/ 行政法

【判例】狭義の訴えの利益(最判昭57.9.9等)

狭義の訴えの利益に関する最判昭57.9.9等を解説。訴えの利益の消滅が問題となる場面、建築確認と建物完成の関係、処分の効果が消滅した場合の訴えの利益を分析します。

この判例のポイント

狭義の訴えの利益とは、処分を取り消すことによって回復すべき法律上の利益が存在するかという問題であり、処分の効果が消滅した場合や事情の変更が生じた場合にその存否が問われる。最判昭57.9.9は、建築確認を受けた建物が完成した場合でも、建築確認の取消しを求める訴えの利益は消滅しないと判断した。これは、建築確認が取り消されれば建築基準法9条1項に基づく是正命令(除却命令等)を発動する前提が整うためであり、建物完成によって取消訴訟が無意味になるわけではないとしたものである。他方、訴えの利益が消滅する場合の典型例として、期間の経過による処分の失効等がある。


事案の概要

近隣住民Xは、隣地に建築される建物についてなされた建築確認処分が建築基準法に違反しているとして、建築確認の取消訴訟を提起した。

訴訟係属中に建物が完成したため、被告Y(建築主事の属する地方公共団体)は、建物が完成した以上、建築確認処分は目的を達しており、これを取り消しても原告に回復すべき法律上の利益はないとして、訴えの利益の消滅を主張した。

Yの主張の論拠は、建築確認処分は建築工事に先立つ適法性の確認にすぎず、建物完成後にこれを取り消しても、既に完成した建物を当然に除去させる効力はないという点にあった。


争点

  • 建築確認処分の取消訴訟において、建物完成後も訴えの利益は存続するか
  • 訴えの利益が消滅するのはいかなる場合か(狭義の訴えの利益の判断基準)
  • 処分の取消しによって回復すべき法律上の利益の範囲

判旨

最高裁は、建物完成後の建築確認取消訴訟の訴えの利益について、以下のとおり判示した。

建築確認は、建築基準法六条一項の建築基準関係規定に適合するかどうかを公権的に判断する行為であつて、それを受けなければ建築工事をすることができないという法的効果が付与されているにすぎない。しかしながら、建築確認の存在は、違反建築物に対する是正命令(建築基準法九条一項)を発するうえで、その前提要件をなすものではないが、建築確認が違法であるとして判決で取り消されれば、是正命令を発するか否かにつき行政庁が改めて判断すべき事由となりうるのであるから、建物が完成しても建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われない

― 最高裁判所第一小法廷 昭和57年9月9日(趣旨要約)

すなわち、建物が完成した場合でも、建築確認の取消判決が得られれば、行政庁が建築基準法9条1項に基づく是正命令(除却命令等)の発動を検討する契機となりうるのであり、取消判決を求める法律上の利益は消滅しないとした。


ポイント解説

狭義の訴えの利益の意義

行訴法9条1項は、「処分の取消しの訴え…は、当該処分…の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者…に限り、提起することができる」と規定する。この「法律上の利益」は、訴訟の係属中も維持される必要がある。

狭義の訴えの利益とは、処分が取り消された場合に原告が回復すべき法律上の利益が存在するかという問題であり、以下の場面で問題となる。

  1. 処分の効果が期間の経過等により消滅した場合: 処分の効果が既に失われていれば、取消しの実益がないのではないか
  2. 事情の変更により回復すべき利益が消滅した場合: 建物の完成、転居等により、処分と原告の利益との関連が失われたのではないか
  3. 処分が撤回・変更された場合: 行政庁自身が処分を撤回した場合、取消訴訟を維持する利益があるか

行訴法9条1項括弧書き

行訴法9条1項括弧書きは、「処分…の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分…の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者」も取消訴訟を提起できるとする。

