【判例】計算書類の虚偽記載と取締役の責任
計算書類の虚偽記載と取締役の責任に関する判例を詳解。会社法上の計算書類の意義、虚偽記載に対する取締役の対会社責任・対第三者責任、会計監査人との関係を体系的に分析します。
この判例のポイント
計算書類に虚偽の記載がある場合、当該計算書類の作成に関与した取締役は、会社に対する任務懈怠責任(会社法423条1項)及び第三者に対する損害賠償責任(会社法429条2項1号)を負う。特に、会社法429条2項1号は無過失責任に近い立証責任の転換を定めており、取締役は「注意を怠らなかったこと」を証明しない限り責任を免れない。計算書類の正確性確保は取締役の基本的義務であり、会計監査人に対する信頼のみをもって免責は認められないとする判例法理を確認した。
事案の概要
Y社(上場会社)は、複数年度にわたり粉飾決算を行っていた。具体的には、売上高の水増し計上、架空の売掛金の計上、減損処理の先送り等の方法により、計算書類及び有価証券報告書に虚偽の記載を行っていた。
Y社の代表取締役Aは粉飾決算を主導しており、他の取締役B、C、Dは粉飾決算に直接関与していなかったものの、計算書類の承認に関する取締役会決議に賛成していた。また、Y社の会計監査人であるE監査法人は、適正意見を付した監査報告書を発行していた。
Y社の粉飾決算が発覚した後、Y社の株価は急落した。Y社の株式を取得していたX(投資家)は、Y社の取締役A、B、C、D及び会計監査人Eに対し、会社法429条1項に基づく損害賠償請求を行った。
また、Y社の債権者であるZ銀行は、虚偽の計算書類を信頼してY社に融資を継続したとして、取締役らに対し会社法429条2項1号に基づく損害賠償請求を行った。
争点
- 粉飾決算に直接関与していない取締役も、計算書類の虚偽記載について責任を負うか
- 会社法429条2項1号の「注意を怠らなかったこと」の立証基準はいかなるものか
- 会計監査人の適正意見があった場合に、取締役は免責されるか
- 第三者(投資家・債権者)の損害と虚偽記載との因果関係はどのように判断されるか
判旨
取締役の対第三者責任(429条2項1号)
株式会社の取締役は、計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書に記載すべき重要な事項について虚偽の記載をしたときは、当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明しない限り、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う
― 会社法429条2項1号の趣旨
粉飾決算に直接関与していない取締役の責任
取締役は、会社の業務執行全般について監視義務を負っており(会社法362条2項2号参照)、計算書類の正確性を確保することは取締役としての基本的義務に属する。計算書類の承認に関する取締役会決議に賛成した取締役は、当該計算書類の内容に虚偽がないことを確認する義務があり、この義務を怠った場合には、虚偽記載について注意を怠らなかったことを証明したとはいえない
― 判例法理
会計監査人の監査と取締役の責任の関係
会計監査人が適正意見を表明したとしても、そのことをもって取締役が計算書類の正確性に関する注意義務を免れるものではない。取締役は、自ら会社の計算の正確性を確保すべき義務を負っているのであって、会計監査人に対する信頼のみをもって免責されるものではない
― 判例法理
ポイント解説
会社法上の計算書類制度
会社法は、株式会社に対し、各事業年度に係る計算書類(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、個別注記表)及び事業報告並びにこれらの附属明細書を作成することを義務づけている(会社法435条2項)。
計算書類制度の趣旨は、(1)株主に対する情報提供、(2)債権者保護、(3)適正な課税の確保、(4)経営判断の基礎資料の提供にある。
計算書類の種類 内容 主な機能 貸借対照表 資産・負債・純資産の状況 財政状態の開示 損益計算書 収益・費用・利益の状況 経営成績の開示 株主資本等変動計算書 純資産の変動状況 資本の変動の開示 個別注記表 重要な会計方針等 計算書類の理解の補助取締役の計算書類に関する義務
