国賠法1条の法的性質(代位責任説)と加害公務員の特定とは
こくばいいちじょうのほうてきせいしつ
国賠法1条の法的性質とは、1条の責任が加害公務員個人の責任を国・公共団体が肩代わりするものか(代位責任説)、国・公共団体自身の責任か(自己責任説)という争いです。判例は代位責任説を前提にしつつ、加害公務員を特定できなくても一定の条件のもとで責任を認めます。
集団予防接種で健康被害が出たのに、問診の医師、接種の職員、体制を決めた担当者のうち誰の行為が原因か分からないとします。国の責任を公務員個人の責任の肩代わりと考えると、加害者が分からなければ責任を問えないことになりそうです。しかし誰がどこで誤ったかを、外にいる被害者が突き止めるのはほぼ不可能です。そこで判例は、一連の行為が同じ行政主体の公務員の職務行為で、そのどれかに違法行為がなければ被害は生じなかったといえるなら、特定できなくても責任を免れないとしました。責任の性質の争いは、この場面での救済の問いにつながります。
代位責任説と自己責任説は、加害公務員の特定・組織の過失・求償の説明で違いが出ます
国家賠償法1条の責任の性質については、二つの説明が対立します。代位責任説は、本来は加害公務員個人が負うべき不法行為責任を、被害者の救済を確実にするために国・公共団体が肩代わりするものと説明します。自己責任説は、公権力を行使する以上は国・公共団体自身が負うべき責任だと説明します。判例は代位責任説を前提にしていると読まれてきましたが、どちらを採っても結論が変わる場面は多くありません。違いが出るとされてきたのは、加害公務員を特定できない場合、公務員個人に故意過失がないが組織として落ち度がある場合、そして1条2項の求償の説明のしかたです。判例がこの三つの場面をどう処理したかを押さえておけば足ります。
- 代位責任説公務員個人の責任を国が代わって負う。故意・過失は公務員個人について判断し、1条2項の求償はその帰結として説明される
- 自己責任説国・公共団体自身の責任。公務員の特定や個人の主観を問わなくてよく、組織としての過失を認めやすい
加害公務員や加害行為が特定できなくても、責任は免れません
最判昭和57年4月1日(加害行為者・加害行為の特定)は、予防接種の一連の過程で被害が生じた事案について、国又は公共団体は加害行為が特定できないことを理由に国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を免れることができないとしました。「国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において,それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても,それらの一連の行為を組成する各行為のいずれもが国又は同一の公共団体の公務員の職務上の行為に当たるときには,国又は公共団体は,加害行為が不特定であることを理由に国家賠償法上の損害賠償責任を免れることはできない」という肢は正しいです。裏返した肢、すなわち特定できないときは「国が、国家賠償法第1条第1項による損害賠償責任を負うことはない」という肢は誤りです。被害者にとって、行政の内部でどの職員がどの段階で誤ったかを突き止めるのは困難ですから、この判断は救済の実効性を支えています。
特定が不要になるのは、一連の行為が同一の主体に帰属する場合に限られます
加害公務員の特定が不要になるといっても、無条件ではありません。判例が挙げた条件は二つです。第一に、一連の行為のうちのいずれかに故意又は過失による違法行為がなければ被害は生じなかったといえることです。第二に、どの行為であるにせよ、その行為者の属する国又は同一の公共団体が賠償の責任を負うべき関係にあることです。国の公務員の行為と市の公務員の行為が混在し、どちらの行為によるか分からないという場合には、この第二の条件を欠くので、この理屈では責任を導けません。代位責任説を徹底すると特定が必要になりそうですが、判例はこのように条件付きで特定を不要とし、被害者の立証の負担を軽くしました。過失についても、担当者個人の注意義務違反に還元せず、組織としてとるべき体制が欠けていたことを捉える形で客観化されてきています。予防接種の実施体制、規制権限を行使するための調査体制、災害情報の伝達体制といった場面では、個々の担当者の落ち度を名指しできなくても、組織として尽くすべき注意を尽くしていなければ過失が認められます。
求償は故意又は重大な過失がある場合に限られ、共同の故意なら連帯して負います
