【判例】横領と背任の区別基準(252条・247条)
横領罪と背任罪の区別に関する主要判例を解説。横領行為の意義、委託信任関係、不法領得の意思、両罪の限界について判例・学説を分析します。
この判例のポイント
横領罪(刑法252条)と背任罪(刑法247条)は、いずれも信任関係の侵害を本質とする犯罪であるが、横領罪は「自己の占有する他人の物を横領」する犯罪であり、背任罪は「他人のためにその事務を処理する者が任務に背く行為をし財産上の損害を加える」犯罪である。両罪の区別は、行為者が自己の名義・計算で財物を処分したか(横領)、本人の名義・計算で任務違背行為を行ったか(背任)によって判断される。
このページでは、検索で多く調べられている次の3点を正面から扱う。
- 背任罪とは何か(背任罪の定義・要件と主要判例)
- 横領と背任の区別をどう書くか(答案で使える論証例)
- 特別背任罪とは何か(会社法960条の定義・要件と主要判例)
それぞれ独立の見出しを設けたので、必要な箇所から読み進めてほしい。
背任罪とは(247条の定義・要件・主要判例)
背任罪の定義
背任罪(刑法247条)とは、他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加える犯罪をいう。法定刑は5年以下の懲役又は50万円以下の罰金である。本罪の本質は、信任関係に基づき委ねられた他人の財産的事務を裏切ること(背信)にある(背信説。判例・通説)。
「背任罪 判例」を調べる受験生がまず押さえるべきは、背任罪が財物に限られない「財産」一般を保護対象とし、現実の処分権限を背景に本人の名義・計算で行われる任務違背を捕捉する点である。横領罪が「物」の領得を捉えるのに対し、背任罪はより広く財産的損害をもたらす背信行為を捉える点に、両罪のすみ分けがある。
背任罪の成立要件(5つ)
背任罪の成立要件は、以下の5つに分解して検討するのが答案上も整理しやすい。
- 主体: 他人のためにその事務を処理する者(事務処理者)であること。法令・契約・慣行・事務管理等に基づき、他人の財産的事務を処理する地位にある者をいう。事実上の事務処理者でもよい。
- 任務違背行為。事務処理者として誠実に行うべき義務に背く行為をいう。任務の内容は法令・定款・契約・慣行等から具体的に確定し、行為がこれに反するかを判断する。
- 本人に財産上の損害を加えたこと(損害の発生)。既存財産の減少(積極的損害)だけでなく、得べかりし利益の喪失(消極的損害)も含む。経済的見地から財産的価値の減少があれば足り、回収見込みのない貸付けによる損害(不良債権の発生)も損害に当たる。
- 図利加害目的。「自己若しくは第三者の利益を図り(図利目的)又は本人に損害を加える目的(加害目的)」が必要である。
- 故意。任務違背・損害発生の認識が必要である。
図利加害目的の意義
背任罪に固有の主観的要素が図利加害目的である。判例・通説は、本人図利(本人の利益を図る目的)の場合には背任罪は成立しないと解する。すなわち、もっぱら本人のためを思って行った行為であれば、たとえ結果的に損害が生じても図利加害目的を欠き、背任罪は成立しない。
問題となるのは、本人のためという動機と自己・第三者のためという動機が併存する場合である。判例は、行為の主たる目的が本人図利にあったか、自己・第三者図利ないし加害にあったかを基準に判断する傾向にある(主たる動機による判断)。本人の利益を図る動機が決定的でなく、自己又は第三者の利益を図る点にあったと認められれば、図利加害目的が肯定される。
なお、図利加害目的の「利益」は財産上の利益に限らず、身分上・地位上の利益等を含むと解する見解が有力である(例: 自己の地位を保全する目的での不正融資)。
背任罪の主要判例(背信説・損害概念)
- 背信説の採用: 判例は古くから、背任罪の本質を権限濫用ではなく信任関係に背く背信行為に求める背信説に立つ。これにより、事実上の事務処理や法律行為によらない事実行為による任務違背も背任罪に含まれる。
- 財産上の損害の意義: 判例は、財産上の損害を経済的見地から評価し、法律的には債権が存在していても、その回収が事実上困難で経済的価値が減少していれば損害があるとする(実害発生の前倒し的把握)。不良貸付けでは、貸付実行時点で回収困難が明白であれば、その時点で損害が生じたと評価される。
