第1条過去問 18
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
この条文の過去問 18問
憲法第88条前段は、全て皇室財産は国に属すると規定しており、この「皇室財産」とは天皇及び皇族の財産を意味しているため、天皇及び皇族が私有財産を保有することは認められない。
解説
本肢は誤り。憲法88条前段は「すべて皇室財産は、国に属する」と規定する。もっとも、この規定は、明治憲法下で皇室が保有していた御料林等の膨大な世襲財産を、日本国憲法の施行に際して国有に帰属させ、皇室が独自の経済的基盤を有することによって政治的影響力を行使する事態を防止する趣旨のものである。すなわち、ここにいう「皇室財産」とは、皇室の世襲財産としての性格を有する財産を指すのであって、天皇及び皇族が私人として保有する一切の財産までも国有化し、その私有財産の保有そのものを禁ずる趣旨ではない。加えて、天皇は日本国の象徴たる地位にある(憲法1条)とはいえ、一個人として日常の生活を営むことに変わりはなく、その地位にふさわしい生活を支える衣食住の用具等、およそ生活に必要な純然たる私的財産にまで国有化が及ぶことは想定されていない。このことは、憲法8条が皇室による財産の譲受け及び賜与を国会の議決にかからしめていることからも裏付けられる。同条は、皇室に帰属する私有財産が存在し得ることを当然の前提として、その増減を国会の統制に服させる規定だからである。また、皇室経済法は、天皇及び内廷にある皇族の日常の費用等に充てるものとして内廷費を計上し、これを御手元金として宮内庁の経理に属する公金としない旨を定め、皇族費についても同様の定めを置いている。これらは、天皇及び皇族が私有財産を保有し得ることを法律上明らかにするものである。したがって、憲法88条前段を根拠として天皇及び皇族の私有財産の保有が一切認められないとする点は誤りである。よって本肢は誤りである。
憲法第88条前段は、全て皇室財産は国に属すると規定しており、この「皇室財産」とは天皇及び皇族の財産を意味しているため、天皇及び皇族が私有財産を保有することは認められない。
解説
本肢は誤り。憲法88条前段は「すべて皇室財産は、国に属する」と規定する。もっとも、この規定は、明治憲法下で皇室が保有していた御料林等の膨大な世襲財産を、日本国憲法の施行に際して国有に帰属させ、皇室が独自の経済的基盤を有することによって政治的影響力を行使する事態を防止する趣旨のものである。すなわち、ここにいう「皇室財産」とは、皇室の世襲財産としての性格を有する財産を指すのであって、天皇及び皇族が私人として保有する一切の財産までも国有化し、その私有財産の保有そのものを禁ずる趣旨ではない。加えて、天皇は日本国の象徴たる地位にある(憲法1条)とはいえ、一個人として日常の生活を営むことに変わりはなく、その地位にふさわしい生活を支える衣食住の用具等、およそ生活に必要な純然たる私的財産にまで国有化が及ぶことは想定されていない。このことは、憲法8条が皇室による財産の譲受け及び賜与を国会の議決にかからしめていることからも裏付けられる。同条は、皇室に帰属する私有財産が存在し得ることを当然の前提として、その増減を国会の統制に服させる規定だからである。また、皇室経済法は、天皇及び内廷にある皇族の日常の費用等に充てるものとして内廷費を計上し、これを御手元金として宮内庁の経理に属する公金としない旨を定め、皇族費についても同様の定めを置いている。これらは、天皇及び皇族が私有財産を保有し得ることを法律上明らかにするものである。したがって、憲法88条前段を根拠として天皇及び皇族の私有財産の保有が一切認められないとする点は誤りである。よって本肢は誤りである。
多数の者が多様な仕事をしている普通地方公共団体の管理職選考において、その職務の性質にかかわらず、日本国籍を有しないことを理由に受験を認めないとする措置は、その合理的根拠を見いだすことができないから、憲法第14条に由来し、国籍を理由として差別することを禁じた労働基準法第3条の規定に反する違法な措置というべきである。
解説
本肢は誤り。東京都管理職選考受験資格確認等請求事件(最大判平成17年1月26日)は、本肢と正反対の結論を採っている。
判例は、地方公務員のうち、住民の権利義務を直接形成しその範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い、又は普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い若しくはこれに参画することを職務とするもの(公権力行使等地方公務員)の職務遂行は、住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するとする。そして、国民主権の原理に基づき、国及び地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきであること(憲法1条、15条1項参照)に照らし、原則として日本国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されており、外国人がこれに就任することは本来我が国の法体系の想定するところではないとした。
