【判例】詐欺罪の重要判例(欺罔・処分行為)
詐欺罪の重要判例を解説。欺罔行為・錯誤・処分行為・財産的損害の各要件について、判例の蓄積と学説の議論を体系的に分析します。
この判例のポイント
詐欺罪(刑法246条)の成立には、欺罔行為、錯誤、処分行為(交付行為)、財物の移転(または財産上の利益の取得)、財産的損害という一連の因果経過が必要である。判例は、欺罔行為の内容、処分行為の意義、財産的損害の要否について詳細な判断を示しており、特に処分行為の有無が窃盗罪との区別において決定的に重要であるとしている。
事案の概要
無銭飲食事件(最判昭30.7.7)
被告人は、当初から代金を支払う意思がないにもかかわらず、飲食店で飲食物の注文を行い、飲食後に代金を支払わずに逃走した。代金支払意思のない飲食の注文が欺罔行為に当たるかが問題となった。
処分行為と窃盗罪の区別(最決昭32.12.13)
被告人は、商品を購入するふりをして店員に商品を手渡させ、店員の隙をみてこれを持ち去った。店員の行為が「処分行為」に当たるか、窃盗罪と詐欺罪のいずれが成立するかが争われた。
釣銭詐欺(最決昭62.7.16)
被告人は、商品購入の際に多額の紙幣を出し、店員が誤って多額の釣銭を渡そうとしたことに気づきながら、これを告知せずに受領した。不作為による欺罔行為の成否が問題となった。
暴力団員のゴルフ場利用(最決平26.3.28)
暴力団員である被告人が、暴力団関係者の施設利用を拒否するゴルフ場に対し、暴力団員であることを秘して施設利用を申し込んだ事案。身分の秘匿が欺罔行為に当たるか、また財産的損害が認められるかが争われた。
争点
- 欺罔行為の意義と範囲(不作為による欺罔を含むか)
- 処分行為(交付行為)の意義と窃盗罪との区別
- 財産的損害の要否とその内容
- 詐欺罪における「錯誤」の意義
判旨
無銭飲食事件
当初から代金を支払う意思がないのにあるように装い飲食物を注文する行為は、飲食店の店員に対する欺罔行為に当たり、これにより店員が錯誤に陥って飲食物を提供した場合には、詐欺罪が成立する
― 最高裁判所第一小法廷 昭和30年7月7日 昭和30年(あ)第222号
本判決は、代金支払意思の欠如を秘匿して注文する行為が欺罔行為に当たるとした。注文行為自体に「代金を支払う意思がある」という黙示の表示が含まれており、支払意思がないにもかかわらず注文する行為は、この黙示の表示が虚偽であるから欺罔行為に当たる。
処分行為と窃盗罪の区別
被害者が財物を交付したのは、被告人の欺罔行為によるものではなく、被告人に商品を手渡しただけであって、被害者に財物の処分行為は認められないから、詐欺罪ではなく窃盗罪が成立する
― 最高裁判所第二小法廷 昭和32年12月13日 昭和30年(あ)第2300号
本決定は、店員が商品を被告人に手渡した行為は、商品を被告人に引き渡す意思に基づく処分行為ではなく、単に商品を見せるために手渡しただけであるとして、処分行為を否定し窃盗罪の成立を認めた。詐欺罪と窃盗罪の区別は処分行為の有無にかかっている。
暴力団員のゴルフ場利用
暴力団関係者の施設利用を拒絶するゴルフ場において、暴力団関係者でないことがビジターの施設利用契約の締結に当たっての重要な事項に当たるとした上で、暴力団関係者であることを申告せずに施設利用を申し込む行為は、その身分を偽って施設利用を申し込む行為にほかならず、詐欺罪にいう人を欺く行為に当たる
― 最高裁判所第二小法廷 平成26年3月28日 平成25年(あ)第192号
本決定は、暴力団員が身分を秘匿してゴルフ場を利用する行為について詐欺罪の成立を認めた。ゴルフ場にとって暴力団関係者でないことが契約締結の重要事項であるとの認定に基づき、身分の秘匿が欺罔行為に当たるとした。
ポイント解説
詐欺罪の構造
