【判例】在外日本人国民審査権事件(最大判令4.5.25)
在外国民に国民審査権の行使を認めない国民審査法を違憲とした最大判令4.5.25を解説。在外選挙権判決の延長として参政権保障の射程を分析します。
この判例のポイント
在外国民が最高裁判所裁判官の国民審査に投票できない国民審査法の規定は、憲法15条1項、79条2項・3項に違反すると判断した判決。在外邦人選挙権事件(最大判平17.9.14)の「やむを得ない事由」基準を国民審査権にも類推適用し、国民審査権は国民主権に基づく参政権の一内容であり、その制限にはやむを得ない事由が必要であるとした。さらに、立法不作為の違法性を認め、国家賠償を命じた。
事案の概要
在外国民(海外に居住する日本国民)は、最高裁判所裁判官の国民審査において投票することができなかった。国民審査法は在外国民の審査権行使のための規定を設けておらず、在外国民は事実上、国民審査に参加する手段がなかった。
在外国民らは、国民審査権の行使を認めない国民審査法の規定が憲法に違反するとして、次回の国民審査における審査権の確認と、立法不作為を理由とする国家賠償を請求した。
憲法79条2項は、最高裁判所裁判官の任命について「国民の審査に付する」と定め、同条3項は「投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される」と規定している。国民審査は、衆議院議員総選挙の際に同時に行われる(憲法79条2項)。
争点
- 在外国民に国民審査権の行使を認めていない国民審査法は、憲法15条1項・79条2項・3項に違反するか
- 国民審査権は選挙権と同様の厳格な保障を受けるか
- 立法不作為が国家賠償法上違法となるか
判旨
国民審査権の性質
憲法は、最高裁判所の裁判官の任命に関して国民の意思を反映させるために国民審査の制度を設けたものであり、この審査権は、国民主権の原理に基づき、(中略)国民に憲法上保障された権利であるというべきである
― 最高裁判所大法廷 令和4年5月25日 令和2年(行ツ)第255号
最高裁は、国民審査権が国民主権の原理に基づく憲法上の権利であることを明確にした。国民審査は解職の制度であり選挙とは異なるが、主権者としての国民の参政権の一内容として位置づけた。
審査基準
国民の審査権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには審査の公正を確保しつつ審査権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえない
― 最高裁判所大法廷 令和4年5月25日 令和2年(行ツ)第255号
在外邦人選挙権事件(最大判平17.9.14)と同様の「やむを得ない事由」基準を国民審査権にも適用した。
違憲判断
最高裁は、在外国民に国民審査権の行使を認めることが事実上不能であるとは認められないとし、国民審査法が在外国民の審査権行使を全く認めていないことはやむを得ない事由がなく違憲であると判断した。通信手段の発達等により、在外国民にも審査権行使の機会を保障する方法を設けることは十分に可能であるとした。
立法不作為の違法性
最高裁は、在外邦人選挙権事件の枠組みに従い、在外国民の国民審査権行使を可能にするための立法措置を国会が長期にわたって怠ったことは国家賠償法上違法であるとし、1人あたり5,000円の国家賠償を命じた。
ポイント解説
在外邦人選挙権事件との連続性
本判決は、在外邦人選挙権事件(最大判平17.9.14)の枠組みを国民審査権に拡張したものである。
項目 在外邦人選挙権事件(平17) 本判決(令4) 対象権利 選挙権(投票権) 国民審査権 審査基準 やむを得ない事由の基準 同左(類推適用) 違憲の対象 選挙区選挙の投票制限 国民審査の投票不可 立法不作為 違法性肯定(5,000円) 違法性肯定(5,000円) 権利確認 次回選挙の投票権確認 次回審査の審査権確認国民審査の法的性質
国民審査の法的性質については学説上議論がある。
学説 内容 解職制度説 国民審査は裁判官の罷免(リコール)の制度であり、選挙とは性質が異なる 任命完成行為説 国民審査は任命に対する国民の承認行為であり、選任の一過程である本判決は、いずれの立場に立つかを明示的に判断せず、国民審査権が国民主権に基づく参政権の一内容であることを根拠に、選挙権と同様の厳格な保障を及ぼした。
「やむを得ない事由」基準の射程拡大
本判決は、「やむを得ない事由」基準が選挙権のみならず国民審査権にも適用されることを示した。これは、同基準の射程が国民主権に基づく参政権全般に及ぶ可能性を示唆するものであり、参政権保障の強化として重要な意義がある。