そのうえで、東京都は、管理職に昇任すれば公権力行使等地方公務員に就任することがあり得る職とそれ以外の職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築しており、日本国民である職員に限って管理職に昇任できるものとする措置を執ることは、公務員制度を構築するに当たっての合理的な裁量の範囲を超えないと判断した。したがって、当該措置は合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員とを区別するものであって、労働基準法3条にも憲法14条1項にも違反しないとされた。
本肢は、職務の性質を問わない一律の受験拒否に合理的根拠がなく労基法3条違反であるとするが、判例は一体的な任用制度という制度全体を捉えて合理性を肯定しているのであり、判例の趣旨に反する。
憲法第62条において、議院は、国政調査に関して、証人の出頭、証言及び記録の提出を要求することができるとされているところ、その実効性を担保するため、法律は、証人が正当な理由なく出頭を拒否した場合や、偽証した場合に刑罰を科す旨を定めている。
解説
本肢は正しい。憲法62条は、両議院が各々国政に関する調査を行い、これに関して証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる旨を定める。同条は議院に証人等に対する要求権限を与えるものであるが、憲法自体は要求に応じない場合の効果までは定めていない。そこで、この要求の実効性を担保するため、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(議院証言法)が制定されている。同法1条は、議案の審査や国政に関する調査のため各議院から証人としての出頭・証言・書類提出を求められた者は、同法に別段の定めがある場合を除き「何人でも、これに応じなければならない」として、広く一般国民に応諾義務が及ぶことを明らかにしている。そのうえで同法は、証人が正当の理由なく出頭せず、又は証言若しくは書類の提出を拒んだ場合の処罰規定(同法7条1項。1年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金。刑法改正前は禁錮)と、宣誓した証人が虚偽の陳述をした場合を偽証として処罰する規定(同法6条1項。3月以上10年以下の拘禁刑。同じく改正前は懲役)を置く。偽証罪の法定刑が刑法の偽証罪と同水準に設定されていることからも、国政調査に対する協力義務が単なる政治的・道義的義務にとどまらず、刑罰という制裁によって法的に担保されていることが分かる。もっとも、証人には憲法38条1項の自己に不利益な供述を強要されない権利が及ぶから、刑事訴追を受け又は有罪判決を受けるおそれのある事項については証言を拒むことが認められ(議院証言法4条参照)、この場合には拒絶につき「正当の理由」があるものとして処罰されない。以上のとおり、憲法62条の定める要求権を担保するために、法律が正当な理由のない不出頭および偽証に対して刑罰を定めているとする本肢の記述は、現行法の内容と合致する。よって本肢は正しい。
国民主権の原理に基づき,国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであることからすると,外国人が普通地方公共団体の公務員に就任することは,その者が公権力の行使に当たる行為を行うかどうかにかかわらず,本来我が国の法体系の想定するところではない。
解説
本肢は誤り。最大判平成17年1月26日(東京都管理職選考受験資格確認等請求事件)は、まず地方公務員のうち「住民の権利義務を直接形成し、その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い、若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画することを職務とするもの」を「公権力行使等地方公務員」と括り出す。そして、この類型の公務員の職務遂行は住民の権利義務や法的地位の内容を定め、あるいは事実上大きな影響を及ぼすものであって、住民生活に直接間接に重大なかかわりを持つと指摘する。そのうえで、憲法1条・15条1項の掲げる国民主権の原理に基づき、統治の在り方について日本国の統治者たる国民が最終的な責任を負うべきであることに照らせば、原則として日本国籍を有する者がこれらの職に就くことが想定されており、他国に帰属しその国民としての権利義務を負う外国人がこれに就任することは我が国の法体系の想定外である、と述べたのである。すなわち判例が「想定するところではない」としたのは、あくまで公権力行使等地方公務員への就任に限られる。同判決自身、地方公共団体が職種や職務内容に応じて公務員を分類し、日本国籍を有しない者を任用しうる職とそうでない職とを区分して任用管理を行うことを、合理的な理由に基づく区別として許容しており、外国人が地方公務員に就任すること一般を否定してはいない。本肢は「公権力の行使に当たる行為を行うかどうかにかかわらず」として判例の射程を不当に拡張しており、判例の趣旨に反する。
