【判例】大和銀行事件(大阪地判平12.9.20)
大和銀行事件(大阪地判平12.9.20)を詳解。取締役の内部統制システム構築義務、監視義務の内容と範囲、リスク管理体制の整備義務を分析します。
この判例のポイント
取締役は、会社の業務執行が適正に行われるよう、リスク管理体制を含む内部統制システムを構築すべき義務を負うとした判決。大和銀行ニューヨーク支店における巨額損失事件を契機として、取締役の内部統制構築義務の存在を初めて正面から認めた画期的な裁判例であり、その後の会社法362条4項6号の立法にも大きな影響を与えた。
事案の概要
大和銀行のニューヨーク支店に勤務していた行員Aは、米国財務省証券の取引担当者であったが、約11年間にわたり、無断取引による損失を隠蔽し続けた。その結果、大和銀行は総額約11億ドル(約1,100億円)もの損失を被った。
Aは、自らの取引記録を改ざんし、外部からの確認書類を偽造するなどして損失を隠蔽していた。この不正が可能であった背景には、取引の執行(フロントオフィス)と管理・記録(バックオフィス)の分離が不十分であったことがあった。
大和銀行の株主らは、代表取締役および取締役ら(以下「Y」)に対し、内部統制システムの構築を怠ったことが善管注意義務違反に当たるとして、会社法423条1項(旧商法266条1項5号)に基づく株主代表訴訟を提起した。
さらに、損失発覚後の対応についても、米国連邦準備制度理事会(FRB)への報告の遅延等が問題とされた。
争点
- 取締役は内部統制システムを構築すべき法的義務を負うか
- 内部統制システム構築義務の具体的内容はいかなるものか
- 内部統制システムの不備と損害との間に因果関係が認められるか
- 損失発覚後の対応における取締役の注意義務違反の有無
判旨
大阪地裁は、取締役の内部統制構築義務を正面から認め、一部の取締役の責任を肯定した。
健全な会社経営を行うためには、目的とする事業の種類、性質等に応じて生じる各種のリスクを的確に把握し、そのリスクに対応した適切なリスク管理体制(いわゆる内部統制システム)を構築し、それを機能させることが必要であり、(中略)取締役は、このような内部統制システムの構築を義務付けられている
― 大阪地方裁判所 平成12年9月20日 平成7年(ワ)第7397号
判決は、以下の点を指摘した。
第一に、取締役には会社の事業の種類・性質に応じたリスク管理体制を構築する義務がある。銀行業においては、有価証券取引に伴うリスクは重大であり、フロントオフィスとバックオフィスの分離等の適切な内部管理体制を構築することが不可欠である。
第二に、代表取締役および業務担当取締役は、内部統制システムの構築・整備について直接的な責任を負う。その他の取締役も、取締役会の構成員として、内部統制システムが適切に構築・運用されているかを監視する義務を負う。
第三に、損失発覚後、米国当局への適時適切な報告を怠ったことについても、善管注意義務違反が認められた。
ポイント解説
内部統制システム構築義務の意義
内部統制システムとは、会社の業務の適正を確保するための体制をいう。具体的には、(1)法令遵守体制(コンプライアンス体制)、(2)リスク管理体制、(3)情報管理体制、(4)業務の効率性確保体制等が含まれる。
本判決は、取締役の善管注意義務の内容として、会社の事業規模・業種に応じた適切な内部統制システムを構築すべき義務が含まれることを明確にした。これは、個々の業務執行の判断の当否ではなく、業務執行が適正に行われるための組織的な仕組みの整備に関する義務である。
取締役の役割に応じた義務の差異
本判決は、取締役の役割に応じて義務の内容に差異があることを示した。
| 取締役の類型 | 義務の内容 |
|---|---|
| 代表取締役 | 内部統制システムの構築・整備について直接的・主導的な責任を負う |
| 業務担当取締役 | 担当業務の範囲内で内部統制システムの構築・運用に責任を負う |
| 非業務執行取締役 | 取締役会の構成員として、内部統制システムの整備状況を監視する義務を負う |
フロントオフィスとバックオフィスの分離
本件で特に問題とされたのは、有価証券取引の執行部門(フロントオフィス)と管理・記録部門(バックオフィス)の分離が不十分であったことである。行員Aは取引の執行と記録の両方を担当しており、不正を自ら隠蔽することが可能であった。このような職務分掌の不備は、内部統制システムの重大な欠陥に当たるとされた。
会社法への影響
本判決は、平成17年会社法制定時に、362条4項6号(大会社の取締役会による内部統制システムの整備に関する決定の義務づけ)が規定される契機の一つとなった。同条は、「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」を取締役会の決定事項とした。
学説・議論
内部統制構築義務の法的根拠
内部統制構築義務の法的根拠については、以下の理解がある。
善管注意義務説は、内部統制構築義務は善管注意義務(会社法330条・民法644条)の一内容であるとする。本判決はこの立場に立つものと理解されている。取締役は会社経営の専門家として、事業に伴うリスクを管理する体制を構築すべき義務を当然に負うとする。
