権限濫用の禁止とは
けんげんらんようのきんし
権限濫用の禁止とは、行政機関に与えられた権限を、それを与えた法律の目的のためにだけ行使しなければならず、他の目的のために用いてはならないという原則です。形式的に法律の要件を満たしていても、本来の目的と異なる動機でされた権限行使は違法になります。
町が、新しく開く予定の個室付浴場をやめさせたいと考えて、店の予定地のすぐ近くに児童遊園を作ったとします。児童福祉施設の近くでは営業できないという規制を使う狙いです。児童遊園の設置を認可する権限は子どもの福祉のために法律が与えたものなので、営業を止める道具に使えば、手続や要件が整っていても違法になります。法律が権限を与えたときの目的を外れて使ってはならないという決まりが、権限濫用の禁止です。
本来の目的と異なる目的でされた権限行使は、要件を満たしていても違法になります
個室付浴場業は、児童福祉施設の周囲一定の距離内では営めないと定められていました。町がこの規制を使って開業を阻止するため、開業予定地の近くに児童遊園を設け、県知事がその設置を認可した事案で、最判昭和53年5月26日(余目町個室付浴場事件(国家賠償))は、認可処分が開業の阻止を主たる目的としたものであり、行政権の濫用に相当する違法性があるとして、国家賠償責任を認めました。児童遊園の設置認可という権限は児童の福祉のために与えられたものであり、営業規制の道具として使うことは、要件を形式的に満たしていても許されません。法律による行政の原理が権限の外枠を定めるのに対し、権限濫用の禁止は権限行使の中身、すなわち何のために使われたかを問題にします。目的そのものを審査する点で、裁量の逸脱・濫用の一場面でありながら、特に動機に着目した審査だといえます。濫用といえるためには、他の目的が付随的に混じっていたというだけでは足りず、本来の目的と異なる目的が主たる動機であったと認定できることが必要です。判例も認可が開業の阻止を「主たる目的」としたものであることを認定したうえで違法としており、動機の認定が中心になります。
濫用された権限による規制は、刑事責任の根拠にもなりません
同じ事案の刑事事件で、最判昭和53年6月16日(余目町個室付浴場事件(刑事))は、児童遊園設置認可処分が行政権の著しい濫用によるものとして違法であり、これを前提とする個室付浴場業の規制に違反したことを理由に処罰することはできないとしました。違法な権限行使は、その効果を他の場面に及ぼす基礎を欠くからです。同じ事件について国家賠償の判決と刑事の判決があり、国家賠償が昭和53年5月26日、刑事が同年6月16日です。
条例に基づく権限であっても、その条例の目的に拘束されます
最判平成16年12月24日(紀伊長島町水道水源保護条例事件)は、水道水源の保護を目的とする条例に基づいて事業者を規制対象事業場と認定した処分について、町が事業者と十分に協議して水源への影響を検討すべきであったのにこれを尽くさなかったとして、裁量権の逸脱・濫用にあたり違法としました。条例の目的は水源の保護であって、特定の事業者の進出を阻むことではありません。条例による権限も、条例が定めた目的の範囲でのみ行使できるという点は、法律の場合と変わりません。
裁量審査では、判断要素の選択と判断過程の合理性が審査されます
権限濫用は、裁量処分の審査のなかでは、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮した、という形で現れます。最判平成18年2月7日は、公立学校施設の目的外使用を許可するか否かは原則として管理者の裁量に委ねられているとしたうえで、司法審査の仕方を示しました。「管理者の裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの司法審査においては、その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、その判断が、重要な事実の基礎を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限って、裁量権の逸脱又は濫用として違法となるとすべきものである」という肢は正しいです。裁判所が自分の判断を管理者の判断に置き換えるのではなく、判断要素の選択と判断過程に合理性があるかを見るという枠組みです。もっとも、裁量に委ねられているといっても、学校教育上の支障がなければ必ず許可しなければならないわけではありません。「公立学校施設の目的外使用を許可するか否かは、原則として、管理者の裁量に委ねられているものと解されるが、学校施設の設置目的に照らせば、学校教育上支障がない場合には原則として許可すべきものであり、学校教育上の支障がないにもかかわらず不許可とすることは管理者の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用となる」という肢は誤りです。同判決は、支障がないからといって当然に許可しなくてはならないものではなく、行政財産である学校施設の目的及び用途と目的外使用の目的、態様等との関係に配慮した合理的な裁量判断により使用許可をしないこともできるとしています。