「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて,この地位は,主権の存する日本国民の総意に基く。」(憲法第1条)というときの「主権」
解説
本肢は正しい。憲法1条は、天皇の地位について「主権の存する日本国民の総意に基く」と定める。これは、天皇が日本国及び日本国民統合の象徴たる地位に立つ根拠を、国政のあり方を最終的に決定する権力ないし権威の帰属主体である国民の意思に求めたものである。したがって、ここでの「主権」は、国政に関する最高の決定権という意味で用いられている。明治憲法下では天皇が統治権の総攬者とされていたのに対し、日本国憲法は主権の所在を国民に置き、天皇については国事行為のみを行い国政に関する権能を有しないものと定めて(憲法4条1項)、その地位の正当性の根拠を国民の総意に求めたのである。この点は、憲法前文第1項が「主権が国民に存すること」を宣言した趣旨と同一の意味内容であり、憲法改正について国民投票による承認を要求する憲法96条1項も同じ原理の現れである。統治権そのものや対外的独立性を意味する用法ではない。よって本肢は正しい。
「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて,この地位は,主権の存する日本国民の総意に基く。」(憲法第1条)というときの「主権」
解説
本肢は正しい。憲法1条は、天皇の地位について「主権の存する日本国民の総意に基く」と定める。これは、天皇が日本国及び日本国民統合の象徴たる地位に立つ根拠を、国政のあり方を最終的に決定する権力ないし権威の帰属主体である国民の意思に求めたものである。したがって、ここでの「主権」は、国政に関する最高の決定権という意味で用いられている。明治憲法下では天皇が統治権の総攬者とされていたのに対し、日本国憲法は主権の所在を国民に置き、天皇については国事行為のみを行い国政に関する権能を有しないものと定めて(憲法4条1項)、その地位の正当性の根拠を国民の総意に求めたのである。この点は、憲法前文第1項が「主権が国民に存すること」を宣言した趣旨と同一の意味内容であり、憲法改正について国民投票による承認を要求する憲法96条1項も同じ原理の現れである。統治権そのものや対外的独立性を意味する用法ではない。よって本肢は正しい。
最高裁判所は,郵便法の損害賠償責任免除・制限規定が憲法第17条に違反するかが問われた訴訟(最高裁判所平成14年9月11日大法廷判決,民集56巻7号1439頁)において,当該事案では郵便業務従事者の重過失により損害が生じており,郵便法はそのような場合にまで賠償責任の免除・制限を予定するものではないので,郵便法の上記規定が当該事案に適用される限りにおいて憲法第17条に違反すると判示した。
解説
本肢は誤り。郵便法違憲判決(最大判平成14年9月11日民集56巻7号1439頁)は、書留郵便物や特別送達郵便物の取扱いに関して生じた損害につき、限定列挙された場合を除き国の損害賠償責任を一切免除・制限していた当時の郵便法68条・73条の合憲性が争われた事案である。最高裁は、憲法17条が公務員の不法行為による損害の賠償について法律で定めるとしていることから、賠償責任の要件・範囲の立法には一定の裁量を認めつつ、その裁量は当該行為の態様や被侵害利益の性質等に照らして合理性を欠く場合には限界を超えると述べた。そのうえで、郵便業務従事者の故意または重大な過失による不法行為という例外的場面についてまで免責・責任制限を及ぼさなければ郵便法1条の目的(安価かつ迅速な役務の提供)を達成できないとは考えられないとして、そのような部分に合理性は認め難いと判断した。結論として、書留郵便物について故意・重過失により損害が生じた場合に国の賠償責任を免除・制限する部分、および特別送達郵便物について軽過失による損害の場合にまで免責・制限する部分は、立法裁量の範囲を逸脱し憲法17条に違反して無効であるとした。これは規定の一部を切り出して法令そのものを違憲無効とした法令違憲(いわゆる一部違憲・量的一部違憲)であり、規定を当該事案に適用する限度で違憲とする適用違憲ではない。また、郵便法が重過失の場合を免責の対象から除いていると解釈したのでもなく、まさに重過失の場合まで免責する点を違憲としたのであるから、本肢は判示の構造を取り違えており誤りである。
ポツダム宣言第8項(「日本国ノ主権ハ本州,北海道,九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」)にいう主権は,対外的独立性の意味の主権であるとされている。
解説