法定義務説は、会社法362条4項6号が明文で内部統制システムの整備に関する決定を義務づけている以上、これは法定の義務であるとする。もっとも、同条は内部統制システムの「決定」を義務づけるにとどまり、具体的な内容は取締役会の裁量に委ねられている。
内部統制構築義務と経営判断原則の関係
内部統制システムの具体的内容の決定には、取締役の経営判断としての裁量が認められる。すなわち、いかなるリスク管理体制を構築するかについては、会社の事業規模、業種、経営環境等に応じて多様な選択肢がありうるのであり、その選択については経営判断原則の適用がある。
もっとも、内部統制システムを全く構築しないことは、善管注意義務に違反すると解されている。経営判断原則による免責が認められるのは、あくまで内部統制システムの具体的内容の選択についてであり、構築義務そのものを免れるものではない。
監視義務との関係
本判決は、取締役の監視義務と内部統制構築義務の関係についても重要な示唆を与えた。従来、取締役の監視義務は、他の取締役の業務執行を直接的に監視する義務として理解されていたが、本判決は、内部統制システムの構築・運用を通じた組織的な監視の重要性を示した。
判例の射程
銀行以外の業種への適用
本判決は銀行業における内部統制構築義務を扱ったものであるが、その射程はこれに限られない。あらゆる業種の会社において、その事業の種類・性質に応じた内部統制システムの構築が求められる。もっとも、銀行業のように高度なリスク管理が求められる業種と、比較的リスクの低い業種とでは、要求される内部統制の水準に差異がある。
子会社管理への展開
会社法362条4項6号は、「当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要な体制」の整備をも求めている。本判決の射程は、親会社取締役の子会社管理義務にも及ぶものと解されている。
情報セキュリティ・コンプライアンスへの拡張
内部統制構築義務の内容は、時代とともに拡張されている。近年では、情報セキュリティ体制の整備、個人情報保護体制の構築、ハラスメント防止体制の整備等も内部統制システムの一内容として求められるようになっている。
反対意見・補足意見
本判決は地方裁判所の判決であり、反対意見等は付されていない。
本件は最終的に和解により終結したため、上級審の判断は示されていない。しかし、本判決の示した内部統制構築義務の法理は、その後の裁判例や学説において広く受け入れられ、会社法の立法にも反映された。
試験対策での位置づけ
大和銀行事件は、司法試験・予備試験の会社法分野において内部統制構築義務の最重要判例として位置づけられている。
出題パターンとしては、(1)取締役の内部統制構築義務の根拠・内容を正面から問うもの、(2)不祥事が発生した場合の取締役の責任(内部統制構築義務違反と個別の監視義務違反の使い分け)を問うもの、(3)経営判断原則との関係を問うもの、が主要な出題類型である。
特に、従業員の不正行為により会社に損害が生じた場合に、取締役が責任を負うかという出題パターンは頻出であり、内部統制構築義務の理解が不可欠である。
答案での使い方
論証パターン
取締役は、会社に対して善管注意義務を負う(会社法330条、民法644条)。この善管注意義務の内容として、取締役は、会社の事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制を含む内部統制システムを構築すべき義務を負う(大和銀行事件・大阪地判平12.9.20参照)。
大会社においては、取締役会は「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要な体制」の整備について決定しなければならない(会社法362条4項6号)。
内部統制システムの具体的内容の決定については取締役の裁量が認められるが、内部統制システムを全く構築しないことは善管注意義務に違反する。
答案記述例
「本件では、Y社の従業員Aが長期間にわたり不正行為を行い、Y社に多額の損害を生じさせている。Y社の取締役が善管注意義務に違反するかが問題となる。取締役は、善管注意義務の内容として、会社の事業の種類・性質に応じた内部統制システムを構築する義務を負う。Y社においては、Aの業務に対する適切な監視体制が構築されておらず、職務の分掌も不十分であった。このような内部統制の不備は、Y社の事業規模・リスクの性質に照らして著しく不十分であり、取締役の善管注意義務に違反すると解される。」
試験に出るポイント
- 内部統制構築義務は善管注意義務の一内容: 会社法330条・民法644条を根拠とする
- 会社法362条4項6号: 大会社の取締役会は内部統制システムの整備を決定する義務がある
- 具体的内容には裁量がある: 経営判断原則の適用あり。ただし全く構築しないことは義務違反
- 取締役の類型による義務の差異: 代表取締役は直接的責任、非業務執行取締役は監視義務
- 不祥事発生時の検討順序: まず内部統制構築義務違反を検討し、次に個別の監視義務違反を検討
覚えるべき要点
- 内部統制システムとは、会社の業務の適正を確保するための体制(法令遵守体制、リスク管理体制等)をいう
- 取締役は善管注意義務として内部統制システムを構築する義務を負う
- 会社法362条4項6号は大会社の取締役会に内部統制システム整備の決定を義務づける
