【判例】過剰防衛と誤想防衛(刑法36条2項)
過剰防衛・誤想防衛・誤想過剰防衛に関する主要判例を解説。刑法36条2項の趣旨、誤想防衛の法的処理、誤想過剰防衛の類型について判例・学説を分析します。
この判例のポイント
過剰防衛とは、正当防衛の要件のうち「やむを得ずにした行為」(防衛行為の相当性)の要件を超えた場合をいい、刑の任意的減免が認められる。誤想防衛とは、急迫不正の侵害がないにもかかわらず、侵害があると誤信して反撃した場合をいい、故意が阻却される。誤想過剰防衛は両者が重複する場面であり、その法的処理については学説上激しい議論がある。
事案の概要
過剰防衛の事案(最判昭44.12.4)
被告人は、相手方から素手で攻撃された際に、ナイフで反撃して相手方を死亡させた。正当防衛としての相当性を超える反撃が過剰防衛に当たるかが問題となった。
誤想防衛の事案(最決昭41.7.7)
被告人は、相手方が攻撃してくるものと誤信して先制攻撃を行ったが、実際には相手方に攻撃の意思はなかった。急迫不正の侵害が存在しないにもかかわらず、その存在を誤信して反撃した場合の法的処理が争われた。
誤想過剰防衛の事案(最決昭62.3.26)
被告人は、相手方から攻撃されるものと誤信して反撃に出たが、仮に侵害が実際に存在していたとしても、被告人の反撃は防衛行為の相当性を超えるものであった。誤想防衛と過剰防衛が重複する場合の法的処理が問題となった。
量的過剰防衛の事案(最決平20.6.25)
被告人は、相手方の侵害に対して防衛行為を開始したが、侵害が止んだ後もなお暴行を継続した。侵害終了後の反撃行為が過剰防衛に当たるか、それとも侵害終了後の行為は正当防衛とは無関係の独立の暴行に当たるかが争われた。
争点
- 過剰防衛における刑の減免の根拠は何か
- 誤想防衛の法的処理(故意阻却か違法性阻却か)
- 誤想過剰防衛の法的処理と36条2項の適用の可否
- 量的過剰防衛の概念と法的処理
判旨
誤想防衛
急迫不正の侵害があるものと誤信し、これに対する防衛行為として相当と認められる範囲内の行為をしたときは、犯罪の故意を欠くものであって、罪とならない
― 最高裁判所第二小法廷 昭和41年7月7日 昭和41年(あ)第2101号
本決定は、急迫不正の侵害を誤信した場合(誤想防衛)について、故意が阻却されるとした。侵害は存在しないため客観的には違法性は阻却されないが、行為者が侵害の存在を信じていた以上、故意の内容としての違法性の認識を欠くため故意が阻却されるとの判断である。
誤想過剰防衛
被告人が急迫不正の侵害があるものと誤信してした行為が、仮にその侵害が存在していたとしても防衛の程度を超えたものであるときは、いわゆる誤想過剰防衛として、刑法36条2項により刑の減軽又は免除をすることができる
― 最高裁判所第三小法廷 昭和62年3月26日 昭和59年(あ)第356号
本決定は、誤想過剰防衛の場合に刑法36条2項の準用により刑の減免が認められるとした。
量的過剰防衛
被告人が相手方の侵害に対して防衛行為に出たが、侵害の終了を認識した後もなお暴行を続けた場合であっても、全体的に考察して一連一体の行為と評価されるときは、全体として過剰防衛として刑法36条2項の適用が認められうる
― 最高裁判所第二小法廷 平成20年6月25日 平成20年(あ)第292号
本決定は、侵害終了後の暴行であっても、防衛行為との一連一体性が認められれば、全体として過剰防衛と評価しうるとした。
ポイント解説
過剰防衛の類型
過剰防衛は、以下の二つの類型に分けられる。
- 質的過剰防衛: 防衛行為の態様・強度が侵害に対して過剰である場合。素手の攻撃に対してナイフで反撃した場合等が典型例
- 量的過剰防衛: 侵害が終了した後も反撃を継続した場合。当初は正当防衛として相当な範囲にあったが、侵害終了後も暴行を続けた場合等
過剰防衛における刑の減免の根拠
刑法36条2項が過剰防衛について刑の任意的減免を認める根拠については、以下の見解が対立する。
- 違法減少説: 過剰防衛は、急迫不正の侵害に対する防衛行為であり、侵害がない場合の暴行と比べて違法性が減少している。この違法性の減少が刑の減免の根拠である