本肢は誤り。主権の語は、①統治権(立法権・行政権・司法権を包括する国家の支配権そのもの)、②国家権力の対外的独立性、③国政についての最高の決定権、という三義で用いられる。ポツダム宣言第8項は「日本国ノ主権ハ本州,北海道,九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」と定めるが、ここでの主権は、日本国が統治権を及ぼし得る地理的範囲を限定する趣旨で用いられているのであって、①の統治権の意味であると解されている。同じく①の用例としては、日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)1条(b)が「連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する」と定める場面を挙げることができ、いずれも国家の支配権が及ぶ領域の問題として主権を語るものである。これに対し、②の対外的独立性としての主権は、憲法前文第3段が「自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする」という場合の主権がこれに当たり、他国の支配に服さないという国家の独立性を指す概念であって、領域の範囲を画する場面で用いられるものではない。また③の意味の主権は、憲法前文第1段の「主権が国民に存する」および憲法1条の「主権の存する日本国民」がその例である。したがって、ポツダム宣言第8項にいう主権を対外的独立性の意味と解する本肢は、主権概念の用法を誤るものである。よって本肢は誤りである。
国会が発議した憲法改正に関する国民の承認は,衆議院議員総選挙又は参議院議員通常選挙の際に行われる国民投票によることも可能であるが,これらの選挙の際に行われる場合は日本国憲法の改正手続に関する法律は適用されない。
解説
本肢は誤り。憲法96条1項後段は、改正に対する国民の承認について「特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と定める。ここにいう「国会の定める選挙」とは衆議院議員総選挙・参議院議員通常選挙といった国政選挙を指すと解されているから、憲法改正の承認投票を国政選挙と同一の機会に行うこと自体は憲法上許容されており、本肢の前段部分は誤りではない。誤っているのは後段である。日本国憲法の改正手続に関する法律1条は、同法が憲法96条1項に定める日本国憲法の改正についての国民の承認に係る投票(国民投票)に関する手続を定めるものである旨を明らかにしており、その適用対象を「特別の国民投票」の場合に限定していない。すなわち同法は、承認投票が単独で実施されるか国政選挙と同じ機会に実施されるかを問わず、憲法改正の承認に係る国民投票一般についての手続法として制定されたものである。実際、同法は、国民投票の期日を国会が憲法改正を発議した日から起算して60日以後180日以内において国会の議決した期日とすること(2条1項)、日本国民で年齢満18年以上の者が投票権を有すること(3条)、投票人が憲法改正案ごとに賛成または反対を記載する投票方式によること、承認の要件たる「過半数」の意義を賛成の投票の数が賛成の投票の数と反対の投票の数を合計した数の2分の1を超えることと定めることなどを一律に規定しており、国政選挙と同時に実施される場合を適用除外とする規定はどこにも置かれていない。むしろ同法が適用されなければ、投票期日、投票権者の範囲、投票方式、過半数の算定方法といった承認の根幹をなす事項がすべて未定となり、憲法96条1項の手続を実施することができなくなる。したがって、国政選挙の際に行われる場合には同法が適用されないとする本肢は誤りである。
国公有地が特定の宗教的施設の敷地として無償提供された場合に政教分離原則に違反するか否かを判断するに当たり,当該宗教的施設の性格,当該無償提供に至る経緯及びその提供の態様については考慮に入れるべきであるが,これらに対する一般人の評価についてまで考慮に入れることは,多数者による少数者の宗教的抑圧につながるおそれがあるので相当ではない。
解説
本肢は誤り。市有地が神社施設(地域の集会所内に設けられた祠等)の敷地として町内会に無償で提供されていたことの合憲性が争われた空知太神社事件(最大判平成22年1月20日)は、国公有地が無償で宗教的施設の敷地として供されている状態が直ちに違憲となるわけではないとしつつ、その判断枠組みについて、「当該宗教的施設の性格、当該土地が無償で当該施設の敷地としての用に供されるに至った経緯、当該無償提供の態様、これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解するのが相当である」と判示した。一般人の評価は、判例が明示的に掲げる考慮要素の一つであり、これを判断から排除すべきものとはされていない。
このような総合考慮が求められるのは、政教分離規定が信教の自由そのものを直接保障するものではなく、国家と宗教との分離を制度として保障することにより間接的に信教の自由の確保を図る規定であり、国家と宗教とのかかわり合いを一切排除することは現実には不可能である以上、当該かかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるか否かが問われるからである。そして、公有地の無償提供が特定の宗教に対する援助・助長として外部に映るかどうかは、国家の宗教的中立性が損なわれたといえるかを測る有力な指標であるから、一般人の評価は考慮から外し得ない。
また、一般人の評価を考慮することが多数者による少数者の抑圧を招くという理由付けも判例が述べるところではない。現に同判決は、右の総合判断の結果、本件利用提供行為が憲法89条及び20条1項後段に違反すると結論づけている。よって本肢は誤りである。
