文書偽造罪の応用論点|偽造の意義・名義人と作成者の不一致
文書偽造罪の応用論点を解説。有形偽造と無形偽造の区別、名義人と作成者の不一致、コピーの文書性、代理名義の冒用を判例とともに整理します。
この記事のポイント
文書偽造罪は「文書に対する公共の信用」を保護法益とし、その核心概念である「偽造」とは、文書の名義人と作成者との人格の同一性を偽ることをいう。 ここから、有形偽造(名義の冒用)と無形偽造(内容の虚偽)の区別、私文書無形偽造の原則不処罰、名義人と作成者が一致しない様々な場面の処理がすべて導かれる。本記事は、司法試験・予備試験で繰り返し問われる文書偽造罪の応用論点を、「偽造の意義」と「名義人・作成者の不一致」という一本の軸で串刺しにして整理する。
- 偽造の意義:名義人と作成者の人格の同一性を偽ること(人格の同一性を偽る説=判例・通説)
- 名義人と作成者の不一致:これが認められれば有形偽造、認められなければ偽造ではない
- 通称・偽名・代理名義・資格冒用など、誰が名義人かを正確に確定することが答案の勝負どころ
- 「偽造」概念と「名義人の確定」という二つの道具さえ手元に持っておけば、初見の事例でも一定の手順で必ず処理できる
文書偽造罪は、刑法各論のなかでも「定義は一行で言えるのに、当てはめが難しい」典型的な領域である。財産犯のように被害者の財産が動くわけでもなく、生命・身体に対する罪のように結果が目に見えるわけでもない。保護されているのは「文書を信用してよいという社会の前提」という、やや抽象的な利益である。だからこそ、答案では概念の正確な操作がものを言う。逆に言えば、概念さえ正確に操作できれば、未知の事案であっても安定して合格答案を書ける分野でもある。本記事では、定義から判例、具体例、答案の型、FAQまでを一気通貫で扱い、「偽造とは何か」「名義人は誰か」という問いに対する反射神経を養うことを目標とする。
文書偽造罪の保護法益と全体構造
保護法益は「文書に対する公共の信用」
文書偽造罪(刑法第17章「文書偽造の罪」)の保護法益は、文書に対する公共の信用である。文書は、取引社会において意思や事実を証明する手段として広く用いられており、その文書が「誰の意思・観念を表したものか」について社会が寄せる信頼を保護するのが、本章の趣旨である。
ここで重要なのは、保護されるのが文書の作成名義の真正に対する信用だという点である。すなわち「この文書は名義人本人が作ったものだ」という信頼こそが第一次的な保護対象であり、文書の内容が真実かどうか(内容の信用)は、原則として第二次的なものにとどまる。この力点の置き方が、後述する有形偽造の広範な処罰と無形偽造の限定的処罰という日本法の基本姿勢に直結している。
なぜ「作成名義の真正」がそこまで重視されるのか。それは、文書の内容が真実かどうかを個別に検証することは社会のコストが高すぎる一方、「この文書は名義人本人が作った」という最低限の信頼が崩れると、文書を介した取引や証明のしくみ全体が機能不全に陥るからである。たとえば契約書、領収書、申込書、証明書のいずれも、「少なくともそこに名前のある人が責任をもって作った」という前提があってはじめて意味をもつ。内容の真偽以前に、誰が作ったのかという同一性が偽られれば、その文書はもはや何の証明力ももたない。文書偽造罪が「公共の信用」という社会的法益を掲げ、個人的法益に解消されないのは、このように文書制度そのものを守ろうとしているからである。
抽象的危険犯としての性質
文書偽造罪は、現実に誰かが偽造文書を信じて損害を被ることを要件としない、抽象的危険犯である。偽造行為がなされ、行使の目的が認められれば、現実の信用侵害(被害者の誤信や損害)が生じていなくても既遂となる。これは、保護法益が個々の被害者の財産ではなく、文書制度に対する社会一般の信頼であることの帰結である。答案で「実際には誰も騙されていないから不成立では」と書きたくなったときは、本罪が抽象的危険犯であることを思い出したい。なお、偽造文書を真正なものとして示し相手を錯誤に陥れて財物を交付させれば、別途詐欺罪が成立し、文書偽造行使罪と詐欺罪が牽連犯となる。
形式主義(有形偽造中心主義)
文書偽造罪をめぐる立法主義には、大きく分けて次の二つがある。
主義 中心に置く処罰 説明 形式主義 有形偽造 名義を偽ること(作成名義の真正)を重視 実質主義 無形偽造 内容を偽ること(内容の真実性)を重視日本の刑法は形式主義を原則とし、有形偽造を広く処罰する一方、無形偽造は公文書(156条)など限られた場面でしか処罰しない。私文書については、医師の診断書等(160条)という例外を除き、無形偽造を処罰する規定を置いていない。この理解が、私文書無形偽造の原則不処罰という結論を支えている。