- 責任減少説: 急迫不正の侵害を受けた者は、恐怖・驚愕・興奮等の心理状態に置かれるため、冷静な判断が困難であり、非難可能性(責任)が減少する。この責任の減少が刑の減免の根拠である
- 違法・責任減少説: 違法性の減少と責任の減少の双方が刑の減免の根拠であるとする折衷的見解
誤想防衛の法的処理
誤想防衛の法的処理については、以下の見解が対立する。
- 故意阻却説(判例): 誤想防衛は、違法性阻却事由の前提事実(急迫不正の侵害)を誤信した場合であり、事実の錯誤の一種として故意が阻却される。判例はこの立場をとっており、誤信に過失がない場合は無罪、過失がある場合は過失犯が成立するとする
- 責任阻却説: 誤想防衛は違法であるが、行為者の認識に基づけば違法性が阻却される事情が存在するため、責任が阻却される。結論は故意阻却説と同じであるが、体系的位置づけが異なる
- 違法性阻却説: 行為者の認識を基礎として違法性を判断する立場からは、行為者が侵害の存在を信じている以上、主観的には違法性が阻却されるとする。この立場は結果無価値論と親和的である
誤想過剰防衛の類型と法的処理
誤想過剰防衛は、以下の類型に分けられる。
類型1: 侵害を誤信し、かつ反撃が過剰であった場合(仮に侵害があっても過剰)
この場合は、仮に侵害が存在していたとしても防衛の程度を超えているから、少なくとも過剰防衛の限度で故意犯が成立する。判例(最決昭62.3.26)は、この場合に36条2項の準用を認めた。
類型2: 侵害を誤信し、その誤信を前提とすれば反撃は相当であった場合
この場合は、行為者の認識を基礎とすれば正当防衛が成立するため、故意が阻却される(誤想防衛として処理)。過失がある場合は過失犯が成立する。
学説・議論
過剰防衛の減免と裁判実務
過剰防衛における刑の減免は任意的であり(「減軽し、又は免除することができる」)、裁判所は必ずしも減免を認める義務はない。実務上は、侵害の態様・程度、過剰の程度、行為者の心理状態等を考慮して減免の当否が判断されている。
もっとも、どのような場合に減免を認め、どのような場合に減免を認めないかの基準は必ずしも明確ではなく、裁判官の裁量に委ねられる部分が大きいとの批判がある。
量的過剰防衛の評価
量的過剰防衛について、一連一体の行為として全体を過剰防衛と評価する見解と、侵害終了後の行為は正当防衛の範囲外であり独立の暴行として評価する見解が対立する。
- 一体的評価説(判例の方向性): 防衛行為の開始から終了までを全体として一連の行為と捉え、侵害終了後の部分も含めて過剰防衛として36条2項を適用する。急迫不正の侵害による興奮・恐怖が継続している点を重視する
- 分断評価説: 侵害終了の時点で正当防衛の前提が失われるから、侵害終了後の暴行は独立の暴行罪として評価すべきである。36条2項の適用は侵害が存在する間の行為に限定されるとする
誤想過剰防衛と36条2項の適用根拠
誤想過剰防衛に36条2項を適用(準用)する根拠について、以下の議論がある。
- 責任減少説からの説明: 行為者が急迫不正の侵害を受けたと信じている以上、実際の侵害がなくても恐怖・興奮等の心理的圧迫は同様に存在する。したがって、責任の減少という36条2項の趣旨は誤想過剰防衛にも妥当する
- 違法減少説からの批判: 誤想過剰防衛の場合、実際には侵害が存在しないから違法性の減少はない。したがって、違法減少説からは36条2項の適用を根拠づけることが困難である
判例の射程
誤想防衛に関する判例の射程
最決昭41.7.7は、誤想防衛について故意阻却の法的処理を示したものであり、すべての違法性阻却事由の前提事実を誤信した場合(誤想避難等)に一般的に適用される法理である。
量的過剰防衛に関する判例の射程
平成20年決定は、侵害終了後の行為を含めた一連一体の評価の可能性を示したが、どの程度の時間的・行為的連続性があれば一連一体と評価されるかについては具体的な基準を示していない。侵害終了から相当時間が経過した後の暴行については、一体的評価が困難な場合も多いと考えられる。
反対意見・補足意見
昭和62年決定(誤想過剰防衛)には個別の反対意見は付されていない。もっとも、誤想過剰防衛の法的処理については学説上の激しい対立があり、判例の立場が理論的にどの見解に依拠するものであるかについては議論が続いている。
