【判例】違法収集証拠排除法則(最判昭53.9.7)
違法収集証拠排除法則のリーディングケースである最判昭53.9.7を解説。排除法則の根拠、「重大な違法」と「排除の相当性」の二要件、学説の対立を詳しく分析します。
本記事の役割 — この記事は最判昭53.9.7という一つの判決に絞り、事案・判旨・射程を読み解く。
排除法則そのものの要件や毒樹の果実論を含む制度全体の見取り図は
違法収集証拠排除法則|証拠禁止の理論と判例にまとめている。
この判例のポイント
違法に収集された証拠であっても、その違法が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、かつ、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合に限り、証拠能力が否定されるとした判決。日本における違法収集証拠排除法則の基本的枠組みを初めて明示したリーディングケースである。
事案の概要
被告人は覚せい剤取締法違反の嫌疑で捜査の対象となった。事件の発端は、警察官が深夜に被告人を発見し職務質問を開始したことにある。被告人の挙動に不審な点があったことから、警察官は所持品の提示を求めたが、被告人はこれを拒否した。
そこで警察官は、被告人の承諾を得ることなく、その上衣の左内ポケットに手を差し入れ、中から覚せい剤の入ったビニール袋を取り出した。この覚せい剤の発見を契機として被告人は現行犯逮捕され、覚せい剤取締法違反で起訴された。
弁護人は、警察官による所持品検査は令状なくして行われた違法な捜索に該当すると主張し、それによって発見された覚せい剤には証拠能力がないとして争った。
第一審・控訴審ともに、所持品検査の違法性は認めつつも証拠能力は否定しなかった。弁護人が上告した。
争点
- 令状によらない所持品検査で得られた証拠物について、違法収集証拠として証拠能力を否定すべきか
- 仮に違法収集証拠の排除法則を認めるとして、その根拠と排除の要件はどのようなものか
判旨
最高裁は上告を棄却したが、違法収集証拠の排除法則について以下のとおり一般論を展開した。
証拠物の押収等の手続に、憲法35条及びこれを受けた刑訴法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるものと解すべきである
― 最高裁判所第一小法廷 昭和53年9月7日 昭和51年(あ)第865号
もっとも、本件の所持品検査については、職務質問の要件が存在し、覚せい剤所持の高度の蓋然性が認められる状況下で行われたものであることなどから、違法の程度は令状主義の精神を没却するほど重大なものとはいえないとして、証拠能力を肯定した。
ポイント解説
排除法則の二要件
本判決が定立した排除法則の枠組みは、以下の二要件から構成される。
- 第1要件(重大な違法): 証拠収集手続の違法が「令状主義の精神を没却するような重大なもの」であること
- 第2要件(排除の相当性): 当該証拠を許容することが「将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でない」こと
この二要件は累積的に充足される必要があるとされており、違法があるからといって直ちに証拠が排除されるわけではない。違法の程度が軽微であれば第1要件で排除されず、第1要件を充たしても将来の違法捜査抑制の観点から排除が相当でなければ第2要件で排除されない。
排除法則の根拠としての司法の廉潔性と将来の違法捜査抑制
本判決が排除法則の根拠として挙げたのは、主に将来における違法な捜査の抑制という目的である。これは、アメリカ合衆国連邦最高裁判所がWeeks判決(1914年)以来展開してきた抑止効果論(deterrent effect theory)の影響を受けたものと理解されている。
もっとも、判決文は「令状主義の精神を没却するような重大な違法」という表現を用いることで、司法の廉潔性(judicial integrity)の観点も暗に含んでいるとの分析がある。すなわち、裁判所が違法に収集された証拠を採用することは、裁判所自身が違法行為に加担することになり、司法手続の公正さを損なうという考え方である。
「重大な違法」の判断基準
第1要件の「重大な違法」の判断について、本判決は具体的な基準を明示していない。しかし、その後の判例の展開を踏まえると、以下の要素が考慮されるものと解される。