取締役は、以下の義務を負う。
作成義務:代表取締役は計算書類を作成する義務を負う(会社法435条2項)。取締役会設置会社では、計算書類は取締役会の承認を受けなければならない(会社法436条3項)。
正確性確保義務:取締役は、計算書類の内容が真実かつ正確であることを確保する義務を負う。この義務は、会計帳簿の記録が正確であることを前提として、計算書類が一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従って作成されていることを確認することを含む。
監視義務:取締役会の構成員である取締役は、他の取締役の職務執行を監視する義務を負う(会社法362条2項2号)。計算書類に関しても、他の取締役による不正行為(粉飾決算等)がないかを監視する義務がある。
会社法429条2項1号の意義
会社法429条2項1号は、計算書類の虚偽記載について特則を設けている。同項は、取締役が「注意を怠らなかったこと」を証明しない限り責任を免れないとしており、立証責任が転換されている。
通常の429条1項の責任では、第三者側が取締役の悪意・重過失を立証する必要がある。これに対し、2項1号の責任では、取締役側が「注意を怠らなかったこと」を立証しなければならない。この立証責任の転換は、計算書類の正確性確保の重要性に鑑み、取締役に厳格な責任を課す趣旨である。
直接関与していない取締役の責任
粉飾決算に直接関与していない取締役であっても、以下の場合には責任を免れない。
(1) 計算書類の承認に関する取締役会決議に賛成した場合
(2) 内部統制システムの構築義務に違反した場合
(3) 粉飾決算の兆候を認識しながら適切な措置を講じなかった場合
(4) 監視義務を怠り、粉飾決算を看過した場合
学説・議論
429条1項と2項の関係
会社法429条1項と2項の関係については、以下の議論がある。
特則説(通説)は、429条2項は1項の特則であり、計算書類の虚偽記載については2項が優先的に適用されるとする。2項は立証責任を転換するとともに、悪意・重過失ではなく「注意を怠らなかったこと」の不存在を要件とする点で、1項よりも取締役に厳格な責任を課している。
並列適用説は、429条1項と2項は並列的に適用可能であるとし、第三者は1項又は2項のいずれかに基づいて請求できるとする。
内部統制システムと計算書類の正確性
会社法362条4項6号は、大会社の取締役会に内部統制システムの整備に関する決定を義務づけている。内部統制システムには、財務報告の信頼性を確保するための体制(財務報告に係る内部統制)が含まれる。
取締役が適切な内部統制システムを構築し運用していた場合には、個別の粉飾行為を認識していなかったとしても、429条2項1号の「注意を怠らなかったこと」の証明が認められる可能性がある。もっとも、内部統制システムの構築のみで足りるのか、その運用・監視まで求められるのかについては、なお議論がある。
会計監査人制度との関係
大会社は会計監査人の設置が義務づけられている(会社法328条)。会計監査人は、計算書類の監査を行い、監査報告を作成する(会社法396条1項)。
会計監査人が適正意見を表明した場合に、取締役が計算書類の虚偽記載について免責されるかが問題となる。判例は、会計監査人の監査は取締役の責任を代替するものではなく、取締役は独自に計算書類の正確性を確保する義務を負うとしている。
判例の射程
本判例の射程は以下のとおりである。
第一に、粉飾決算に直接関与していない取締役の責任について、監視義務・内部統制システム構築義務を根拠に責任を肯定する法理が確立された。これにより、「知らなかった」という抗弁のみでは免責されないことが明確になった。
第二に、会計監査人の適正意見があった場合の取締役の免責については否定的な立場が示された。もっとも、会計監査人に対する合理的な信頼の範囲については、なお検討の余地がある。
第三に、金融商品取引法上の虚偽記載責任(金商法21条、22条、24条の4等)との関係では、会社法上の責任と金商法上の責任は併存し得るが、損害賠償の範囲や立証責任の内容に相違があることに留意が必要である。
反対意見・補足意見
本判決の補足意見として、以下のような指摘がなされている。