試験対策での位置づけ
出題科目と重要度
過剰防衛・誤想防衛・誤想過剰防衛は、司法試験・予備試験の刑法(刑事系科目第1問)において毎年のように出題されうる最頻出論点群である。正当防衛の各要件(急迫不正の侵害、防衛の意思、やむを得ずにした行為)のいずれかが欠ける場面として出題され、学説の対立を踏まえた論証能力が問われる。
出題実績
司法試験論文式では、正当防衛の成否が問われる事案にほぼ必ず過剰防衛や誤想防衛の論点が含まれる。特に、量的過剰防衛と誤想過剰防衛が複合する事案は高い論述能力が求められる出題パターンである。短答式では、36条2項の任意的減免の性質、過剰防衛の減免根拠(違法減少説と責任減少説)、誤想防衛の法的処理が頻出である。
関連論点との接続
過剰防衛・誤想防衛は、正当防衛の各要件(侵害の急迫性、防衛の意思、相当性)、緊急避難(37条)との比較、自招侵害の問題、事実の錯誤と違法性の錯誤の区別、さらには共犯と正当防衛の問題と密接に関連する。
答案での使い方
過剰防衛の論証パターン
「甲の反撃行為は、急迫不正の侵害に対して防衛のために行われたものであるが、素手による攻撃に対してナイフで反撃した点において、防衛の程度を超えた行為である。したがって、甲の行為は過剰防衛に当たり、36条2項により刑の減軽又は免除をすることができる。」
誤想防衛の論証パターン
「甲は、Aが攻撃してくるものと誤信して反撃に出たが、実際にはAに攻撃の意思はなかった。急迫不正の侵害が存在しないにもかかわらず、その存在を誤信して防衛行為を行った場合、誤想防衛として故意が阻却されると解する。甲の認識を前提とすれば正当防衛の要件を充足しており、甲には違法性を基礎づける事実の認識がないから、故意が阻却される。甲の誤信に過失がある場合には、過失犯が成立するにとどまる。」
誤想過剰防衛の論証パターン
「甲はAからの攻撃を誤信して反撃に出たが、仮に侵害が存在していたとしても、甲の反撃は防衛の程度を超えるものであった。この場合、誤想過剰防衛として、防衛の程度を超えた部分について故意犯が成立し、36条2項の準用により刑の減軽又は免除をすることができると解する(最決昭62.3.26参照)。」
答案記述上の注意点
- 正当防衛の要件を逐一検討する: いずれの要件が欠けるかを明確にし、それに応じた法的処理を行う
- 誤想防衛と事実の錯誤の体系的位置づけを示す: 違法性阻却事由の前提事実の錯誤は事実の錯誤として処理されることを明示する
- 36条2項の適用根拠を示す: 減免の根拠(責任減少、違法減少、又はその両方)に言及する
- 量的過剰防衛では一連一体性を論じる: 侵害終了後の行為を含めるかについて判断を示す
重要概念の整理
正当防衛の周辺概念の比較
概念 侵害の存否 防衛行為の相当性 法的効果 正当防衛 存在する 相当 違法性阻却(不可罰) 過剰防衛(質的) 存在する 不相当 故意犯成立+36条2項の減免 量的過剰防衛 途中で終了 侵害終了後も反撃継続 一体評価で36条2項の減免の余地 誤想防衛 存在しない(誤信) 誤信前提で相当 故意阻却(過失犯の余地) 誤想過剰防衛(類型1) 存在しない(誤信) 誤信前提でも不相当 故意犯成立+36条2項準用 誤想過剰防衛(類型2) 存在しない(誤信) 誤信前提で相当 故意阻却(誤想防衛と同じ)36条2項の減免根拠の比較
学説 減免の根拠 誤想過剰防衛への36条2項適用 帰結 違法減少説 違法性の減少 困難(実際の侵害がないため違法性減少なし) 適用否定の方向 責任減少説 責任の減少 可能(恐怖・興奮は同様に存在) 適用肯定 違法・責任減少説 違法性+責任の減少 責任減少部分で説明可能 適用肯定の方向発展的考察
自招侵害と過剰防衛の関係
行為者が自ら侵害を招いた場合(自招侵害)に正当防衛が認められるかは、近時の判例で大きく争われている論点である。最決平成20年5月20日は、自招侵害の場合に正当防衛が制限されうることを示唆した。自招侵害で正当防衛が否定された場合、防衛行為の相当性が仮に認められたとしても過剰防衛とはならないため、36条2項の適用余地もなくなる点に注意が必要である。
積極的加害意思と過剰防衛
