行政上の法律関係と私法の適用とは
ぎょうせいじょうのほうりつかんけいとしほうのてきよう
行政上の法律関係と私法の適用とは、国や地方公共団体が当事者となる法律関係に民法などの私法の規定が適用されるかという問題です。判例は、公法関係か私法関係かで一律に決めるのではなく、その規定の趣旨がその関係にも妥当するかを事案ごとに見て決めています。
市営住宅に住む人が家賃を滞納しても、市は民間の大家と同じように借地借家法の縛りを受けます。税金を滞納した人の土地を国が差し押さえたとき、その土地を先に買っていた人は、登記がなければ国に対抗できません。行政が相手だからといって民法の規定が全部外れるわけではなく、逆に全部そのまま働くわけでもありません。判例は、その民法の規定が何のために置かれているかを見て、その趣旨が行政の関係にも当てはまるなら適用し、当てはまらないなら適用しないと決めています。
判例は、公法関係か私法関係かではなく、その規定の趣旨が妥当するかで私法の適用を決めます
かつては、行政をめぐる法律関係を公法関係と私法関係に分け、公法関係には私法が適用されないと考える公法私法二元論が説かれました。今の判例はこの図式をとらず、問題となる法令の趣旨と、その関係が私人間の関係とどれだけ違うかを見て、民法などの私法規定を適用するかどうかを事案ごとに決めています。適用される場合とされない場合の結論だけでなく、なぜ適用され、なぜ適用されないのかという理由づけが、そのまま肢の正誤を分けます。
滞納処分による差押えにも民法177条が適用されます
租税の滞納処分は公権力の行使ですが、差押えによって国が得る地位は、民事執行における差押債権者と変わりません。最判昭和31年4月24日(滞納処分による差押えと民法177条)は、国税滞納処分において国は自ら執行機関として強制執行の方法により租税債権の満足を得ようとするものであり、滞納者の財産を差し押さえた国の地位は民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類するとして、不動産の物権変動の対抗要件を定める民法177条の適用を認めました。租税債権がたまたま公法上のものであることは、国が一般私法上の債権者より不利益な取扱いを受ける理由にはならないからです。「国税滞納処分における国の地位は、民事上の強制執行における差押債権者の地位に類するものであるから、国税滞納処分による差押えの関係においても民法第177条の適用がある」という肢は正しいです。逆に「国税滞納処分による差押えについては、国家が権力的手段をもって強制的に行うもので、対等な私人間の経済取引とはその本質を異にするため、私経済上の取引の安全を保障する規定である民法第177条は適用されません」という肢と、「民法第177条は、私経済上の取引の安全を保障するために設けられたものであるから、国税滞納処分による差押えの関係には適用されることはない」という肢は、いずれも誤りです。理屈は、177条の趣旨である取引の安全の保障が、国が債権者として現れる場面でも同じように妥当するという点にあります。したがって、滞納者から不動産を譲り受けた者は、登記を経由しない限り、その所有権の取得を差押えをした国に対抗することができません。
公営住宅の使用関係には、特別の定めがない限り民法と借地借家法が適用されます
公営住宅の入居者の決定は行政処分ですが、いったん入居した後の使用関係は、家賃を払って建物を借りるという私人間の賃貸借と実質が変わりません。最判昭和59年12月13日(公営住宅の利用関係)は、公営住宅の使用関係には公の営造物の利用関係として公法的な一面があることは否定できないとしつつ、公営住宅法とこれに基づく条例が特別法として優先して適用されるが、法及び条例に特別の定めがない限り、原則として一般法である民法及び借家法の適用があるとしました。「公営住宅の使用関係については、基本的に私人間の家屋賃貸借関係と異なるところはないため、公営住宅法及びこれに基づく条例に特別の定めがない限り、原則として民法及び借地借家法が適用されます」という肢は正しく、「事業主体と入居者との間の法律関係が、基本的には私人間の家屋賃貸借関係と異なるところはないとしても、民法及び借地借家法は適用されない」という肢は誤りです。したがって、その契約関係には信頼関係の法理の適用があり、事業主体が用法違反などを理由に使用関係を一方的に終了させるには、信頼関係を破壊すると認めるに足りる特段の事情が必要になります。
安全配慮義務違反による賠償請求権に会計法30条は適用されません
会計法30条は、金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利について5年の消滅時効を定めています。最判昭和50年2月25日(安全配慮義務と会計法30条)は、自衛隊員が駐屯地内で同僚の運転する車両にひかれて死亡した事案で、国は公務員に対し、その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負うとしました。安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間で信義則上負う義務として一般的に認められるもので、国と公務員との間で別に解する理由はないからです。そのうえで判例は、会計法30条が5年の消滅時効を定めたのは国の権利義務を早期に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮したものであるところ、安全配慮義務違反による損害賠償の関係は、公平の理念に基づき被害者に生じた損害の公正な填補を目的とする点で私人相互間の損害賠償と目的性質を異にしないとして、会計法30条の適用を否定し、消滅時効期間は民法の規定によるとしました。