また「従前、同一目的での使用許可申請を物理的支障のない限り許可してきたという運用があったとしても、そのような従前の許可の運用が裁量権濫用に当たるか否かの判断において考慮すべき要素となるということはできない」という肢は誤りです。同判決は、従前の許可の運用は、使用目的の相当性やこれと異なる取扱いの動機の不当性を推認させることがあったり、比例原則ないし平等原則の観点から、裁量権濫用に当たるか否かの判断において考慮すべき要素となったりすることは否定できないとしました。従前と異なる取扱いをすること自体が直ちに濫用になるわけではありませんが、従前の運用は平等取扱いと信頼の保護にかかわり、動機の不当性を推し量る材料になるからです。判断過程の審査は、広い裁量が認められる場面にも及びます。「厚生労働大臣による最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続における過誤、欠落の有無等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められることを理由に、当該保護の基準の改定を違法とすることはできない」という肢は誤りです。最判平成24年2月28日は、老齢加算の廃止を内容とする生活保護法による保護の基準の改定について、厚生労働大臣に専門技術的かつ政策的な見地からの裁量を認めたうえで、判断の過程及び手続における過誤、欠落の有無等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合には、生活保護法3条、8条2項に違反して違法になるとしました。裁量が認められることは、司法審査が及ばないことを意味しません。詳しくは行政裁量で扱います。
行政指導の場面でも、権限を背景にした事実上の強制は許されません
行政指導は相手方の任意の協力によってのみ実現されるものですから、許認可の権限を持ち出して従わせることは、権限を本来の目的以外に使うことにあたります。「行政指導の内容はあくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものでなければならないから、許認可等に基づく処分をする権限を有する行政機関が当該権限を行使する意思がない場合においてする行政指導にあっては、当該行政指導に携わる者は、当該権限を行使し得る旨を殊更に示すことにより相手方に当該行政指導に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはならない」という肢は正しいです。行政手続法32条1項が行政指導の任意性を定め、同法34条がこれを明文化しました。行政指導に従わないことを理由に許認可を拒む、給水を拒むといった対応は、権限濫用として違法になります。詳細は行政指導で扱います。
比例原則や平等原則とあわせて、行政法の一般原則として働きます
権限濫用の禁止は、明文の規定を離れて行政活動を統制する一般原則の一つです。同じ地位にあるのが、目的と手段の均衡を求める比例原則と、合理的な理由のない別異取扱いを禁ずる平等原則です。不利益処分の選択について「不利益処分を行う行政庁に裁量権が認められる場合でも、処分の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められることを要するとされることがある」という肢は正しく、これは比例原則が裁量審査に取り込まれた例です。三つの原則は、条文の要件を満たしているのに処分を違法とする働きをする点で共通し、目的の逸脱なら権限濫用の禁止、手段の行き過ぎなら比例原則、取扱いの差なら平等原則が働きます。これらの一般原則は、法律の根拠がないところで行政に権限を与えるものではなく、法律が与えた権限の行使を縛る方向にだけ働きます。権限濫用を理由に処分を取り消すよう求めることはできますが、権限濫用があったことを理由に行政庁が別の処分をすべきだという結論が直ちに出るわけではありません。
最判昭和53年5月26日(余目町個室付浴場事件(国家賠償))
知事が本件児童遊園設置認可処分をしたのは、原告の個室付浴場業の開業を阻止することを主たる目的としたものであり、行政権の濫用に相当する違法性があり、被告は国家賠償法一条一項により損害を賠償する責任がある。
最判平成18年2月7日
従前の許可の運用は、使用目的の相当性やこれと異なる取扱いの動機の不当性を推認させることがあったり、比例原則ないし平等原則の観点から、裁量権濫用に当たるか否かの判断において考慮すべき要素となったりすることは否定できない。
論文ではこう使う
論文では、処分の要件が形式的に満たされていることを確認したうえで、それでもなお違法といえるかという順序で書きます。まず根拠法令の目的規定と権限を与えた趣旨を特定し、次に、当該処分が実際には何のためにされたのかを事実から認定します。開業阻止の意図が他の事実から推認できる場合には、余目町個室付浴場事件の「行政権の濫用に相当する違法性」という表現をそのまま規範として使えます。裁量処分であれば、他事考慮・考慮不尽という形に落とし込み、判断要素の選択と判断過程の合理性を審査する枠組みで当てはめます。国家賠償請求では、権限濫用であることがそのまま国家賠償法1条1項の違法性を基礎づけ、公務員の過失も通常は肯定されます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。