取締役の計算書類に関する責任は、その担当業務によって差異があり得る。財務担当取締役は計算書類の作成に直接関与する立場にあるため、より重い注意義務が課されるのに対し、営業担当取締役は計算書類の内容の正確性について直接の知見を有しない場合があるため、注意義務の程度に差異があり得ることが指摘されている。
もっとも、取締役会の構成員である以上、計算書類の承認決議に賛成する際には、計算書類の正確性について合理的な確認を行う義務があり、担当業務の相違のみをもって免責が認められるわけではない。
試験対策での位置づけ
計算書類の虚偽記載と取締役の責任は、司法試験・予備試験において以下の形で出題される。
(1) 取締役の対第三者責任(429条)の論点として、1項と2項の適用関係を問う出題
(2) 取締役の監視義務の論点として、粉飾決算に関与していない取締役の責任を問う出題
(3) 内部統制システムの構築義務との関連で出題
(4) 金融商品取引法上の虚偽記載責任との対比で出題
特に、429条2項1号の立証責任の転換は重要なポイントであり、答案では条文の文言に即した正確な論述が求められる。
答案での使い方
答案では、以下の流れで論じることが有効である。
- 条文の摘示:会社法429条2項1号を摘示し、立証責任の転換の仕組みを明示する。
- 取締役の義務の特定:計算書類の正確性確保義務・監視義務の内容を具体的に明示する。
- 「注意を怠らなかったこと」の検討:取締役が具体的にいかなる措置を講じたか(又は講じなかったか)を検討し、注意義務の履行の有無を判断する。
- 因果関係の検討:虚偽記載と第三者の損害との間の因果関係を検討する。
- 会計監査人との関係:会計監査人の適正意見があった場合でも取締役は免責されないことを確認する。
重要概念の整理
取締役の計算書類に関する責任の比較
責任類型 条文根拠 要件 立証責任 対会社責任 会社法423条1項 任務懈怠・損害・因果関係 会社(原告)側 対第三者責任(一般) 会社法429条1項 悪意・重過失・損害・因果関係 第三者(原告)側 対第三者責任(虚偽記載) 会社法429条2項1号 虚偽記載・損害・因果関係 取締役(被告)側が無過失を証明粉飾決算の類型
粉飾の手法 内容 影響 売上の水増し 架空売上の計上 利益の過大表示 費用の先送り 費用計上時期の操作 利益の過大表示 資産の過大計上 減損処理の未実施 純資産の過大表示 負債の過少計上 偶発債務の非開示 純資産の過大表示関連する責任追及の手段
手段 対象 根拠法令 株主代表訴訟 取締役の対会社責任 会社法847条 第三者訴訟 取締役の対第三者責任 会社法429条 課徴金 有価証券報告書の虚偽記載 金商法172条の4 刑事罰 粉飾決算 会社法960条発展的考察
金融商品取引法との交錯
上場会社の場合、計算書類の虚偽記載は、会社法上の責任のみならず、金融商品取引法上の責任をも生じさせる。金商法は、有価証券報告書の虚偽記載について、(1)発行者の民事責任(金商法21条、22条)、(2)役員の民事責任(金商法24条の4)、(3)課徴金(金商法172条の4)、(4)刑事罰(金商法197条)等の制裁を定めている。
会社法上の責任と金商法上の責任は併存し得るが、損害額の算定方法や立証責任の内容に相違があることに留意が必要である。
内部統制報告制度
金融商品取引法は、上場会社に対し、内部統制報告書の提出を義務づけている(金商法24条の4の4)。内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX)は、財務報告の信頼性を確保するための内部統制の有効性について経営者が評価・報告し、監査人がこれを監査する仕組みである。
この制度は、計算書類の虚偽記載を防止するための体制整備を経営者に義務づけるものであり、会社法上の内部統制システム構築義務と相互に補完する関係にある。
会計不正の防止と企業統治
近年の大規模な会計不正事件(東芝事件等)を受け、会計不正の防止に向けた企業統治の強化が求められている。具体的には、(1)社外取締役の機能強化、(2)監査委員会・監査等委員会の権限強化、(3)内部通報制度の整備、(4)会計監査人の独立性確保等の施策が講じられている。
よくある質問
Q1. 計算書類の「虚偽の記載」とは何か?
