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【判例】方法の錯誤(法定的符合説vs具体的符合説)

方法の錯誤に関する主要判例を解説。法定的符合説と具体的符合説の対立、数故意犯説と一故意犯説の争い、判例の立場を詳しく分析します。

この判例のポイント

方法の錯誤(打撃の錯誤)とは、行為者がAを攻撃したが、弾丸がそれてBに命中したように、行為者の意図した客体とは異なる客体に結果が生じた場合をいう。判例は、構成要件の範囲内で符合があれば故意を認める法定的符合説の立場をとり、意図しない客体に対する結果についても故意犯(殺人罪等)の成立を認めている。


事案の概要

方法の錯誤に関する判例(最決昭53.7.28)

被告人は、Aを殺害する意図でAに向けてけん銃を発射したが、弾丸はAには命中せず、その場に居合わせたBに命中してBを死亡させた。被告人はBの存在を認識しておらず、Bに対する殺意はなかった。被告人にBに対する殺人罪の故意が認められるかが争われた。

客体の錯誤との区別

被告人がAと思って攻撃したところ、実はBであった場合(客体の錯誤)と、AとBの両方がいる場面でAを狙ったが弾がそれてBに命中した場合(方法の錯誤)は区別される。客体の錯誤の場合は、法定的符合説と具体的符合説のいずれからも故意が認められるのに対し、方法の錯誤の場合は両説の結論が異なりうる。


争点

  • 方法の錯誤が生じた場合に、意図しない客体(B)に対する故意犯が成立するか
  • 故意の認定において法定的符合説と具体的符合説のいずれを採用すべきか
  • 法定的符合説を採る場合に、故意犯はいくつ成立するか(数故意犯説と一故意犯説)

判旨

犯罪の故意があるとするには、必ずしも犯人が認識した被害者と現実の被害者との間に具体的な人違いがないことを要するものではなく、犯人において人を殺すことの認識がある以上、たとい実際に殺害された被害者が犯人の認識していた者と異なる者であっても、人を殺したことに変わりはないのであるから、殺人の故意が認められる

― 最高裁判所第一小法廷 昭和53年7月28日 昭和51年(あ)第682号

本決定は、法定的符合説の立場を採用し、行為者が「人を殺す」という認識を有していた以上、実際に死亡した者が行為者の狙った者とは異なる者であっても、殺人罪の故意が認められるとした。構成要件レベルで「人」に対する殺意があり、「人」の死亡結果が生じた以上、故意の符合があるとの判断である。


ポイント解説

錯誤論の体系的位置づけ

錯誤論は、行為者の認識と客観的に発生した事実との間に食い違いがある場合に、故意が阻却されるかどうかを判断する法理である。錯誤の類型は以下のように整理される。

錯誤の類型 内容 例 客体の錯誤 攻撃対象の人物を取り違えた Aだと思ったらBだった 方法の錯誤(打撃の錯誤) 攻撃は意図した客体に向けられたが、結果が別の客体に生じた Aを狙ったが弾がそれてBに命中 因果関係の錯誤 意図した客体に結果が生じたが、因果経過が予期と異なった 刺して殺すつもりが、被害者が逃走中に転倒して死亡

法定的符合説と具体的符合説の対立

方法の錯誤が生じた場合の故意の成否について、以下の二つの学説が対立する。

法定的符合説(判例・通説)

構成要件の範囲内で故意の符合を判断する立場。行為者が「人を殺す」認識を有し、客観的に「人」が死亡した以上、同一構成要件内での符合があるとして故意を認める。

  • 根拠: 故意は構成要件的故意として把握されるべきであり、「人を殺す」という構成要件レベルの認識があれば殺人罪の故意として十分である。具体的な被害者の特定は故意の内容に含まれない
  • 結論: Bに対する殺人既遂罪が成立する。Aに対しては殺人未遂罪が成立しうる

具体的符合説

行為者が認識した具体的な攻撃対象と、現実に結果が生じた客体との間に具体的な符合が必要であるとする立場。

  • 根拠: 故意責任の本質は、具体的な法益侵害の認識・認容に基づく非難可能性にある。行為者が認識していないBに対する殺意は認められず、Bの死亡について故意犯として処罰することは故意責任の原則に反する
  • 結論: Bに対しては過失致死罪が成立するにとどまる。Aに対して殺人未遂罪が成立する

数故意犯説と一故意犯説

法定的符合説の内部で、方法の錯誤の場合に故意犯がいくつ成立するかについて、以下の対立がある。

  • 数故意犯説: Bに対する殺人既遂罪とAに対する殺人未遂罪がともに成立し、観念的競合となる。一個の故意が構成要件の範囲内で複数の結果に及ぶとの考え方
  • 一故意犯説: 一個の故意は一個の結果にのみ対応するとし、故意はBに対する殺人既遂に「吸収」される。Aに対しては故意犯は成立しない