この規定は、処分の効果が消滅した後も訴えの利益が認められる場合があることを前提としたものであり、狭義の訴えの利益の判断枠組みの根拠となっている。

建築確認と訴えの利益

本判決のポイントは、建築確認の法的性質と是正命令との関係にある。

  • 建築確認の法的性質: 建築工事の着手前に、建築計画が建築基準関係規定に適合するかを公権的に判断する行為。確認を受けなければ工事に着手できないという法的効果を有する
  • 建物完成後の取消しの意義: 建物完成後は工事着手の可否という法的効果は意味を失うが、建築確認の取消判決により、是正命令の発動を検討する契機が生じる
  • 是正命令の可能性: 建築確認が取り消されれば、当該建物が建築基準関係規定に不適合であることが確認されたことになり、行政庁が建築基準法9条1項の是正命令を発動する前提条件の一つが整う

訴えの利益が否定された例

他方、訴えの利益が否定された判例として以下がある。

  • 最判昭55.11.25(免職処分と期間経過): 公務員の懲戒免職処分について、出訴期間経過後に別途争う利益がない場合
  • 処分の撤回があった場合: 行政庁が処分を自ら撤回した場合、取消訴訟を維持する利益が消滅しうる(ただし、処分の違法確認自体に利益がある場合は別論)

学説・議論

訴えの利益の消滅に関する学説

狭義の訴えの利益の判断基準について、以下の学説がある。

  • 実効的権利救済説: 処分の取消しが原告にとって実効的な権利救済をもたらすかどうかを基準とする。取消判決が何らかの法的効果(是正命令の契機等)をもたらす場合には訴えの利益が認められる
  • 法律関係回復説: 処分の取消しにより処分前の法律関係が回復するかどうかを基準とする。この立場では、処分の効果が消滅した後は法律関係の回復がなく訴えの利益が否定される余地が広がる

判例は、実効的権利救済説に近い立場から、取消判決が原告に何らかの法的利益をもたらす可能性がある限り、訴えの利益を認める傾向にある。

「回復すべき法律上の利益」の範囲

行訴法9条1項括弧書きの「回復すべき法律上の利益」の範囲について、以下の議論がある。

  • 狭く解する見解: 処分の直接的な法効果の回復に限られるとし、間接的・事実上の利益は含まないとする
  • 広く解する見解: 処分の取消しによって法的に意味のある状態の変化が生じうる場合を広く含むとする。是正命令の発動の契機となること等も「回復すべき法律上の利益」に含まれる

判例は後者に近い立場をとり、建築確認の取消しが是正命令発動の契機となりうることをもって訴えの利益を肯定している。

建築確認と民事訴訟の関係

建築確認が取り消されなくても、民事上の差止請求や損害賠償請求は可能であるとする見解がある。この見解からは、建物完成後に建築確認の取消しを求める実益は乏しいとも主張されうる。

しかし、行政訴訟と民事訴訟は別個の救済手段であり、行政訴訟による是正命令の発動と民事訴訟による差止め・損害賠償は、相互に排除する関係にない。建築確認の取消訴訟は、行政法上の救済として固有の意義を有するものである。


判例の射程

本判決の射程は、以下の範囲に及ぶ。

  1. 建築確認の取消訴訟一般: 建物が完成した場合でも、建築確認の取消しを求める訴えの利益は原則として消滅しない
  2. 他の処分への応用: 処分の直接的効果が消滅した後でも、取消判決が他の行政作用(是正命令等)の契機となりうる場合には訴えの利益が認められうる
  3. 行訴法9条1項括弧書きの解釈: 「回復すべき法律上の利益」は、処分の直接的効果の回復に限られず、取消判決がもたらしうる法的効果を広く含む

他方、以下の場合には訴えの利益が否定される可能性がある。

  • 処分の取消しが何らの法的効果ももたらさない場合: 取消判決を得ても原告にとって何の利益もない場合
  • 原告の権利利益との関連が完全に消滅した場合: 転居等により処分と原告の利益との関連が断たれた場合
  • 処分の効果が期間の経過により完全に終了し、回復すべき利益もない場合

