株主代表訴訟の判例|提訴請求と会社の不提訴理由(最判平21.3.10)
株主代表訴訟をめぐる判例を解説。提訴請求(847条1項)の要否と記載の程度、会社が訴えを提起しない場合の処理、和解・訴訟参加の可否を最判平21.3.10を中心に整理します。
この判例のポイント
株主代表訴訟における提訴権の行使が権利の濫用に当たるか否かは、提訴請求の段階における株主の意図・目的だけでなく、訴訟提起の経緯、会社の利益との関係等を総合的に考慮して判断すべきであるとした判決。株主代表訴訟の訴訟要件と提訴権の濫用法理の適用基準を明確にした重要判例である。
事案の概要
Y株式会社の株主Xは、Y社の取締役Aらに対し、取締役としての任務懈怠によりY社に損害を与えたとして、株主代表訴訟(会社法847条)を提起した。
Xは、訴訟提起に先立ち、Y社に対して取締役Aらの責任を追及する訴えを提起するよう提訴請求(847条1項)を行ったが、Y社は60日以内に訴えを提起しなかった。そこで、Xが自ら株主代表訴訟を提起したものである。
Y社側は、Xの株主代表訴訟の提起は提訴権の濫用に当たると主張した。その理由として、Xの訴訟提起の目的が会社の利益を図ることにはなく、個人的な動機(取締役に対する私怨、会社に対する嫌がらせ等)に基づくものであることを指摘した。
争点
- 株主代表訴訟における提訴権の行使が権利の濫用に当たるのはどのような場合か
- 提訴権の濫用の判断基準はいかなるものか
- 株主の提訴の動機・目的は訴訟要件の審査においてどの程度考慮されるか
判旨
最高裁は、株主代表訴訟における提訴権の濫用の判断基準について、以下のように判示した。
株主が専ら自己の個人的利益を図る目的で、会社の利益にならないことが明らかな訴えを提起した場合には、株主権の濫用として、当該訴えは不適法であるというべきである
― 最高裁判所第三小法廷 平成21年3月10日 平成19年(受)第1713号
もっとも、最高裁は提訴権の濫用の認定については慎重な姿勢を示した。株主代表訴訟は、取締役の責任を追及するための唯一の手段として株主に認められたものであり、その行使を容易に制限すべきではない。提訴権の濫用が認められるのは、株主の目的が専ら個人的利益にあり、かつ、訴えが会社の利益にならないことが明らかな場合に限定されるとした。
ポイント解説
株主代表訴訟の制度趣旨
株主代表訴訟(会社法847条)は、取締役の責任を追及するための株主の訴権である。その制度趣旨は以下の点にある。
- 取締役の責任追及の実効性確保: 取締役の会社に対する責任(423条1項)は、本来会社自身が追及すべきものであるが、取締役間の馴れ合いにより会社が責任追及を怠ることがある。株主代表訴訟は、このような会社の怠慢を補完する手段として位置づけられる
- 少数株主の保護: 支配株主と取締役が結託して会社に損害を与える場合に、少数株主が直接に取締役の責任を追及する手段を確保する
- コーポレート・ガバナンスの強化: 取締役が株主代表訴訟の提起を意識することで、任務を誠実に遂行するインセンティブが強化される
株主代表訴訟の訴訟要件
株主代表訴訟を提起するためには、以下の訴訟要件を満たす必要がある。
- 株主資格: 提訴時に6か月前から引き続き株式を有する株主であること(847条1項、公開会社の場合)。非公開会社では保有期間の要件はない
- 提訴請求: 会社に対し、取締役の責任を追及する訴えを提起するよう書面で請求すること(847条1項)
- 60日の経過: 提訴請求の日から60日以内に会社が訴えを提起しないこと。ただし、この期間の経過により会社に回復すべからざる損害が生ずるおそれがある場合には、直ちに提訴できる(847条5項)
- 不当な目的の不存在: 株主が悪意で訴えを提起する場合(例えば、嫌がらせ目的)には、訴えは不適法となりうる(847条1項ただし書参照)
提訴権の濫用法理の適用基準
本判決が示した提訴権の濫用の判断基準を整理すると、以下の要素が考慮される。
- 株主の目的・動機: 訴訟提起の主たる目的が、会社の利益を図ることにあるか、それとも個人的な利益(私怨の実現、会社経営への介入、和解金の獲得等)にあるか
- 訴えの客観的合理性: 訴えの内容が法的に根拠のあるものであるか。取締役の任務懈怠と損害の発生について一応の根拠があるか
- 会社の利益との関係: 訴訟の遂行が会社の利益に資するか。訴訟費用やレピュテーションの毀損等のコストが、勝訴による利益を上回ることが明白な場合には、濫用が認定されやすい
不提訴理由の通知
2014年の会社法改正により、提訴請求を受けた会社が訴えを提起しない場合には、提訴請求をした株主に対し、不提訴理由を書面で通知しなければならないとされた(847条4項)。この制度は、会社が訴えを提起しない判断の合理性を透明化することを目的としている。
