私文書偽造の客体と虚偽診断書作成とは
しぶんしょぎぞうのきゃくたいときょぎしんだんしょさくせい
私文書偽造の客体とは、他人名義の文書のうち、権利、義務又は事実証明に関する文書をいいます。虚偽診断書作成とは、医師が、公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をすることをいいます。
友人の名前を勝手に使って日記やラブレターを書いても、ほめられたことではありませんが、文書偽造の罪にはなりません。刑法が守っているのは、契約書や領収書、履歴書のように、権利や義務、社会生活のうえで意味のある事実の証拠として世の中で頼りにされている文書だからです。また、私人の文書は、名前を偽らずに自分の名前でうその内容を書いただけでは処罰されませんが、医師が役所に出す診断書にうそを書く場合だけは、例外として処罰されます。
私文書偽造罪の客体は、他人名義の文書のうち、権利、義務又は事実証明に関する文書に限られます
私文書とは、私人が名義人である文書をいいます。公文書か私文書かは、文書に何が書かれているかではなく、名義人が公務所・公務員か私人かで決まります。交通事件原票そのものは警察官が作成する文書ですが、その中の供述書欄は違反者が名義人の私文書です。159条の客体は、私文書のうち「権利、義務若しくは事実証明に関する」文書です。権利、義務に関する文書とは、権利・義務の発生・変更・消滅を目的とする意思表示を内容とする文書をいい、借用証書や売買契約書がこれに当たります。事実証明に関する文書とは、社会生活に交渉を有する事項を証明する文書をいいます。この二つのどちらにも当たらない文書は、他人の名義を偽って作っても私文書偽造罪になりません。
- 権利、義務に関する文書借用証書、売買契約書、金銭消費貸借契約書、債権放棄書、預金口座の開設申込書など
- 事実証明に関する文書入学試験の答案、履歴書、郵便送達報告書の受領者欄(受領書)、交通事件原票中の供述書、新聞に掲載する広告文など
- 有印と無印他人の印章又は署名(記名を含む)を使えば有印(3月以上5年以下の拘禁刑)、どちらもなければ無印(1年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金)
入学試験の答案は、志願者の学力の証明に関する文書であり、事実証明に関する文書に当たります
最決平成6年11月29日は、大学の入学選抜試験で替え玉受験をさせ、志願者名義の答案を作成させた事案です。最高裁は、入学選抜試験の答案は、試験問題に対し志願者が正解と判断した内容を記載する文書で、それ自体で志願者の学力が明らかになるものではないとしつつ、採点された結果が志願者の学力を示す資料となり、これを基に合否の判定が行われ、合格の判定を受けた志願者が入学を許可されるのであるから、志願者の学力の証明に関するものであって、「社会生活に交渉を有する事項」を証明する文書に当たるとしました。答案は、志願者本人が作成することが予定されている文書ですから、志願者の承諾があっても偽造になります。乙に成り済まして入学試験を受けた事例について、「乙名義で答案を作成して提出した。この場合,甲に有印私文書偽造罪が成立する」という肢は正しいです。「甲は作成名義人乙に依頼されて乙名義で答案を作成したのであるから,甲には有印私文書偽造罪は成立しない」という肢は誤りです。この肢のうち、入学試験の答案が私文書偽造罪の客体になるという部分は正しく、誤っているのは、依頼があるから成立しないとする部分です。
履歴書や、郵便送達報告書の受領者欄も、事実証明に関する文書に当たります
履歴書は、応募者の氏名、経歴などを会社に示す文書で、事実証明に関する文書です。判例は、偽名を使って就職しようと、架空の氏名を記載して押印し、自分の顔写真を貼った履歴書を作成した事案で、履歴書の性質、機能等に照らすと、顔写真が貼られ、文書から生ずる責任を免れようとする意思がなかったとしても、表示された名義人は被告人とは別人格の者であるとして、有印私文書偽造罪の成立を認めました(最決平成11年12月20日)。「履歴書の作成名義人と作成者との人格の同一性にそごがあるので,甲には有印私文書偽造罪が成立する」という肢は正しいです。「人格の同一性にそごを生じさせるものとは認められないから,甲には有印私文書偽造罪は成立しない」という肢は誤りです。また、判例は、支払督促正本等を配達に来た郵便配達員に対し受送達者本人を装い、郵便送達報告書の受領者の押印又は署名欄に他人の氏名を記載する行為は、その他人名義の受領書を偽造したものとして有印私文書偽造罪になるとしています(最決平成16年11月30日)。「乙の氏名を記載して提出し,支払督促正本等を受領した。この場合,甲に有印私文書偽造罪が成立する」という肢は正しいです。