詐欺罪は、以下の因果経過をたどって成立する自損型の犯罪である。
欺罔行為 → 錯誤 → 処分行為 → 財物の移転(利益の取得) → 財産的損害
各要素が因果関係で結ばれていることが必要であり、いずれか一つが欠けても詐欺罪は成立しない。この因果的連鎖構造が詐欺罪の特徴であり、被害者自身の処分行為を通じて財物・利益が移転する点で窃盗罪や強盗罪と区別される。
欺罔行為の態様
欺罔行為は、以下の態様に分類される。
- 作為による欺罔: 虚偽の事実を積極的に告知する行為。無銭飲食における注文行為がこれに当たる
- 不作為による欺罔: 告知義務がある事実を告知しない行為。釣銭の過剰交付に気づきながら告知しない行為がこれに当たる。不作為による欺罔が認められるためには、信義則上の告知義務が存在することが前提となる
- 身分の秘匿による欺罔: 暴力団員のゴルフ場利用事件のように、身分に関する重要事項を秘匿する行為
処分行為の意義
処分行為(交付行為)は、詐欺罪と窃盗罪を区別する最も重要な要件である。処分行為とは、被害者が財物に対する占有を移転させる意思に基づいて財物を交付する行為をいう。
処分行為が認められるためには、以下の要件が必要とされる。
- 処分の意思: 被害者が財物の占有を移転させることを認識していること。商品を見せるために手渡しただけでは処分の意思が認められない
- 処分の権限・地位: 処分行為は、財物に対する占有を有する者(またはその補助者)によって行われることが必要である
財産的損害の要否
詐欺罪における財産的損害の要否について、以下の対立がある。
- 形式的個別財産説: 財物の交付自体が財産的損害であり、対価の交付があっても財産的損害が認められるとする。反対給付が得られていても、欺罔に基づく交付である以上、財産処分の自由が侵害されている
- 実質的個別財産説: 対価が得られている場合には実質的な財産的損害がないとして、詐欺罪の成立を否定する
- 全体財産説: 被害者の全体財産に減少がない場合には財産的損害がないとする
暴力団員のゴルフ場利用事件において、被告人はゴルフ場の施設利用料を正規に支払っており、ゴルフ場は対価を得ている。この場合に財産的損害が認められるかが問題となったが、最高裁は暴力団関係者でないことが契約締結の重要事項であり、その点の秘匿によって利用させたことをもって詐欺罪の成立を認めており、形式的個別財産説ないし処分の自由の侵害に重点を置く立場に親和的とされる。
学説・議論
処分行為の必要性をめぐる議論
処分行為を詐欺罪の独立の要件として要求することに対し、以下の批判がある。
- 構成要件上の根拠の不明確さ: 刑法246条1項は「人を欺いて財物を交付させた」と規定しており、「交付」が処分行為を意味するとの解釈は明文上必ずしも明らかではない
- 窃盗罪との区別基準としての不十分さ: 処分行為の有無は、被害者の内心の意思に依存する面があり、外部から判断しにくい場合がある
もっとも、処分行為の要件は詐欺罪が自損型の犯罪であることの帰結として理論的に導かれるものであり、この要件を放棄することは詐欺罪の本質を変容させるものであるとの反論が有力である。
「錯誤」の範囲
詐欺罪における「錯誤」は、被害者が欺罔行為によって事実に関する誤った認識を抱くことをいう。問題は、錯誤がどの程度の重要性を持つ事項に関するものでなければならないかである。
暴力団員のゴルフ場利用事件では、ゴルフ場が暴力団関係者でないと誤信したことが「錯誤」に当たるとされた。この判断に対しては、取引の動機に関する錯誤にすぎず、詐欺罪の錯誤としては不十分ではないかとの批判がある。これに対し判例は、当該事項が契約締結にとって重要な事項であれば、動機に関する錯誤であっても詐欺罪の錯誤に当たるとの立場をとっている。
