【判例】既判力の客観的範囲(最判昭51.9.30)
既判力の客観的範囲に関する最判昭51.9.30を解説。既判力は判決主文中の判断に限られるとする原則の意義と、判決理由中の判断への既判力拡張の可否について判旨・学説を分析します。
この判例のポイント
確定判決の既判力は、判決主文に包含するもの、すなわち訴訟物たる権利関係の存否についての判断に限り生じるのが原則であり、判決理由中の判断には既判力は生じない。本判決は、この原則を明確に確認したうえで、既判力の客観的範囲を訴訟物に限定する趣旨とその理論的根拠を示した重要判例である。
事案の概要
Xは、Yに対して貸金返還請求訴訟を提起した。第一審においてXの請求が認容され、判決が確定した。
その後、XはYに対して、同一の金銭消費貸借契約に基づき発生した利息の支払いを求める訴訟を提起した。Yは、前訴確定判決の理由中において金銭消費貸借契約の成立が認定されているが、利息特約の有無については判断されていなかったと主張し、利息特約の不存在を争った。
Xは、前訴確定判決の理由中で金銭消費貸借契約の成立が認定されている以上、後訴においてYがその成立を争うことは既判力によって遮断されると主張した。
本件の核心的な争点は、前訴確定判決の理由中で認定された金銭消費貸借契約の成立という判断に既判力が生じるか、換言すれば、既判力の客観的範囲は判決主文の判断に限られるか、判決理由中の判断にも及ぶかという点にあった。
争点
- 既判力の客観的範囲は判決主文中の判断(訴訟物についての判断)に限られるか
- 判決理由中の判断(前提問題や先決関係に関する判断)に既判力は生じるか
- 前訴で判断された請求原因事実の認定に拘束力はあるか
判旨
確定判決の既判力は、主文に包含するものに限り生じるものであって(民訴法114条1項)、判決の理由中でなされた事実の認定や先決的法律関係の存否の判断には既判力は生じない
― 最高裁判所第一小法廷 昭和51年9月30日 昭和49年(オ)第321号
最高裁は、確定判決の既判力は判決主文に包含するもの、すなわち訴訟物たる権利関係の存否についての判断に限り生じると判示した。判決の理由中でなされた事実の認定や先決的法律関係の存否の判断には、原則として既判力は生じないとした。
したがって、前訴の貸金返還請求訴訟の判決理由中で金銭消費貸借契約の成立が認定されていたとしても、その認定に既判力は生じず、後訴においてYは金銭消費貸借契約の成立を争うことができると判断した。
ポイント解説
既判力の客観的範囲の原則
既判力の客観的範囲とは、確定判決の既判力がいかなる判断事項について生じるかという問題である。民訴法114条1項は「確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する」と規定し、既判力の客観的範囲を判決主文の判断に限定している。
ここでいう「主文に包含するもの」とは、訴訟物である権利関係の存否についての判断を意味する。具体的には、以下の判断が既判力の対象となる。
- 給付訴訟: 給付請求権の存否
- 確認訴訟: 確認対象である権利関係の存否
- 形成訴訟: 形成権の存否(形成判決の場合は形成の効果自体)
判決理由中の判断に既判力が生じない理由
判決理由中の判断に既判力が生じないとする原則の根拠は、以下のとおりである。
第一に、当事者の手続保障の観点がある。訴訟物は当事者が訴訟の対象として選択したものであり、当事者はその存否について十分な攻撃防御の機会を与えられている。これに対し、判決理由中の判断事項(前提問題や間接事実)については、必ずしも当事者が十分な攻撃防御を尽くしていない可能性がある。このような判断に既判力を認めると、当事者の予測に反して不利益な拘束力が生じるおそれがある。
第二に、審判範囲の明確化の要請がある。既判力の客観的範囲を判決主文に限定することで、確定判決の拘束力が及ぶ範囲を明確にし、後訴の審理における予測可能性を確保することができる。
第三に、処分権主義との整合性がある。処分権主義のもとでは、訴訟物は原告の訴えの提起によって特定される。判決理由中の判断にまで既判力を認めると、当事者が訴訟物として選択しなかった事項についても拘束力が生じることになり、処分権主義の趣旨に反する。
民訴法114条2項の例外――相殺の抗弁
民訴法114条2項は、相殺の抗弁に対する判断について、114条1項の原則の例外を定めている。すなわち、「相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する」と規定する。
