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【判例】相殺の抗弁と既判力(最判平10.4.30)

相殺の抗弁と既判力に関する最判平10.4.30を解説。民訴法114条2項の趣旨と射程、相殺の抗弁の既判力の範囲、二重起訴禁止との関係を網羅的に分析します。

この判例のポイント

相殺の抗弁に対する裁判所の判断には、相殺をもって対抗した額について既判力が生じる(民訴法114条2項)。本判決は、相殺の抗弁として主張された反対債権について別訴が係属している場合に、二重起訴の禁止(民訴法142条)の趣旨が及ぶかという問題を扱い、相殺の抗弁の特殊性と既判力の客観的範囲の例外的拡張の意義を明らかにした重要判例である。


事案の概要

Xは、Yに対して売買代金の支払いを求める訴訟(本訴)を提起した。これに対しYは、Xに対して有する損害賠償請求権を自働債権として相殺の抗弁を主張した。

ところが、YはXに対する上記損害賠償請求権について、別途、別訴として給付の訴えを提起していた。すなわち、同一の債権が別訴における訴訟物として審理されると同時に、本訴における相殺の抗弁の自働債権としても審理されるという状況が生じた。

Xは、相殺の抗弁として主張された反対債権が別訴の訴訟物として係属している以上、二重起訴の禁止(民訴法142条)の趣旨に照らし、相殺の抗弁の主張は許されないと主張した。

本件の核心は、相殺の抗弁として主張された反対債権が別訴で訴訟物となっている場合に、二重起訴の禁止の趣旨が及ぶかという点にあった。


争点

  • 相殺の抗弁として主張された反対債権が別訴の訴訟物として係属する場合、二重起訴の禁止の趣旨が及ぶか
  • 民訴法114条2項が相殺の抗弁に既判力を認める趣旨は何か
  • 相殺の抗弁と別訴が競合する場合の処理はいかにあるべきか

判旨

係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されないと解するのが相当である

― 最高裁判所第三小法廷 平成10年4月30日 平成8年(オ)第887号

最高裁は、相殺の抗弁として主張された反対債権が別訴において訴訟物となっている場合には、相殺の抗弁の主張は許されないと判示した。

その理由として、以下の点を挙げた。

第一に、民訴法114条2項は相殺の抗弁に対する判断に既判力を認めているが、これは反対債権の存否の判断につき矛盾のある判決が生じることを防止する趣旨に基づくものである。

第二に、別訴において反対債権の訴訟物についての判決がなされ、同時に本訴において同一の反対債権について相殺の抗弁に対する判断がなされると、既判力の矛盾抵触が生じるおそれがある。

第三に、このような矛盾抵触を防止するために、二重起訴の禁止の趣旨が相殺の抗弁にも及ぶと解すべきである。


ポイント解説

民訴法114条2項の趣旨

民訴法114条2項が相殺の抗弁に対する判断に既判力を認める趣旨は、以下のとおりである。

第一に、二重の満足の防止がある。相殺の抗弁が認められて本訴請求が棄却された場合、既判力が認められなければ、被告は反対債権をさらに別訴で請求することが可能となり、実質的に二重の満足を得ることになる。

第二に、不当な蒸し返しの防止がある。相殺の抗弁が排斥された場合、既判力が認められなければ、被告は反対債権を改めて別訴で請求することが可能となり、同一の債権をめぐる紛争が蒸し返されることになる。

第三に、審理の実質性の確保がある。相殺の抗弁は、反対債権の存否について当事者双方が十分な攻撃防御を尽くす場面であり、その判断に既判力を認めても手続保障に反しない。

相殺の抗弁と二重起訴の禁止

二重起訴の禁止(民訴法142条)は、「裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない」と規定する。この規定の趣旨は、(1)被告の応訴の煩、(2)訴訟不経済、(3)既判力の矛盾抵触の防止にある。

相殺の抗弁は「訴え」ではなく防御方法であるから、142条が直接適用されるわけではない。しかし、114条2項により相殺の抗弁に既判力が認められる以上、別訴の訴訟物と相殺の抗弁の自働債権が同一である場合には、既判力の矛盾抵触が生じるおそれがある。本判決は、この点に着目して、142条の趣旨が相殺の抗弁にも及ぶと判断したのである。