地方公務員のうち,住民の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い,若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とするものについては,原則として日本国籍を有する者が就任することが想定され,外国人が就任することは想定されていない。
解説
本肢は正しい。憲法は国民主権の原理(憲法前文、1条)を採用しており、公務員の選定罷免権を国民固有の権利とする憲法15条1項もこれを前提とするから、国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者たる国民が最終的な責任を負うべきものである。判例(最大判平成17年1月26日、東京都管理職選考受験拒否事件。憲法判例百選I・4事件)は、この原理を前提として、地方公務員のうち、住民の権利義務を直接形成し、その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い、若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画することを職務とするもの(いわゆる公権力行使等地方公務員)については、その職務の遂行が住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものであるから、原則として日本の国籍を有する者が就任することが想定されており、外国人が就任することは本来我が国の法体系の想定するところではない、と判示した。そして、普通地方公共団体が公務員を職種の別なく採用し管理する任用制度を構築した上で、日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることも、合理的な理由に基づく区別であって労働基準法3条にも憲法14条1項にも違反しないとしている。本肢の記述は、この判示内容と合致する。よって本肢は正しい。
憲法第9条第1項について,侵略戦争を放棄したものであり,自衛戦争を放棄したものではないという考え方に立ったとしても,同条第2項前段によって第1項の目的を達成するために一切の戦力の保持が禁止されており,同条第2項後段によって交戦権も否認されているとの考え方に立てば,結果として自衛のための戦争も放棄されていることになる。
解説
本肢は正しい。憲法9条1項は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定める。この「国際紛争を解決する手段としては」との文言については、不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)1条が「国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争」を放棄すると規定していたことに代表される従来の国際法上の用語例を手がかりに、ここで放棄されたのは侵略戦争にとどまり、自衛戦争までは放棄されていないと解する見解(限定放棄説)がある。もっとも、この見解に対しては、武力の行使を一般的に違法とする国際連合憲章下の理解と食い違うのではないか、また戦力の不保持と交戦権の否認を掲げる2項の文言と整合しないのではないか、との批判が向けられている。そして、限定放棄説に立ったとしても、9条2項前段の「前項の目的を達するため」を、2項が禁ずる戦力の範囲を画する法的な限定ではなく、1項が掲げる国際平和の希求という目的一般ないし立法者が戦力不保持を定めるに至った動機を述べたにすぎないと解すれば、自衛のためのものを含めおよそ一切の「戦力」の保持が禁止されることになる。加えて、同項後段は「国の交戦権は、これを認めない」と定め、国の交戦権を全面的に否認している。そうすると、戦争を遂行するための実力組織を一切保持し得ず、交戦権も行使し得ない以上、1項の段階では放棄されていないはずの自衛戦争も現実にこれを遂行する法的手段を欠くこととなり、結果として放棄されたのと同じ帰結に至る(いわゆる遂行不能説)。本肢はこの論理過程を正確に述べるものである。よって本肢は正しい。
第1項で,侵略戦争は放棄されているが,自衛戦争は放棄されていないとし,第2項の「前項の目的を達するため」を,戦争を放棄するに至った動機を一般的に指すとする見解に対しては,国際法上の用例によると,「国際紛争を解決する手段としての戦争」は「国家の政策の手段としての戦争」と同義であり,こうした用例を尊重すべきであるとの批判が当てはまる。
解説
本肢は誤り。本肢の見解は、1項が放棄したのは侵略戦争のみであるとしつつ、2項の「前項の目的を達するため」を戦力不保持の条件ではなく、戦争放棄に至った動機を一般的に示す文言と読むもの(限定放棄説+動機説)であり、通説とされる立場である。
この見解が1項の放棄対象を侵略戦争に限る根拠としているのが、まさに本肢が挙げる国際法上の用語例である。すなわち、不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約、1928年署名・1929年日本批准)1条が「国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄スル」と定めたように、「国際紛争を解決する手段としての戦争」は「国家の政策の手段としての戦争」と同義であり、自衛戦争を含まない侵略戦争を意味するというのが従来の国際法上の通常の用例である。9条1項が不戦条約の文言をほぼ踏襲していることからも、この用例を尊重すべきだという指摘は、1項が自衛戦争までは放棄していないという本見解の論拠そのものを補強する主張にほかならない。
