過失相殺・素因・損益相殺(722条2項)とは
かしつそうさいそいんそんえきそうさい
過失相殺とは、被害者に過失があるときに裁判所がこれを考慮して損害賠償の額を定めることで(722条2項)、判例はこれを被害者側の過失や被害者の素因(心因的要因・疾患)にも類推して広げ、損益相殺とは、被害者が不法行為と同じ原因で得た利益を賠償額から差し引く調整のことです。
飛び出した子どもが車にはねられた場合、運転者だけに全部を負担させるのは公平とはいえません。そこで民法は、被害者にも落ち度があれば、裁判所が賠償額を減らせるとしました。判例は、この考え方を、小さな子どもを見ていなかった親の落ち度や、もともとの持病が損害を大きくした場合にも広げています。反対に、被害者が保険金などを受け取っても、それが加害とは別の理由で払われるものなら賠償額から差し引きません。損害を公平に分けるための調整です。
被害者の過失を考慮するには、責任能力までは要らず、事理を弁識する能力があれば足ります
722条2項は、被害者に過失があったときは、裁判所はこれを考慮して損害賠償の額を定めることができると定めています。判例は、未成年者の過失を考慮するには、その未成年者に行為の責任を弁識する能力(責任能力)までは要らず、事理を弁識するに足りる知能が備わっていれば足りるとしています(最大判昭和39年6月24日)。過失相殺は加害者に責任を負わせるかではなく、損害を公平に分担させる場面だからです。事理弁識能力はおおむね5、6歳程度で備わるとされています。被害者の過失を考慮するために「被害者に自己の行為の責任を弁識するに足りる知能が備わっていることを要する」という肢、被害者に責任能力がないときは「その過失を考慮して損害賠償の額を決めることができない」という肢は誤りで、事理を弁識するに足りる知能が備わっていれば足りるという肢は正しいです。
被害者と身分上・生活関係上一体をなす者の過失は被害者側の過失として考慮でき、夫婦や内縁の夫婦は含まれますが、保育園の保育士は含まれません
判例は、722条2項の被害者の過失には、被害者本人と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失(被害者側の過失)も含まれるとしています。そのため、事理弁識能力のない幼児が被害者でも、監督する親に過失があれば過失相殺ができます。被害者が事理弁識能力を有していなくても親に監督上の過失があれば加害者は減額を主張できるという肢は正しく、幼児に過失がなければ父母に過失があっても「賠償額が減額されることはない」という肢は誤りです。夫が妻を同乗させて運転中に第三者の車と双方の過失で衝突した場合、夫婦の婚姻関係が破綻に瀕しているなどの特段の事情がない限り、夫の過失を被害者側の過失として考慮できます(最判昭和51年3月25日)。内縁の夫が運転する車に同乗した内縁の妻についても同じで(最判平成19年4月24日)、内縁の夫の過失を「被害者側の過失として考慮することはできない」という肢は誤りです。これに対し、両親から幼児の監護を委託された保育園の保育士は、被害者と一体をなすとはみられないので、その過失は考慮できません(最判昭和42年6月27日)。その旨の肢は正しいです。
被害者の心因的要因や加害前からの疾患が損害の発生・拡大に寄与したときは、過失相殺の規定を類推して減額できますが、疾患に当たらない身体的特徴は考慮しません
被害者の落ち度ではないものの、被害者側の事情(素因)が損害を大きくした場合について、判例は、身体に対する加害行為と損害との間に相当因果関係があっても、損害が加害行為のみによって通常発生する程度・範囲を超え、その拡大に被害者の心因的要因が寄与しているときは、722条2項を類推適用して、その事情を考慮できるとしています(最判昭和63年4月21日)。また、加害行為と加害前から被害者がり患していた疾患とが共に原因となって損害が発生した場合に、疾患の態様、程度などに照らし加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときも、同項を類推して疾患を考慮できます(最判平成4年6月25日)。どちらも肢として正しいです。ただし判例は、被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を持っていても、それが疾患に当たらない限り、特段の事情がなければ考慮できないとしています(最判平成8年10月29日。首が長いという身体的特徴の事案)。
複数の加害者と被害者の過失が競合する事故で絶対的過失割合が認定できるときは、被害者の過失で減額した額について加害者らが連帯して責任を負います
判例は、複数の加害者の過失と被害者の過失が競合する一つの交通事故で、事故の原因となったすべての過失の割合(絶対的過失割合)を認定できるときは、絶対的過失割合に基づいて被害者の過失による過失相殺をした損害賠償額について、加害者らは連帯して共同不法行為の責任を負うとしています(最判平成15年7月11日)。加害者A・Bと被害者Cの過失割合が順次5:3:2であれば、A・BはCに対して連帯して損害の8割を賠償します。その旨の肢はいずれも正しいです。なお、不法行為の過失相殺は「考慮して…定めることができる」として裁判所の裁量に委ねられ、責任そのものを否定することまでは定めていない点で、債務不履行の過失相殺(418条)と異なります。
損益相殺は、被害者が加害と同じ原因で得た利益を差し引く調整で、生命保険金は控除せず、労災保険給付は過失相殺の後に控除します
被害者が不法行為によって損害を受けると同時に利益も得た場合、その利益を賠償額から差し引くことを損益相殺といいます。条文はありませんが、損害の公平な分担から認められています。判例は、生命保険金は払い込んだ保険料の対価の性質を持ち、不法行為と関係なく支払われるものなので、損害賠償額から控除すべきではないとしています(最判昭和39年9月25日)。死亡保険金の額を「損益相殺により損害賠償額から控除することができる」という肢は誤りです。他方、遺族年金のように損害を填補する目的の給付は、支給が確定した範囲で控除されます(最大判平成5年3月24日)。労働者災害補償保険の給付を受けた被害者が第三者に賠償を請求する場合、判例は、まず過失相殺をして、その残額から保険給付の額を控除するとしています(最判平成元年4月11日)。その旨の肢は正しいです。また、加害者が詐欺の手段として被害者に交付した金銭のような不法原因給付による利益は、708条の趣旨から損益相殺の対象にはなりません。
過失相殺・素因減額・損益相殺の判例
- 被害者の過失: 事理弁識能力があれば足り、責任能力は不要(最大判昭和39年6月24日)
- 被害者側の過失: 身分上・生活関係上一体をなす者。夫(最判昭和51年3月25日)・内縁の夫(最判平成19年4月24日)は含み、保育園の保育士は含まない(最判昭和42年6月27日)
- 素因: 心因的要因(最判昭和63年4月21日)・疾患(最判平成4年6月25日)は722条2項の類推で考慮。疾患でない身体的特徴は考慮しない(最判平成8年10月29日)
- 絶対的過失割合: 被害者の過失で減額した額について加害者らが連帯(最判平成15年7月11日)
- 損益相殺: 生命保険金は控除しない(最判昭和39年9月25日)。労災保険給付は過失相殺の後に控除(最判平成元年4月11日)
民法722条2項
被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。
論文ではこう使う
論文で賠償額の調整を論じるときは、①被害者本人の過失(事理弁識能力で足りる)、②被害者側の過失(身分上・生活関係上一体をなす者か)、③素因(心因的要因・疾患は722条2項の類推、身体的特徴は原則として考慮しない)、④損益相殺(給付が損害の填補を目的とするか)の順に検討します。複数の加害者がいる交通事故では、絶対的過失割合が認定できるかで処理を分け、できるなら被害者の過失分を減じた額について加害者らの連帯責任を認めます(最判平成15年7月11日)。労災保険給付があれば、過失相殺の後に控除します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。