相殺の抗弁の特殊性

相殺の抗弁は、通常の抗弁(弁済、消滅時効など)とは異なる以下の特殊性を有する。

  • 独立した権利関係の判断を含む: 相殺の抗弁は、被告の反対債権の存否という、本訴の訴訟物とは別個の権利関係の判断を含む
  • 既判力が生じる(114条2項): 通常の抗弁に対する判断には既判力は生じないが、相殺の抗弁に対する判断には既判力が生じる
  • 攻撃防御方法としての実質は反訴に近い: 相殺の抗弁は、反対債権の存否を争う点において実質的に反訴に近い機能を有する

相殺の抗弁が先に提出された場合

本判決は、別訴が先に係属している場合に相殺の抗弁の主張が許されないことを判示したが、逆に相殺の抗弁が先に提出され、その後に反対債権について別訴が提起された場合はどうなるか。

この場合も、既判力の矛盾抵触の防止という趣旨は同様に妥当するから、後から提起された別訴は二重起訴の禁止に抵触すると解される。もっとも、相殺の抗弁の提出は「訴えの提起」に該当しないため、142条の直接適用ではなく、その趣旨の類推適用の問題となる。


学説・議論

本判決の結論に対する学説の評価

本判決の結論については学説上おおむね肯定的な評価がなされているが、その理論構成については議論がある。

  • 肯定説(多数説): 既判力の矛盾抵触防止の観点から、本判決の結論は正当であるとする。相殺の抗弁に114条2項により既判力が生じる以上、その自働債権と別訴の訴訟物が同一である場合に二重起訴禁止の趣旨が及ぶのは当然であるとする
  • 条件付き肯定説: 本判決の結論を肯定しつつも、相殺の抗弁の主張を全面的に禁止するのではなく、別訴の取下げまたは弁論の併合を条件として相殺の抗弁の主張を許容すべきとする
  • 慎重説: 二重起訴の禁止は「訴え」の提起について規定したものであり、防御方法にすぎない相殺の抗弁にまで直接適用することには慎重であるべきとする。もっとも、この立場も、矛盾判断の防止のために何らかの調整が必要であることは認める

相殺の抗弁の訴訟法上の位置づけをめぐる議論

相殺の抗弁の訴訟法上の位置づけについては、以下の学説上の対立がある。

  • 防御方法説(通説): 相殺の抗弁はあくまで被告の防御方法であり、反訴や訴えの追加とは異なる。114条2項は、このような防御方法に例外的に既判力を認めたものである
  • 準反訴説: 相殺の抗弁は、反対債権の存否の判断を求める点において実質的に反訴に近いものであるとし、反訴に準じた規律を及ぼすべきであるとする
  • 訴訟行為二元説: 相殺の抗弁は、防御方法としての側面と、反対債権の確定を求める側面の二つの側面を有し、後者の側面に着目して二重起訴禁止等の規律を及ぼすべきであるとする

予備的相殺と既判力の範囲

相殺の抗弁が予備的に主張された場合(すなわち、本訴請求が認められる場合に備えて相殺を主張する場合)の既判力の範囲も議論がある。本訴請求が認められなかった場合(棄却の場合)、裁判所は相殺の抗弁について判断する必要がないが、判断がなされなかった相殺の抗弁の自働債権については既判力は生じない。この場合、被告は反対債権を別途請求することが可能であり、二重の紛争が生じうることになる。


判例の射程

相殺の抗弁が提出された後に別訴が提起された場合

本判決の直接の射程は、別訴が先に係属している場合に相殺の抗弁の主張が許されないという場面であるが、逆の場合(相殺の抗弁が先に提出され、その後に別訴が提起された場合)についても同様の処理がなされるべきとの見解が有力である。

反訴と相殺の抗弁の競合

被告が反対債権について反訴を提起するとともに、予備的に相殺の抗弁を主張する場合がある。この場合、反訴認容判決が確定すれば反対債権の存在が確定し、相殺の抗弁は判断の必要がなくなる。しかし、反訴が却下された場合に相殺の抗弁として判断されるかは問題となる。

第三者の債権が相殺の自働債権とされた場合

被告が第三者から譲り受けた債権を自働債権として相殺の抗弁を主張した場合、114条2項の既判力が第三者に対しても及ぶかが問題となる。この点については、114条2項の既判力は当事者間にのみ生じるとする見解が通説である。