国又は公共団体が賠償したときは、公務員に故意又は重大な過失があった場合に限り、その公務員に求償できます(1条2項)。軽過失の公務員に求償できないのは、萎縮せずに職務を遂行できるようにするためです。複数の公務員が関与した場合の求償の性質について、最判令和2年7月14日(加害公務員に対する求償)は、共同して故意によって違法に他人に損害を加えた公務員らは、国又は公共団体に対する関係でも一体を成すものであり、一部の者が無資力で弁済できない危険は国ではなく公務員らが負担するのが公平だとして、連帯して求償債務を負うとしました。したがって「当該公務員らは、国に対し、当該違法行為に係る各公務員の責任割合に応じた分割債務として、国家賠償法第1条第2項による求償債務を負う」という肢は誤りです。求償は国と公務員の内部関係の問題であり、被害者との関係で公務員個人が直接責任を負うかどうかとは切り離して考えます。なお、公の営造物の設置管理の瑕疵について国等が賠償したときに、他に損害の原因について責めに任ずべき者があれば、その者に求償できるという規定が2条2項に別に置かれています。1条2項の求償とは条文が別です。
被害者は公務員個人には請求できず、行政主体に請求します
責任を国・公共団体に集中させるのがこの制度の骨格です。最判昭和30年4月19日(公務員の個人的責任)のとおり、公務員個人は被害者に対して直接の賠償責任を負いません。故意により違法に損害を与えた場合でも国が責任を負い、「当該公務員個人は被害者に対し直接に賠償責任を負わない」という肢は正しいです。反対に、故意又は重過失があれば被害者が公務員個人に賠償請求できるとする肢は誤りです。故意重過失は、あくまで国から公務員への求償の可否を分ける基準にすぎません。1条2項の文言が故意重過失を挙げているため、被害者との関係でも同じ区別が働くように見えますが、条文は求償の場面でだけ故意重過失を要件としており、1条1項は加害公務員の責任の有無について何も述べていません。判例は、公務員が職務の執行に萎縮することを避けるという趣旨から、個人への直接請求を否定しました。
責任を負うのは、その事務が帰属する行政主体です
代位責任説であれ自己責任説であれ、責任主体は加害公務員が属し、その事務が帰属する行政主体です。警察の事務は原則として都道府県の事務ですから、都道府県警察の警察官が交通犯罪の捜査を行うにつき違法に他人に損害を加えた場合、賠償責任を負うのは原則として当該都道府県であり、国は原則としてその責めを負いません(最判昭和54年7月10日)。「A県だけではなく,原則として,国もまた,国家賠償法第1条第1項に基づいて損害賠償責任を負う」という肢は誤りです。もっとも、公務員の選任監督者と費用の負担者が異なるときは、費用負担者も責任を負います(3条1項)。この分担は求償・賠償責任者の項目で扱います。国の機関委任事務が廃止された現在でも、法定受託事務のように国の関与が強い事務はありますが、責任主体を決めるのはあくまで事務の帰属です。被告を誤ると請求は棄却されますから、根拠法令がどの行政主体の事務として権限を配分しているかを条文で確かめる習慣をつけます。
最判昭和57年4月1日(加害行為者・加害行為の特定)
国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があつたのでなければ右の被害が生ずることはなかつたであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国又は公共団体は、加害行為不特定の故をもつて国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を免れることができない。
論文ではこう使う
論文では、加害公務員を特定できない事案で、判例の規範をそのまま立てます。一連の行為のいずれかに故意又は過失による違法行為がなければ被害は生じなかったといえること、どの行為であっても行為者の属する同一の行政主体が賠償責任を負うべき関係にあることの二つを要件として示し、事実を当てはめます。過失は、担当者個人の落ち度に加え、組織としてとるべき調査や情報共有の体制が整っていたかという観点からも拾います。責任主体を書くときは、事務の帰属と費用の負担を分けて検討し、被告を誤らないようにします。求償の可否は、被害者との関係と切り離し、故意又は重大な過失の有無で判断します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。