違憲判決としての類型
本判決は、国民審査法の規定が在外国民の審査権行使を認めていない点を違憲としたものであり、立法不作為型の違憲判断に分類される。法律の規定を積極的に違憲・無効とするのではなく、必要な立法措置を欠いていること自体を違憲と判断した点で、在外邦人選挙権事件と同様の構造を有する。
学説・議論
国民審査制度の実効性
学説上、現行の国民審査制度は形骸化しているとの指摘がある。罷免を可とする裁判官に「×」を記入する方式は、実質的に不信任制度として機能しにくく、これまで罷免された裁判官はいない。本判決が国民審査権を厳格に保障する一方、制度自体の実効性については改善の余地があるとされる。
「やむを得ない事由」基準の一般化への懸念
「やむを得ない事由」基準が参政権全般に拡大することについて、基準の形骸化を懸念する見解もある。あらゆる参政権の制限に一律に同基準を適用すれば、かえって基準の厳格さが薄れる可能性があるとの指摘がある。
立法不作為への国家賠償の積極化
本判決が立法不作為の違法性を認め、国家賠償を命じたことについて、立法府への司法統制の強化として肯定的に評価する見解が多い。もっとも、賠償額が1人5,000円にとどまっている点については、実効的な権利救済として不十分であるとの批判がある。
判例の射程
直接的射程
本判決は国民審査法が在外国民の審査権行使を認めていない点を違憲としたものであり、在外国民の国民審査権に直接の射程が及ぶ。判決を受けて、在外国民の国民審査権行使を可能にする法改正が行われた。
拡張可能性
- 「やむを得ない事由」基準の他の参政権への適用: 住民投票権、地方選挙権等の他の参政的権利にも同基準が適用されうるか
- 在外国民の他の権利保障: 在外国民の地方自治参加、住民投票参加等の問題
- 受刑者の国民審査権: 選挙権が制限されている受刑者について、国民審査権も制限されうるかという問題
試験対策での位置づけ
本判決は在外邦人選挙権事件の発展判例として、令和以降の最新重要判例に位置づけられる。短答式では、在外邦人選挙権事件との比較(審査基準の同一性、立法不作為の違法性肯定等)が頻出である。
論文式では、参政権の制限に対する審査基準の問題として、「やむを得ない事由」基準の射程を論じる必要がある。在外邦人選挙権事件と本判決を対比しつつ、参政権保障の一般論を展開する能力が問われる。
答案での使い方
論証パターン
本件では、〔参政権の制限〕が憲法に違反しないかが問題となる。
判例は、国民審査権も国民主権に基づく参政権の一内容であり、そ
の制限にはやむを得ない事由が必要であるとする(最大判令4.5.25)。
これは在外邦人選挙権事件(最大判平17.9.14)と同様の枠組みであ
り、参政権全般について、制限なしには選挙(審査)の公正を確保し
つつ権利行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難でない限
り、やむを得ない事由があるとはいえない。
本件について、〔あてはめ〕。
引用すべき規範
- 国民審査権は国民主権の原理に基づき国民に憲法上保障された権利
- その制限にはやむを得ない事由が必要
- 審査の公正確保と審査権行使が事実上不能ないし著しく困難でない限り、やむを得ない事由なし
関連条文
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
― 日本国憲法 第15条第1項
最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。
― 日本国憲法 第79条第2項
前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
― 日本国憲法 第79条第3項
関連判例
- 在外邦人選挙権事件(最大判平17.9.14) - 「やむを得ない事由」基準の原型
- 尊属殺重罰規定違憲判決(最大判昭48.4.4) - 法の下の平等の審査枠組み
- 再婚禁止期間違憲判決(最大判平27.12.16) - 立法不作為の違法性判断
まとめ
- 在外国民に国民審査権の行使を認めない国民審査法は違憲(憲法15条1項・79条2項・3項違反)
- 国民審査権は国民主権に基づく参政権の一内容であり、選挙権と同様の厳格な保障を受ける
- 在外邦人選挙権事件の「やむを得ない事由」基準を国民審査権にも類推適用した
- 立法不作為の違法性を肯定し、1人5,000円の国家賠償を命じた
- 「やむを得ない事由」基準の射程が参政権全般に拡大する可能性を示した重要判例