判例(最決昭52.7.21)は、相手方の侵害を予期したうえで積極的に加害行為に出た場合には急迫性が否定されるとしている。急迫性が否定されれば正当防衛は成立せず、過剰防衛も問題とならない。もっとも、単に侵害を予期していただけで積極的加害意思がない場合には、なお正当防衛の成立余地があり、過剰防衛が問題となる。
誤想防衛と違法性の錯誤の関係
誤想防衛を事実の錯誤として処理する見解(判例・通説)と、違法性の錯誤として処理する見解が対立する。この対立は、違法性阻却事由の前提事実の錯誤をどう位置づけるかという錯誤論の体系的問題に帰着する。厳格故意説からは違法性の錯誤として処理され、制限故意説・制限責任説からは事実の錯誤として処理される。
量的過剰防衛の一体的評価の基準
平成20年決定が示した「一連一体の行為」の評価基準について、具体的な判断要素の明確化が求められている。一体性の判断にあたっては、時間的・場所的接着性、防衛の意思の継続性、侵害終了の認識時期、被害者の態度等が考慮される。実務上は、数秒から数十秒の間に侵害の終了と継続的暴行がある場合に一体性が認められやすいとされるが、明確な基準は存在しない。
よくある質問
Q1: 過剰防衛の場合、必ず刑が減免されますか
されるとは限らない。36条2項は「情状により」刑を「減軽し、又は免除することができる」と規定しており、任意的減免である。裁判所は過剰の程度、侵害の態様、行為者の心理状態等を考慮して減免の当否を判断する。過剰の程度が著しい場合には減免が認められないこともある。
Q2: 誤想防衛で過失がない場合はどうなりますか
無罪となる。誤想防衛により故意が阻却され、かつ誤信に過失もない場合には、故意犯も過失犯も成立しないため、完全に不可罰となる。これは、行為者の誤信が合理的であり、通常人であっても同様の誤信をしたであろうと認められる場合に限られる。
Q3: 誤想過剰防衛の類型1と類型2の違いは何ですか
類型1は、侵害を誤信し、かつ仮に侵害が存在していたとしても反撃が過剰であった場合である。この場合は過剰部分について故意犯が成立し、36条2項の準用により減免がありうる。類型2は、侵害を誤信し、その誤信を前提とすれば反撃が相当であった場合である。この場合は誤想防衛として故意が阻却され、過失があれば過失犯が成立するにとどまる。
Q4: 量的過剰防衛はどのような場合に認められますか
侵害が止んだ後にも反撃を継続した場合であっても、防衛行為の開始から終了までが一連一体の行為と評価できる場合に、全体として過剰防衛が認められる(最決平20.6.25参照)。一体性の判断は、時間的・場所的接着性、行為者の心理状態の継続性、侵害終了の認識可能性等を総合的に考慮して行われる。侵害終了後に十分な時間が経過した後の暴行は、独立した暴行として評価される。
Q5: 正当防衛と過剰防衛の判断は何が違いますか
正当防衛は「やむを得ずにした行為」(防衛行為の相当性)を要件とする。防衛行為が侵害に対して相当な範囲内にある場合は正当防衛として違法性が阻却される(36条1項)。防衛行為が相当な範囲を超えた場合は過剰防衛となり、犯罪は成立するが36条2項により刑の減免がありうる(36条2項)。相当性の判断は、侵害の態様・程度と防衛行為の態様・程度を比較し、社会通念に照らして行われる。
関連条文
急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
― 刑法 第36条第1項
防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
― 刑法 第36条第2項
関連判例
- 正当防衛の成立要件の判例 - 正当防衛の各要件の詳細
- 方法の錯誤に関する判例 - 錯誤論の体系的位置づけ
まとめ
過剰防衛・誤想防衛・誤想過剰防衛は、正当防衛の限界領域に位置する問題群であり、違法性と責任の関係、錯誤論との交錯、36条2項の趣旨等の基本的問題を含んでいる。判例は、誤想防衛について故意阻却説、誤想過剰防衛について36条2項の準用をそれぞれ認め、量的過剰防衛については一連一体の評価の可能性を示した。これらの判断は、正当防衛の各要件の充足・不充足の組み合わせに応じた精緻な法的処理を要求するものであり、刑法体系の中核的論点として学説上の議論が継続している。