【判例】既判力の客観的範囲(最判昭51.9.30)
既判力の客観的範囲に関する最高裁判例を解説。114条1項の主文中の判断・114条2項の相殺の抗弁に対する既判力について判旨・学説・試験対策を分析します。
この判例のポイント
既判力の客観的範囲とは、確定判決の既判力がいかなる範囲の判断に及ぶかという問題である。民訴法114条1項により、既判力は原則として「主文に包含するもの」(訴訟物に対する判断)に限り生じ、判決理由中の判断には及ばない。例外として、同条2項により、相殺の抗弁に対する判断にも既判力が生じる。本判例は、既判力の客観的範囲の基本原則を確認し、相殺の抗弁に対する既判力の範囲と意義を明らかにした重要判例である。
事案の概要
XはYに対して貸金返還請求訴訟を提起し、貸金債権100万円の支払を求めた。これに対し、Yは自己のXに対する売買代金債権80万円をもって相殺の抗弁を提出した。
裁判所は審理の結果、Xの貸金債権100万円の存在を認め、Yの相殺の抗弁についてはYの反対債権(売買代金債権80万円)の存在を認めたうえで、相殺により80万円が消滅したと判断し、残額20万円の限度でXの請求を認容する判決を下した。この判決は確定した。
その後、Yは別訴においてXに対し、前訴で相殺の抗弁に供した売買代金債権80万円の支払を求めた。Xは、前訴の確定判決により相殺の抗弁に対する判断に既判力が生じ、Yの反対債権は消滅が確定しているから、Yの請求は既判力に抵触すると主張した。
問題の核心は、前訴で相殺の抗弁に供された反対債権について、後訴で再び請求することが既判力によって遮断されるかという点にあった。
争点
- 既判力の客観的範囲はどのように画定されるか(114条1項の「主文に包含するもの」の意義)
- 相殺の抗弁に対する判断に既判力が生じるか(114条2項の意義)
- 相殺の抗弁に供した反対債権を後訴で請求することは既判力によって遮断されるか
判旨
確定判決の既判力は、主文に包含するものに限り生じ、判決理由中の判断には及ばないのが原則であるが、相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断については、相殺をもって対抗した額について既判力を有する
― 最高裁判所第一小法廷 昭和51年9月30日 昭和48年(オ)第815号
最高裁は、既判力の客観的範囲について以下の判断を示した。
第一に、確定判決の既判力は主文に包含するもの、すなわち訴訟物に対する判断に限り生じるのが原則である(114条1項)。判決理由中の判断(先決的法律関係の判断、事実認定等)には既判力は及ばない。
第二に、例外として、相殺の抗弁に対する判断には既判力が生じる(114条2項)。前訴で相殺の抗弁が認められた場合には反対債権が対抗額について消滅したとの判断に、相殺の抗弁が排斥された場合には反対債権が不存在であるとの判断に、それぞれ既判力が生じる。
第三に、前訴で相殺の抗弁が認められ反対債権の消滅が確定した場合、後訴で同一の反対債権を請求することは既判力に抵触し許されない。
ポイント解説
既判力の客観的範囲の原則(114条1項)
民訴法114条1項は「確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する」と規定する。ここにいう「主文に包含するもの」とは、訴訟物(審判の対象となった権利関係)に対する判断を指す。
判断の種類 既判力の有無 理由 訴訟物に対する判断(主文) あり 114条1項により既判力が生じる 先決的法律関係の判断(理由中) なし(原則) 争点効は認められていない 事実認定(理由中) なし 判決理由中の判断には既判力は及ばない 相殺の抗弁に対する判断 あり(例外) 114条2項による例外既判力の客観的範囲を主文中の判断に限定する趣旨は、以下のとおりである。
第一に、審判範囲の明確化である。既判力が及ぶ範囲を主文中の判断に限定することで、後訴における既判力の作用が明確になる。
第二に、当事者の手続保障である。判決理由中の判断は訴訟物に対する判断の前提にすぎず、当事者がこれについて十分な攻撃防御を尽くしたとは限らない。理由中の判断に既判力を及ぼすと、当事者の予期しない拘束が生じるおそれがある。