- 不正融資・不良貸付け: 金融機関の役職員が、十分な担保もなく回収見込みの乏しい融資を実行した事案で、背任罪(金融機関役員であれば後述の特別背任罪)の成立が広く認められている。融資は銀行の名義・計算で行われるため横領ではなく背任の枠組みで処理される。
(正確な事件番号・年月日が不確実な個別判例については、本稿では一般化された判例法理として記述している。具体的な判例引用が必要な場合は、各自で最新の判例集・体系書により事件番号と判示を確認されたい。)
事案の概要
二重抵当事件(最判昭31.6.26)
被告人は、不動産の所有者から当該不動産の管理を委託されていたところ、同一の不動産に二重に抵当権を設定して金銭を借り受けた。被告人が管理を委託された不動産に抵当権を設定する行為が横領罪に当たるか背任罪に当たるかが争われた。
預金の無断引出し(最決昭33.12.26)
被告人は、会社の金銭を管理する立場にあったところ、会社の預金を無断で引き出して自己の用途に費消した。会社の預金の無断引出しが業務上横領罪に当たるか背任罪に当たるかが争われた。
不動産の二重売買(最判昭30.12.26)
被告人は、他人から売却を委託された不動産を、委託者に無断で第三者に売却し、代金を着服した。委託を受けた不動産の無断売却が横領罪の「横領」に当たるかが問題となった。
争点
- 横領罪と背任罪の区別基準は何か
- 「横領」の意義(不法領得の意思の発現行為)
- 両罪が競合する場合の処理
判旨
横領行為の意義
横領罪にいう「横領」とは、委託の趣旨に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思、すなわち不法領得の意思を発現する一切の行為をいう
― 最高裁判所第二小法廷 昭和33年12月26日 昭和31年(あ)第2963号
本判決は、横領行為を不法領得の意思を発現する行為と定義した。ここで不法領得の意思とは、他人の物の占有者が委託の趣旨に背いて、権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいう。
二重抵当と横領
不動産の管理を委託された者が、その不動産に無断で抵当権を設定した場合、その行為は当該不動産について不法領得の意思を発現したものとして、横領罪が成立する
― 最高裁判所第二小法廷 昭和31年6月26日 昭和30年(あ)第1509号
本判決は、委託を受けた不動産に無断で抵当権を設定する行為が横領罪に当たるとした。抵当権の設定は所有者でなければできないような処分行為であり、不法領得の意思の発現として横領に当たるとの判断である。
ポイント解説
横領罪と背任罪の構成要件の比較
要素 横領罪(252条) 背任罪(247条) 主体 他人の物の占有者 他人のためにその事務を処理する者 行為 横領(不法領得の意思の発現行為) 任務違背行為 客体 自己の占有する他人の物 他人の財産(財物に限定されない) 結果 横領行為自体で既遂 財産上の損害の発生 主観的要素 不法領得の意思 自己又は第三者の利益を図る目的・本人に損害を加える目的区別基準をめぐる議論
横領罪と背任罪の区別基準については、以下の見解が対立してきた。
- 権限逸脱・濫用説: 行為者が委託された権限を逸脱して処分した場合は横領罪、権限の範囲内であるがこれを濫用した場合は背任罪が成立するとする
- 領得行為説(判例の方向性): 行為者が物に対する不法領得の意思を発現する行為(所有者のようにふるまう処分行為)を行った場合は横領罪、不法領得の意思なく任務に違背する行為を行った場合は背任罪が成立するとする
- 本人名義・自己名義説: 行為者が自己の名義・計算で財物を処分した場合は横領罪、本人の名義・計算で任務違背行為を行った場合は背任罪が成立するとする
具体的事例における区別
区別基準の具体的適用は、以下のように整理される。
- 預金の着服: 会社の預金を引き出して自己の用途に費消した場合は、業務上横領罪が成立する。預金の引出しは金銭に対する不法領得の意思の発現行為だからである