学説・議論
濫用法理の厳格適用説と緩やか適用説
提訴権の濫用をどの程度容易に認めるかについて、学説は対立している。
- 厳格適用説: 株主代表訴訟は会社法が株主に認めた重要な権利であり、その行使の制限は極めて限定的であるべきである。株主の動機に多少の個人的利益が含まれていたとしても、訴えに客観的な根拠がある限り、濫用とすべきではない。濫用の認定は、訴えが完全に根拠を欠き、かつ、株主の目的が専ら不当な場合に限定されるべきである
- 緩やか適用説: 株主代表訴訟は会社の利益のために行使されるべきものであり、株主の個人的な動機が主たる目的である場合には、会社の利益を害する訴訟の遂行を許すべきではない。特に、訴訟費用は最終的に会社の負担となりうるため(費用補償請求権、852条)、会社の利益にならない訴訟を抑制する必要がある
多重代表訴訟との関係
2014年の会社法改正は、多重代表訴訟(特定責任追及の訴え、847条の3)を新設した。これは、親会社の株主が、子会社の取締役の責任を追及する訴えを提起できる制度である。
多重代表訴訟の導入により、企業グループにおける取締役の責任追及の手段が拡充されたが、その適用要件は通常の株主代表訴訟よりも厳格に設定されている。具体的には、完全親子会社関係にある場合に限定され、子会社が一定の規模以上(株式の帳簿価額が親会社の総資産の5分の1を超える場合)であることが要件とされる。
株主代表訴訟と和解
株主代表訴訟において和解が成立する場合、その和解は会社の利益にも影響を及ぼす(和解により取締役の責任が縮減又は免除される場合がある)。会社法850条は、和解に際して会社の同意(正確には通知と異議のないこと)を要求し、会社の利益の保護を図っている。
和解の当否については、以下の議論がある。
- 和解促進説: 株主代表訴訟の長期化は会社にとってもコストが大きいため、合理的な和解は促進されるべきである
- 和解抑制説: 株主代表訴訟の和解は、実質的に取締役の責任を減免する機能を果たすため、会社の利益に十分配慮した内容でなければならず、安易な和解は抑制されるべきである
訴訟参加と補助参加
株主代表訴訟においては、会社は被告側に補助参加できない(849条1項ただし書参照の趣旨)。これは、会社が取締役を援助して責任追及を妨害することを防止する趣旨である。もっとも、他の株主は原告側に共同訴訟的補助参加をすることができる(849条1項)。
判例の射程
監査役設置会社における提訴判断
会社が提訴請求を受けた場合、監査役設置会社では監査役が提訴の当否を判断する(847条4項参照)。監査役は、取締役の責任を追及することが会社の利益に合致するか否かを経営判断としてではなく、法的判断として行う必要がある。
取締役の責任免除との関係
会社法は、取締役の責任を株主総会の特別決議(424条)又は定款の定めに基づく取締役会決議(426条)によって免除する制度を設けている。株主代表訴訟が提起された後に取締役の責任が免除された場合、訴訟の帰趨にどのような影響を及ぼすかが問題となる。
この点については、責任免除の決議が有効に成立している限り、株主代表訴訟は訴えの利益を失うと解されている。もっとも、責任免除の決議に瑕疵がある場合(株主総会決議取消しの訴え等)には、決議の効力が争われる余地がある。
会社補償・D&O保険との関係
2019年の会社法改正により、会社補償(430条の2)と役員等賠償責任保険(D&O保険)(430条の3)が明文化された。これらの制度は、取締役が株主代表訴訟による責任追及を過度に恐れて萎縮的な経営に陥ることを防止する趣旨である。株主代表訴訟制度の充実とD&O保険等の責任緩和措置は、取締役の適切なリスクテイクを促すための車の両輪として位置づけられる。
反対意見・補足意見
本判決には反対意見は付されていない。提訴権の濫用を限定的に解すべきであるとの基本的立場は、株主代表訴訟制度の趣旨に適合するものとして支持されている。
もっとも、提訴権の濫用の判断基準が抽象的であるとの批判は存在する。特に、「株主が専ら自己の個人的利益を図る目的で」という要件における「専ら」の認定は実際には困難であり、株主の動機が複合的である場合(会社の利益と個人的利益の双方を追求している場合)の判断基準については、さらなる明確化が求められている。
試験対策での位置づけ
株主代表訴訟は、司法試験・予備試験の商法(会社法)において最重要テーマの一つであり、取締役の責任追及手段としてほぼ毎年何らかの形で出題されている。出題科目としては、論文式試験・短答式試験の双方で頻出である。
