公共の危険(意義と認識の要否)とは
こうきょうのきけん
公共の危険とは、不特定又は多数の人の生命、身体又は財産に対する危険をいいます。自己所有の非現住建造物等放火罪(109条2項)と建造物等以外放火罪(110条)では、公共の危険の発生が犯罪の成立要件になっています。
自分の古い自動車を、だれもいない広い河原の真ん中で燃やしても、周りに迷惑はかかりません。同じ自動車を、車がぎっしり並んだ駐車場で燃やせば、隣の車に火が移り、近くにいる人にも危険が及びます。放火罪は、火が広がって不特定又は多数の人の生命・身体・財産を脅かすことを罰する罪です。そこで、建造物ほど類型的に危険が大きくない物や自分の物を燃やした場合には、実際に公共の危険が生じたことが犯罪の成立要件とされています。
公共の危険の発生が条文上の要件になるのは、109条2項と110条です
現住建造物等放火罪(108条)と他人所有の非現住建造物等放火罪(109条1項)は、条文に公共の危険の発生が書かれていません。建造物を焼損すれば公共の危険が生じるのが通常だからで、これらは抽象的危険犯です。家族と共に住む自己所有の木造家屋に放火して半焼させた事例について、「隣家に燃え移る危険は発生しなかった。この場合,甲には現住建造物等放火罪が成立する」という肢は正しいです。これに対し、自己所有の非現住建造物等放火罪(109条2項)と建造物等以外放火罪(110条)は、公共の危険の発生が条文上の要件になっている具体的危険犯です。「建造物等以外放火罪は,抽象的危険犯である」という肢は誤りです。公共の危険が生じなければ、これらの罪は成立しません。「乙所有の自動車に放火してこれを焼損させたが,公共の危険は発生しなかった。この場合,甲には建造物等以外放火罪が成立する」という肢は誤りで、成立するのは器物損壊罪にとどまります。また、109条2項と110条には未遂を罰する規定がありません(112条)。「甲が自己の所有する空き家に放火したが,公共の危険が生じなかった場合,甲には,非現住建造物等放火未遂罪が成立する」という肢は誤りです。109条2項ただし書により罰せられず、未遂罪にもなりません。乙の同意の下で、乙が丙に賃貸した乙所有の自動車を燃やしたが公共の危険は生じなかったという事例でも、賃貸した物は115条により他人の物として扱われて110条1項の問題になりますが、公共の危険が生じていないので放火罪は成立しません。もっとも、賃貸した物の損壊は、所有者の乙が同意していても、262条により他人の物を損壊した場合と同じに扱われるので、甲には器物損壊罪が成立します。
- 108条・109条1項条文に公共の危険の定めがない(抽象的危険犯)。未遂・予備を罰する
- 109条2項自己所有の非現住建造物等。公共の危険を生じなかったときは罰しない。未遂・予備の処罰なし
- 110条1項・2項建造物等以外の物。焼損し、よって公共の危険を生じさせたことが要件。未遂・予備の処罰なし
公共の危険は、建造物等への延焼の危険に限られず、不特定又は多数の人の生命・身体・財産に対する危険を含みます
公共の危険の内容について、108条と109条1項に規定する建造物等への延焼の危険に限るとする見解(限定説)と、これに限らず不特定又は多数の人の生命、身体又は財産に対する危険を広く含むとする見解(非限定説)があります。限定説は、111条1項が109条2項・110条2項の罪から108条・109条1項の物件に延焼した場合を結果的加重犯として処罰していることと符合すると主張します。最決平成15年4月14日は、市街地の駐車場で自動車に放火し、近くの他人所有の自動車2台とごみ集積場に延焼の危険が及んだ事案で、110条1項の公共の危険は、108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険のみに限られるものではなく、不特定又は多数の人の生命、身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれるとして、非限定説に立ちました。「延焼の危険に限られず,不特定又は多数の人の生命,身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれる」という肢は正しいです。駐車場の第三者所有の自動車10台に延焼する危険が生じた事例について、「住宅その他の建物に延焼する危険は生じなかった。甲には建造物等以外放火既遂罪は成立しない」という肢は誤りです。所有者の異なる自動車3台に火が燃え移りかねない状態になった事例について、「付近の建造物に燃え移る危険は生じなかった。甲には他人所有建造物等以外放火罪(刑法第110条第1項)は成立しない」という肢も誤りです。非限定説に対しては、小さな物1個に延焼の危険が生じただけでも公共の危険とされかねないという批判が向けられますが、非限定説からも、具体的状況の中で火災による危険が拡大していく作用があるかを判断することになります。