- 令状主義の潜脱の程度: 令状を取得すべき場面で意図的に令状を取得しなかった場合は重大性が高い
- 捜査官の主観的態様: 違法であることを認識しつつ敢えて行った場合は重大性が高い
- 権利侵害の程度: 身体・住居への侵入を伴う場合は重大性が高い
- 令状請求の容易性: 令状を容易に取得できたにもかかわらず取得しなかった場合は重大性が高い
本件での具体的判断
本判決は、結論としては証拠能力を肯定した。その理由として、職務質問の要件が存在し、覚せい剤の所持について相当高度の蓋然性が認められたこと、所持品検査の態様もポケットに手を入れるという比較的限定的なものであったことなどを挙げている。
この判断は、捜査の違法性自体は認めつつも、その違法の程度が排除に値するほど重大ではないとするものであり、排除法則が厳格に適用される場面を限定する姿勢を示したものと評価できる。
違法性の承継論と先行手続の違法
本判決の枠組みを実際の事案に適用する際に極めて重要となるのが、違法性の承継論である。これは、先行する捜査手続に違法がある場合に、その違法が後行する捜査手続にも承継されるかという問題である。
判例は、先行手続と後行手続が同一目的の一連の手続であり、後行手続による証拠の取得が先行手続の違法状態を直接利用してもたらされたという関係がある場合には、先行手続の違法を後行手続においても考慮して排除法則の適用を判断するという立場を採る。
たとえば、違法な逮捕(先行手続)の後に採尿手続(後行手続)が行われた場合、逮捕手続の違法が採尿手続にも承継され、採取された尿の鑑定書についても排除法則の適用が検討されることになる。最決平成15年2月14日はまさにこの枠組みを用いて証拠排除を認めた事例である。
排除法則と相対的排除説
本判決の排除法則の構造について、学説上は相対的排除説との関係が議論される。相対的排除説は、証拠収集手続に憲法違反がある場合には絶対的に証拠を排除するが、それ以外の法律違反にとどまる場合には、司法の廉潔性や将来の違法捜査抑止の観点から諸般の事情を利益衡量して排除の可否を判断すべきとする立場である。
本判決の二要件は、この相対的排除説の考え方を実質的に採用したものとも理解されるが、憲法違反と法律違反を区別していない点で、完全に相対的排除説と一致するわけではない。実務上は、違法の重大性の判断において憲法上の権利侵害の程度が大きな考慮要素となることで、相対的排除説に近い運用がなされている。
学説・議論
排除法則の理論的根拠をめぐる対立
違法収集証拠排除法則の根拠については、以下の学説が対立している。
- 司法の廉潔性説: 裁判所が違法収集証拠を採用すると、裁判所自身が違法行為を是認することになり、司法の廉潔性が損なわれる。したがって、司法手続の公正さを維持するために排除が要請される。この立場からは、違法の程度にかかわらず原則排除という方向に傾く
- 違法捜査抑制説(抑止効果説): 違法に収集された証拠を排除することで、捜査機関に対し適法な手続を遵守するインセンティブを与え、将来の違法捜査を抑止する。本判決が第2要件で「将来における違法な捜査の抑制の見地」を明示したことは、この立場に親和的である
- 適正手続説: 憲法31条の適正手続の保障を実効的にするためには、違法に収集された証拠の排除が不可欠である。手続の適正さそのものに価値を認める立場であり、抑止効果の有無にかかわらず排除を要請する
本判決は、違法捜査抑制説を主たる根拠としつつ、司法の廉潔性の観点も加味した折衷的な立場をとったと理解されている。学説においては、適正手続説を基礎とすべきとの見解が有力であり、判例の立場は排除の範囲を狭く解しすぎるとの批判がある。
排除範囲の広狭をめぐる議論
本判決が排除法則の適用を「重大な違法」がある場合に限定したことについて、以下のような議論がある。
- 限定説(判例の立場): 証拠排除は事件の真相解明を犠牲にするものであるから、その適用は重大な違法がある場合に限るべきである。軽微な手続違反にまで排除を認めると、実体的真実の発見という刑事訴訟の目的が阻害される
- 原則排除説: 違法な手続で得られた証拠は原則として排除すべきであり、例外的に排除しない場合を限定的に認めるべきである。この立場からは、判例の二要件は証拠排除のハードルを不当に高くしているとの批判が向けられる