反対意見・補足意見

本判決に特段の反対意見は付されていないが、建物完成後の訴えの利益の存否は実務上も重要な論点であり、下級審の判断にはばらつきがあった。

最高裁が訴えの利益を肯定したことにより、建物完成後も取消訴訟を維持できることが明確化され、近隣住民の権利救済の途が確保された。


試験対策での位置づけ

狭義の訴えの利益は、取消訴訟の訴訟要件に関するA級論点として、司法試験・予備試験で頻出である。

主な出題パターンは以下のとおりである。

  1. 建築確認と建物完成: 本判決の事案をベースにした出題
  2. 期間の経過と訴えの利益: 処分の効果が期間経過により消滅した場合
  3. 行訴法9条1項括弧書き: 「回復すべき法律上の利益」の判断
  4. 他の処分との関連: 処分の取消しが他の行政作用に影響を与える場合

答案では、行訴法9条1項及び括弧書きの文言を正確に引用し、「回復すべき法律上の利益」の有無を具体的に検討することが求められる。


答案での使い方

建物完成後の訴えの利益が問われた場合

建物が完成した後においても、建築確認の取消しを求める訴えの利益は存するか。
行訴法9条1項括弧書きは、処分の効果がなくなった後においても
「回復すべき法律上の利益を有する者」は取消訴訟を提起できるとする。
最判昭57.9.9は、建物完成後も建築確認の取消しを求める訴えの利益は
失われないと判示した。建築確認が判決で取り消されれば、建築基準法9条1項の
是正命令を発するか否かにつき行政庁が改めて判断すべき事由となりうるから
である。
本件においても、建物が完成しているが、建築確認の取消判決が得られれば
是正命令の発動の契機となりうるのであり、訴えの利益は消滅しない。

訴えの利益の消滅が問題となる場合(一般論)

処分の効果がなくなった後も訴えの利益が存するか。
行訴法9条1項括弧書きは、処分の効果がなくなった後でも
「回復すべき法律上の利益」がある場合には取消訴訟を提起できるとする。
ここにいう「回復すべき法律上の利益」とは、処分の直接的効果の回復に限られず、
取消判決が他の行政作用の契機となりうる等、原告にとって法的に意味のある
状態の変化をもたらしうる場合を広く含むと解される。
本件では…〔具体的あてはめ〕

試験に出るポイント

  1. 狭義の訴えの利益とは、取消判決によって回復すべき法律上の利益の存否の問題である
  2. 建物完成後も建築確認の取消しを求める訴えの利益は消滅しない(最判昭57.9.9)
  3. 是正命令(建築基準法9条1項)の発動の契機となりうることが訴えの利益の根拠である
  4. 行訴法9条1項括弧書きは処分の効果消滅後の訴えの利益を規定している
  5. 「回復すべき法律上の利益」は処分の直接的効果に限られず広く解される(判例の傾向)

覚えるべき要点

  • 狭義の訴えの利益 = 取消判決による回復すべき法律上の利益の存否
  • 建築確認 + 建物完成 → 訴えの利益は消滅しない(最判昭57.9.9)
  • 理由 = 取消判決が是正命令(建基法9条1項)の発動の契機となりうる
  • 根拠条文 = 行訴法9条1項括弧書き
  • 「回復すべき法律上の利益」は広く解される(判例の傾向)

論証への活かし方

訴えの利益の問題は以下の手順で論じる。

  1. 問題の所在: 処分の効果が消滅(建物完成・期間経過等)した後に取消訴訟を維持できるかを提示
  2. 条文の枠組み: 行訴法9条1項括弧書きを引用し、「回復すべき法律上の利益」の要件を示す
  3. 判例の基準: 最判昭57.9.9の法理を引用し、取消判決がもたらしうる法的効果を検討
  4. あてはめ: 本件において取消判決が何らかの法的効果をもたらすかを具体的に論じ、結論を導く

建築確認の事案では、是正命令との関連を軸に論じることが核心となる。


重要概念の整理

表1: 訴えの利益の体系

概念 内容 判断時点 広義の訴えの利益 取消訴訟の訴訟要件全体 訴え提起時・口頭弁論終結時 原告適格 処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するか 訴え提起時・口頭弁論終結時 狭義の訴えの利益 取消判決により回復すべき法律上の利益があるか 口頭弁論終結時