形式主義が採られた理由は、前述のとおり「作成名義の真正」こそが文書の信用の基礎だという発想にある。誰が作ったかが偽られていなければ、内容が虚偽であってもその責任は名義人本人に向かい、文書制度そのものは破壊されない。逆に、誰が作ったかが偽られると、責任の所在が定まらず制度の根幹が揺らぐ。そこで日本法は、名義の冒用(有形偽造)を一律に重く処罰し、内容の虚偽(無形偽造)は公文書など特に信用性の高い類型に限って処罰するという役割分担を採用したのである。
類型の整理
犯罪 条文 客体 行為類型 備考 詔書偽造等 154条 詔書・御璽等 有形偽造 最も重い 公文書偽造 155条 公文書 有形偽造 印章・署名の有無で法定刑が分かれる 虚偽公文書作成 156条 公文書 無形偽造 公務員のみが主体(真正身分犯) 公正証書原本不実記載 157条 公正証書原本等 無形偽造の一種 公務員に虚偽申告し不実記載させる 偽造公文書行使 158条 偽造・虚偽公文書 行使 154〜157条の行使 私文書偽造 159条 私文書 有形偽造 権利義務・事実証明に関する文書 虚偽診断書等作成 160条 診断書・検案書・死亡証書 無形偽造 私文書無形偽造の数少ない例外 偽造私文書行使 161条 偽造私文書等 行使 159・160条の行使 電磁的記録不正作出等 161条の2 電磁的記録 不正作出・供用 平成不正作出規定※私文書一般の無形偽造を直接処罰する独立の規定は存在しない(160条が例外的に診断書等を捕捉するにとどまる)。
この一覧を眺めると、条文の並びがそのまま「客体(公→私)×行為類型(有形→無形→行使)」のマトリクスになっていることがわかる。154条〜155条が公文書の有形偽造、156条〜157条が公文書の無形偽造、159条が私文書の有形偽造、160条が私文書の無形偽造(例外)、158条・161条が行使罪、という構造である。この骨格を頭に入れておくと、事例問題で「どの条文を引くか」を迷いにくくなる。
客体としての「文書」の意義
本罪の客体である「文書」とは、文字またはこれに代わるべき可読的符号を用い、ある程度永続すべき状態において、特定人の意思・観念を表示した物をいう。ここから次のような要素が導かれる。
- 可読性・永続性:砂浜に書いた文字のようにすぐ消えるものは含まれない。紙への記載が典型だが、媒体は問わない。
- 意思・観念の表示:単なる装飾や絵画ではなく、何らかの意味内容を表示していること。
- 名義人の存在:誰の意思・観念であるかが認識できること(後述する名義人の確定の前提)。
- 証拠としての機能(証明的機能):法律関係や事実の証明に役立つものであること。
私文書については159条が「権利、義務若しくは事実証明に関する文書」と限定している。事実証明に関する文書の範囲は広く、判例は、実社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書を広く含むとしてきた。たとえば、大学入試の答案も「志願者の学力という事実を証明する文書」として事実証明に関する文書に当たるとされている(後述の最決平成6年11月29日参照)。この「事実証明に関する文書」の広さは、私文書偽造の成否を考えるうえで見落としやすいポイントなので注意したい。
有形偽造と無形偽造
文書偽造罪を理解する最初の関門が、有形偽造と無形偽造の区別である。
類型 何を偽るか 言い換え 私文書の場合 有形偽造 作成名義(誰が作ったか) 作成権限のない者が他人名義の文書を作成すること 処罰あり(159条) 無形偽造 文書の内容(書いてある事実) 作成権限のある者が内容虚偽の文書を作成すること 原則不処罰ポイントは、「偽造」という語は、本来、有形偽造(名義の冒用)を指すということである。条文上も、155条1項・159条1項は「偽造」とし、156条は「虚偽の文書(中略)を作成」と書き分けている。「偽造」=有形偽造、「虚偽(の)作成」=無形偽造、という用語法を押さえておくと、条文の読み分けが一気に楽になる。
ここで「変造」という概念にも触れておく。変造とは、真正に成立した他人名義の文書に、権限なく変更を加えること(同一性を害さない範囲での改ざん)をいう。新たに文書を作出する偽造に対し、変造は既存の真正文書をいじる点で区別される。もっとも、変更の程度が大きく文書の同一性を失わせて別個の文書を作ったと評価されれば、それは変造ではなく偽造となる。両者の限界は程度問題であり、答案では「既存の真正文書の本質的部分に変更を加えたか(→偽造)」「非本質的部分にとどまる変更か(→変造)」という視点で振り分ける。
「偽造」の意義 ── 名義人と作成者の不一致
偽造の定義