相殺の抗弁に対する判断に既判力が認められる理由は、以下のとおりである。
- 相殺の抗弁は、被告の反対債権の存否という独立した権利関係の判断を含む
- 反対債権の存否について既判力を認めないと、被告は前訴で相殺の抗弁として主張した反対債権を後訴で改めて請求することが可能となり、実質的な二重の満足を得るおそれがある
- 相殺の抗弁については、当事者双方がその存否について十分な攻撃防御の機会を与えられている
争点効理論との関係
判決理由中の判断に既判力が及ばないことの不都合を補うための理論として、争点効理論がある。争点効とは、前訴において当事者が主要な争点として争い、裁判所がこれについて判断した場合に、後訴において当事者はその判断に反する主張をすることが許されないとする効力である。
争点効は既判力とは異なり、判決理由中の判断にも拘束力を認める点に特徴がある。もっとも、最高裁は争点効理論を正面から採用しておらず、本判決も既判力の客観的範囲を判決主文の判断に限定する原則を堅持している。
学説・議論
争点効肯定説(新堂説)
新堂幸司教授を中心に主張された争点効肯定説は、以下のように主張する。
- 前訴において当事者が主要な争点として争い、裁判所がこれについて実質的な判断を下した場合には、信義則(民訴法2条)に基づき、後訴においてその判断に反する主張を許さない拘束力が生じる
- 争点効の要件は、(1)当事者が前訴において主要な争点として争ったこと、(2)裁判所がその争点について実質的に判断したこと、(3)その判断が判決の結論を導くうえで必要な判断であったこと、である
- 争点効を認めることで、紛争の蒸し返し防止と訴訟経済の要請に応えることができる
争点効否定説(通説的見解)
通説は争点効を否定する立場であり、その論拠は以下のとおりである。
- 争点効の要件は必ずしも明確でなく、当事者にとって予測可能性が低い
- 判決理由中の判断は訴訟物の判断に比べて必ずしも慎重な審理がなされるとは限らない
- 既判力制度の趣旨は、訴訟物という明確な基準により拘束力の範囲を画定する点にあり、争点効はこの趣旨に反する
- 紛争の蒸し返し防止の要請は、信義則による遮断(いわゆる信義則説)によっても対応可能である
信義則説
信義則説は、前訴判決の理由中の判断に対して、既判力とは別に信義則(民訴法2条、民法1条2項)に基づく拘束力を認める見解である。
信義則説によれば、前訴において十分に攻撃防御を尽くす機会を与えられたにもかかわらず、後訴において前訴の判断に反する主張をすることは信義則に反し許されない場合がある。信義則説は、争点効理論のように画一的な拘束力を認めるのではなく、個別の事案における具体的な衡量に基づいて拘束力の有無を判断する点に特徴がある。
最高裁は、争点効理論を正面から採用していないが、信義則に基づく後訴の遮断を認めた判例が存在する(最判昭51.9.30はこの問題に直接触れていないが、後の判例において信義則による主張の遮断が認められた事例がある)。
判例の射程
先決関係にある権利関係の判断
本判決の射程は、先決関係にある権利関係の判断にも及ぶ。例えば、所有権に基づく建物明渡請求訴訟において原告勝訴の判決が確定した場合、判決理由中でなされた所有権の帰属に関する判断には既判力が生じない。したがって、後訴において当事者は所有権の帰属を改めて争うことができる。
もっとも、この帰結に対しては、紛争の蒸し返し防止の観点から批判があり、当事者が所有権の帰属の判断にも既判力を生じさせることを望む場合には、中間確認の訴え(民訴法145条)によって対応することが考えられる。
既判力と遮断効
既判力には遮断効(失権効)が伴う。遮断効とは、既判力の基準時(口頭弁論終結時)までに存在した事由については、確定判決によって遮断され、後訴において主張することが許されなくなる効力をいう。
本判決の射程との関係では、遮断効も判決主文の判断(訴訟物)に関する事由にのみ及ぶのであり、判決理由中の判断事項に関する事由にまで遮断効は及ばないことになる。
一部請求と既判力
一部請求の場合の既判力の客観的範囲も本判決の射程に関連する問題である。判例は、明示的一部請求がされた場合、既判力は請求された一部についてのみ生じ、残部には及ばないとしている(最判昭37.8.10)。この理解は、既判力の客観的範囲を訴訟物に限定する本判決の趣旨と整合的である。
反対意見・補足意見
本判決には特段の反対意見・補足意見は付されていない。もっとも、既判力の客観的範囲をめぐっては、争点効理論の採否について裁判官の間でも見解が分かれていることがうかがわれ、最高裁が争点効理論を正面から採用しなかったことの意味は、学説上も大きな議論を呼んでいる。