- 二重抵当の設定: 委託を受けた不動産に無断で抵当権を設定した場合は、横領罪が成立する(判例)。もっとも、この場合は背任罪としての構成も可能であり、両罪の競合が問題となる
- 不正融資: 銀行員が回収の見込みのない融資を行った場合は、背任罪が成立する。融資行為は銀行の名義・計算で行われるものであり、銀行員が自己の物を処分したのではないからである
- 使途を逸脱した金銭の使用: 特定の用途に充てるために預かった金銭を別の用途に流用した場合は、横領罪が成立する。金銭の占有者が委託の趣旨に反してこれを自己のために使用する行為は、不法領得の意思の発現にほかならない
横領罪における「占有」の意義
横領罪は「自己の占有する他人の物」を客体とする。ここでの占有は、窃盗罪の占有とは異なり、委託信任関係に基づく法律上の占有を含む。例えば、会社の代表者が会社の財産を法律上占有している場合、その財産を着服すれば業務上横領罪が成立する。
学説・議論
横領罪と背任罪の法条競合説と観念的競合説
横領罪と背任罪の両方の構成要件を充たす場合の処理について、以下の見解が対立する。
- 法条競合説(判例・通説): 横領罪と背任罪は法条競合(特別関係)の関係にあり、横領罪が背任罪に対して特別法の関係に立つ。したがって、横領罪が成立する場合には背任罪は排斥される。判例はこの立場をとっている
- 観念的競合説: 横領罪と背任罪は別個の犯罪であり、両方の構成要件を充たす場合は観念的競合として処理すべきであるとする
法条競合説を採る判例の立場からは、具体的事案において横領罪が成立するか背任罪が成立するかは二者択一の問題であり、両罪が同時に成立することはない。
不法領得の意思の内容
横領罪における不法領得の意思は、窃盗罪の不法領得の意思とは内容が異なるとされる。
- 窃盗罪の不法領得の意思: 権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従い利用・処分する意思
- 横領罪の不法領得の意思: 委託の趣旨に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思
横領罪の不法領得の意思は、既に自己の占有下にある物について所有者のような処分を行う意思であり、窃盗罪の場合とは排除意思の内容が異なる点に注意が必要である。
背任罪の「任務違背」の判断
背任罪の成立には任務違背行為が必要であるが、何が「任務」に当たり、何が「違背」に当たるかの判断は必ずしも容易ではない。判例は、任務の内容を法令・定款・契約・慣行等から具体的に確定した上で、行為者の行為がこれに違背するかを判断している。
特に問題となるのは、経営判断の場面である。会社の取締役が経営判断として行った行為が結果的に会社に損害を与えた場合に、背任罪が成立するかどうかについては、経営判断の原則(ビジネス・ジャッジメント・ルール)との関係が問題となる。判例は、著しく不合理な経営判断については任務違背を認める傾向にある。
判例の射程
二重抵当事件の射程
二重抵当事件の判例は、委託を受けた不動産に無断で担保権を設定する行為を横領罪とした事案であるが、その法理は委託を受けた物に対する処分行為一般に及ぶ。売却、贈与、質入れ等の処分行為も同様に横領罪を構成しうる。
もっとも、処分行為が本人の利益のために行われた場合(例えば、委託者のために有利な条件で抵当権を設定した場合)には、不法領得の意思が否定され、横領罪は成立しない可能性がある。
不正融資と背任罪の射程
不正融資に関する背任罪の判例は、金融機関の融資業務において広く適用されている。もっとも、融資の回収可能性の判断は事後的に見れば容易であっても、融資時点では不確実な要素が多く、融資時点における回収見込みの合理性が問題となる。判例は、融資時点の状況に照らして著しく回収困難であることが明白であった場合に背任罪の成立を認めている。
反対意見・補足意見
二重抵当事件の判決、預金の無断引出しに関する決定のいずれにも個別の反対意見は付されていない。もっとも、横領罪と背任罪の区別基準については学説上の議論が根強く、判例の立場が理論的に十分に整理されているかについては批判がある。