「偽造」とは、文書の名義人と作成者との人格の同一性を偽ること(作成権限のない者が他人名義を冒用して文書を作成すること)をいう。 これが判例・通説の採る立場であり、講学上「人格の同一性を偽る説」と呼ばれる。
ここで「偽る」対象は、文書の作成名義の真正である。つまり、文書から読み取れる「この文書を作ったのはこの人だ」という人格(=名義人)と、現実にその文書を作った人格(=作成者)とが食い違っているとき、その文書は偽造文書となる。
逆にいえば、名義人と作成者が人格として同一であれば、内容がいかに虚偽であっても「偽造」ではない(無形の問題にとどまる)。この一点を出発点に据えると、応用論点はすべて「結局、誰が名義人で、誰が作成者か」という問いに還元できる。答案で迷ったら、まずこの定義に立ち返り、「名義人」と「作成者」を一人ずつ確定して比較する。これが文書偽造の問題を解く最短ルートである。
名義人と作成者の意義
概念 定義 確定の視点 名義人 文書の記載内容から認識される、意思・観念の表示主体 文書を見た一般人が「誰が作ったと思うか」(文書の外観) 作成者 当該文書を実際に作成した者(その意思に基づいて文書を成立させた者) 観念説(意思の主体)/事実説(物理的作成者)実務・通説は、作成者を「文書の内容である意思・観念の表示主体」=観念的作成者と捉える(観念説)。手が動いた物理的な作成者ではなく、その意思に基づいて文書が作られた者を作成者とみる。これにより、秘書がタイプした社長名義の文書も、作成者は社長であって偽造ではない、という常識的な結論が導かれる。
ここで重要なのは、名義人は「文書の外観から一般人がどう認識するか」という客観的・規範的な基準で確定するという点である。作成者本人が「これは自分の文書のつもりだった」と主観的に思っていても、文書を見た一般人がそこに別人格を読み取るのであれば、名義人はその別人格として確定される。資格冒用や代理名義の冒用が偽造となるのは、まさにこの「一般人の認識」という客観的視点で名義人を捉えるからである。逆に、作成者の確定は「誰の意思に基づいて文書が成立したか」という観念的基準による。名義人=客観的外観、作成者=意思の主体、という二つの視点の使い分けを意識すると、当てはめがぶれにくくなる。
偽造概念をめぐる学説の整理
「偽造」の意義については、伝統的に次のような学説の対立がある。司法試験の答案では判例・通説(人格の同一性を偽る説)に立てば足りるが、論点の位置づけを理解しておくと当てはめが安定する。
学説 内容 評価 人格の同一性を偽る説(判例・通説) 名義人と作成者の人格の同一性を偽ることが偽造 名義人を規範的に確定でき、資格冒用・代理名義などを統一的に処理できる 形式説(狭義) 他人の氏名を冒用すること(氏名の不一致)を偽造とみる 氏名が一致すれば偽造でないことになり、同姓同名冒用・資格冒用を捕捉しきれない 意思に反する作成説 名義人の意思に反して作成することを偽造とみる 「意思に反する」では承諾類型や名義人不存在の処理が難しい判例・通説が「人格の同一性を偽る説」を採るのは、氏名という形式ではなく、文書から認識される人格という規範的なレベルで名義人を捉えることで、同姓同名の冒用・資格冒用・代理名義の冒用といった応用場面を一貫して説明できるからである。たとえば、自己の本名を署名していても、文書から「弁護士である○○」という人格が読み取れるなら、その人格(名義人)と現実の作成者(弁護士でない被告人)とは別人格であり、人格の同一性が偽られている、と説明できる。氏名の一致・不一致では捉えきれないこの種の事案を処理するために、判例は「人格の同一性」という抽象度の高い基準を採用している。
「名義人の承諾」と偽造の成否
名義人本人が承諾していれば、原則として名義人=作成者となり偽造とならない。承諾があれば、本人の意思に基づいて文書が作られたと評価でき、名義人と作成者の人格が一致するからである。もっとも、文書の性質上、名義人本人が自ら作成することに意味があるものについては、承諾があっても偽造となりうる。
- 入学試験の答案:替え玉受験において、承諾を得て他人名義の答案を作成した場合でも、答案は「名義人本人がその場で作成すること」に意味があるため、私文書偽造が成立する(最決平成6年11月29日)。入学試験の答案は、志願者本人の学力という事実を証明する文書であり、本人以外の者が作成したのでは文書の本質的機能が損なわれる。したがって、たとえ志願者本人の承諾があっても、現実に答案を作成した替え玉受験者と名義人(志願者)との人格の同一性は偽られていると評価される。