相殺の抗弁に対する既判力(114条2項)
114条2項が相殺の抗弁に対する判断に既判力を認めた趣旨は、以下のとおりである。
相殺の抗弁は、被告が自己の反対債権を訴訟物たる原告の債権と対当額で消滅させることを主張するものである。相殺の抗弁に対する判断は判決理由中の判断にすぎないから、114条1項の原則によれば既判力は生じない。
しかし、相殺の抗弁が認められた場合に反対債権の消滅に既判力が生じないとすると、被告は後訴で同一の反対債権を再度請求することが可能となり、実質的に二重の満足を得ることになる。すなわち、前訴では反対債権による相殺で原告の請求を減額させ、後訴では同一の反対債権の支払を求めるという不当な結果が生じる。
114条2項は、このような二重の満足を防止し、紛争の一回的解決を図るために、相殺の抗弁に対する判断に既判力を認めたものである。
相殺の抗弁が認められた場合と排斥された場合
相殺の抗弁に対する既判力は、抗弁が認められた場合と排斥された場合の双方に生じる。
場面 判断内容 既判力の内容 後訴への影響 相殺の抗弁が認められた場合 反対債権が存在し相殺により消滅 反対債権が対抗額について消滅したことに既判力 被告は後訴で同一債権を請求不可 相殺の抗弁が排斥された場合 反対債権が不存在(又は相殺適状にない) 反対債権が不存在であることに既判力 被告は後訴で同一債権を請求不可「対抗した額について」の意義
114条2項は「相殺をもって対抗した額について」既判力が生じると規定する。これは、反対債権のうち相殺に供された部分についてのみ既判力が生じることを意味する。
例えば、被告が反対債権100万円のうち80万円を相殺の抗弁に供した場合、既判力は80万円の部分について生じる。残りの20万円については既判力が及ばないから、被告は後訴で20万円について請求することが可能である。
学説・議論
争点効の理論
既判力の客観的範囲を主文中の判断に限定する原則に対しては、判決理由中の判断にも一定の拘束力を認める争点効の理論(新堂幸司教授)がある。
争点効とは、前訴の判決理由中で当事者が主要な争点として争い、裁判所が実質的に審理・判断した事項については、後訴においてこれと矛盾する主張・立証を許さないとする法理である。
比較項目 既判力(114条1項) 争点効 対象 訴訟物に対する判断 判決理由中の主要な争点 根拠 114条1項 信義則(2条) 要件 判決の確定 主要な争点として争われ実質的に判断されたこと 判例の立場 認められている 判例は否定的判例は争点効の理論を採用しておらず、既判力の客観的範囲はあくまで114条の枠内で画定されるとする立場を維持している。
相殺の抗弁と訴訟物理論
相殺の抗弁に対する既判力の問題は、訴訟物理論とも関連する。
旧訴訟物理論によれば訴訟物は実体法上の請求権であり、相殺の抗弁に供される反対債権も独立の訴訟物たりうるものである。このため、反対債権について独立の審判が行われるのと同様の手続保障が必要であり、114条2項はこの手続保障を前提として既判力を認めたものと理解される。
新訴訟物理論によれば訴訟物は給付を求める法的地位であり、反対債権はこの訴訟物とは別個のものである。114条2項は、反対債権に関する判断に既判力を及ぼすことで紛争の一回的解決を図る政策的規定と位置づけられる。
114条2項の適用範囲をめぐる議論
114条2項の適用範囲については、以下の論点がある。
- 予備的相殺の抗弁: 被告が「原告の請求は認められないが、仮に認められるとしても相殺する」と主張する場合、予備的相殺の抗弁として許容されるか。判例はこれを認めるが、原告の請求が棄却された場合に反対債権の存否について既判力が生じるかが問題となる
- 相殺の抗弁と反訴の競合: 被告が同一の反対債権について相殺の抗弁と反訴を同時に提出した場合の処理
- 控訴審における相殺の抗弁: 控訴審で初めて相殺の抗弁を提出することが許されるか
判例の射程
判決理由中の判断と既判力
本判決は、判決理由中の判断には原則として既判力が及ばないという原則を改めて確認した。この原則の射程は以下の場面に及ぶ。