特に、二重抵当の設定を横領罪とすることに対しては、抵当権の設定は所有権の移転を伴わず、物自体の占有移転もないから、横領行為とはいえないのではないかとの批判がある。
試験対策での位置づけ
出題科目と重要度
横領罪と背任罪の区別は、司法試験・予備試験の刑法(刑事系科目第1問)における重要論点である。財産犯体系の理解が問われる論点であり、窃盗罪・詐欺罪・横領罪・背任罪の相互関係を正確に把握していることが求められる。横領罪の不法領得の意思の内容、背任罪の任務違背の判断は、事案に即した丁寧なあてはめが必要である。
出題実績
司法試験論文式では、会社の金銭の着服、委託物の無断処分、不正融資等の事案で横領罪と背任罪の区別が問われることがある。短答式では、横領罪の不法領得の意思の内容(窃盗罪との違い)、背任罪の図利加害目的の意義、両罪の法条競合関係が頻出である。特に、二重抵当・二重売買が横領に当たるという判例法理は必須の知識である。
関連論点との接続
横領罪と背任罪の区別は、窃盗罪の不法領得の意思との比較、詐欺罪と背任罪の区別(自己取引と背任)、業務上横領罪と特別背任罪(会社法960条)との関係、共犯と身分(刑法65条)の問題と密接に関連する。
答案での使い方
横領罪の成立を論じる場合の論証
「甲は会社の経理担当者として会社の預金を管理する地位にあったところ、会社名義の預金を無断で引き出し自己の遊興費に費消した。甲は業務上会社の預金を占有する者であり、その引出し・費消行為は、委託の趣旨に背いて権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思、すなわち不法領得の意思を発現する行為である。したがって、甲には業務上横領罪(253条)が成立する。」
背任罪の成立を論じる場合の論証
「甲は銀行の融資担当部長として融資の可否を決定する権限を有していたところ、回収見込みのない融資を実行し、銀行に損害を与えた。甲の融資行為は銀行の名義・計算で行われたものであり、甲が自己の物を処分したのではないから、横領罪ではなく背任罪の成否を検討すべきである。甲は自己又は第三者の利益を図る目的で任務に違背し、本人に財産上の損害を加えたから、背任罪(247条)が成立する。」
横領罪と背任罪の区別を論じる場合の論証
「横領罪と背任罪はいずれも信任関係の侵害を本質とする犯罪であるが、両者は法条競合の関係にあり、横領罪は背任罪の特別法の関係に立つ。行為者が自己の占有する他人の物について不法領得の意思を発現する処分行為を行った場合は横領罪が成立し、不法領得の意思の発現に至らない任務違背行為を行った場合は背任罪が成立する。」
答案記述上の注意点
- 不法領得の意思の内容を正確に示す: 窃盗罪の不法領得の意思とは異なることを意識する
- 自己名義か本人名義かを検討する: 処分が行為者の名義・計算で行われたか本人の名義・計算で行われたかが区別のポイントとなる
- 法条競合の処理を明示する: 横領罪が成立する場合には背任罪は排斥されることを示す
- 業務上横領罪・特別背任罪との関係に注意する: 行為者の身分に応じた加重類型の適用を検討する
重要概念の整理
横領罪と背任罪の構成要件の詳細比較
要素 横領罪(252条) 業務上横領罪(253条) 背任罪(247条) 主体 他人の物の占有者 業務上他人の物を占有する者 他人のためにその事務を処理する者 行為 横領 横領 任務違背行為 客体 自己の占有する他人の物 同左 他人の財産(広い) 主観的要素 不法領得の意思 不法領得の意思 図利加害目的 法定刑 5年以下の懲役 10年以下の懲役 5年以下の懲役又は50万円以下の罰金具体的事例における区別の整理
事例 横領か背任か 理由 預金の着服 横領 金銭を自己のために費消=不法領得の意思の発現 二重抵当の設定 横領(判例) 所有者でなければできない処分行為 不動産の二重売買 横領 委託物の無断売却=不法領得の意思の発現 不正融資 背任 本人の名義・計算での融資=任務違背 使途を逸脱した金銭流用 横領 委託の趣旨に反する金銭使用 不利な条件での取引 背任 本人の名義で行う不利な取引=任務違背発展的考察
横領後の横領の問題