- 交通事件原票中の供述書:身代わり犯人が他人名義で供述書を作成した事例。判例は私文書偽造の成立を認めている(最決昭和56年4月8日)。本人の承諾があっても、その文書の性質上、名義人以外の者が作成すれば人格の同一性を偽ることになるとされた。交通反則切符に伴う供述書は、現実に違反をした者本人がその場で署名・作成することに意味があるため、身代わりによる作成は名義の真正を害する。
これらは「承諾があれば偽造でない」という命題の重要な限界事例として頻出する。整理すると、承諾の効果が及ぶかどうかは「その文書が、名義人本人による作成を本質的に予定しているか」で決まる。一般の私文書(借用書を本人の依頼で代筆するなど)であれば承諾により偽造とならないが、答案・供述書のように「本人がその場で作ること自体に証明的意味がある文書」では、承諾があっても偽造となる。答案では、まず「承諾があれば原則として偽造でない」という規範を立てたうえで、「もっとも、本件文書は性質上本人の自署を要する類型か」という例外の検討に進むとよい。
名義人と作成者の不一致が問題となる典型場面
「偽造の意義」を具体的場面に当てはめると、次のように整理できる。いずれも「名義人を誰と確定するか」が分かれ目である。
場面 偽造の成否 理由(名義人の確定) 他人の実名を冒用 偽造 名義人(実在の他人)と作成者が不一致 架空人名義の文書 偽造となりうる 一般人から見て実在人が作成したと誤信させる外観があれば名義人を観念できる 偽名・通称の使用 場合による 社会的に同一人と認識されているかによる 死者名義の文書 偽造となりうる 文書の性質上、生前作成と誤信させるなら人格の同一性を偽る 代理・代表名義の冒用 偽造 名義人は本人(後述) 資格・肩書の冒用 場合による 肩書が名義人の人格の一部を構成するかによる偽名・通称名と偽造
自己を指す通称・芸名・ペンネームなど、社会通念上その人物と同一視される名称を用いた場合、名義人=作成者であって偽造とならないのが原則である。芸能人が芸名で契約書に署名しても、その芸名が社会的に当該人物を指すものとして通用している以上、名義人(芸名で認識される人物)と作成者(その本人)は人格として同一だからである。問題は、その通称が一定の資格や属性と結びついており、その属性をもつ別人格を表示してしまう場合である。
- 不法残留外国人の通称名事件(最判昭和59年2月17日):適法な在留資格を有しない外国人である被告人が、通称名を用いて再入国許可申請書を作成・行使した事案。判例は、再入国許可申請書という文書の性質上、その通称名から認識される人格は「適法に在留する人物」であり、現実の作成者である被告人とは人格の同一性に齟齬があるとして、私文書偽造(および同行使)の成立を認めた。日常生活で通称が通用していたとしても、文書の性質に照らして名義人を確定すべきことを示した重要判例である。
ここでは、たとえ被告人が日常的に用いていた通称を署名していても、再入国許可申請書という文書の性質から認識される名義人が「適法な在留資格を有する人物」であり、現実の作成者(その資格のない被告人)と人格が一致しないことが決め手となっている。同じ通称名でも、どんな文書に用いるかによって名義人の人格が変わり、偽造の成否が分かれる点が学習上のポイントである。
資格・肩書の冒用(資格冒用文書)
実在の他人の氏名を使わず、自己の氏名に虚偽の肩書・資格を付して文書を作成する場合(例:弁護士でない者が「弁護士○○」と署名)も問題となる。判例は、文書の性質上その肩書・資格が名義人の人格を特定する重要な要素であるときは、「その資格を有する○○」という人格が名義人として観念され、現実の作成者(資格のない同名者)と人格の同一性を欠くとして偽造を認める方向にある。
- 弁護士資格冒用事件(最決平成5年10月5日):弁護士でない被告人が、自己と同姓同名の実在弁護士が存在することを利用し、その弁護士の肩書を付して報酬請求書等の文書を作成した事案で、私文書偽造の成立が認められた。名義人は「弁護士である○○」という人格であり、被告人とは別人格と評価される。被告人自身の氏名が記載されていても、肩書(弁護士資格)が名義人の人格を構成する以上、名義人と作成者の人格は一致しないとされた。
この類型のポイントは、肩書・資格が「文書の性質上」名義人の人格を特定する本質的要素になっているかである。弁護士・医師・公認会計士など、資格そのものが文書の信用の基礎をなす場合には、資格を冒用すれば人格の同一性を偽ることになる。他方、単なる装飾的・名誉的な肩書(実害のない自称)にとどまる場合には、名義人の人格を構成しないと評価され、偽造とならない余地もある。答案では「当該肩書が、その文書において名義人の人格を特定する不可欠の要素か」を意識的に論じたい。
同姓同名・氏名の冒用