毒樹の果実の法理の適用
本判決は毒樹の果実の法理(違法な捜査から派生的に得られた証拠の排除)については直接判断していないが、この問題は学説上重要な論点となっている。アメリカではWong Sun判決(1963年)により毒樹の果実の法理が認められているが、日本の判例は明確な立場を示していない。
学説では、違法収集証拠から派生した二次的証拠についても排除法則の適用を認めるべきとの見解が有力であるが、因果関係の希薄化・独立入手源の法理・不可避的発見の法理などの例外をどの程度認めるかについては議論が分かれている。
違法性の承継論と毒樹の果実論の関係
司法試験対策上も重要な論点として、違法性の承継論と毒樹の果実論の使い分けがある。両者はいずれも先行手続の違法が後行手続で得られた証拠の証拠能力に影響するかという問題を扱うが、その構造は異なる。
違法性の承継論は、先行する手続(たとえば違法な逮捕)の違法を後行する手続(たとえば採尿)に承継させたうえで、後行手続自体の証拠能力を排除法則の二要件で判断するものである。これに対して毒樹の果実論は、すでに排除法則により証拠能力が否定された第一次的証拠(毒樹)から派生的に得られた第二次的証拠(果実)の証拠能力を問題とするものである。
最決平成15年2月14日の事案では、違法な逮捕に続く採尿手続で得られた尿・鑑定書の証拠能力については違法性の承継論を用いて判断する一方、その鑑定書を疎明資料として取得された捜索差押許可状に基づく覚せい剤の押収については毒樹の果実論を用いて判断するという、両者の使い分けが示された。
川出説の位置づけ
学説上、川出敏裕教授は、先行手続の違法の影響を統一的に処理するため、違法性の承継論と毒樹の果実論を区別せず、先行手続の違法の程度、先行手続と証拠取得との因果関係の強さ、派生証拠の重要性等を総合考慮して排除の可否を判断すべきとする見解を提唱している。この見解は、答案構成をシンプルにできる利点があり、受験生の間でも支持を集めている。
判例の射程
排除法則が適用された判例
本判決は排除法則の一般的枠組みを示したものの、結論としては証拠能力を肯定した。その後の判例において実際に排除法則が適用されたケースとして、以下のものがある。
最決平成15年2月14日(覚せい剤使用事件)では、被告人の連行・留め置きの違法を前提として、その後に採取された尿の鑑定書の証拠能力が問題となった。最高裁は、被告人を長時間にわたって留め置き、その間に令状を取得して尿を採取した一連の手続について、令状主義の精神を没却する重大な違法があるとして証拠能力を否定した。
排除が否定された判例
一方、最判平成61年4月25日では、所持品検査の違法が認められたものの、その態様が被告人のバッグのチャックを開けて中を見たというものにとどまり、違法の程度は重大とまではいえないとして証拠能力が肯定されている。
GPS捜査判決との関係
最大判平成29年3月15日(GPS捜査事件)は、令状なくして行われたGPS端末の取付けが強制処分に該当し違法であると判断したが、証拠の排除については直接判断していない。もっとも、GPS捜査がプライバシーを大きく侵害する強制処分であることを認めた点で、GPS捜査によって得られた証拠に本判決の排除法則が適用される可能性は高いと考えられる。
反対意見・補足意見
本判決は全員一致の判決であり、個別意見は付されていない。もっとも、排除法則の適用範囲については、その後の判例において裁判官間で見解の相違が見られる。
特に、「重大な違法」の認定基準について、違法の程度をどこまで厳格に捉えるかは、個々の事案における裁判官の評価に委ねられている部分が大きい。この点は、排除法則の予測可能性を低下させるとの批判がある。
試験対策での位置づけ
違法収集証拠排除法則は、刑事訴訟法の論文試験において最も出題頻度の高い論点の一つである。司法試験・予備試験のいずれにおいても、証拠法分野の中核的テーマとして位置づけられている。
出題科目と分野: 刑事訴訟法の「証拠法」分野に属し、特に「証拠能力」の論点として出題される。捜査法分野の「強制処分と任意処分の区別」「令状主義」「所持品検査の限界」等の論点と組み合わせて出題されることが多い。
出題実績: 司法試験では平成18年、平成23年、平成27年、令和2年等に出題されている。予備試験でも令和5年等に出題実績がある。出題パターンとしては、違法な捜査の具体的事実関係が与えられ、そこから得られた証拠の証拠能力を論じさせるものが典型的である。
