違法収集証拠排除法則の射程
違法収集証拠排除法則の射程を体系的に解説。排除の判断基準、毒樹の果実論、派生証拠の排除、違法の程度と排除の関係を整理します。
この記事のポイント
- 違法収集証拠排除法則は、違法な手続により収集された証拠の証拠能力を否定する法理である
- 最判昭53.9.7は、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠として許容することが将来の違法捜査抑止の見地から相当でない場合に排除するとの基準を示した
- 「毒樹の果実」論は、直接の違法収集証拠のみならず、それから派生して得られた証拠にも排除の効果が及ぶかという問題である
- 排除の範囲は、違法の重大性と排除の相当性の二要件により画される
違法収集証拠排除法則の意義
排除法則とは
違法収集証拠排除法則とは、違法な手続により収集された証拠の証拠能力を否定する法理をいう。刑事訴訟法には明文の規定がなく、判例法理として確立されたものである。
排除法則の根拠
排除法則の根拠については、以下の見解が主張されている。
根拠 内容 適正手続の保障 憲法31条の適正手続の保障から、違法に収集された証拠を用いることは許されない 司法の廉潔性(integrity) 裁判所が違法な手続により得られた証拠を採用することは、司法の廉潔性を害する 将来の違法捜査の抑止 違法な手続により得られた証拠を排除することで、捜査機関の将来の違法捜査を抑止する 被侵害権利の救済 違法捜査により侵害された被告人の権利を事後的に救済する排除の判断基準
最判昭53.9.7
最高裁は、違法収集証拠排除法則について以下の判断基準を示した。
判旨
「証拠物の押収等の手続に、憲法35条及びこれを受けた刑訴法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるものと解すべきである。」
二要件
要件 内容 違法の重大性 令状主義の精神を没却するような重大な違法があること 排除の相当性 証拠として許容することが、将来の違法捜査抑止の見地から相当でないこと違法の重大性の判断要素
違法の重大性は、以下の要素を総合して判断される。
- 違反した規範の重要性: 令状主義など憲法上の要請に違反する場合は重大性が高い
- 違反の程度: 手続的瑕疵が軽微か重大か
- 捜査官の主観的態度: 故意の違法か過失による違法か、違法の認識があったか
- 違法行為の必要性: やむを得ない事情があったか
- 代替手段の有無: 適法な手段によっても同一の証拠を収集できたか
排除の相当性の判断要素
- 事案の重大性: 重大事件であるほど、証拠を排除することの不利益が大きい
- 証拠の重要性: 当該証拠が有罪立証に不可欠であるか
- 捜査機関の態度: 違法行為が組織的か偶発的か
- 抑止効果: 排除することで将来の違法捜査を抑止する効果が期待できるか
排除法則の適用例
証拠能力が否定された事例
事案 違法の内容 結論 最判昭53.9.7 職務質問の際の令状なき所持品検査(ポケットに手を差し入れて覚せい剤を発見) 証拠能力を肯定(違法はあるが重大とまではいえない) 最判平15.2.14 違法な逮捕に引き続く取調べにおける自白 排除法則の適用を示唆 大阪高判平5.8.10 令状の範囲を大幅に逸脱した捜索差押え 証拠能力を否定証拠能力が肯定された事例
- 最判昭61.4.25: 違法な所持品検査で発見された覚せい剤について、違法の程度が令状主義の精神を没却するほどではないとして証拠能力を肯定
- 最決平6.9.16: 令状執行の手続に瑕疵があったが、実質的に令状主義の趣旨に反しないとして証拠能力を肯定
「毒樹の果実」論
毒樹の果実論とは
毒樹の果実論(fruit of the poisonous tree doctrine) とは、違法な手続(毒樹)により直接得られた証拠のみならず、そこから派生して得られた証拠(果実) についても証拠能力を否定するという法理である。
問題の構造
違法な捜査(毒樹)
↓
直接の違法収集証拠 → 証拠能力否定(排除法則)
↓
派生証拠(果実) → 証拠能力否定?(毒樹の果実論)
日本における議論
立場 内容 毒樹の果実論肯定説 違法な手続から派生した証拠にも排除の効果が及ぶ。違法捜査の抑止効果を徹底する 毒樹の果実論否定説 派生証拠まで排除すると真実発見が著しく阻害される。排除は直接の違法収集証拠に限るべき 折衷説(判例) 派生証拠の排除は一律には認められないが、違法の重大性や因果関係の希薄化等を考慮して個別に判断する最判平15.2.14