したがって、この指摘は本肢の見解に対する批判にはならない。むしろ、1項の「国際紛争を解決する手段としては」を戦争一般にかかる修飾とみるなどして、1項で自衛戦争を含む一切の戦争が放棄されていると解する見解(1項全面放棄説)に対してこそ、この用例論は批判として機能する。批判として当てはまるとする点で、本肢は誤りである。
我が国に在留する外国人には、居住する地方公共団体の長及びその議会の議員に対する選挙権が憲法上保障されていない。
解説
本肢は正しい。憲法93条2項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味し、在留外国人に地方公共団体の長及びその議会の議員に対する選挙権は憲法上保障されていない(最判平成7年2月28日)。なお同判決は、永住者等であってその地方公共団体と特段に緊密な関係を持つ者について、法律で地方公共団体における選挙権を付与することは憲法上禁止されていないとも述べるが(傍論)、これは憲法上の保障の問題とは区別される。よって本肢は正しい。
憲法第1条で「主権の存する日本国民の総意」という場合の主権は、国の政治のあり方を最終的に決定する権力又は権威を意味する。
解説
本肢は正しい。憲法1条の「主権の存する日本国民」にいう主権は、国の政治のあり方を最終的に決定する権力又は権威、すなわち国政の最高決定権を意味する(国民主権)。本肢はこの用法を正しく述べている。
皇位の継承について,大日本帝国憲法は,「皇男子孫之ヲ継承ス」と定めていたが,日本国憲法は,男系男子主義までも求めるものではない。
解説
本肢は正しい。大日本帝国憲法2条は「皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス」と定め、皇位継承資格を男系の男子に限る旨を憲法典それ自体に明記していた。これに対し日本国憲法2条は「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と定めるにとどまる。ここで憲法が要求しているのは、皇位が天皇の血統に属する者によって承継されるという「世襲」の一点であり、具体的な継承資格・継承順序の定めは、国会の議決した法律たる皇室典範に委ねられている。日本国憲法下の皇室典範が法律である以上、その内容は憲法の枠内で国会が選択しうるものである。そして、憲法14条1項が性別による差別を禁止していることも併せ考えれば、憲法2条にいう「世襲」から男系男子に限定すべしとの要請を導くことはできず、女性天皇や女系による継承を認める方向での皇室典範改正も憲法上可能であると解するのが一般的な理解である。現行皇室典範1条が「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定めるのは、あくまで法律レベルでの選択にすぎない。よって本肢は正しい。
憲法の国民主権の原理における国民とは,最高裁判所の判例が示すところによれば,主権が日本国民に存するとする憲法前文及び第1条の規定に照らして,日本国の国籍を有する者を意味するものとされる。
解説
本肢は正しい。最高裁は、我が国に生活の本拠を置く永住資格を有する在日韓国人が選挙人名簿への登録を求めて公職選挙法24条に基づく異議を申し出たところ、選挙管理委員会がこれを却下したため、その却下決定の取消しを求めた事案(最判平成7年2月28日民集49巻2号639頁)において、本肢と同旨の判断を示している。すなわち、憲法第三章の権利保障は、権利の性質上日本国民のみを対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人にも等しく及ぶとしつつ、公務員を選定し罷免する権利を定める憲法15条1項は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任命権が国民に存することを表明した規定にほかならないとした上で、「主権が『日本国民』に存するものとする憲法前文及び一条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである」と判示した。つまり、国民主権の「国民」の範囲を、前文第1段及び1条という主権の所在を定めた規定の文言そのものから導き、これを国籍保有者に限定したのである。この理解を前提に、判例は15条1項による公務員選定罷免権の保障は我が国に在留する外国人には及ばないとし、さらに憲法93条2項の「住民」も地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するとして、外国人に地方選挙権を保障したものではないとした(もっとも、傍論において、永住者等について法律で地方公共団体の長・議員等の選挙権を付与する措置を講ずることは憲法上禁止されていないとする)。本肢は、判例の示した根拠条文(前文及び1条)と結論(国籍を有する者を意味する)をいずれも正確に述べており、正しい。