不正受給型詐欺の問題
生活保護の不正受給、補助金の不正受給等の不正受給型詐欺については、欺罔行為が行政機関に対する虚偽の申告に当たるか、行政機関の担当者に「錯誤」が認められるか等が問題となる。判例は、行政機関への虚偽申告も欺罔行為に当たりうるとしているが、行政機関の担当者が形式的審査しか行わない場合に「錯誤」が認められるかについては議論がある。
判例の射程
暴力団員のゴルフ場利用事件の射程
平成26年決定は、暴力団員がゴルフ場を利用する場面に限定された事案であるが、その法理は身分秘匿型の詐欺一般に及びうる。例えば、暴力団員が暴力団排除条項のある銀行口座を開設する行為についても同様の法理が適用される可能性がある。
もっとも、身分の秘匿が欺罔行為に当たるためには、当該身分が契約締結にとって重要な事項であることが前提となるため、身分の秘匿がすべて欺罔行為に当たるわけではない。
電子計算機使用詐欺罪との関係
人ではなくコンピュータに対して虚偽の情報を入力する行為は、人に対する欺罔行為に当たらないため、詐欺罪(246条)は成立しない。このような場合を処罰するために、電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)が1987年に新設された。この立法は、詐欺罪における欺罔行為が人に対するものに限定されることを前提としている。
反対意見・補足意見
暴力団員のゴルフ場利用事件(平成26年決定)には個別の反対意見は付されていないが、本決定については学説から多くの批判がなされている。特に、正規の対価が支払われている場合に財産的損害をどこに認めるかという点について、判例は明確な説明を行っておらず、理論的課題として残されている。
試験対策での位置づけ
詐欺罪は、司法試験・予備試験の刑法科目において窃盗罪と並ぶ最頻出の財産犯である。欺罔行為・錯誤・処分行為・財産的損害の各要件について、短答式・論文式の双方で精密な理解が求められる。
短答式試験では、詐欺罪の各構成要件の意義、詐欺罪と窃盗罪の区別(処分行為の有無)、1項詐欺と2項詐欺の違い、電子計算機使用詐欺罪との関係が繰り返し出題されている。不作為による欺罔の要件、身分秘匿型の詐欺(暴力団員のゴルフ場利用事件)も頻出テーマである。
論文式試験では、令和元年司法試験刑法で処分行為の有無が正面から問われ、採点実感では「処分行為の有無が問題となることを的確に指摘し、具体的事実を前提にして丁寧な検討ができていた答案は高い評価を受けた」とされた。令和2年予備試験でも欺罔行為の当てはめが出題されている。
出題パターンとしては、(1)処分行為の有無による窃盗罪と詐欺罪の区別、(2)欺罔行為の範囲(不作為・身分秘匿)、(3)財産的損害の有無、(4)特殊詐欺の共犯関係の4類型が典型的である。特に近時は、特殊詐欺(振り込め詐欺・オレオレ詐欺等)に関連する出題が増加しており、受け子の共犯関係や、だまされたふり作戦における未遂犯の成否が問われている。
答案での使い方
基本的な論証パターン
パターン1: 詐欺罪の基本的構成を論じる場合
「本件では、甲の行為に詐欺罪(刑法246条1項)が成立するかが問題となる。詐欺罪が成立するためには、(1)欺罔行為、(2)欺罔行為に基づく錯誤、(3)錯誤に基づく処分行為、(4)処分行為に基づく財物の移転、(5)財産的損害という一連の因果経過が必要である。」
パターン2: 処分行為の有無を論じる場合(窃盗罪との区別)
「本件では、Aが甲に商品を手渡した行為が詐欺罪における処分行為に当たるかが問題となる。処分行為とは、被害者が財物に対する占有を移転させる意思に基づいて行う財物の交付行為をいう。処分行為が認められるためには、被害者に占有を移転させる処分の意思と処分の事実が必要である。