試験対策での位置づけ
既判力の客観的範囲は、司法試験・予備試験の民事訴訟法において最頻出の論点の一つである。論文式試験では、既判力の客観的範囲の原則(114条1項)と例外(114条2項)を前提に、争点効・信義則による後訴遮断の可否が繰り返し出題されている。
出題パターンとしては以下のものがある。
- 前訴判決の理由中の判断が後訴で問題となる場面: 前訴の理由中で認定された事実や判断された法律関係が、後訴で改めて争われる場合の処理
- 相殺の抗弁と既判力(114条2項)の適用場面: 前訴で相殺の抗弁が判断された場合の後訴への影響
- 一部請求と既判力: 一部請求訴訟の確定判決が残部請求に対して有する効力
- 争点効・信義則の適用の可否: 前訴で争点となった事項について後訴で矛盾する主張をすることが許されるか
答案では、114条1項の原則を正確に示したうえで、争点効の可否を論じるパターンが典型的であり、争点効否定説(通説)を基本としつつ、信義則による遮断の余地を論じるという構成が求められる。
答案での使い方
論証パターン
既判力の客観的範囲を答案で展開する際の基本的な論証の流れは以下のとおりである。
まず、問題提起として「前訴確定判決の理由中で判断された○○の存否について、後訴においてYがこれに反する主張をすることは既判力によって遮断されるか。既判力の客観的範囲が問題となる」と記述する。
次に、既判力の客観的範囲の原則を示す。
「確定判決の既判力は、主文に包含するもの、すなわち訴訟物たる権利関係の存否についての判断に限り生じる(民訴法114条1項)。判決理由中の判断には既判力は生じない。その趣旨は、訴訟物については当事者が十分な攻撃防御の機会を与えられているのに対し、判決理由中の判断事項については必ずしもそうとは限らず、予測に反する拘束力が生じるおそれがあることにある。」
さらに、争点効の可否について論じる。
「もっとも、前訴において当事者が主要な争点として争い、裁判所が実質的に判断した事項については、後訴においてこれに反する主張を許さない拘束力(争点効)を認めるべきとの見解がある。しかし、争点効の要件は必ずしも明確でなく、当事者にとって予測可能性が低いため、これを正面から認めることは相当でない(通説・判例)。もっとも、個別の事案において、前訴で十分な攻撃防御を尽くす機会を与えられたにもかかわらず後訴でこれに反する主張をすることが信義則に反する場合には、信義則(民訴法2条)に基づき、そのような主張を排斥することが許される。」
答案記述例
「前訴の貸金返還請求訴訟において、判決理由中で金銭消費貸借契約の成立が認定されている。しかし、民訴法114条1項によれば、既判力は主文に包含するもの、すなわち訴訟物たる貸金返還請求権の存否の判断に限り生じるのであり、判決理由中でなされた金銭消費貸借契約の成立の認定には既判力は生じない。したがって、後訴においてYが金銭消費貸借契約の成立を争うことは、既判力によっては遮断されない。」
重要概念の整理
既判力の客観的範囲の原則と例外
項目 内容 根拠条文 原則 既判力は判決主文の判断(訴訟物)に限り生じる 民訴法114条1項 例外 相殺の抗弁に対する判断には既判力が生じる 民訴法114条2項 中間確認の訴え 先決関係にある権利関係の確認を求め既判力を生じさせる 民訴法145条争点効と信義則の比較
比較項目 争点効 信義則による遮断 理論的根拠 前訴の判断そのものの拘束力 信義誠実の原則(民訴法2条) 要件の明確性 相対的に明確(争点性、判断の必要性等) 相対的に不明確(個別衡量) 効果 画一的な拘束力 個別事案における主張の排斥 判例の態度 正面からは採用していない 個別に認める余地あり 通説の態度 否定説が通説 肯定的既判力の客観的範囲に関連する制度
制度 内容 既判力との関係 中間確認の訴え(145条) 先決関係にある権利関係の確認を訴訟中に求める 確認対象に既判力を生じさせる 反訴(146条) 被告が原告に対して別の請求を同一訴訟で行う 反訴請求についても既判力が生じる 相殺の抗弁(114条2項) 被告が反対債権による相殺を主張する 反対債権の存否に既判力が生じる発展的考察
既判力の客観的範囲の現代的課題
第一に、争点効理論の再評価が議論されている。近年の民事訴訟法学では、争点効を全面的に否定するのではなく、一定の要件のもとで限定的に認める見解も有力化している。特に、当事者が前訴において十分な攻撃防御を尽くしたことが明らかな場合にまで、判決理由中の判断の拘束力を否定することは、紛争解決の実効性を損なうとの指摘がある。