表2: 訴えの利益が問題となる典型場面

場面 訴えの利益 根拠 建築確認と建物完成 肯定 是正命令の契機(最判昭57.9.9) 期間経過による処分の失効 原則否定 回復すべき利益の消滅 処分の撤回 原則否定 取消しの実益の消滅 名誉・信用等の回復 肯定の余地 法的地位の回復

表3: 建築確認の取消訴訟と訴えの利益

段階 建築確認の効果 訴えの利益 工事着手前 工事を適法に行える 問題なく肯定 工事中 工事を適法に継続できる 問題なく肯定 建物完成後 工事着手の可否の効果は終了 肯定(是正命令の契機)

よくある質問(Q&A)

Q1: 建物完成後に建築確認が取り消されると、建物は直ちに除却されるか?

A1: 直ちに除却されるわけではない。建築確認の取消判決は、建築確認が違法であったことを確認するものにすぎず、建物の除却は別途、行政庁が建築基準法9条1項の是正命令を発するか否かの判断を行う。最判昭57.9.9は、この是正命令の発動の検討が行われうることを訴えの利益の根拠とした。

Q2: 訴えの利益はいつの時点で判断されるか?

A2: 訴えの利益は口頭弁論終結時に存在する必要がある。訴え提起時に利益があっても、その後の事情変更(処分の撤回、期間経過等)により利益が消滅した場合には、訴えは不適法として却下される。

Q3: 期間の経過により処分の効果が消滅した場合、常に訴えの利益は否定されるか?

A3: 常にではない。行訴法9条1項括弧書きにより、処分の効果がなくなった後でも「回復すべき法律上の利益」がある場合には訴えの利益が認められる。例えば、処分の存在が将来の不利益な取扱いの根拠となる場合や、処分の違法確認が名誉・信用の回復に資する場合等である。

Q4: 建築確認の取消しと国家賠償請求の関係は?

A4: 建築確認の取消しと国家賠償請求は別個の救済手段である。建築確認が違法であっても取消訴訟を経ずに国家賠償請求をすることは可能であるし、逆に取消判決を得た上で国家賠償を請求することも可能である。取消訴訟と国家賠償訴訟は相互に排除する関係にない。


関連条文

  • 行政事件訴訟法9条1項: 取消訴訟の原告適格・訴えの利益
  • 行政事件訴訟法9条1項括弧書き: 処分の効果消滅後の訴えの利益
  • 建築基準法6条: 建築確認
  • 建築基準法9条1項: 違反建築物に対する是正命令

関連判例

  • 最判昭57.9.9: 建築確認と建物完成後の訴えの利益(本判例)
  • 最大判昭40.4.28: 訴えの利益に関するリーディングケース
  • 最判平27.3.3: 訴えの利益の消滅に関する近時の判例
  • 最大判平17.12.7(小田急高架訴訟): 原告適格の判断枠組み
  • 最判平4.1.24: 処分の撤回と訴えの利益

まとめ

最判昭57.9.9は、建築確認を受けた建物が完成した後でも、建築確認の取消しを求める訴えの利益は消滅しないとした重要判例である。

第一に、狭義の訴えの利益とは、取消判決によって回復すべき法律上の利益の存否の問題であり、行訴法9条1項括弧書きがその判断枠組みを定めている。

第二に、建物完成後も訴えの利益が肯定されるのは、建築確認の取消判決が是正命令(建築基準法9条1項)の発動の契機となりうるためである。取消判決は処分の違法性を確認するものであり、行政庁に対して是正のための再判断を促す機能を有する。

第三に、「回復すべき法律上の利益」は処分の直接的効果の回復に限られず、取消判決がもたらしうる法的効果を広く解するのが判例の傾向である。

第四に、訴えの利益の消滅の問題は、取消訴訟の訴訟要件に関する基本論点として試験対策上の重要性が高く、行訴法9条1項括弧書きの文言を正確に引用した上で、取消判決がもたらす法的効果を具体的に論じる力が求められる。

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