「国が、勤務中の事故により損害を被った公務員に対して、安全配慮義務違背による損害賠償の義務を負う関係には、会計法第30条は適用されず、当該関係における消滅時効期間については、民法の規定が適用される」という肢は正しいです。これに対し「会計法第30条は、国の権利義務を早期に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮した規定であるとして、国の安全配慮義務違反を理由とする国家公務員の国に対する損害賠償請求権についても同条所定の消滅時効期間の適用を認めました」という肢は、判例の理由づけをそのまま使いながら結論だけ入れ替えたもので誤りです。また、災害補償の制度が詳しく置かれていることは、安全配慮義務そのものを否定する理由になりません。判例は、国家公務員災害補償法などの災害補償制度は国が安全配慮義務を負うことを当然の前提とし、この義務が尽くされてもなお発生する公務災害に対処するために設けられたものだとしています。「国家公務員の災害補償について国家公務員法や国家公務員災害補償法等に詳細な定めが置かれていることからすると、国が国家公務員に対して、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うとはいえない」という肢は誤りです。同じように、公立病院の診療は私立病院のそれと変わらないので、最判平成17年11月21日(公立病院の診療費債権の消滅時効)は、その診療費債権に民法の短期消滅時効の規定が適用されるとしました。
随意契約の制限に違反して締結された契約も、当然には無効になりません
地方公共団体の契約は、地方自治法234条が一般競争入札を原則とし、随意契約によることができる場合を政令で定める場合に限っています。この制限に違反した契約の効力について、最判昭和62年5月19日(随意契約の制限に違反した契約の効力)は、私法上当然に無効になるわけではないとし、随意契約によることができる事由のいずれにも当たらないことが何人の目にも明らかである場合や、相手方が随意契約によることが許されないことを知り又は知り得べかりし場合のように、当該契約を無効としなければ随意契約の締結に制限を加える法令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められる場合に限って無効になるとしました。「最高裁判所の判例によれば、地方自治法及び地方自治法施行令に定める随意契約の制限に違反して締結された契約であっても、私法上当然に無効になるものではない」という肢は正しく、「地方公共団体が随意契約の制限に関する法令に違反して締結した契約は、当該契約を無効としなければ、随意契約の締結に制限を加える法令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められる場合に限り、私法上無効になる」という肢も正しいです。随意契約の制限は事務処理の公正と経済性を確保するための財務会計上の規律ですが、相手方の取引の安全と、既に履行された給付をめぐる法律関係の安定にも配慮する必要があるからです。国や地方公共団体が私人と同じ立場で取引をする場面では、原則として私法がそのまま働き、行政法特有の規律は法令が明示した範囲にとどまります。
私法の適用は、信義則や権限濫用の禁止を通じても働きます
民法が定める一般原則は、規定そのものの適用としてではなく、法の一般原理として行政上の法律関係に持ち込まれることもあります。最判平成19年2月6日(信義則による地方公共団体の時効主張の制限)は、違法な通達に従って手当の支給を打ち切っていた地方公共団体が、後に未支給分について消滅時効を主張することは、特段の事情のない限り信義則に反し許されないとしました。時効の規定の適用があることを前提に、その主張が信義則で封じられるという構成です。同じように、行政権の行使が本来の目的と異なる目的でされた場合には権限濫用の禁止が、相手方の信頼を裏切る場合には信義則が働きます。私法規定の適用の可否と、一般原則による修正とは、別の段階の問題です。
最判昭和31年4月24日(滞納処分による差押えと民法177条)
国税滞納処分においては、国は、その有する租税債権につき、自ら執行機関として、強制執行の方法により、その満足を得ようとするものであって、滞納者の財産を差し押えた国の地位は、あたかも、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益の取扱を受ける理由となるものではない。
最判昭和59年12月13日(公営住宅の利用関係)
公営住宅の使用関係については、公営住宅法及びこれに基づく条例が特別法として民法及び借家法に優先して適用されるが、法及び条例に特別の定めがない限り、原則として一般法である民法及び借家法の適用があり、その契約関係を規律するについては、信頼関係の法理の適用があるものと解すべきである。
論文ではこう使う
論文では、まず問題となっている関係が、行政が公権力の主体として現れる場面か、私人と同じ立場で取引をする場面かを見ます。そのうえで、適用が問題となる私法規定の趣旨を取り出し、その趣旨が当該関係にも妥当するかを検討します。民法177条であれば取引の安全の保障、借地借家法であれば居住の安定、会計法30条であれば法律関係の早期決済という趣旨を示し、行政上の法律関係の特殊性がその趣旨を排除するほどのものかを当てはめます。公法関係だから私法は適用されないという一般論を先に立てると、判例の思考から外れます。適用を認めたうえで、なお具体的な結論が不当であれば、信義則や権限濫用の禁止による修正を第二段階として論じます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。