横領罪が一度成立した後、同一の物についてさらに処分行為を行った場合(例えば、横領した不動産をさらに第三者に売却した場合)、横領後の横領として別罪が成立するかが問題となる。判例は、不可罰的事後行為として後の処分行為は別罪を構成しないとする傾向にあるが、学説上は議論がある。
特別背任罪との関係(概要)
会社法960条は、取締役等が自己又は第三者の利益を図り又は会社に損害を加える目的で任務に背く行為をした場合に、特別背任罪(10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金)を規定している。特別背任罪は刑法の背任罪の特別法であり、会社の役員等についてはこちらが優先適用される。詳細は次の独立節で扱う。
デジタル資産と横領罪の適用
暗号資産やデジタルデータの管理を委託された者がこれを不正に処分した場合に横領罪が成立するかは、「物」の概念との関係で問題となる。横領罪の客体は「物」であるところ、暗号資産やデジタルデータが「物」に該当するかについては議論がある。この問題は、横領罪と背任罪の区別にも影響しうる。
経営判断の原則と背任罪
企業経営者の経営判断が結果的に会社に損害を与えた場合の背任罪の成否は、実務上極めて重要な問題である。判例は、経営判断の過程において著しく不合理な点がある場合に任務違背を認める傾向にあるが、事後的な結果のみで任務違背を認定することには慎重であるとされる。
特別背任罪とは(会社法960条の定義・要件・主要判例)
特別背任罪の定義
特別背任罪とは、株式会社の取締役・会計参与・監査役・執行役・支配人等の一定の地位にある者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、株式会社に財産上の損害を加える犯罪をいう(会社法960条1項)。法定刑は10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金、又はこれらの併科であり、刑法の背任罪(5年以下の懲役又は50万円以下の罰金)より大幅に重い。発起人・設立時取締役等についても同条が及ぶ。
「特別背任罪 判例」を調べる受験生がまず理解すべきは、特別背任罪は刑法247条の背任罪の加重類型(特別法)だという点である。基本的な構成要件(事務処理者性・任務違背・財産上の損害・図利加害目的)は背任罪と共通し、主体が会社法上の一定の役員等に限定されている点と、法定刑が加重されている点が異なる。
特別背任罪の要件
特別背任罪の成立要件は、背任罪のそれに「主体の特定」を加えた形になる。
- 主体: 会社法960条1項各号所定の地位にある者(取締役・執行役・監査役・支配人等)。地位は実質的に判断され、登記の有無や名目にかかわらず、事実上当該地位にある者も含むと解されている。
- 任務違背行為(背任罪と同様。会社に対する善管注意義務・忠実義務違反を含む)。
- 会社に財産上の損害を加えたこと。
- 図利加害目的。
- 故意。
主体が会社法上の役員等という身分であるため、身分のない者が役員と共同して特別背任を行った場合の処理(刑法65条の身分犯と共犯)が論点となる。判例・通説は、特別背任罪を不真正身分犯ではなく真正身分犯と理解し(一定の身分がなければそもそも特別背任罪の主体になれない)、身分のない共犯者については刑法65条1項により特別背任罪の共犯が成立しうるとする(処理には学説の対立がある)。
背任罪と特別背任罪の比較
要素 背任罪(刑247条) 特別背任罪(会社960条) 主体 他人のためにその事務を処理する者(一般) 取締役・執行役・監査役・支配人等(会社役員等) 任務違背 必要 必要(善管注意義務・忠実義務違反を含む) 損害 本人の財産上の損害 会社の財産上の損害 目的 図利加害目的 図利加害目的 法定刑 5年以下の懲役又は50万円以下の罰金 10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金、又は併科 位置づけ 一般法 背任罪の特別法(加重類型・優先適用)特別背任罪の主要判例の傾向
特別背任罪は、金融機関の不良融資事件や企業の利益供与・粉飾を伴う取引で問題となることが多い。判例の傾向として、以下の点を押さえておくとよい。