出題の際に問われるポイント: 単に排除法則の二要件を抽象的に論じるだけでは高い評価を得られない。あてはめの精度が合否を分ける。具体的には、捜査手続のどの部分が違法であるかを特定したうえで、その違法が「令状主義の精神を没却するような重大なもの」といえるかを具体的事実を摘示して論じることが求められる。また、先行手続の違法がある場合には違法性の承継論を用いて後行手続への影響を論じる必要がある。さらに、派生的証拠が問題となる場合には毒樹の果実論との使い分けも意識すべきである。
他の論点との関連: 自白法則(刑訴法319条1項)、伝聞法則(刑訴法320条1項)とともに証拠能力を制限する三大法理を構成する。答案では、これらの法理を正確に区別して論じることが重要である。
答案での使い方
基本的な論証パターン
違法収集証拠排除法則を答案で論じる際には、以下の論証パターンが基本となる。
まず、問題となる捜査手続の違法性を認定する。たとえば、令状なくして行われた捜索が強制処分に該当し違法であることを論じる。次に、その違法が証拠能力に影響するかを排除法則の枠組みで検討する。
論証例(規範部分):
「証拠物の押収等の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されると解すべきである(最判昭和53年9月7日)。」
先行手続の違法がある場合の論証パターン
先行する捜査手続の違法が問題となる場合には、違法性の承継論を用いる。
論証例:
「先行する捜査手続に違法がある場合、後行する捜査手続によって得られた証拠の証拠能力については、先行手続と後行手続が同一目的の一連の手続であり、後行手続による証拠の取得が先行手続の違法状態を直接利用してもたらされたと評価できるときは、先行手続の違法を後行手続にも承継させたうえで、排除法則の二要件を検討すべきである。」
あてはめの際の具体的視点
排除法則の第1要件(重大な違法)のあてはめでは、以下の事情を具体的に摘示する。
- 捜査官が令状を取得すべきことを認識していたか(主観的態様)
- 令状の取得が容易であったにもかかわらず取得しなかったか(令状請求の容易性)
- 権利侵害の態様が身体・住居への侵入を伴うものか(権利侵害の程度)
- 違法な捜査がなければ当該証拠を取得できなかったといえるか(因果関係の強度)
- 違法な捜査が組織的・意図的に行われたものか(違法の意図性)
排除法則の第2要件(排除の相当性)については、実務上は第1要件で重大な違法が認められれば通常は第2要件も充たされると理解されているが、答案上は形式的にでも触れることが望ましい。「本件の違法は令状主義を潜脱する意図に基づくものであり、かかる証拠を許容すれば将来の違法捜査を助長するおそれがあるから、排除が相当である」等のように記述する。
答案記述例(あてはめ部分)
「本件において、警察官は被告人宅に令状なくして立ち入り、室内を捜索して覚せい剤を発見している。被告人宅への立入りは住居の平穏を侵害するものであり、憲法35条が保障する住居の不可侵に対する重大な侵害である。また、警察官は被告人に対する覚せい剤所持の嫌疑を有していたのであるから、捜索差押許可状を請求することが十分に可能であったにもかかわらず、あえてこれを行わなかった。これらの事情に照らせば、本件捜索手続の違法は令状主義の精神を没却するような重大なものというべきである。そして、かかる証拠を許容することは、令状を取得することなく住居を捜索するという違法捜査を助長するおそれがあるから、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる。したがって、本件覚せい剤の証拠能力は否定されるべきである。」
重要概念の整理
排除法則の理論的根拠の比較
| 学説 | 内容 | 排除の範囲 | 判例との関係 |
|---|---|---|---|
| 司法の廉潔性説 | 裁判所が違法収集証拠を採用すると司法の廉潔性が損なわれる | 違法の程度を問わず原則排除の方向 | 第1要件の「令状主義の精神を没却する」という表現に表れている |
| 違法捜査抑制説 | 証拠排除により将来の違法捜査を抑止する | 抑止効果が期待できる場合に排除 | 第2要件の「将来における違法な捜査の抑制」に直接対応 |