同姓同名の実在人と誤認させる目的で自己の氏名(=相手と同一の氏名)を用いた場合は、名義人が当該実在人と認識される限り、作成者(被告人)と人格を異にし、偽造となりうる。前掲の弁護士資格冒用事件は、まさに同姓同名の実在弁護士を利用した事案であった。FAQでも触れるとおり、「自分の名前を書いたから偽造でない」とは必ずしも言えない点に注意が必要である。氏名は名義人を識別する手がかりにすぎず、最終的には文書から認識される人格で判断するのが判例の発想である。
死者名義の文書
すでに死亡した者の名義を用いて文書を作成した場合も、文書の性質上、その者が生存中に作成したかのような外観を呈し、一般人が真正な文書と誤信するおそれがあるときは、名義人を観念でき偽造が成立しうる。たとえば、死者名義の借用書や受領書を作成すれば、生前の意思表示があったかのような信用を生じさせる。死亡の事実は名義人の人格を直ちに消滅させるものではなく、文書の信用という観点から名義人を認めうるのである。
コピー(写し)の文書性
問題の所在
文書偽造罪の客体は「文書」である。では、原本ではなくコピー(写し)を偽造した場合、それは「文書」の偽造に当たるか。写しは本来「原本を機械的に複写したもの」にすぎず、独立の文書性が認められるかが問題となる。古くは、写しには作成名義人の意思が直接表れていないとして文書性を否定する見解もあった。しかし、複写技術の発達により、コピーは原本とほぼ同等の証明手段として社会で通用するようになった。
判例の立場
最判昭和51年4月30日は、公文書の写真コピーについて、原本と同一の意識内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するものであるとして、公文書偽造罪の客体たる「文書」に当たると判示した。コピーは、原本の存在と内容を証明する手段として原本に準じる社会的信用を有するからである。
この判例の射程として、コピーの名義人は誰かが問題となる。判例の理解によれば、コピーから認識される名義人は原本の作成名義人であり、原本作成者の意識内容がコピーを通じて表示されていると評価される。したがって、原本そのものに改ざんを加えてコピーを作る、あるいは複数文書を切り貼りして原本らしい外観のコピーを作出する行為は、原本名義人の作成名義を偽ることになり、有形偽造を構成しうる。
コピーの態様 文書性・偽造の成否 理由 真正な原本を忠実に複写した単なる写し 偽造ではない 名義の冒用がない 内容を改ざん・合成して作成したコピー 偽造となりうる 原本名義人の作成名義を偽る 原本が存在しない架空内容のコピー 偽造となりうる 実在の原本があるかの外観を作出注意:コピー機の進歩を前提に「原本同様の信用性」を認めたのが昭和51年判決の核心である。答案では、コピーが独立に「原本作成名義人の意識内容を表示する文書」と評価できることを示すのがポイントになる。
なお、コピーの文書性を肯定すると、改ざんコピーの「名義人」は原本の名義人になる一方、「作成者」はコピーを作出した者となる。両者の人格が一致しないことをもって有形偽造を認めるのが判例の論理である。ここでも「名義人=原本作成者」「作成者=コピー作出者」という二者の確定と比較という基本手順がそのまま使えることを確認しておきたい。
代理・代表名義の冒用
代理権限のない者による代理名義の文書作成
代理人として「A代理人B」と署名して文書を作成する場合、名義人は誰かが問題となる。判例・通説は、代理・代表名義の文書の名義人は本人A(効果帰属主体)であるとする。代理文書はその法律効果が本人に帰属するものとして取引社会で扱われるため、文書から認識される意思の主体は本人だからである。
したがって、代理権を有しないBが「A代理人B」名義の文書を作成すると、名義人A・作成者Bとなり、人格の同一性が偽られたことになり有形偽造(私文書偽造)が成立する。なお、文書には「B」という代理人自身の氏名も現れているが、それでも名義人は本人Aと解されるのは、代理文書において意思・観念の効果帰属主体が本人Aだからである。代理人Bの署名は「Aの代理人として作成した」ことを示すにすぎず、文書の意思主体そのものを構成しない。
- 代理名義冒用事件(最決昭和45年9月4日):代理権がないのに「○○代理人」名義の文書を作成した行為について、名義人は本人であり、作成者との人格の同一性を偽るものとして私文書偽造の成立が認められた。
法人の代表者名義の冒用
代表権限のない者が「○○株式会社代表取締役A」名義の文書を作成した場合も同様に、名義人は法人(○○株式会社)であり、代表権限を有しない者が作成すれば人格の同一性を偽ることになるため、有形偽造となる。法人それ自体が意思・観念の表示主体(名義人)となりうる点を押さえる。