本件では、Aは甲に商品を見せるために手渡しただけであり、商品の占有を甲に移転させる意思はなかった。したがって、処分行為は認められず、甲の行為は詐欺罪ではなく窃盗罪が成立する。」
パターン3: 不作為による欺罔を論じる場合
「本件では、甲が釣銭の過剰交付に気づきながらこれを告知しなかった不作為が欺罔行為に当たるかが問題となる。不作為による欺罔が認められるためには、信義則上の告知義務が存在することが必要である。本件では、取引の相手方から過剰な釣銭を受領しようとしている状況において、甲には信義則上、過剰であることを告知すべき義務があったと認められる。甲がこの告知義務に反して沈黙したことは、不作為による欺罔行為に当たる。」
答案作成上の注意点
- 欺罔行為の内容を具体的に特定すること。「甲が欺罔した」ではなく、「甲が代金支払意思がないにもかかわらず注文した行為」のように、欺罔の具体的内容を明示する
- 処分行為の認定は詐欺罪の核心であり、処分の意思と処分の事実を分けて検討すること
- 財産的損害について、形式的個別財産説と実質的個別財産説の対立を意識すること。対価が支払われている場合には特に問題となる
- 欺罔行為と処分行為の間の因果関係を省略しないこと。錯誤が処分行為の原因となっていることを示す必要がある
重要概念の整理
詐欺罪の因果経過の全体像
| 段階 | 要件 | 内容 | 欠けた場合 |
|---|---|---|---|
| 1 | 欺罔行為 | 人を欺く行為(作為・不作為) | 詐欺罪不成立 |
| 2 | 錯誤 | 欺罔行為に基づく誤信 | 詐欺罪不成立 |
| 3 | 処分行為 | 錯誤に基づく財物の交付 | 詐欺罪不成立(窃盗罪の可能性) |
| 4 | 財物の移転 | 財物が行為者に移転 | 詐欺未遂 |
| 5 | 財産的損害 | 被害者に財産的損害が発生 | 形式説では不要とする見解あり |
詐欺罪と窃盗罪の区別
| 区別要素 | 詐欺罪(246条) | 窃盗罪(235条) |
|---|---|---|
| 占有移転の態様 | 被害者の処分行為に基づく | 被害者の意思に反する |
| 処分行為 | 必要 | 不要 |
| 被害者の関与 | 自損型(被害者の行為を介する) | 他損型(行為者が直接奪取) |
| 欺罔行為 | 必要 | 不要 |
| 具体例 | 嘘をついて商品を受け取る | 店員の隙をついて商品を持ち去る |
1項詐欺と2項詐欺の比較
| 項目 | 1項詐欺(246条1項) | 2項詐欺(246条2項) |
|---|---|---|
| 客体 | 財物 | 財産上の利益 |
| 行為 | 人を欺いて財物を交付させる | 人を欺いて財産上不法の利益を得る |
| 具体例 | 嘘をついて商品を購入 | 無銭飲食後に欺罔して支払を免れる |
| 法定刑 | 10年以下の懲役 | 同左 |
| 未遂 | 処罰あり(250条) | 処罰あり(250条) |
発展的考察
特殊詐欺と判例の展開
近時、振り込め詐欺やオレオレ詐欺等の特殊詐欺(組織的な電話詐欺)が社会問題化しており、刑事実務においても多数の判例が蓄積されている。特に問題となるのは以下の論点である。
受け子の故意と共犯関係: 特殊詐欺において、現金やキャッシュカードを受け取る役割(受け子)の者が、詐欺の全体像を認識していない場合に、詐欺罪の共同正犯が成立するかが問題となる。判例は、受け子が「何らかの犯罪に加担している」との認識があれば、詐欺罪の故意を認める傾向にある。
だまされたふり作戦: 被害者が警察の協力を得て、犯人からの電話に「だまされたふり」をして対応する捜査手法(だまされたふり作戦)が実施された場合、被害者は錯誤に陥っていないため、既遂に至ることはない。この場合、受け子には詐欺未遂罪の共同正犯が成立するかが問題となる。最決平成29年12月11日は、だまされたふり作戦開始後に共謀に加わった受け子について、詐欺未遂罪の共同正犯の成立を認めた。