| 適正手続説 | 憲法31条の適正手続の保障を実効化する | 手続の適正さ自体に価値を認め広く排除 | 判例は明示的に採用していないが学説上有力 |
| 相対的排除説 | 憲法違反は絶対排除、法律違反は利益衡量で判断 | 憲法違反か法律違反かで区別 | 判例の二要件と実質的に近い運用が可能 |
違法性の承継論と毒樹の果実論の比較
| 項目 | 違法性の承継論 | 毒樹の果実論 |
|---|---|---|
| 問題の構造 | 先行手続の違法を後行手続に承継させる | 排除された第一次的証拠から派生した第二次的証拠の排除 |
| 前提 | 第一次的証拠の排除は未確定の段階で検討 | 第一次的証拠の排除が確定した後に検討 |
| 適用場面 | 違法な逮捕後の採尿等、先行手続と後行手続が一連の過程にある場合 | 違法に取得した証拠を疎明資料として令状を取得した場合等 |
| 判断基準 | 同一目的・直接利用の関係があるかを検討し、排除法則の二要件で判断 | 第一次的証拠の違法の程度、第二次的証拠の重要性、両者の関連性の程度等を総合考慮 |
| 代表判例 | 最決平成15年2月14日(尿の鑑定書部分) | 最決平成15年2月14日(覚せい剤の押収部分) |
「重大な違法」の判断要素
| 判断要素 | 重大性を高める方向 | 重大性を低める方向 |
|---|---|---|
| 令状主義の潜脱 | 令状を取得すべき場面で意図的に不取得 | 令状なしでも許容される余地がある手続 |
| 捜査官の主観 | 違法を認識しつつ敢えて実行 | 適法と信じる合理的理由があった |
| 権利侵害の程度 | 住居侵入・身体拘束を伴う | ポケット内の確認等、限定的な態様 |
| 令状請求の容易性 | 容易に令状取得が可能であった | 緊急性があり令状取得が困難であった |
| 違法の組織性 | 組織的・反復的に行われた | 個別の判断ミスにとどまる |
発展的考察
現代的意義とデジタル捜査への応用
違法収集証拠排除法則は、昭和53年判決の時代には想定されていなかったデジタル捜査の分野においてその重要性を増している。スマートフォンの解析、電子メールの差押え、クラウドデータの取得など、デジタル証拠の収集においては、物理的な証拠収集とは異なるプライバシー侵害の態様と程度が問題となる。
最大判平成29年3月15日(GPS捜査事件)は、GPS端末を車両に取り付けて位置情報を継続的に取得する捜査が、個人のプライバシーを大きく侵害する強制処分に該当すると判断した。この判決は、デジタル技術を用いた捜査における令状主義の射程を拡大するものであり、GPS捜査によって得られた証拠に排除法則が適用される可能性を強く示唆するものである。
最判令和4年4月28日と排除法則の新展開
最判令和4年4月28日は、覚せい剤取締法違反の事案において、違法な捜査手続によって得られた証拠の証拠能力を検討した近時の重要判例である。同判決は、捜査手続の違法の有無と程度を詳細に検討し、排除法則の二要件に基づく判断枠組みが現在も維持されていることを確認した。現代においても昭和53年判決が定立した基本的枠組みが確固たる先例として機能していることを示すものである。
取調べの録音・録画制度との関係
平成28年の刑事訴訟法改正により導入された取調べの録音・録画制度(刑訴法301条の2)は、取調べ過程の可視化を通じて違法な取調べを防止することを目的としている。録音・録画義務に違反した取調べで得られた自白については、自白法則(刑訴法319条1項)のほか、違法収集証拠排除法則の適用も問題となりうる。義務違反の程度が重大であり、録音・録画義務の趣旨を没却するような場合には、排除法則による証拠排除の可能性がある。
国際的動向との比較
アメリカ合衆国では、Mapp v. Ohio判決(1961年)により排除法則が州にも適用されるようになったが、その後のUnited States v. Leon判決(1984年)では善意の例外(good faith exception)が認められ、排除法則の適用が緩和された。日本の判例は明示的に善意の例外を採用していないが、「重大な違法」の判断において捜査官の主観的態様を考慮することで、実質的に類似の機能を果たしているとの分析がある。
よくある質問