注意したいのは、肩書の冒用との区別である。たとえば、実在の会社の取締役でない者が勝手に「代表取締役」を名乗って会社名義の文書を作れば、名義人である法人の作成名義を偽ることになり偽造となる。一方、会社が実在せず架空の会社名義を用いた場合でも、一般人から見て実在の会社が作成したかのような外観があれば、架空法人名義として偽造を認めうる。代理・代表名義の事案では、まず「効果帰属主体(本人・法人)は誰か」を確定し、それを名義人と捉えて作成者と比較する、という手順を徹底するとよい。
虚偽公文書作成罪(156条)と無形偽造
身分犯としての性質
156条は、作成権限のある公務員が、その職務に関して内容虚偽の公文書を作成する罪である。
- 真正身分犯:作成権限を有する公務員のみが主体となる。
- 作成権限のない公務員や私人が直接156条の正犯となることはできない。
ここで「作成権限のある公務員」とは、当該公文書を職務上作成する権限を有する者をいう。たとえば、登記官が虚偽の登記をする、戸籍事務担当者が虚偽の戸籍記載をするといった場合が典型である。作成権限のある公務員が内容虚偽の文書を作る点で、名義(作成者)は真正であり、偽られているのは内容のみである。これが「無形偽造」の本質である。
非公務員が関与した場合の処理
私人が公務員をそそのかして虚偽公文書を作成させた場合、156条の間接正犯を認めうるか、あるいは別途157条で処理すべきかが論点となる。
- 間接正犯の限定(最判昭和27年12月25日):判例は、作成権限を有しない者(一般私人)が情を知らない公務員を利用して虚偽公文書を作成させても、原則として156条の間接正犯は成立しないとした。背後者に作成権限がない以上、正犯性を基礎づけられないからである。156条が真正身分犯であることの帰結であり、身分のない私人は単独では正犯となりえない。
- もっとも、補助公務員が起案権限を濫用した事例(最判昭和51年5月6日)では、作成補助の権限ある公務員が情を知らない作成権者を利用して虚偽公文書を作成させた行為について、虚偽公文書作成罪の間接正犯の成立が認められた。起案・補助の権限を有する公務員は、文書作成過程に正当に関与する地位にあり、その権限を濫用して内容虚偽の文書を成立させた点で正犯性が基礎づけられる、というのが判例の論理である。
- 一般私人が虚偽の申立てをして公正証書の原本等に不実の記載をさせた場合は、公正証書原本不実記載罪(157条)で処理されるのが原則である。157条は、一定の公文書について私人による無形偽造的関与を特に処罰する規定である。私人が公務員に虚偽申告して不実の記載をさせる行為を捕捉するための特別規定であり、156条の間接正犯を否定する判例の立場と整合的に、私人の無形偽造的関与の処罰範囲を画している。
「虚偽の」の意義
156条の「虚偽」とは、文書の内容が客観的真実に反することをいう。ここでは名義の真正は問題とならず(作成権限はある)、内容の真実性が保護される点で、有形偽造とは保護の力点が逆になる。整理すると、有形偽造は「誰が作ったか(名義)」を偽る、無形偽造は「何が書いてあるか(内容)」を偽る、という対照になる。公文書では名義・内容の双方が保護され、私文書では原則として名義のみが保護される(内容=無形偽造は160条の例外を除き不処罰)という違いを常に意識したい。
電磁的記録に関する犯罪
電磁的記録不正作出罪・供用罪(161条の2)
情報化社会に対応するため設けられた規定で、文書に準じる電磁的記録の信用性を保護する。
項目 内容 客体 人の事務処理の用に供する権利・義務または事実証明に関する電磁的記録 行為(不正作出) 人の事務処理を誤らせる目的で、不正に電磁的記録を作出すること 行為(供用) 不正に作出された電磁的記録を、人の事務処理の用に供すること 加重類型 公務所・公務員が職務上作成すべき電磁的記録の場合は加重(161条の2第2項) 具体例 キャッシュカード・クレジットカードの磁気ストライプ情報の不正な書換え・作出電磁的記録は名義人の概念になじみにくいため、「偽造」ではなく「不正作出」という独自の行為概念で捕捉している点が特徴である。電磁的記録は人間が直接読み取れず、特定人の意思・観念の表示主体という意味での「名義人」を観念しにくい。そこで立法者は、文書偽造の「名義人と作成者の不一致」という枠組みをそのまま適用せず、「事務処理を誤らせる目的」という主観的要件と「不正に作出する」という客観的要件を組み合わせる独自の構成を採った。文書偽造罪の体系のなかでは「やや異質な隣接類型」として位置づけておくとよい。
答案での書き方(論述の型)