虚偽診断書等作成罪は、医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をした場合に限って成立します
私文書については、名義を偽らずに内容の虚偽な文書を作る行為は、原則として処罰されません。160条はその例外で、医師の診断書などが権利・義務の得喪に重大な関係を持つことから、医師という身分のある者が、公務所に提出すべき診断書、検案書、死亡証書に虚偽の記載をした場合を処罰します。客体は「公務所に提出すべき」ものに限られるので、裁判所や警察署、国公立の学校に提出する診断書は客体になりますが、保険会社や私企業に提出する診断書は客体になりません。医師が、依頼されて、保険会社に提出する診断書に罹患していない病名を記載した事例について、「保険会社に提出する診断書に虚偽の記載をしたのであるから,甲には虚偽診断書作成罪が成立する」という肢は誤りです。この診断書は医師本人の名義で作られているので、私文書偽造罪にもなりません。
- 主体医師(身分犯)。医師でない者が医師の名義で作れば偽造の問題になる
- 客体公務所に提出すべき診断書、検案書、死亡証書(これらの全部又は一部として用いられる電磁的記録文書等を含む)
- 行為虚偽の記載(電磁的記録文書等では虚偽の記録)
- 刑3年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金
- 行使虚偽の記載をした診断書等を行使すれば161条の罪(未遂も処罰)
医師が公務員で、職務として作成する診断書に虚偽の記載をした場合は、虚偽公文書作成罪が成立します
国公立の病院に勤務する公務員である医師が、その病院の医師として作成する診断書は、公務員が職務上作成する文書ですから公文書です。この診断書に虚偽の記載をすれば、160条ではなく、より重い虚偽公文書作成罪(156条)が成立します。市立病院の医師が患者が裁判所に提出するための診断書に虚偽の病名を記載した事例について、「診断書に虚偽の病名を記載した場合,虚偽公文書作成罪が成立する」という肢は正しいです。「虚偽診断書等作成罪が成立するので,虚偽公文書作成罪は成立しない」という肢は誤りです。また、虚偽診断書等作成罪は医師だけが主体になる罪ですから、医師でない者が県立病院の医師の名義で内容虚偽の診断書を自ら作成した場合は、公文書偽造罪の問題になります。この事例について、共謀者である「乙には虚偽診断書作成罪の共同正犯が成立する」という肢は誤りです。
刑法160条
医師が、公務所に提出すべき診断書、検案書若しくは死亡証書に虚偽の記載をし、又は公務所に提出すべき電磁的記録文書等であって、診断書、検案書若しくは死亡証書の全部若しくは一部として用いられるものに虚偽の記録をしたときは、三年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。
最決平成6年11月29日
社会生活に交渉を有する事項
論文ではこう使う
論文では、偽造された文書が159条の客体に当たるかを、偽造の検討の最初に認定します。契約書や借用証書であれば、権利・義務の発生や消滅を内容とする文書であることを一言で示せば足ります。答案、履歴書、受領書のように権利・義務を直接の内容としない文書については、事実証明に関する文書とは社会生活に交渉を有する事項を証明する文書をいうと定義を示したうえで、その文書が社会生活の中でどのような判断の資料として使われるか(答案であれば、採点結果が学力を示す資料として合否の判定に使われること)を具体的に述べて当てはめます。客体を認定した後に、名義人と作成者を特定して偽造に当たるかを検討します。医師が内容虚偽の診断書を作成した事例では、提出先が公務所かどうかと、医師が公務員かどうかを確認して、160条と156条のどちらを検討するかを決めます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。