名義人の承諾とは
めいぎにんのしょうだく
名義人の承諾とは、他人が自分の名義で文書を作成することを、名義人があらかじめ認めることをいいます。承諾があれば原則として偽造になりませんが、文書の性質上、名義人本人による作成が求められる文書では、承諾があっても私文書偽造罪が成立します。
忙しい社長が、部下に「私の名前で礼状を出しておいて」と頼むことはよくあります。本人が承知しているのですから、部下が社長の名前で書いても、だれもだまされていません。しかし、交通違反で捕まった人が、兄から「俺の名前を使っていい」と言われていたからといって、反則切符に兄の名前を書くことは許されません。違反をしたのがだれかを記録する書類に、違反をしていない人の名前が書かれれば、書類の役目が果たせなくなります。承諾があれば何でも許されるわけではないのです。
名義人の承諾があれば、原則として偽造にはなりません
偽造とは、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることをいいます。作成者は、実際に書いた者ではなく、文書に意思を表示した者です。名義人が、自分の名義で文書を作ることをあらかじめ承諾していれば、その文書に表示されているのは名義人の意思ですから、作成者は名義人自身であり、名義人と作成者は一致します。したがって、名義人の承諾を得て作成した他人名義の文書は、原則として偽造文書ではありません。秘書が社長の指示で社長名義の文書を作る場合や、家族に頼まれて申込書に家族の名前を書く場合が、これに当たります。承諾は文書を作成する時点までに与えられていることが必要で、事後に追認されても偽造罪の成立は否定されません。
文書の性質上、名義人本人による作成が求められる文書は、承諾があっても偽造になります
最決昭和56年4月8日は、無免許運転で取締りを受けた者が、あらかじめ承諾を得ていた他人の氏名を名乗り、交通事件原票中の供述書欄にその他人の名義で署名した事案について、交通事件原票中の供述書は、その文書の性質上、作成名義人以外の者がこれを作成することは法令上許されないものであって、他人の名義で作成した場合は、あらかじめその他人の承諾を得ていたとしても、私文書偽造罪が成立するとしました。この供述書は、違反をした本人が違反の事実を認める文書であり、違反者と名義人が同じ人であることに意味があります。違反をしていない名義人は、その内容について責任を負うことができません。「乙が名義使用につきあらかじめ甲に対して承諾していた場合,甲に有印私文書偽造罪(刑法第159条第1項)は成立しない」という肢は誤りです。「あらかじめ承諾を得ていた実兄乙の名義で署名指印した。甲には有印私文書偽造罪が成立する」という肢は正しいです。知人Aから氏名等の使用の許諾を受け、交通事件原票中の供述書欄末尾にAと署名した事例について、「この場合、甲に私文書偽造罪は成立しない」という肢も誤りです。同じ考え方は、運転免許の申請書や旅券の発給申請書のように、本人が自分で作成することが予定されている文書にも当てはまります。
- 承諾があれば偽造にならない文書契約書、礼状、申込書など、名義人の意思の表示であれば足りる文書
- 承諾があっても偽造になる文書交通事件原票中の供述書、入学試験の答案、運転免許の申請書など、性質上本人の作成が予定されている文書
入学試験の答案も、志願者本人が作成することが予定された文書です
いわゆる替え玉受験では、志願者本人が替え玉に受験を依頼しているので、名義人の承諾があります。しかし、入学試験の答案は、志願者本人の学力を測るための文書であり、本人以外の者が作成することは予定されていません。最決平成6年11月29日は、替え玉受験で志願者名義の答案を作成した事案について、有印私文書偽造罪の成立を認めた原判断を是認しました。この決定は、答案が志願者の学力の証明に関するもので、社会生活に交渉を有する事項を証明する文書として「事実証明に関する文書」に当たることを明らかにしています。乙に頼まれて乙に成り済まして受験した事例について、「乙に成り済まして入学試験を受け,乙名義で答案を作成して提出した。この場合,甲に有印私文書偽造罪が成立する」という肢は正しく、「氏名欄に乙の氏名を記載し、乙名義で答案を作成した。この場合、甲に有印私文書偽造罪が成立する」という肢も正しいです。「甲は作成名義人乙に依頼されて乙名義で答案を作成したのであるから,甲には有印私文書偽造罪は成立しない」という肢は誤りです。依頼した志願者本人には、私文書偽造罪の共犯が成立します。
承諾があると誤信していても、承諾が意味を持たない文書では故意は否定されません
承諾があれば偽造にならない文書について、承諾がないのにあると誤信して他人名義の文書を作った場合は、名義人と作成者の人格の同一性を偽るという事実の認識を欠くので、偽造の故意が否定されます。これに対し、交通事件原票中の供述書のように、承諾があっても偽造になる文書では、承諾の有無は偽造の成否に関係がありません。交通違反の取締りを受けた際に乙の氏名を名乗ることについて、乙の承諾がないのにあると誤信して、交通反則切符の供述書に乙の名義で署名押印した事例では、有印私文書偽造罪が成立します。行為者は、他人の名義で供述書を作成するという事実を認識しているので、偽造の事実の認識に欠けるところがないからです。承諾があれば許されると思っていたとしても、それは法律の錯誤にすぎず、故意は否定されません。
最決昭和56年4月8日
交通事件原票中の供述書は、その文書の性質上、作成名義人以外の者がこれを作成することは法令上許されないものであつて、右供述書を他人の名義で作成した場合は、あらかじめその他人の承諾を得ていたとしても、私文書偽造罪が成立する
論文ではこう使う
論文では、他人名義の文書を作成したが名義人の承諾があった、という事例で使います。まず、偽造とは名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいい、名義人の承諾があれば原則として作成者は名義人となるので偽造に当たらない、と原則を示します。次に、文書の性質上、名義人本人が作成することが求められる文書については、承諾があっても名義人に作成者としての責任を帰属させることができず、名義人と作成者の人格の同一性にそごが生じる、と例外を示します。そのうえで、問題の文書が、だれが作成したかに意味のある文書かどうかを、その文書の役割から具体的に論じます。交通事件原票の供述書や試験の答案であれば例外に当たります。承諾の誤信がある場合は、原則の文書か例外の文書かを先に決め、例外の文書であれば誤信は故意を否定しないと結論づけます。承諾を与えた名義人の共犯の成否にも触れます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。