判例は、公共の危険が発生することの認識を不要としています
109条2項・110条の罪の故意として、公共の危険が発生することの認識が必要かについても見解が分かれます。最判昭和60年3月28日は、110条1項の放火罪が成立するためには、火を放って同条所定の物を焼損する認識のあることが必要であるが、焼損の結果公共の危険を発生させることまでを認識する必要はないとしました(認識不要説)。「甲に公共の危険が生じることについての認識がなかった場合でも,甲には,建造物等以外放火罪が成立する」という肢は正しいです。「甲には公共の危険発生の認識がないのであるから,建造物等以外放火罪の既遂罪は成立しない」という肢、「その公共の危険が生じることについての認識はなかった。この場合,甲には,建造物等以外放火罪は成立しない」という肢、「甲は,公共の危険が発生するとは認識していなかった。甲には建造物等以外放火罪の故意は認められない」という肢は、いずれも誤りです。判例の立場は、他人所有物(110条1項)でも自己所有物(110条2項)でも変わりません。
認識不要説は条文の「よって」を根拠にし、認識必要説は責任主義を根拠にします
認識不要説は、110条が「よって公共の危険を生じさせた」と定めていることから、公共の危険の発生を結果的加重犯の加重的結果と同じように捉え、109条2項については「公共の危険を生じなかったときは、罰しない」という文言から客観的処罰条件と捉えます。また、公共の危険の認識を必要とすると、その内容は108条・109条1項の物件に延焼することの認識と区別しにくく、それらの罪の故意と重なってしまうという点も論拠になります。これに対し、認識必要説は、公共の危険の発生を構成要件要素ないし違法性を基礎づける要素と捉えます。自己所有物の焼損は本来違法な行為ではなく、公共の危険の発生によって初めて犯罪になるのだから、その認識がないのに故意犯として処罰するのは責任主義に反すると主張します。認識必要説からは、公共の危険が生じたのにその認識がなかった場合、109条2項・110条の罪は成立せず、失火罪(116条2項)が成立し得るにとどまります。認識必要説に対しては、公共の危険の認識と延焼の認識との区別があいまいになるという批判が向けられ、認識必要説は、延焼の危険があることの認識と、延焼することの認容とは区別できると答えます。
- 認識不要説(判例)焼損する認識があれば足りる。根拠:110条の「よって」、109条2項ただし書の文言、延焼の故意との区別の困難
- 認識必要説公共の危険の発生の認識が要る。根拠:自己所有物の焼損は本来違法でなく、公共の危険の発生によって初めて犯罪となる(責任主義)
刑法110条1項
放火して、前二条に規定する物以外の物を焼損し、よって公共の危険を生じさせた者は、一年以上十年以下の拘禁刑に処する。
刑法109条2項
前項の物が自己の所有に係るときは、六月以上七年以下の拘禁刑に処する。ただし、公共の危険を生じなかったときは、罰しない。
論文ではこう使う
論文では、自動車やバイク、ごみ箱などへの放火の事例で使います。客体が108条・109条の物以外であることを確認して110条を選び、焼損を認定したうえで、公共の危険の発生を検討します。公共の危険とは、108条・109条1項の建造物等への延焼の危険に限らず、不特定又は多数の人の生命、身体又は財産に対する危険をいう、と判例の定義を示し、周囲の車両や建物までの距離、可燃物の有無、火勢、時間帯と人通りといった事実を拾って当てはめます。次に、犯人が周囲に燃え移るとは思っていなかったという事情があれば、公共の危険の認識の要否を論じます。判例は不要としているので、その立場なら「よって」の文言を根拠に簡潔に書き、必要説をとるなら責任主義を根拠にして、認識の有無を事実から認定します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。