反対意見・補足意見

本判決には反対意見は付されていない。もっとも、相殺の抗弁と二重起訴の禁止の関係は、本判決以前から学説上大きな議論がなされていた問題であり、最高裁が明確な判断を示したことの意義は大きい。補足意見として、相殺の抗弁の主張を禁止するだけでなく、弁論の併合による処理の可能性を示唆する見解もあったが、本判決は弁論の併合の要否については直接判断していない。


試験対策での位置づけ

相殺の抗弁と既判力の問題は、司法試験・予備試験において最頻出の論点の一つであり、既判力の客観的範囲(114条1項・2項)の理解を問う問題として繰り返し出題されている。

主な出題パターンは以下のとおりである。

  1. 相殺の抗弁に対する判断の既判力の範囲: 114条2項の「相殺をもって対抗した額」の意味、相殺の抗弁が認められた場合と排斥された場合の既判力の違い
  2. 相殺の抗弁と二重起訴の禁止: 本判決の射程の問題として、相殺の抗弁の自働債権が別訴の訴訟物となっている場合の処理
  3. 予備的相殺と既判力: 予備的に主張された相殺の抗弁について裁判所が判断しなかった場合の効果
  4. 相殺の抗弁と訴訟物論: 114条2項の趣旨と訴訟物理論の関係

答案作成のポイントとしては、114条2項の趣旨(二重の満足の防止・不当な蒸し返しの防止)を正確に示し、それとの関連で二重起訴禁止の趣旨が相殺の抗弁にも及ぶことを論理的に導くことが求められる。


答案での使い方

論証パターン

相殺の抗弁と既判力を答案で展開する際の基本的な論証の流れは以下のとおりである。

まず、問題提起として「Yが別訴で請求している反対債権を自働債権として本訴で相殺の抗弁を主張することは、二重起訴の禁止(民訴法142条)の趣旨に照らし許されるか」と記述する。

次に、114条2項の趣旨を示す。

民訴法114条2項は、相殺の抗弁に対する判断に既判力を認めている。その趣旨は、相殺の抗弁は被告の反対債権の存否という独立した権利関係の判断を含むところ、その判断に既判力を認めないと、二重の満足や不当な蒸し返しが生じるおそれがあることにある。

さらに、二重起訴の禁止の趣旨との関連を示す。

相殺の抗弁に既判力が生じるとすると、別訴の訴訟物たる反対債権と相殺の抗弁の自働債権が同一である場合、既判力の矛盾抵触が生じるおそれがある。二重起訴の禁止の趣旨の一つは既判力の矛盾抵触の防止にあるところ、この趣旨は相殺の抗弁にも及ぶと解すべきである。したがって、係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されない(最判平10.4.30)。

答案記述例

「YはXに対する損害賠償請求権を別訴の訴訟物として請求するとともに、本訴においてこれを自働債権として相殺の抗弁を主張している。民訴法114条2項は相殺の抗弁に既判力を認めているから、仮に別訴と本訴の双方で反対債権の存否について判断がなされると、既判力の矛盾抵触が生じうる。二重起訴禁止の趣旨は既判力の矛盾抵触防止にあるところ、この趣旨は相殺の抗弁にも及ぶから、Yは別訴で反対債権を請求している以上、本訴で同一の債権を自働債権として相殺の抗弁を主張することは許されない。」


重要概念の整理

114条2項の既判力の内容

場面 既判力の内容 後訴への影響 相殺の抗弁が認められた場合 自働債権が対抗額について存在していたとの判断に既判力 被告は同一の反対債権を後訴で請求できない 相殺の抗弁が排斥された場合 自働債権が対抗額について不存在であるとの判断に既判力 被告は同一の反対債権を後訴で請求できない 相殺の抗弁が判断されなかった場合 既判力は生じない 被告は反対債権を後訴で請求できる

二重起訴の禁止と相殺の抗弁の関係

比較項目 二重起訴の禁止(142条) 相殺の抗弁への適用 趣旨 既判力の矛盾抵触防止、応訴の煩防止、訴訟不経済の防止 既判力の矛盾抵触防止が中心 適用の根拠 条文の直接適用 趣旨の類推適用 効果 後訴の却下 相殺の抗弁の主張不許 判例 ― 最判平10.4.30

相殺の抗弁と反訴の比較

比較項目 相殺の抗弁 反訴 訴訟法上の性質 防御方法(抗弁) 独立した訴え 既判力 114条2項により生じる 訴訟物につき生じる 二重起訴の禁止 類推適用(最判平10.4.30) 直接適用 請求認容の可能性 なし(防御方法にすぎない) あり 訴訟費用 別途の印紙不要 印紙が必要