暴力団排除条項と詐欺罪の拡張
平成26年決定(暴力団員のゴルフ場利用事件)以降、暴力団排除条項に違反する行為に詐欺罪を適用する事例が増加している。銀行口座の開設、携帯電話の契約、不動産の賃貸借等、暴力団排除条項が設けられている場面は多岐にわたり、暴力団員がこれらの契約を締結する行為に詐欺罪を適用することの当否が議論されている。批判的見解は、正規の対価が支払われている場合に財産的損害を認めることは詐欺罪の保護領域を不当に拡張するものであると指摘する。
電子計算機使用詐欺罪の現代的意義
インターネットバンキングの不正送金、クレジットカード情報の不正使用、ポイントの不正取得等の場面では、人に対する欺罔行為が存在しないため、従来の詐欺罪(246条)では処罰が困難である。これらの行為は電子計算機使用詐欺罪(246条の2)によって処罰されるが、同罪の構成要件(「虚偽の情報」「不正な指令」の意義)についてはなお解釈上の問題が残されている。デジタル社会の進展に伴い、電子計算機使用詐欺罪の重要性は一層高まっている。
よくある質問
Q1: 無銭飲食は必ず詐欺罪になりますか。
無銭飲食が詐欺罪に当たるかは、代金支払意思の欠如がいつ生じたかによって異なる。注文時から代金を支払う意思がなかった場合は、注文行為自体が欺罔行為となり、1項詐欺(財物に対する詐欺)が成立する。他方、飲食後に初めて代金を支払わないことを決意した場合は、飲食物の交付については詐欺罪は成立せず、その後の逃走行為等が2項詐欺(利益に対する詐欺)に当たるかが問題となる。この場合、単に逃走しただけでは欺罔行為がないため詐欺罪は成立せず、店員を欺いて代金支払義務を免れた場合に限り2項詐欺が成立する。
Q2: 処分行為における「処分の意思」とは何ですか。
処分の意思とは、被害者が財物に対する占有を相手方に移転させることを認識・認容していることをいう。処分の意思が認められるためには、被害者が財物の占有を失うことを認識している必要があるが、欺罔の内容そのものを認識している必要はない。すなわち、被害者がだまされた結果として財物を渡しているのであれば、処分の意思は認められる。問題となるのは、被害者が財物を「見せるだけ」のつもりで手渡した場合であり、この場合は占有移転の意思がないため処分行為は否定される。
Q3: 詐欺罪で財産的損害は必ず必要ですか。
この点については学説上争いがある。判例は、欺罔行為に基づく処分行為によって財物が交付された以上、財産的損害を独立の要件としては厳格に要求しない傾向にある。暴力団員のゴルフ場利用事件では、正規の対価が支払われていたにもかかわらず詐欺罪の成立が認められており、形式的個別財産説に親和的な立場をとっている。もっとも、学説では実質的な財産的損害を要求すべきとする見解も有力であり、議論が続いている。
Q4: 嘘をついて銀行口座を開設した場合、何罪になりますか。
暴力団排除条項がある場合に暴力団員が身分を秘匿して口座を開設した場合や、犯罪利用目的を秘匿して口座を開設した場合には、詐欺罪(1項詐欺)が成立しうる。通帳・キャッシュカード等の交付を受ける点で財物に対する詐欺が認められる。また、振り込め詐欺等に利用する目的で口座を開設する行為は、犯罪収益移転防止法による処罰の対象ともなる。
Q5: 電子計算機使用詐欺罪と詐欺罪はどう違いますか。
詐欺罪(246条)は人に対する欺罔行為を要件とするのに対し、電子計算機使用詐欺罪(246条の2)は電子計算機に対する虚偽の情報又は不正な指令の入力を要件とする。ATMに他人のキャッシュカードを挿入して預金を引き出す行為は、人に対する欺罔行為がないため詐欺罪は成立しないが、電子計算機に虚偽の情報を与えて不法の利益を得たものとして電子計算機使用詐欺罪が成立しうる。両罪は、欺罔の対象が人かコンピュータかによって区別される。