出題実績としては、新司法試験では平成19年、平成23年、平成26年、平成29年、令和3年など極めて多数回にわたり出題されている。予備試験でも毎年のように関連する出題がなされている。
主な出題パターンは、(1)訴訟要件の充足性(株主資格・提訴請求・60日の経過等)、(2)提訴権の濫用法理の適用基準、(3)責任免除制度との関係、(4)多重代表訴訟(特定責任追及の訴え)の要件、(5)会社補償・D&O保険との関係、の五つが主な類型である。
答案作成のポイントとしては、株主代表訴訟の制度趣旨(取締役間の馴れ合い防止、コーポレート・ガバナンスの強化)を意識しつつ、訴訟要件を正確に摘示し、本案の要件(423条1項の任務懈怠責任等)まで一貫した論理展開ができることが重要である。
答案での使い方
論証パターン
株主代表訴訟を答案で展開する際の基本的な論証の流れは以下のとおりである。
まず、訴訟要件の検討として「Xは株主代表訴訟(会社法847条1項)を適法に提起できるか。訴訟要件を検討する」と記述する。
次に、各訴訟要件を順次検討する。
「(1)Xは公開会社Y社の株式を6か月前から引き続き保有している(847条1項充足)。(2)Xは書面によりY社に対し取締役Aの責任追及の訴えの提起を請求した(847条1項充足)。(3)提訴請求から60日が経過してもY社は訴えを提起しなかった(847条3項充足)。」
提訴権の濫用が問題となる場合は以下の論証を展開する。
「株主代表訴訟は、取締役の責任追及を通じて会社の利益を図る制度であり、株主に認められた重要な権利である。もっとも、株主が専ら自己の個人的利益を図る目的で、会社の利益にならないことが明らかな訴えを提起した場合には、株主権の濫用として当該訴えは不適法となる(最判平21.3.10)。ただし、濫用の認定は慎重であるべきであり、株主の動機に多少の個人的利益が含まれていたとしても、訴えに客観的な根拠がある限り、直ちに濫用とはならない。」
答案記述例
「Xの訴え提起が提訴権の濫用に当たるかを検討する。Y社側はXの訴訟提起の目的が取締役Aに対する個人的な私怨に基づくものであると主張する。しかし、判例によれば、提訴権の濫用が認められるのは、株主の目的が専ら個人的利益にあり、かつ訴えが会社の利益にならないことが明らかな場合に限定される。本件において、Xは取締役Aの任務懈怠によりY社に損害が生じたことを具体的に主張しており、訴えには客観的な根拠が認められる。Xの動機に私怨が含まれるとしても、それが専ら個人的利益を図る目的であるとまではいえず、訴えが会社の利益にならないことが明らかともいえない。したがって、Xの提訴は権利の濫用に当たらず、適法である。」
重要概念の整理
株主代表訴訟の訴訟要件一覧
| 要件 | 内容 | 条文 |
|---|---|---|
| 株主資格 | 公開会社では6か月前から引き続き株式保有 | 847条1項 |
| 提訴請求 | 会社に対し書面で責任追及の訴えの提起を請求 | 847条1項 |
| 60日の経過 | 提訴請求から60日以内に会社が訴えを提起しないこと | 847条3項 |
| 不当目的の不存在 | 悪意による訴え提起でないこと | 847条1項ただし書 |
| 例外(緊急時) | 60日の経過で回復すべからざる損害が生じるおそれがある場合は直ちに提訴可能 | 847条5項 |
株主代表訴訟と多重代表訴訟の比較
| 比較項目 | 株主代表訴訟(847条) | 多重代表訴訟(847条の3) |
|---|---|---|
| 原告 | 会社の株主 | 完全親会社等の株主 |
| 被告 | 会社の取締役等 | 完全子会社の取締役等 |
| 保有要件 | 議決権等の保有(公開会社は6か月) | 最終完全親会社等の1%以上の議決権又は株式保有 |
| 対象子会社 | ―(親会社のみ) | 株式帳簿価額が親会社総資産の1/5超の子会社 |
| 提訴請求 | 会社に対して請求 | 子会社に対して請求 |
| 導入時期 | 旧商法から存在 | 平成26年改正で新設 |
発展的考察
株主代表訴訟制度の現代的展開
株主代表訴訟制度は、平成期以降、数次の会社法改正を通じて大きく発展してきた。特に注目すべき現代的展開として、以下の三点が挙げられる。
第一に、2014年(平成26年)改正による多重代表訴訟の導入である。多重代表訴訟(特定責任追及の訴え、847条の3)は、企業グループにおける子会社取締役の責任追及手段として創設された。完全親子会社関係において、子会社取締役の不正行為を親会社の株主が直接追及できるようにすることで、企業グループ全体のガバナンス強化を図るものである。