文書偽造の問題は、①客体(文書性)→②行為(偽造=有形/無形のいずれか)→③名義人・作成者の確定→④人格の同一性の齟齬→⑤行使の目的という順序で論じると安定する。
- 保護法益・偽造の定義を冒頭で示す 「文書偽造罪の保護法益は文書に対する公共の信用にあり、『偽造』とは名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいう」と規範を立てる。論点に入る前に、この定義を明示しておくと、以後の当てはめが一本の軸で進む。
- 客体としての文書性を確認する 問題文の対象がコピーであれば文書性(最判昭和51年4月30日)を、電磁的記録であれば161条の2の検討を落とさない。私文書なら「権利・義務・事実証明に関する文書」に当たるかを一言確認する。
- 名義人を確定する(最重要) 文書の記載内容・性質から、一般人がそれを誰の作成と認識するかを論じる。代理名義なら本人、資格付き署名なら「その資格を有する者」、コピーなら原本名義人。ここが答案の山場であり、配点も厚い。
- 作成者を確定する 観念的作成者(意思の主体)を特定する。物理的に書いた者ではなく、誰の意思に基づいて文書が成立したかを見る。
- 両者の人格の同一性を比較する 不一致なら有形偽造、一致するなら無形の問題(私文書なら原則不可罰)と振り分ける。私文書の無形偽造は原則不処罰であること、160条が例外であることを忘れない。
- 承諾・名義人の特殊性に触れる 名義人の承諾がある場合は、文書の性質上自署が要求されるか(答案・供述書類型)を検討する(最決平成6年11月29日、最決昭和56年4月8日)。
- 行使の目的・行使罪を落とさない 偽造罪は目的犯であり、別途行使すれば偽造文書行使罪(158条・161条)が成立し、両者は牽連犯となる点を指摘する。さらに偽造文書を用いて財物を騙取すれば詐欺罪も問題となり、罪数処理(牽連犯)まで触れると高評価につながる。
当てはめのコツ
名義人の確定では、「文書の種類・性質」と「文書の記載(肩書・資格・代理表示など)」の二つを必ず手がかりにする。たとえば同じ「○○」という署名でも、再入国許可申請書なら「適法に在留する人物」、弁護士報酬請求書なら「弁護士である○○」というように、文書の性質が名義人の人格を規定する。「この文書を受け取った一般人は、誰がどんな資格・地位で作ったと信じるか」を具体的に書き出すと、説得力のある当てはめになる。
よくある失敗
- 「偽造=内容が嘘」と誤解し、無形偽造の問題を有形偽造として処理してしまう。
- 名義人の確定を飛ばして、いきなり「偽造である」と結論づける。名義人の確定こそが配点の中心なので、ここを省略すると大きく失点する。
- 私文書の無形偽造を当然に処罰できると考える(原則不処罰+160条の例外を落とす)。
- 行使罪・目的犯であることを落とし、偽造罪だけで終わらせてしまう。
- コピーや電磁的記録について、客体(文書性)の検討を飛ばす。
まとめ
- 文書偽造罪の保護法益は文書に対する公共の信用であり、日本法は形式主義(有形偽造中心)を採る。本罪は抽象的危険犯であり、現実の信用侵害は要件でない。
- 「偽造」とは名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいう(人格の同一性を偽る説)。氏名の一致・不一致ではなく、文書から認識される人格で判断する。
- 名義人の確定が応用論点の核心。代理名義は本人、資格付き署名は「資格を有する者」、コピーは原本名義人が名義人となる。
- 私文書の無形偽造は原則不処罰(診断書等の160条が例外)。公文書は156条で無形偽造も処罰される。
- 名義人の承諾があっても、答案・供述書類型では文書の性質上偽造となりうる(最決平成6年11月29日、最決昭和56年4月8日)。
- 通称名でも、文書の性質上「別の属性をもつ人格」を表示すれば偽造となりうる(最判昭和59年2月17日)。
- 同姓同名の実在弁護士の資格を冒用した事案で私文書偽造が認められた(最決平成5年10月5日)。
- コピーも原本と同様の社会的機能と信用性を有する場合は「文書」に当たる(最判昭和51年4月30日)。
- 代理・代表名義の冒用は本人・法人を名義人として有形偽造が成立する(最決昭和45年9月4日)。
- 虚偽公文書作成罪は公務員のみが主体の真正身分犯。私人による情を知らない公務員の利用は原則として間接正犯とならず(最判昭和27年12月25日)、補助公務員の権限濫用には間接正犯を認めた例がある(最判昭和51年5月6日)。私人の関与は157条で処理されるのが原則。
- 電磁的記録は「偽造」ではなく「不正作出」(161条の2)で捕捉する。
FAQ
Q1. 有形偽造と無形偽造はどう違うのですか?