- 不良貸付け・無担保融資: 取締役等が回収見込みのない融資を実行した事案で特別背任罪の成立が認められている。融資判断は経営判断の側面を持つが、判例は融資時点での回収困難の明白性と手続の不合理性を重視して任務違背を判断する。
- 経営判断の原則(ビジネス・ジャッジメント・ルール)との関係: 判例は、取締役の経営判断について、判断の前提となった事実認識に不注意な誤りがなく、意思決定の過程・内容に著しく不合理な点がない限り、善管注意義務違反・任務違背を認めない方向で慎重に判断する傾向にある。結果的に損害が生じたことのみをもって直ちに任務違背とはしない。
- 図利加害目的の認定: もっぱら会社のためを思った行為(本人図利)であれば目的を欠くが、自己や関連会社・取引先の利益を図る動機が主たる動機であった場合には図利加害目的が肯定される。
(個別の特別背任事件の事件番号・年月日が不確実なものについては、本稿では判例法理の一般的傾向として記述している。答案や答案練習で具体的判例を引用する際は、最新の判例集により事件番号・判示を確認されたい。)
よくある誤解
- 「役員の背任はすべて特別背任罪」ではない: 会社法960条所定の地位にある者が、会社の事務に関して背任行為をした場合に特別背任罪となる。役員であっても、会社の事務処理者としての地位と無関係の私的な財産侵害は別の犯罪(横領・詐欺等)で処理される。
- 「横領できる場面では特別背任にならない」: 役員が会社の財物を自己の名義・計算で領得すれば(業務上)横領罪が成立し、横領罪が特別背任罪に優先する(法条競合)。融資・取引のように会社の名義・計算で行う任務違背が特別背任罪の典型である。
横領と背任の区別を答案でどう書くか(論証例)
検索意図「横領と背任の区別 論証」に正面から応えるため、答案でそのまま使える論証ブロックを示す。区別の核心は、処分が誰の名義・計算で行われたかと不法領得の意思の発現があるかである。
区別の規範(論証パーツ)
横領罪(252条)と背任罪(247条)は、いずれも委託信任関係の侵害を本質とする財産犯であり、両者は法条競合(特別関係)の関係に立ち、横領罪が成立する場合には背任罪は排斥される。両罪の区別は、行為者が自己の名義・計算で物を処分し、不法領得の意思を発現する処分行為をしたか(横領)、本人の名義・計算で任務に違背する行為をしたにとどまるか(背任)によって判断すべきである。すなわち、自己の占有する他人の物につき所有者でなければできないような処分をした場合は横領罪が、不法領得の意思の発現に至らない任務違背行為にとどまる場合は背任罪が成立する。
区別のあてはめ手順(3ステップ)
- 客体が「物」か: 侵害対象が自己の占有する他人の「物」であれば横領の検討に入る。財物に限られない財産的損害であれば背任を検討する。
- 名義・計算の判定: 処分が自己の名義・計算で行われたか(横領寄り)、本人の名義・計算で行われたか(背任寄り)を検討する。
- 不法領得の意思の発現: 所有者でなければできないような処分行為(売却・贈与・抵当権設定・費消等)があれば横領、なければ任務違背としての背任を認定する。
典型事例での書き分け(早見表)
事案 結論 キーとなる一言 経理担当者が会社預金を費消 業務上横領 自己の名義・計算で費消=不法領得の意思の発現 委託不動産への無断抵当権設定 横領(判例) 所有者でなければできない処分行為 委託不動産の無断二重売買 横領 委託物の無断売却=領得行為 銀行役職員の不良融資 背任/特別背任 銀行の名義・計算で行う任務違背 取締役の無担保貸付け 特別背任 会社の計算での任務違背+加重身分答案の流れ(横領か背任かが微妙な場合)
横領か背任か微妙な事案では、まず横領罪を先に検討し、横領が否定される場合に背任を検討するのが定石である(法条競合で横領が特別法だから)。具体的には、(1)占有する他人の物への処分があるかを論じ、(2)不法領得の意思の発現といえる処分行為かを丁寧にあてはめ、(3)これが肯定されれば横領罪、否定されれば(本人の計算での任務違背として)背任罪、と段階的に書くと整理が崩れない。
よくある質問
Q1: 横領罪と背任罪はどちらが重いですか