既存セクションの拡充についての補足
ポイント解説の補足: 欺罔行為の重要事項性
欺罔行為は、相手方が財産的処分行為をするための判断の基礎となるような重要な事実を偽ることが必要とされる。あらゆる虚偽の告知が欺罔行為に当たるわけではなく、処分行為との関連性が求められる。
| 欺罔の態様 | 具体例 | 欺罔行為の認定 |
|---|---|---|
| 作為による欺罔 | 代金支払意思がないのに注文する | 肯定(黙示の虚偽表示) |
| 不作為による欺罔 | 釣銭の過剰に気づきながら告知しない | 告知義務がある場合に肯定 |
| 身分秘匿による欺罔 | 暴力団員であることを秘匿 | 当該身分が重要事項の場合に肯定 |
| 品質の虚偽表示 | 偽ブランド品を本物と偽って販売 | 肯定 |
| 用途の秘匿 | 犯罪利用目的を秘匿して口座開設 | 肯定 |
学説・議論の補足: 三角詐欺の問題
三角詐欺とは、欺罔行為の相手方(処分行為者)と被害者(財産の帰属主体)が異なる場合をいう。例えば、訴訟詐欺(裁判所を欺いて勝訴判決を得る場合)がその典型である。三角詐欺においては、処分行為者が被害者の財産について処分する権限・地位を有していることが必要とされる。訴訟詐欺の場合、裁判所の判決は被告の財産について法的効力を有するものであるから、処分の権限・地位が認められるとされている。
関連条文
人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
― 刑法 第246条第1項
前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
― 刑法 第246条第2項
関連判例
- 窃盗罪の重要判例 - 処分行為の有無による窃盗罪と詐欺罪の区別
- 横領と背任の区別に関する判例 - 財産犯の相互関係
- 事後強盗の判例 - 財産犯の類型間の関係
試験に出るポイント(5つ)
- 短答式: 詐欺罪の因果経過の構造 --- 欺罔行為→錯誤→処分行為→財物の移転→財産的損害という五段階の因果経過を正確に答える。各段階の意義と、いずれかが欠けた場合の法的帰結(窃盗罪への振替え等)を問う正誤問題が頻出。
- 短答式: 処分行為の有無による窃盗罪との区別 --- 詐欺罪は被害者の処分行為を通じて財物が移転する自損型の犯罪であり、処分行為がなければ窃盗罪が成立する。「商品を見せるために手渡しただけ」では処分行為が否定される点を正確に押さえる。
- 論文式: 欺罔行為の範囲と認定 --- 作為による欺罔(虚偽の告知)、不作為による欺罔(告知義務違反)、身分秘匿による欺罔(暴力団員のゴルフ場利用事件)の各態様について、具体的事実を用いた認定が求められる。
- 論文式: 財産的損害の要否と認定 --- 暴力団員のゴルフ場利用事件で正規の対価が支払われている場合に財産的損害をどう認めるか、形式的個別財産説と実質的個別財産説の対立を踏まえた論証が問われる。
- 論文式: 特殊詐欺における共犯関係 --- 受け子の故意認定(「何らかの犯罪に加担している」との認識で足りるか)、だまされたふり作戦における詐欺未遂罪の共同正犯の成否(最決平29.12.11)が近時の重要出題テーマ。
覚えるべき要点
キーフレーズ
- 「当初から代金を支払う意思がないのにあるように装い飲食物を注文する行為は、飲食店の店員に対する欺罔行為に当たる」(無銭飲食事件)
- 「被害者に財物の処分行為は認められないから、詐欺罪ではなく窃盗罪が成立する」(最決昭32.12.13)