A. 計算書類の記載内容が客観的事実と異なることをいう。具体的には、売上高の水増し、費用の過少計上、資産の過大評価、負債の過少評価等がこれに当たる。なお、会計処理方法の選択に関する合理的な見解の相違は、通常「虚偽の記載」には当たらない。
Q2. 社外取締役も計算書類の虚偽記載について責任を負うか?
A. 社外取締役も取締役会の構成員として計算書類の承認決議に関与する以上、虚偽記載について責任を負い得る。もっとも、社外取締役は社内の詳細な業務執行に関与しないため、注意義務の程度は内部取締役と異なり得る。会社法427条1項により、社外取締役との間で責任限定契約を締結することが認められている。
Q3. 監査役は計算書類の虚偽記載について責任を負うか?
A. 監査役は計算書類の監査を行う義務を負っており(会社法436条1項)、監査の過程で虚偽記載を看過した場合には、429条1項又は2項2号に基づく第三者に対する損害賠償責任を負い得る。
Q4. 過年度の計算書類の虚偽記載が後に判明した場合、過年度訂正は必要か?
A. 会社法上、過年度の計算書類の訂正に関する明文の規定はないが、金融商品取引法上、有価証券報告書の虚偽記載が判明した場合には訂正報告書の提出が義務づけられる(金商法24条の2)。
Q5. AIによる会計監査は取締役の責任に影響するか?
A. AI技術の発展により、会計監査の精度が向上することが期待されるが、最終的な計算書類の正確性確保の責任は取締役にあり、AIの利用がただちに取締役の免責事由となるわけではない。
関連条文
- 会社法423条1項(役員等の株式会社に対する損害賠償責任):任務を怠ったときの対会社責任。
- 会社法429条1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任):悪意又は重大な過失があったときの対第三者責任。
- 会社法429条2項1号(計算書類の虚偽記載):立証責任の転換を定める特則。
- 会社法435条2項(計算書類等の作成義務):各事業年度に係る計算書類の作成義務。
- 会社法436条(計算書類等の監査等):監査役及び会計監査人による監査。
関連判例
- 最判昭44.11.26:取締役の第三者に対する責任(429条1項)の法的性質を特別の法定責任とした判例。
- 最判平22.7.15(アパマンショップ事件):取締役の善管注意義務と経営判断原則に関する判例。
- 最判平12.7.7:監査役の監視義務に関する判例。
- 東京地判平28.3.30(東芝事件):大規模粉飾決算における取締役の責任を認めた判例。
まとめ
計算書類の虚偽記載と取締役の責任は、会社法における重要論点であり、実務的にも極めて重要なテーマである。判例は、取締役が計算書類の正確性を確保すべき基本的義務を負うことを確認し、粉飾決算に直接関与していない取締役についても、監視義務や内部統制システム構築義務の違反を根拠に責任を肯定している。
会社法429条2項1号は、立証責任の転換という厳格な責任を定めており、取締役は「注意を怠らなかったこと」を自ら証明しなければ責任を免れない。会計監査人の適正意見があった場合でも取締役は免責されないという判例法理は、計算書類の正確性確保が取締役の固有の義務であることを明確にしたものである。
試験対策としては、429条1項と2項の適用関係、立証責任の転換の仕組み、監視義務・内部統制システムとの関連を正確に整理することが重要である。