違法な逮捕に基づいて行われた取調べにより得られた自白(派生証拠)について、最高裁は以下のとおり判示した。
- 違法な逮捕と密接に関連する証拠については、違法の重大性と排除の相当性の観点から証拠能力を判断する
- 逮捕手続の違法が令状主義の精神を没却するような重大なものである場合には、その後の取調べにおける自白の証拠能力も否定され得る
派生証拠の排除に関する理論
因果関係の希薄化(attenuation)
違法な手続と派生証拠の間の因果関係が希薄化している場合には、派生証拠の証拠能力は否定されない。
因果関係の希薄化の判断要素:
- 時間的隔たり: 違法行為から派生証拠の取得までの時間が長いほど因果関係は希薄化する
- 介在事情: 違法行為と派生証拠の間に独立した事情が介在する場合
- 被告人の自発的行為: 被告人が自発的に供述した場合等
独立入手源の法理(independent source doctrine)
違法な手続とは独立した情報源により同一の証拠を適法に取得できた場合には、その証拠の証拠能力は否定されない。
不可避的発見の法理(inevitable discovery doctrine)
違法な手続がなくても、適法な手続の進行により不可避的に同一の証拠が発見されたであろう場合には、証拠能力は否定されない。
法理 内容 日本での採用 因果関係の希薄化 時間的隔たりや介在事情により因果関係が薄れた場合 判例上考慮される 独立入手源の法理 違法な手続と独立した経路で証拠を取得した場合 判例上考慮される 不可避的発見の法理 適法な手続でも不可避的に発見されたであろう場合 明確な採用例はないが学説上議論あり違法の承継
先行手続の違法と後行手続
先行する手続に違法がある場合、後行する手続で得られた証拠にも違法の影響が及ぶかという問題を違法の承継という。
具体例
- 違法な職務質問→逮捕→取調べ→自白: 職務質問の違法が自白の証拠能力に影響するか
- 違法な所持品検査→逮捕→尿の任意提出→鑑定結果: 所持品検査の違法が鑑定結果の証拠能力に影響するか
- 違法な逮捕→勾留→取調べ→自白: 逮捕の違法が自白の証拠能力に影響するか
判断の枠組み
判例は、先行手続の違法と後行手続で得られた証拠との関連性を総合的に判断している。
- 違法行為と証拠収集行為の密接関連性: 両者が密接に関連している場合には、違法の影響が及ぶ
- 違法の重大性: 先行手続の違法が重大であるほど、後行手続への影響が認められやすい
- 手続の断絶: 先行手続と後行手続の間に手続的な断絶がある場合には、違法の影響は遮断され得る
試験対策での位置づけ
違法収集証拠排除法則は、刑事訴訟法の証拠法分野における最重要テーマの一つであり、論文式試験で非常に頻繁に出題される。
- 短答式試験: 排除法則の根拠、最判昭53.9.7の二要件(違法の重大性・排除の相当性)が出題される
- 論文式試験: 捜査の適法性→違法がある場合の証拠能力の検討という流れで出題される。毒樹の果実論は応用問題として出題される
- 出題パターン: 違法な職務質問・所持品検査→覚せい剤の発見→尿検査→鑑定結果、という一連の流れの中で排除法則を論じさせる問題が典型
答案のポイント
- 最判昭53.9.7の二要件(違法の重大性・排除の相当性)を正確に示す
- 違法の重大性の判断では、具体的事実を丁寧に評価する
- 派生証拠の問題では、密接関連性や因果関係の希薄化を意識する
関連判例
- 最判昭53.9.7: 違法収集証拠排除法則の基本判例
- 最判平15.2.14: 違法な逮捕に基づく取調べと自白の証拠能力
- 最判昭61.4.25: 所持品検査の違法と証拠能力
- 最決平6.9.16: 令状執行の瑕疵と証拠能力
- 最決平21.9.28: GPS捜査に関連する違法収集証拠の問題
まとめ
違法収集証拠排除法則は、違法な手続により収集された証拠の証拠能力を否定する判例法理であり、最判昭53.9.7が示した違法の重大性と排除の相当性の二要件が判断基準となる。
「毒樹の果実」論は、直接の違法収集証拠から派生した証拠にも排除の効果が及ぶかという問題であり、判例は一律の排除ではなく、違法の重大性・密接関連性・因果関係の希薄化等を総合的に考慮して判断している。
独立入手源の法理や不可避的発見の法理も議論されているが、日本の判例における採用は限定的である。違法の承継の問題を含め、排除法則の射程を正確に理解し、具体的事案に即して適切に論じることが求められる。