手形の偽造と無権代理(偽造者の責任・表見代理・追認)とは
てがたのぎぞうとむけんだいり
手形の偽造とは、権限の無い者が代理の形を取らずに直接他人名義の署名を手形に表すことで、代理人として署名する無権代理と区別されます。無権代理人は手形法8条によって自ら手形上の責任を負い、判例は偽造者にも同条を類推適用して責任を負わせ、本人の追認と表見代理の類推適用も認めています。
経理担当者が社長に無断で会社名義の手形を振り出してしまったとします。会社は自分で手形行為をしていないので、原則として払う義務が無く、受け取った人が誰に請求できるかが問題になります。手形法は、代理権が無いのに代理人として署名した者に自ら手形上の義務を負わせています。判例は、代理人の形を取らずに直接本人の名前を書いた偽造者にも、この規定を類推して同じ責任を負わせました。さらに、会社が後から追認すれば初めから会社の手形になり、会社が権限があるように見せていたなら表見代理で会社が責任を負うこともあります。
無権代理人は手形上の責任を負い、本人に表見代理が成立する場合でも所持人は無権代理人を選んで責任を追及できます
代理権を有しない者が代理人として手形に署名したときは、自らその手形によって義務を負い、支払をしたときは本人と同一の権利を有します。権限を超えた代理人も同じです(手形法8条、77条2項)。「手形所持人は,手形行為の無権代理人に対して手形上の責任を追及することはできない」という肢は誤りです。本人に表見代理が成立する場合でも、表見代理は善意の相手方を保護する制度なので、これを主張するかどうかは所持人の自由であり、所持人は表見代理を主張して本人の責任を問うこともできれば、これを主張せずに無権代理人に8条の責任を問うこともできると判例はしています(最判昭和33年6月17日)。「手形所持人は,乙に対し,甲に表見代理が成立するときであっても,手形法が定める無権代理人の責任を追及することができる」という肢は正しいです。表見代理の立証は無権代理の立証より難しく、所持人にその負担を強いてまで無権代理人を保護する必要は無いからです。
直接本人名義で振り出した偽造者も8条の類推適用で責任を負いますが、偽造を知って取得した所持人には負いません
偽造は、権限の無い者が代理の形を取らずに直接本人名義の署名又は記名捺印を手形に表す方式(機関方式)でされます。判例は、名義人本人の氏名を使う権限が何ら無い者が、あたかも名義人本人が手形上の責任を負うかのように表示する点で無権代理人と変わらず、代理表示の有無で本質的な差異は無いとして、偽造手形を振り出した者は手形法8条の類推適用によって手形上の責任を負うとしています(最判昭和49年6月28日)。「乙が何ら権限を有しないにもかかわらず「甲」名義で約束手形を振り出した場合,乙は,手形所持人に対し,手形法が定める無権代理人の責任の規定の類推適用により,責任を負う」という肢は正しいです。ただし、この類推適用は善意の所持人を保護して取引の安全に資するためのものなので、手形が偽造されたものであることを知って取得した所持人に対しては類推適用の余地が無く、偽造者は責任を負いません(最判昭和55年9月5日)。「約束手形が偽造されたことを知ってこれを取得した手形所持人に対しては,偽造者は,手形上の責任を負わない」という肢は正しいです。
本人は偽造を追認でき、追認すれば当初から本人に効力が生じます
偽造では偽造者の手形行為も本人の手形行為も存在しないので、無権代理の追認(民法116条)のように遡って有効にする余地は無く、追認の時から新たな手形行為になるにすぎないのではないかが問題になります。判例は、偽造による手形行為も無権代理人によって直接本人の記名捺印がされた場合と同様であるから、追認によって振出行為は当初から本人に効力を生ずるとしています(最判昭和41年7月1日)。「偽造手形の振出行為を振出人とされた本人が追認した場合,当該振出行為は,当初より本人に効力を生ずる」という肢は正しいです。偽造も無権代理も名義人本人が責任を負うことを表示する点で同じで、本人が自分の手形行為として引き受ける意思を否定する理由は無いからです。
偽造にも表見代理の規定が類推適用されますが、「第三者」は直接の相手方に限られます
無権限者が機関方式で本人名義の手形を振り出した場合も、代理方式による無権代理と同じく無権限者による本人名義の手形振出しである点に差は無いので、第三者が無権限者に本人名義で振り出す権限があると信ずるについて正当な理由があるときは、表見代理の規定の類推適用によって本人が責任を負うと判例はしています(最判昭和43年12月24日)。もっとも、民法110条の「第三者」は無権限者と直接法律行為をした相手方に限られ、受取人に正当な理由が無ければ、その後の裏書譲受人に正当な理由があっても、本人に手形上の責任を負わせることはできないと判例はしています(最判昭和36年12月12日)。正当な理由の有無は代理行為がされた時の具体的な事情で決まり、後の取得者がその事情を信頼して取得することはほとんど考えられないからです。したがって、「受取人が偽造者に本人名義で手形を振り出す権限があると信じるにつき正当な理由がなくても,受取人から当該手形の裏書譲渡を受けた第三者が,偽造者にこのような権限があると信じるにつき正当な理由があれば,当該第三者は,本人に手形債務の請求をすることができる」という肢は誤りです。
偽造手形をめぐる責任
- 偽造者: 手形法8条の類推適用で手形上の責任(最判昭和49年6月28日)。偽造を知って取得した所持人には負わない(最判昭和55年9月5日)
- 被偽造者(本人): 原則として責任なし。追認すれば当初から本人に効力(最判昭和41年7月1日)。表見代理の類推適用で責任を負うことがある(最判昭和43年12月24日)
- 表見代理の「第三者」: 直接の相手方に限る。受取人に正当な理由が無ければ後の譲受人は保護されない(最判昭和36年12月12日)
- 無権代理人: 8条で自ら責任。表見代理が成立する場合でも所持人は無権代理人を選べる(最判昭和33年6月17日)
手形法8条
代理権ヲ有セザル者ガ代理人トシテ為替手形ニ署名シタルトキハ自ラ其ノ手形ニ因リ義務ヲ負フ其ノ者ガ支払ヲ為シタルトキハ本人ト同一ノ権利ヲ有ス権限ヲ超エタル代理人ニ付亦同ジ
論文ではこう使う
論文では、従業員が会社名義の手形を無断で振り出した事案で、会社と従業員の責任を順に検討します。会社については、偽造された本人は自ら手形行為をしていないから原則として責任を負わないと立てたうえで、判例は機関方式による偽造にも表見代理の規定を類推適用するので、民法109条・110条・112条の要件(権限の外観・基本代理権・正当な理由)を検討し、「第三者」が直接の相手方に限られることと追認の有無も確認します。従業員については、偽造者は本人名義を使う権限が無いのに本人が責任を負うかのように表示する点で無権代理人と変わらないから、手形法8条の類推適用により手形上の責任を負うという判例の規範を示し、所持人が偽造を知って取得していないかを確かめます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。