- 「暴力団関係者でないことがビジターの施設利用契約の締結に当たっての重要な事項に当たる」(暴力団員のゴルフ場利用事件・最決平26.3.28)
数字・日付
- 無銭飲食事件: 最判昭和30年7月7日
- 処分行為と窃盗罪の区別: 最決昭和32年12月13日(昭和30年(あ)第2300号)
- 釣銭詐欺: 最決昭和62年7月16日
- 暴力団員のゴルフ場利用: 最決平成26年3月28日(平成25年(あ)第192号)
- だまされたふり作戦: 最決平成29年12月11日
- 関連条文: 刑法246条1項(1項詐欺)、246条2項(2項詐欺)、246条の2(電子計算機使用詐欺)、250条(未遂処罰)
対比表
| 比較項目 | 詐欺罪(246条) | 窃盗罪(235条) |
|---|---|---|
| 占有移転の態様 | 被害者の処分行為に基づく(自損型) | 被害者の意思に反する(他損型) |
| 処分行為 | 必要 | 不要 |
| 欺罔行為 | 必要 | 不要 |
| 具体例 | 嘘をついて商品を受け取る | 店員の隙に商品を持ち去る |
| 区別の決め手 | 被害者に占有移転の意思があるか | 被害者の意思に反する占有移転か |
論証への活かし方
規範の明示
答案で引用すべき規範は以下のとおりである。
「詐欺罪が成立するためには、(1)欺罔行為、(2)欺罔行為に基づく錯誤、(3)錯誤に基づく処分行為、(4)処分行為に基づく財物の移転、(5)財産的損害という一連の因果経過が必要である。」
処分行為の意義:
「処分行為とは、被害者が財物に対する占有を移転させる意思に基づいて行う財物の交付行為をいう。処分行為が認められるためには、処分の意思と処分の事実が必要である。」
不作為による欺罔:
「不作為による欺罔が認められるためには、信義則上の告知義務が存在することが前提となる。」
論文での引用例
「本件では、Aが甲に商品を手渡した行為が詐欺罪における処分行為に当たるかが問題となる。処分行為とは、被害者が財物に対する占有を移転させる意思に基づいて行う財物の交付行為をいう。本件では、Aは商品を甲に見せるために手渡しただけであり、商品の占有を甲に移転させる意思はなかった。したがって、処分行為は認められず、甲の行為には詐欺罪ではなく窃盗罪が成立する。」
あてはめのコツ
- 欺罔行為の内容を具体的に特定する: 「甲が代金支払意思がないにもかかわらず注文した行為が欺罔行為に当たる」等、欺罔の具体的内容(何を偽ったか)を問題文から特定して明示する
- 処分行為の認定は処分の意思と処分の事実を分けて検討する: 「Aは商品を甲に引き渡す意思で交付しており処分の意思が認められる」「Aは商品を見せるだけの意思であり処分の意思がない」等、意思の内容を丁寧に認定する
- 不作為による欺罔では告知義務の根拠を示す: 「取引の相手方から過剰な釣銭を受領しようとする状況において、信義則上、過剰であることを告知すべき義務がある」等、告知義務の発生根拠を具体的に論じる
- 財産的損害は立場を明示して論じる: 対価が支払われている場合は「形式的個別財産説によれば、欺罔に基づく処分行為自体が財産的損害である」等、自説の立場を明確にする
まとめ
詐欺罪の成立には、欺罔行為・錯誤・処分行為・財物の移転・財産的損害という一連の因果経過が必要である。判例は、欺罔行為について作為・不作為・身分秘匿の各態様を認め、処分行為の有無を窃盗罪との区別の決め手としている。暴力団員のゴルフ場利用事件は、身分秘匿型の欺罔と財産的損害の認定について新たな判断を示したが、その理論的根拠については学説上の議論が続いている。詐欺罪は社会生活における取引の安全を保護する犯罪であり、社会の変化に伴ってその適用範囲が問い直される局面が増えている。
科目を選び、肢別演習で知識を確かめられます。