第二に、2019年(令和元年)改正による会社補償・D&O保険の明文化(430条の2・430条の3)である。株主代表訴訟の活性化と取締役の萎縮防止は車の両輪として位置づけられ、適切なリスクテイクを促進するためにD&O保険の付保が奨励されている。
第三に、ESG訴訟の増加である。近年、気候変動対策の不十分さを理由に取締役の善管注意義務違反を主張する株主代表訴訟が海外で増加しており、日本でも同様の訴訟が提起される可能性が指摘されている。このような新たな類型の株主代表訴訟は、取締役の注意義務の内容を大きく変容させる可能性を秘めている。
よくある質問
Q1: 株主代表訴訟で勝訴した株主は個人的に利益を得ますか。
株主代表訴訟で勝訴した場合、損害賠償金は会社に支払われるのであって、原告株主個人に支払われるわけではない。原告株主は、訴訟に要した費用のうち弁護士報酬等について、会社に対し費用補償を請求できる(852条1項)。株主が個人的に得る利益は、会社の損害が回復されることによる株式価値の回復という間接的なものにとどまる。
Q2: 提訴請求を受けた会社は何をすべきですか。
提訴請求を受けた会社は、60日以内に訴えを提起するかどうかを判断しなければならない。監査役設置会社では監査役が、指名委員会等設置会社では監査委員が判断する。訴えを提起しない場合には、請求をした株主に対し不提訴理由を書面で通知しなければならない(847条4項)。不提訴理由の通知は、2014年改正で導入された制度であり、会社の判断の透明性を確保する機能を有する。
Q3: 株主代表訴訟において和解はできますか。
できる。ただし、和解にあたっては会社に対する通知が必要であり、会社が2週間以内に異議を述べなかった場合に和解が成立する(850条)。和解の内容が会社の利益に反するものでないか、裁判所による審査がなされる。和解の当否については、安易な和解は取締役の責任を事実上免除する機能を果たしうるため、慎重であるべきとの見解が有力である。
Q4: 会社が取締役の責任を免除した場合、株主代表訴訟はどうなりますか。
会社が株主全員の同意により取締役の責任を免除した場合(424条)、株主代表訴訟は訴えの利益を失う。ただし、一部免除制度(425条・426条・427条)による免除の場合には、免除されなかった部分について訴えの利益が存続する。また、議会による損害賠償請求権の放棄決議(住民訴訟の文脈)に類似する問題が生じうるが、株式会社においては424条の要件を充たさない限り責任免除はできない。
ポイント解説の補足: 代表訴訟と経営判断原則
株主代表訴訟の本案審理において、取締役の任務懈怠が争われる場合、経営判断原則(ビジネス・ジャッジメント・ルール)の適用が重要な論点となる。経営判断原則は、取締役が経営上の判断を行うにあたり、その判断の過程と内容に著しい不合理がない場合には善管注意義務違反を構成しないという法理である。
アパマンショップ事件(最判平22.7.15)は、経営判断原則について「意思決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り」善管注意義務違反にならないとする判断枠組みを示した。株主代表訴訟の答案では、経営判断原則の適用の可否を検討することが重要である。
関連条文
六箇月前から引き続き株式を有する株主は、株式会社に対し、書面その他の法務省令で定める方法により、発起人、設立時取締役、設立時監査役、役員等又は清算人の責任を追及する訴えの提起を請求することができる。
― 会社法 第847条第1項
取締役、監査役、執行役及び清算人は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
― 会社法 第423条第1項
関連判例
- 取締役の責任に関する判例 - 取締役の任務懈怠責任の一般法理
- 利益供与禁止の判例 - 株主代表訴訟で争われた利益供与
- 取締役の競業避止義務の判例 - 取締役の義務違反と責任追及
まとめ
株主代表訴訟に関する本判決は、提訴権の濫用法理の適用基準を示し、濫用が認められるのは株主の目的が専ら個人的利益にあり訴えが会社の利益にならないことが明らかな場合に限定されるとした重要判例である。株主代表訴訟は取締役の責任追及とコーポレート・ガバナンスの強化のための不可欠な制度であり、その行使の制限は慎重であるべきとの立場が確認された。多重代表訴訟の新設、会社補償・D&O保険の明文化等の制度的発展と相まって、株主代表訴訟制度は会社法の中核的な責任追及手段としてその重要性を増している。
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