- 内部統制の具体的内容には裁量があるが、全く構築しないことは義務違反
- 代表取締役と非業務執行取締役では義務の具体的内容が異なる
論証への活かし方
基本構造
問題提起(従業員の不正等により損害が発生した場合の取締役の責任)→ 規範定立(内部統制構築義務の提示)→ 当該会社に要求される内部統制の水準の検討 → 実際の内部統制体制の不備の認定 → 因果関係の検討 → 結論
関連論点との接続
- 経営判断原則: 内部統制の具体的内容の選択には裁量があるが、全く構築しないことは免責されない
- 監視義務: 内部統制が構築されている場合、その運用が適切かを監視する義務が問題となる
- 423条1項の損害賠償責任: 内部統制構築義務違反が認められた場合の効果
重要概念の整理
内部統制システムの構成要素
| 構成要素 | 内容 | 本件との関係 |
|---|---|---|
| 法令遵守体制 | 法令違反を防止する体制 | 米国法令への対応不備 |
| リスク管理体制 | 事業リスクの把握・管理体制 | 有価証券取引のリスク管理不備 |
| 情報管理体制 | 情報の収集・伝達・保存体制 | 損失情報の経営陣への伝達不備 |
| 職務分掌体制 | 業務の適切な分担・相互牽制 | フロント・バック分離の不備 |
内部統制構築義務と監視義務の関係
| 項目 | 内部統制構築義務 | 個別的監視義務 |
|---|---|---|
| 義務の対象 | 組織的な仕組みの整備 | 他の取締役・従業員の具体的行為 |
| 義務の性質 | 組織設計上の義務 | 個別の業務執行に対する監視 |
| 判断の余地 | 裁量あり(経営判断原則の適用) | 不正の徴候を看過することは許されない |
| 責任の発生場面 | 体制が著しく不十分な場合 | 具体的な不正を知り得たのに放置した場合 |
よくある質問
Q1: 内部統制構築義務は大会社以外の会社にも適用されますか。
会社法362条4項6号は大会社の取締役会に内部統制システム整備の決定を義務づけているが、善管注意義務に基づく内部統制構築義務は会社の規模にかかわらず認められる。もっとも、要求される内部統制の水準は会社の規模・業種に応じて異なり、小規模会社においては大会社ほど精緻な体制は要求されない。
Q2: 内部統制システムが構築されていたにもかかわらず不祥事が発生した場合、取締役は責任を負いますか。
適切な内部統制システムが構築・運用されていた場合、従業員の不正行為により損害が発生しても、原則として取締役の責任は否定される。内部統制構築義務は結果を保証するものではなく、通常想定される不正行為を防止・発見するための相当な体制を構築・運用すれば足りる。
Q3: 本判決と経営判断原則の関係はどのようなものですか。
内部統制システムの具体的内容の決定は経営判断の一つであり、取締役の裁量が認められる。しかし、内部統制システムを全く構築しないことは裁量の範囲を超え、善管注意義務に違反する。また、事業の性質上当然に必要とされる管理体制(本件ではフロント・バックの分離等)を設けなかったことは、裁量の逸脱として義務違反が認められる。
Q4: 大和銀行事件は最高裁判例ではありませんが、試験で引用してよいですか。
大和銀行事件は大阪地裁の判決であるが、内部統制構築義務に関するリーディングケースとして確立した地位を占めている。答案では「大和銀行事件(大阪地判平12.9.20)参照」として引用することが許容される。もっとも、最高裁判例ではないため、「判例」ではなく「裁判例」と表現するのが正確である。
関連条文
取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。(中略)六 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
― 会社法 第362条4項6号
株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
― 会社法 第330条
取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人がその任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
― 会社法 第423条1項
関連判例
- アパマンショップ事件 - 経営判断原則に関する最高裁判例
- 蛇の目ミシン事件 - 取締役の第三者責任に関する重要判例
- 取締役の対第三者責任429条 - 取締役の責任に関する基本判例
まとめ
大和銀行事件(大阪地判平12.9.20)は、取締役の内部統制システム構築義務を正面から認めた画期的な裁判例である。本判決は、取締役が善管注意義務の内容として、会社の事業の種類・性質に応じたリスク管理体制を含む内部統制システムを構築すべき義務を負うことを明確にした。内部統制システムの具体的内容の決定には取締役の裁量が認められるが、全く構築しないことは善管注意義務に違反する。本判決の法理は、会社法362条4項6号の立法にも反映され、現行法の下での内部統制構築義務の理解の基礎となっている。試験対策としては、内部統制構築義務の根拠・内容・裁量の範囲、経営判断原則との関係、監視義務との区別を正確に理解しておくことが重要である。
科目を選び、肢別演習で知識を確かめられます。