単純横領罪(252条)と背任罪(247条)の法定刑は同じ(5年以下の懲役)であるが、業務上横領罪(253条)は10年以下の懲役であり背任罪より重い。一方、会社法上の特別背任罪は10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金であり、業務上横領罪と同等以上の重さとなっている。
Q2: 二重抵当はなぜ横領罪になるのですか
判例は、委託を受けた不動産に無断で抵当権を設定する行為を「所有者でなければできないような処分をする意思」の発現と評価し、横領罪が成立するとしている。抵当権の設定は不動産の担保価値を処分する行為であり、委託の趣旨に背いた処分行為として不法領得の意思の発現に当たるとの判断である。
Q3: 横領罪と窃盗罪の違いは何ですか
最も根本的な違いは、占有の帰属にある。窃盗罪は「他人の占有する物」を奪取する犯罪であり、横領罪は「自己の占有する他人の物」を処分する犯罪である。すなわち、行為の時点で物が行為者の占有下にあるか否かが区別の基準となる。
Q4: 使い込みは横領罪ですか背任罪ですか
会社の金銭を自己のために費消(使い込み)した場合は、金銭に対する不法領得の意思の発現行為として横領罪(業務上横領罪)が成立する。金銭を自己の利益のために使用する行為は、所有者でなければできないような処分そのものだからである。
Q5: 背任罪の「財産上の損害」には含み損も含まれますか
含まれうる。判例は、背任罪の「財産上の損害」を広く解しており、実害の発生だけでなく、経済的見地から見て財産的価値の減少があれば損害に当たるとしている。したがって、回収見込みのない融資により生じた含み損も財産上の損害に含まれうる。
Q6: 背任罪はどういう犯罪ですか(簡単に言うと)
他人の財産的事務を任されている人が、自分や第三者の利益を図る(または本人に損害を与える)目的で、その任務に背いて本人に財産上の損害を与える犯罪です(247条)。ポイントは、物を盗ったり領得したりするのではなく、本人の名義・計算のまま不誠実な処理をして損をさせる点にあります。銀行員の不良融資が典型例です。
Q7: 特別背任罪と普通の背任罪は何が違いますか
主体と刑の重さが違います。普通の背任罪(刑法247条)は事務処理者一般が対象で5年以下の懲役又は50万円以下の罰金ですが、特別背任罪(会社法960条)は取締役・監査役・執行役・支配人等の会社役員等に限定され、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金又はその併科と重くなっています。要件の骨格(任務違背・損害・図利加害目的)は共通で、特別背任罪は背任罪の加重類型(特別法)として優先適用されます。
Q8: 本人のためを思ってやった行為でも背任罪になりますか
原則としてなりません。背任罪・特別背任罪には図利加害目的が必要で、もっぱら本人(会社)の利益を図る目的(本人図利)であれば目的を欠くからです。ただし、本人のためという動機と自己・第三者のためという動機が併存する場合、判例は主たる動機がどちらにあったかで判断し、自己・第三者図利が主たる動機なら目的が認められます。
関連条文
自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
― 刑法 第252条第1項
他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
― 刑法 第247条
関連判例
まとめ
横領罪と背任罪の区別は、行為者が不法領得の意思を発現する行為を行ったか(横領)、不法領得の意思なく任務に違背する行為を行ったか(背任)によって判断される。判例は、委託を受けた不動産への無断抵当権設定を横領罪、銀行員の不正融資を背任罪として処理しており、両罪は法条競合の関係に立つとされている。もっとも、両罪の区別基準の明確性については学説上の批判があり、特に不法領得の意思の内容と処分行為の範囲について精緻な検討が求められている。横領罪と背任罪は信任関係の侵害を本質とする犯罪として財産犯体系の中で独自の位置を占めており、その区別は財産犯論の核心的問題の一つである。