非番の公務員が私的な喧嘩で人を殴った場合は民法の問題です。外形を備えるかどうかは、加害行為の時点で相手方が置かれた状況から客観的に判断します。私服で身分も名乗らずにした行為であれば、外形は認めにくくなります。逆に、勤務時間外であっても、制服を着て職務質問の体裁を整えていれば外形は備わります。勤務時間内かどうかは決め手ではありません。
議員の議場での発言のように、内容を問わず職務に当たる場面もあります
職務の外形が明白な行為であれば、その内容が適切かどうかは職務関連性の判断に影響しません。「市議会議員が議会内における一般質問の際に行った発言は、その発言内容にかかわらず、国家賠償法第1条第1項にいう「その職務を行うについて」されたものに該当する」という肢は正しいです。議会の会議での一般質問は議員に認められた権能の行使そのものであり、職務執行の外形を明らかに備えるからです。発言が名誉毀損に当たるかどうかは違法性と過失の段階で検討されるのであって、職務関連性の段階で切るものではありません。職務関連性は国・公共団体に責任を帰属させるための入口の要件で、加害行為の当否そのものを判断するための要件ではありません。地方議会の議員の発言については、議会の自律を尊重する観点から、違法性や過失の段階で慎重な判断がされますが、それは職務を行うについてという要件を否定することによってではありません。要件ごとに検討の場所を分けることが大切です。
公務員個人は、故意や重過失があっても被害者に直接の責任を負いません
最判昭和30年4月19日(公務員の個人的責任)は、公権力の行使に当たる公務員の行為について、国又は公共団体が賠償の責に任じ、公務員が行政機関としての地位において責任を負うものでも、公務員個人が責任を負うものでもないとしました。国家賠償法1条は賠償責任を負う主体を国又は公共団体に一元化し、公務員個人は2項の求償という内部関係で責任を問われるにとどまるからです。被害者は資力のある国や公共団体に請求すれば救済に不足はなく、個人責任を認めると公務員の職務の遂行が萎縮するおそれもあります。「国の公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意により違法に他人に損害を与えた場合であっても,国は被害者に対し賠償責任を負うが,当該公務員個人は被害者に対し直接に賠償責任を負わない」という肢は正しいです。裏返した肢は誤りで、「国家賠償法第1条は,加害行為が公務員の故意又は重過失による場合には,被害者が当該公務員個人に対して賠償請求することを妨げない趣旨である」という肢、および「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は重大な過失によって違法に他人に損害を加えたときは、その公務員も損害を被った者に対する直接の賠償責任を負う」という肢は、いずれも誤りです。故意重過失が意味を持つのは1条2項の求償の場面だけです。
責任の集中は、使用者の民法715条の責任も排除します
公権力の行使に当たる公務員とされた以上、その者を雇う民間の法人も民法715条の責任を免れます。最判平成19年1月25日(児童養護施設における事故と損害賠償責任)はこの点を明らかにしました。被用者個人の民法709条の責任が否定される以上、それを前提とする使用者の責任も成り立たないからです。したがって、被用者の行為が公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が責任を負うときには「被用者個人は民法第709条に基づく損害賠償責任を負わないが,使用者は同法第715条に基づく損害賠償責任を負う」という肢は誤りです。逆に、「E個人が民法第709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず,使用者であるCも同法第715条に基づく損害賠償責任を負わない」という肢は正しいです。被害者は行政主体に請求すればよく、資力の心配がない代わりに、請求先を誤ると空振りになります。もっとも、この排除が働くのは、その者の行為が公権力の行使に当たると認められた場合に限られます。民間の法人の職員が行う活動であっても、法令に基づく措置の履行として行われているかどうかで結論が分かれますから、まず公権力の行使に当たるかを判断し、その結論から責任の所在を導く順序を守ります。
最判昭和31年11月30日(「職務を行うについて」の意義)
公務員が主観的に権限行使の意思をもつてした職務執行につき違法に他人に損害を加えた場合に限らず、自己の利をはかる意図をもつてした場合でも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによつて、他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に損害賠償の責を負わしめて、ひろく国民の権益を擁護することをその立法の趣旨とするものと解すべきである。
論文ではこう使う
論文では、加害行為が職務そのものでない事案について、外形標準説の規範を立てて当てはめます。規範は、公務員が主観的に権限行使の意思をもたず自己の利を図る意図であっても、客観的に職務執行の外形を備える行為で他人に損害を加えれば足りる、という形で書きます。根拠は、職務の外形を信頼して接した相手方を保護し、広く国民の権益を擁護する点にあると示します。当てはめでは、制服・肩書・場所・時間・使用した物件といった外形的事情を拾い上げます。そのうえで、責任が国・公共団体に集中する帰結として、加害公務員個人の民法709条の責任も、使用者の715条の責任も否定されることを結論に含めます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。