発展的考察

相殺の抗弁の現代的課題

第一に、相殺の抗弁の濫用的主張への対応がある。被告が多数の反対債権を予備的に相殺の抗弁として主張し、訴訟を複雑化・長期化させる場合がある。このような場合に、裁判所が相殺の抗弁の審理を制限できるかが議論されている。民訴法157条の時機に後れた攻撃防御方法の却下により対応する見解や、信義則に基づく制限を認める見解がある。

第二に、国際訴訟における相殺の抗弁と二重起訴の禁止の問題がある。外国裁判所に係属中の訴訟の訴訟物と同一の債権を自働債権として日本の訴訟で相殺の抗弁を主張した場合に、二重起訴の禁止の趣旨が及ぶかが問題となる。国際的二重起訴については、国内法の142条の直接適用は否定されるが、その趣旨が及ぶかについては見解が分かれている。

第三に、倒産手続との関係がある。破産手続における相殺権(破産法67条以下)と、訴訟における相殺の抗弁の関係は実務的にも重要な問題である。破産債権者が破産手続外で相殺の抗弁を主張できるかについては、破産法の規律との調整が必要となる。

第四に、相殺の抗弁と仲裁条項の関係の問題がある。反対債権について仲裁合意が存在する場合に、当該反対債権を自働債権とする相殺の抗弁を訴訟で主張できるかが議論されている。仲裁合意の効力を尊重する立場からは否定的に解する見解が有力であるが、相殺の担保的機能を重視する立場からは肯定的に解する見解もある。


よくある質問

Q1: 114条2項の「相殺をもって対抗した額」とはどういう意味ですか。

「相殺をもって対抗した額」とは、被告が相殺の抗弁として主張した自働債権の額のうち、本訴請求債権(受働債権)と対当額で消滅する部分を指す。例えば、原告の請求額が100万円、被告の自働債権が150万円の場合、既判力が生じるのは対抗額である100万円の部分についてであり、残りの50万円については既判力は生じない。

Q2: 相殺の抗弁が認められて本訴請求が棄却された場合、被告は残額を別訴で請求できますか。

対抗額を超える部分の自働債権については114条2項の既判力は及ばないから、被告はその残額を別訴で請求することができる。もっとも、対抗額の範囲では既判力により反対債権の存在が確定されるため、残額請求訴訟においてその前提が問題となることは通常ない。

Q3: 相殺の抗弁を主張する場合、被告は必ず自働債権の存在を立証しなければなりませんか。

相殺の抗弁を主張する被告は、自働債権の存在と相殺の意思表示の両方を主張・立証しなければならない。相殺の抗弁は権利消滅事由であるから、法律要件分類説によれば被告が証明責任を負う。

Q4: 本判決後、実務ではどのように対応していますか。

本判決後の実務では、別訴で反対債権を請求している場合には相殺の抗弁の主張が許されないため、被告は別訴を取り下げたうえで相殺の抗弁を主張するか、別訴を維持して相殺の抗弁の主張を断念するかの選択を迫られる。また、反訴として反対債権を主張し、予備的に相殺の抗弁を主張するという方法もとられている。

Q5: 相殺の抗弁と反訴のどちらを選択すべきですか。

反対債権の額が本訴請求額を上回る場合には、反訴を提起して全額の回収を図る方が有利である。反訴であれば認容判決を得ることができるが、相殺の抗弁では対抗額の範囲でしか既判力が生じない。一方、反対債権の額が小さい場合や、印紙代の節約を図りたい場合には相殺の抗弁の方が簡便である。


関連条文

確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

― 民事訴訟法 第114条第1項

相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

― 民事訴訟法 第114条第2項

裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。

― 民事訴訟法 第142条


関連判例


まとめ

相殺の抗弁と既判力に関する本判決は、別訴で訴訟物となっている反対債権を自働債権として相殺の抗弁を主張することは許されないと判示した重要判例である。その理論的根拠は、114条2項が相殺の抗弁に既判力を認めている以上、別訴の判断と相殺の抗弁に対する判断の間で既判力の矛盾抵触が生じることを防止する必要があり、二重起訴の禁止の趣旨がこの場面にも及ぶという点にある。本判決は、相殺の抗弁が有する独立した権利関係の判断を含むという特殊性と、114条2項の既判力の意義を正面から確認した判例として、既判力の客観的範囲に関する理解を深める上で不可欠の判例である。

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