Q1: 違法収集証拠排除法則の根拠条文は何ですか。
排除法則の根拠条文について、明文の規定は存在しない。判例は憲法35条(令状主義)およびこれを受けた刑事訴訟法218条1項の趣旨から排除法則を導き出している。学説上は、憲法31条(適正手続の保障)を根拠とする見解も有力である。また、刑事訴訟法1条が「事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現する」と定めていることとの関係で、排除法則は真実発見と適正手続のバランスの上に成り立つ法理であると理解されている。
Q2: 第1要件(重大な違法)と第2要件(排除の相当性)は別々に検討する必要がありますか。
理論上は二つの要件は別個の要件であり、それぞれ独立して検討する必要がある。しかし、実務上は第1要件で重大な違法が認められれば、通常は第2要件も充たされると考えられている。これは、令状主義の精神を没却するような重大な違法がある場合には、その証拠を許容すれば将来の違法捜査を助長することになると考えるのが自然だからである。もっとも、答案上は両要件についてそれぞれあてはめを行うことが求められる。第2要件について全く触れないと減点の対象となりうるため注意が必要である。
Q3: 違法収集証拠排除法則は民事訴訟にも適用されますか。
刑事訴訟における排除法則がそのまま民事訴訟に適用されるわけではない。民事訴訟においては、証拠能力に関する制限が原則として存在せず、自由心証主義(民訴法247条)のもとで広く証拠が採用される。ただし、著しく反社会的な手段で収集された証拠については、民事訴訟においてもその証拠能力が否定される場合があるとされている(東京高判平成28年5月19日等)。この場合の判断基準は刑事訴訟における排除法則とは異なるが、社会的相当性を逸脱した方法で収集された証拠の排除という点では共通する発想がある。
Q4: 排除法則により証拠能力が否定された場合、その事件はどうなりますか。
排除法則により重要な証拠の証拠能力が否定された場合、当該証拠を事実認定の基礎とすることができなくなる。覚せい剤事件で覚せい剤そのものの証拠能力が否定されれば、所持の事実を立証する証拠が失われるため、無罪判決に至る可能性がある。もっとも、排除された証拠以外に十分な証拠が存在する場合には、なお有罪認定が可能である。また、排除法則は証拠禁止の法理であって、捜査自体を無効にするものではないため、適法な手段で改めて証拠を収集することは妨げられない。
Q5: 私人が違法に収集した証拠にも排除法則は適用されますか。
排除法則は主として国家機関(捜査機関)による違法な証拠収集を対象とするものであり、私人による証拠収集には直接適用されないとするのが通説的理解である。排除法則の根拠が令状主義の実効性確保や違法捜査の抑止にあることからすれば、私人の行為にはこれらの根拠が直接妥当しないからである。ただし、私人が捜査機関の指示・依頼を受けて証拠を収集した場合には、実質的に捜査機関による収集と評価できるため、排除法則の適用が問題となりうる。
関連条文
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
― 日本国憲法 第35条第1項
検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、記録命令付差押え、捜索又は検証をすることができる。
― 刑事訴訟法 第218条第1項
関連判例
試験に出るポイント
- 短答式: 排除法則の二要件(「令状主義の精神を没却するような重大な違法」+「将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でない」)の正確な文言が択一問題で問われる。特に「没却」「相当でない」等のキーワードの正誤判定が頻出である
- 短答式: 排除法則の理論的根拠(違法捜査抑制説・司法の廉潔性説・適正手続説)の内容と帰結の違いが問われる。各学説からの排除範囲の広狭の対比が出題される
- 論文式: 捜査手続の違法性を認定したうえで排除法則の二要件を具体的事実に即してあてはめさせる出題が典型的である。「重大な違法」の認定にあたり、令状請求の容易性・捜査官の主観的態様・権利侵害の程度を事実から拾い出す力が求められる