- 先決的法律関係: 例えば、建物収去土地明渡請求訴訟における土地所有権の判断は、判決理由中の判断であり、既判力は及ばない。したがって、後訴で土地所有権を争うことは既判力によっては遮断されない
- 相続関係: 遺産分割に関連する訴訟における相続人の地位の判断は、判決理由中の判断であり、既判力は及ばない
- 契約の有効性: 代金支払請求訴訟における契約の有効性の判断は、判決理由中の判断であり、既判力は及ばない
既判力の作用形態
既判力の客観的範囲を前提として、既判力は後訴において以下の形態で作用する。
作用形態 内容 具体例 積極的作用 前訴の判断と同一の判断を後訴でも行うべきことを要求 前訴で認められた債権の存在を後訴でも前提とする 消極的作用(遮断効) 前訴の基準時前に存在した事由の後訴での主張を遮断 前訴で主張できた弁済の抗弁を後訴で主張不可反対意見・補足意見
本判決には特段の反対意見・補足意見は付されていない。既判力の客観的範囲に関する114条の解釈は確立された判例法理であり、主文中の判断への限定と相殺の抗弁に対する既判力の例外は、その後の判例においても一貫して維持されている。
試験対策での位置づけ
既判力の客観的範囲は、司法試験・予備試験の民事訴訟法において最頻出かつ最重要の論点の一つである。論文式試験では114条1項の原則と2項の例外、争点効の理論、相殺の抗弁の処理が繰り返し出題されている。
出題実績としては、新司法試験では平成19年、平成23年、平成26年、平成29年、令和元年、令和3年、令和5年など極めて多数回にわたり出題されている。予備試験でも平成24年、平成28年、令和2年に関連する出題がなされた。
主な出題パターンは、(1)既判力の客観的範囲の原則(114条1項・主文中の判断への限定)、(2)相殺の抗弁に対する既判力(114条2項・二重の満足の防止)、(3)争点効の理論の検討、(4)既判力の作用形態(積極的作用・消極的作用・遮断効)、(5)一部請求と既判力の関係、の五つが主な類型である。
答案での使い方
論証パターン
既判力の客観的範囲を答案で展開する際の基本的な論証の流れは以下のとおりである。
「確定判決の既判力は、主文に包含するもの、すなわち訴訟物に対する判断に限り生じるのが原則である(民訴法114条1項)。したがって、判決理由中の判断には既判力は及ばない。」
「もっとも、相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断については、相殺をもって対抗した額について既判力を有する(同条2項)。これは、相殺の抗弁が認められた場合に反対債権の消滅に既判力が生じないとすると、被告が後訴で同一の反対債権を再度請求して二重の満足を得ることが可能となり、紛争の一回的解決が害されるからである。」
答案記述例
「前訴においてYが反対債権80万円をもって相殺の抗弁を提出し、裁判所が相殺の抗弁を認めて20万円の限度でXの請求を認容する判決を下して確定した場合、相殺の抗弁に対する判断に既判力が生じる(114条2項)。すなわち、Yの反対債権80万円が相殺により消滅したとの判断に既判力が及ぶ。したがって、Yが後訴で同一の反対債権80万円の支払を請求することは前訴の既判力に抵触し、後訴の請求は棄却される。」
試験に出るポイント
- 114条1項の原則: 既判力は主文に包含するもの(訴訟物に対する判断)に限り生じる
- 判決理由中の判断: 先決的法律関係の判断、事実認定には既判力は及ばない
- 114条2項の相殺の抗弁: 相殺の抗弁に対する判断には対抗した額について既判力が生じる
- 争点効の理論: 判例は争点効を採用しておらず、114条の枠内で既判力の範囲を画定する
- 既判力の作用形態: 積極的作用と消極的作用(遮断効)の区別
覚えるべき要点
既判力の客観的範囲は114条1項により主文中の判断(訴訟物に対する判断)に限定される。判決理由中の判断には既判力は及ばない。相殺の抗弁に対する判断は114条2項により例外的に既判力が生じる。その趣旨は二重の満足の防止と紛争の一回的解決にある。争点効の理論は判例上採用されていない。