偽る対象が違います。 有形偽造は「誰が作ったか」という作成名義を偽ること(他人名義の冒用)、無形偽造は「内容(書いてある事実)」を偽ること(作成権限者による内容虚偽の文書作成)です。日本の刑法は形式主義を採り、有形偽造を広く処罰する一方、私文書の無形偽造は原則として処罰しません(診断書等の160条が数少ない例外)。条文上も155条・159条は「偽造」、156条は「虚偽の文書を作成」と書き分けられています。
Q2. 自分の名前を使って作成した文書でも偽造になる場合はありますか?
あります。 同姓同名の他人と誤認させる目的で作成した場合や、自己の氏名に虚偽の資格・肩書を付して「その資格を有する者」という別人格を表示した場合(弁護士でない者が「弁護士○○」と署名するなど、最決平成5年10月5日)は、名義人(実在の他人や有資格者)と作成者(被告人)との人格の同一性を偽ることになり、私文書偽造が成立しえます。名義人は実際の氏名そのものではなく、文書から認識される人格である点がポイントです。
Q3. 名義人本人が「作っていいよ」と承諾していれば、必ず偽造になりませんか?
必ずしもそうとは言えません。 原則として名義人の承諾があれば名義人=作成者となり偽造になりませんが、入学試験の答案(最決平成6年11月29日)や交通事件原票中の供述書(最決昭和56年4月8日)のように、文書の性質上、名義人本人が自ら作成することに意味がある文書については、承諾があっても他人が作成すれば偽造となります。判断基準は「その文書が本人による作成自体を本質的に予定しているか」です。
Q4. 実在しない人物(架空人)の名義でも偽造罪は成立しますか?
成立しえます。 架空人名義の文書であっても、一般人から見てあたかも実在の人物が作成したかのような外観を呈し、文書の公共的信用を害する場合には、名義人を観念でき、偽造罪が成立します。重要なのは現実に実在する名義人がいるかどうかではなく、文書を見た一般人が真正な作成名義人を観念し信用するかどうかです。
Q5. コピー(写し)を改ざんした場合も文書偽造になりますか?
なりえます。 最判昭和51年4月30日は、原本と同様の社会的機能・信用性を有するコピーは「文書」に当たるとしました。コピーの名義人は原本の作成名義人と評価されるため、内容を改ざんしたコピーを作成すれば原本名義人の作成名義を偽ることになり、有形偽造を構成しえます。単に真正な原本を忠実に複写しただけなら名義の冒用がなく偽造にはなりません。
Q6. 「行使の目的」とは何ですか?
偽造文書を真正な文書として他人に認識させ、または認識させうる状態に置く目的です。文書偽造罪は目的犯であり、この主観的要件を欠けば偽造罪は成立しません。なお、実際に行使すれば別途偽造文書行使罪(158条・161条)が成立し、偽造罪とは牽連犯の関係に立ちます。さらに偽造文書を用いて財物を騙取すれば詐欺罪も成立し、行使罪と牽連犯になります。
Q7. 代理人として署名した文書の名義人は、代理人と本人のどちらですか?
本人です。 「A代理人B」のように代理名義で作成された文書は、その法律効果が本人Aに帰属するものとして取引社会で扱われるため、文書から認識される意思の主体(名義人)は本人Aと解されます(最決昭和45年9月4日)。したがって、代理権のないBがこの種の文書を作成すれば、名義人A・作成者Bとなり人格の同一性を偽るものとして私文書偽造が成立します。法人の代表者名義の冒用も同様で、名義人は法人になります。
Q8. 私人が公務員をだまして虚偽の公文書を作らせた場合、私人を156条で処罰できますか?
原則としてできません。 156条(虚偽公文書作成罪)は作成権限のある公務員のみを主体とする真正身分犯であり、作成権限のない私人が情を知らない公務員を利用しても、原則として156条の間接正犯は成立しません(最判昭和27年12月25日)。この種の事案は、私人が虚偽申告して公正証書原本等に不実の記載をさせる類型として、公正証書原本不実記載罪(157条)で処理されるのが原則です。