- 論文式: 先行手続(違法な逮捕・留め置き等)の違法が後行手続(採尿・捜索差押え等)で得られた証拠に及ぶか、違法性の承継論と毒樹の果実論の使い分けが問われる。最決平成15年2月14日との対比が重要
- 論文式: 自白法則・伝聞法則との適用関係の整理が求められる。違法な取調べで得られた自白について、自白法則(319条1項)と排除法則のいずれを適用すべきかを正確に書き分ける出題がある
覚えるべき要点
キーフレーズ
- 「令状主義の精神を没却するような重大な違法」
- 「将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でない」
- 「証拠物の押収等の手続に…重大な違法があり、これを証拠として許容することが…相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定される」
- 「同一目的の一連の手続」「違法状態を直接利用してもたらされた」(違法性の承継論の定式)
数字・日付
- 判決日: 昭和53年9月7日(1978年9月7日)
- 事件番号: 昭和51年(あ)第865号
- 法廷: 最高裁判所第一小法廷
- 関連条文: 憲法35条、刑事訴訟法1条、218条1項、317条
- 関連判例: 最決平成15年2月14日(証拠排除を認めた事例)、最大判平成29年3月15日(GPS捜査事件)
対比表
| 項目 | 違法収集証拠排除法則 | 自白法則 | 伝聞法則 |
|---|---|---|---|
| 対象 | 物的証拠・供述証拠全般 | 自白(供述証拠) | 公判廷外の供述 |
| 根拠 | 令状主義の実効性確保・将来の違法捜査抑制 | 虚偽排除・人権擁護 | 反対尋問権の保障 |
| 判断基準 | 重大な違法+排除の相当性 | 任意性の総合判断 | 要証事実との関係で伝聞該当性を判断 |
| 根拠条文 | 明文なし(憲法35条から解釈) | 憲法38条2項、刑訴法319条1項 | 刑訴法320条1項 |
論証への活かし方
規範の明示
答案で引用すべき規範(原文ママ):
「証拠物の押収等の手続に、憲法35条及びこれを受けた刑訴法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるものと解すべきである」(最判昭和53年9月7日)
論文での引用例
「本件捜査手続の違法が証拠能力に影響するか検討する。証拠物の押収等の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合には、その証拠能力は否定される(最判昭53.9.7)。以下、この二要件について検討する。」
あてはめのコツ
- 令状請求の容易性を検討する: 問題文の事実関係から、捜査官が令状を容易に取得できたにもかかわらず取得しなかった事情を拾い出す。「被疑者に対する嫌疑が存在していた」「事前に準備する時間的余裕があった」等の事実は重大な違法を基礎づける方向に働く
- 捜査官の主観的態様を評価する: 違法であることを認識しつつ敢えて行った場合は重大性が高まる。「令状を取得すべきことを知りながら」「意図的に令状なく」等の事実を見逃さない
- 権利侵害の態様と程度を具体的に指摘する: 住居への侵入、身体への侵襲、プライバシーの侵害など、侵害される権利の種類と程度を具体的に摘示する。「被告人の住居に令状なく立ち入った」は「ポケットに手を入れた」より重大性が高い
- 第2要件は形式的にでも触れる: 実務上は第1要件で重大な違法が認められれば第2要件も通常充たされるが、答案では「かかる証拠を許容すれば将来の違法捜査を助長するおそれがある」等と必ず一言触れる
まとめ
最判昭和53年9月7日は、日本における違法収集証拠排除法則の基本的枠組みを確立した判例である。排除法則の適用には、証拠収集手続の違法が令状主義の精神を没却するような重大なものであること、および当該証拠の許容が将来の違法捜査抑制の観点から相当でないことの二要件が求められる。排除法則の根拠については、違法捜査抑制説を中心としつつ司法の廉潔性も加味した折衷的立場と理解されるが、学説からは適正手続説を基礎とすべきとの批判もある。本判決の枠組みはその後の判例において繰り返し引用され、証拠法の根幹をなす法理として定着している。
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