論証への活かし方
既判力の客観的範囲の論証では、まず114条1項の原則(主文中の判断への限定)を述べる。次に、問題となっている判断が主文中の判断か理由中の判断かを検討する。相殺の抗弁が問題となる場合は114条2項の趣旨(二重の満足の防止)を摘示し、対抗額について既判力が生じることを論じる。争点効が問題となる場合は、判例が争点効を採用していないことを確認したうえで、信義則による処理の可能性を検討する。
重要概念の整理
既判力の客観的範囲と主観的範囲の比較
比較項目 客観的範囲(114条) 主観的範囲(115条) 問題の核心 判決のどの判断に既判力が及ぶか 判決が誰に対して効力を有するか 原則 主文中の判断に限定 当事者にのみ及ぶ 例外 相殺の抗弁に対する判断(114条2項) 承継人・所持者等への拡張(115条1項3号・4号) 趣旨 審判範囲の明確化・手続保障 紛争解決の実効性と手続保障の調和既判力の時的限界
概念 内容 基準時 口頭弁論終結時(事実審の最終口頭弁論終結時) 遮断効 基準時前に存在した事由は後訴で主張不可 基準時後の事由 基準時後に生じた事由は既判力に遮断されず主張可能よくある質問
Q1: なぜ判決理由中の判断に既判力が及ばないのですか。
判決理由中の判断は訴訟物に対する判断の前提にすぎず、当事者がこの点について十分な攻撃防御を尽くしたとは限らない。理由中の判断に既判力を認めると、当事者の予期しない拘束が生じ手続保障が害されるおそれがある。また、既判力が及ぶ範囲が不明確となり法的安定性が損なわれる。
Q2: 争点効が認められないのはなぜですか。
判例は争点効の理論を採用していない。その理由として、(1)争点効の要件(「主要な争点として争われ実質的に判断されたこと」)が不明確であり法的安定性を害する、(2)当事者が争点効の発生を予測できないため手続保障が害されるおそれがある、(3)114条が既判力の客観的範囲を明文で規定している以上、解釈でこれを拡張すべきではない、等が指摘されている。
Q3: 予備的相殺の抗弁とは何ですか。
予備的相殺の抗弁とは、被告が「原告の請求は理由がないが、仮に理由があるとしても反対債権で相殺する」と主張するものである。判例はこれを適法と認める。原告の請求が認容される場合にのみ相殺の判断がなされるため、原告の請求が棄却された場合には相殺の判断がなされず、反対債権について既判力は生じない。
Q4: 一部請求の場合、残部について既判力はどうなりますか。
一部請求が明示された場合、既判力は請求された部分についてのみ生じ、残部には及ばないとするのが判例の立場である。もっとも、一部請求が棄却された場合に残部を後訴で請求することが信義則上許されるかについては別途問題となる。
Q5: 相殺の抗弁に対する判断の既判力は、控訴審で相殺の抗弁が撤回された場合にも生じますか。
控訴審で相殺の抗弁が撤回された場合、裁判所は相殺の抗弁について判断しないから、114条2項による既判力は生じない。既判力は裁判所が実際に判断した事項について生じるものであり、撤回された主張について既判力が生じることはない。
関連条文
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
― 民事訴訟法 第114条第1項
相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。
― 民事訴訟法 第114条第2項
関連判例
まとめ
既判力の客観的範囲に関する本判例は、確定判決の既判力は主文に包含するもの(訴訟物に対する判断)に限り生じ、判決理由中の判断には及ばないこと、例外として相殺の抗弁に対する判断には対抗した額について既判力が生じることを明確にした重要判例である。114条2項が相殺の抗弁に既判力を認めた趣旨は、二重の満足の防止と紛争の一回的解決にある。争点効の理論は判例上採用されておらず、既判力の客観的範囲はあくまで114条の枠内で画定される。既判力の客観的範囲は民事訴訟法の最重要論点の一つであり、主観的範囲・時的限界と並んで確定判決の効力の全体像を構成する基本的概念である。