第二に、訴訟物論との関連が重要である。既判力の客観的範囲は訴訟物の範囲に依存するため、訴訟物をどのように捉えるかによって既判力の客観的範囲も変わりうる。旧訴訟物理論(実体法説)を前提とすれば、同一の事実関係から異なる請求権が発生する場合、各請求権ごとに訴訟物が異なるため既判力も各請求権についてのみ生じる。これに対し、新訴訟物理論に立てば訴訟物が拡大されるため既判力の客観的範囲もそれに伴って拡大する。
第三に、国際的な既判力の客観的範囲の問題がある。外国判決の承認(民訴法118条)との関連で、外国判決の既判力の客観的範囲をいかに画定すべきかが問題となる。外国法の下では判決理由中の判断にも拘束力が認められる場合があり、このような外国判決を日本で承認する際の既判力の客観的範囲については、日本法の基準によるべきか外国法の基準によるべきかが議論されている。
第四に、消極的確認訴訟と既判力の問題がある。債務不存在確認訴訟において原告敗訴(債務の存在が確認される)の判決が確定した場合、その既判力は債務の存在のみに及び、債務の具体的な金額には及ばないと解されている。この結果、後訴において債権者が具体的な金額を請求する場合に、前訴の既判力の客観的範囲が問題となる。
よくある質問
Q1: 判決理由中の判断に拘束力がないとすると、紛争の蒸し返しが起きませんか。
確かに、判決理由中の判断に拘束力がないことにより、後訴において同じ事実関係が改めて争われる余地が生じる。しかし、既判力の客観的範囲を訴訟物に限定することは、当事者の手続保障と審判範囲の明確化の要請に基づくものである。紛争の蒸し返し防止については、信義則による遮断や中間確認の訴えの活用によって対応することが可能であり、既判力の客観的範囲を拡張する必然性はないとするのが通説の立場である。
Q2: 中間確認の訴え(145条)とはどのような制度ですか。
中間確認の訴えとは、訴訟の係属中に、訴訟の先決関係にある権利関係の存否の確認を求めて訴えを提起する制度である(民訴法145条)。先決関係にある権利関係について既判力を生じさせたい場合に利用される。例えば、建物明渡請求訴訟において、所有権の帰属についても既判力ある判断を得たい場合に、中間確認の訴えとして所有権確認請求を併合することが考えられる。
Q3: 相殺の抗弁に既判力が生じる理由は何ですか。
相殺の抗弁に既判力が生じる(114条2項)理由は、相殺の抗弁は被告の反対債権の存否という独立した権利関係の判断を含むため、その判断に既判力を認めないと、被告が前訴で相殺の抗弁として主張した反対債権を後訴で改めて請求し、実質的な二重の満足を得るおそれがあることにある。また、相殺の抗弁については、その存否が訴訟の主要な争点として攻撃防御が尽くされるため、既判力を認めても当事者の手続保障に反しない。
Q4: 訴訟物理論の対立は既判力の客観的範囲にどう影響しますか。
既判力の客観的範囲は訴訟物の範囲に依存する。旧訴訟物理論(実体法説)では、同一の事実関係から複数の請求権が発生する場合、各請求権が別個の訴訟物となるため、一方について確定判決を得ても他方には既判力が及ばない。新訴訟物理論では訴訟物が統一的に把握されるため、既判力の客観的範囲も広がりうる。日本の判例は旧訴訟物理論を前提とした処理をしているとされる。
関連条文
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
― 民事訴訟法 第114条第1項
相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。
― 民事訴訟法 第114条第2項
関連判例
- 相殺の抗弁と既判力に関する判例 - 既判力の客観的範囲の例外としての114条2項の適用
- 既判力の主観的範囲に関する判例 - 既判力の主観的範囲との比較
まとめ
既判力の客観的範囲に関する本判決は、確定判決の既判力が判決主文に包含するもの(訴訟物たる権利関係の存否の判断)に限り生じ、判決理由中の判断には既判力が生じないという原則を確認した重要判例である。この原則は、当事者の手続保障、審判範囲の明確化、処分権主義との整合性を根拠とする。判決理由中の判断の拘束力については争点効理論が主張されているが、判例・通説はこれを正面から採用せず、紛争の蒸し返し防止は信義則による遮断や中間確認の訴えによって対応するという立場をとっている。既判力の客観的範囲は、訴訟物論、相殺の抗弁、一部請求など多くの民訴法上の論点と交錯する基本概念であり、その正確な理解は試験対策においても実務においても不可欠である。