判例は必ずしも明確ではないが、数故意犯説に親和的な判断を示しているとされる。


学説・議論

具体的符合説からの批判

具体的符合説の立場からは、法定的符合説に対して以下の批判が向けられている。

  • 故意責任の希薄化: 行為者がまったく認識していなかったBに対する故意犯を認めることは、「知らなかった者を殺した」ことについて故意責任を問うことであり、故意責任の本質(規範の直接的な呼びかけに対する反対動機の形成可能性)に反するとの批判がある
  • 処罰の不均衡: 法定的符合説によれば、Aを狙って撃ったがAにもBにも当たらなかった場合はAに対する殺人未遂罪のみが成立するのに対し、たまたまBに当たった場合はBに対する殺人既遂罪が成立する。弾が当たるかどうかという偶然の事情によって故意犯の成否が左右されるのは不合理であるとの批判がある
  • 「人」の抽象化の限界: 法定的符合説は「人を殺す認識」で足りるとするが、この論理を推し進めると、A宅に放火するつもりでB宅に放火した場合にも「建造物を焼損する認識」で故意が認められることになり、故意の抽象化が行き過ぎるとの指摘がある

法定的符合説からの反論

法定的符合説の立場からは、以下の反論がなされている。

  • 故意の構成要件的把握: 故意は構成要件的故意として把握されるべきであり、構成要件は類型化された行為の記述である以上、具体的な被害者の特定は故意の内容に含まれない。殺人罪の故意は「人を殺す認識」で足りる
  • 処罰の実質的妥当性: 具体的符合説によれば、Aを狙ってBを殺した場合、Bに対しては過失致死罪(罰金刑が法定刑の上限)しか成立しない。これは人を殺す意思で行為し、実際に人を死亡させた者に対する処罰として軽すぎるとの批判がある
  • 裁判実務の安定性: 法定的符合説は判断基準が明確であり、裁判実務上の安定性に資する

折衷的見解

法定的符合説と具体的符合説の対立を調和しようとする折衷的見解も提唱されている。例えば、具体的な攻撃対象の近くにいた者に結果が生じた場合(近接性のある場合)には故意を認め、まったく無関係の場所にいた者に結果が生じた場合には故意を否定するという見解がある。もっとも、「近接性」の判断基準が不明確であるとの批判がある。


判例の射程

方法の錯誤の射程

昭和53年決定は殺人罪の事案であるが、法定的符合説の法理は故意犯一般に適用される。傷害罪、窃盗罪等の他の犯罪類型においても、構成要件の範囲内で認識と事実が符合すれば故意が認められることになる。

ただし、構成要件の異なる客体間での錯誤(例えば、人を撃つつもりで犬に命中した場合)には法定的符合説の適用はなく、人に対する故意犯の未遂と過失による器物損壊(不可罰)が問題となるにすぎない。

客体の錯誤との区別の実際

方法の錯誤と客体の錯誤は理論上は区別されるが、実際の事案でこの区別が困難な場合がある。例えば、暗闘の中でAだと思ってBを攻撃した場合が客体の錯誤か方法の錯誤かは、行為者の認識の内容に依存する。法定的符合説からは両者を区別する実益は乏しい(いずれも故意が認められる)が、具体的符合説からは両者の区別が結論に影響するため、この区別は重要な意義を持つ。


反対意見・補足意見

昭和53年決定には個別の反対意見は付されていない。もっとも、方法の錯誤における故意の認定は刑法学上最も争いの激しい論点の一つであり、最高裁が法定的符合説を採用したことに対しては、学説上の批判が根強く存在する。


試験対策での位置づけ

出題科目と重要度

方法の錯誤は、司法試験・予備試験の刑法(刑事系科目第1問)における最重要論点の一つである。故意論の核心に関わる問題であり、法定的符合説と具体的符合説の対立を正確に理解し、いずれの立場からも論証できることが求められる。ほぼ毎年の答案で錯誤論の理解が試されるといっても過言ではない。

出題実績

司法試験論文式では、方法の錯誤を含む事案が繰り返し出題されている。特に、複数の被害者に結果が生じた事案(意図した客体にも意図しない客体にも結果が発生した場合)は、数故意犯説と一故意犯説の対立が問われる典型的な出題パターンである。短答式では、客体の錯誤・方法の錯誤・因果関係の錯誤の区別、各学説の帰結の違いが頻出である。

関連論点との接続

方法の錯誤は、因果関係の錯誤抽象的事実の錯誤(異なる構成要件間の錯誤)、共犯の錯誤早すぎた構成要件の実現との関係で問われることが多い。特に、共犯関係における方法の錯誤は、正犯の錯誤が共犯に影響するかという難問を含む。


答案での使い方

法定的符合説に立つ場合の論証

多数の答案では法定的符合説に立って論じるのが一般的である。

「甲はAに対する殺意をもって発砲したところ、弾丸はAに命中せずBに命中しBが死亡した。甲にBに対する殺人罪の故意が認められるか、方法の錯誤が問題となる。」

「故意責任の本質は、反規範的な意思決定に対する道義的非難にある。故意の認定においては、行為者の認識した事実と実際に発生した事実とが構成要件の範囲内で符合していれば足りると解する(法定的符合説)。甲は「人を殺す」認識を有し、現実に「人」であるBが死亡しているから、殺人罪の構成要件の範囲内で符合がある。したがって、甲にはBに対する殺人罪の故意が認められる。」

数故意犯説と一故意犯説の使い分け

Aが負傷しBが死亡した場合の処理。

数故意犯説: 「法定的符合説によれば、甲の殺意は構成要件の範囲内で複数の結果に及ぶ。したがって、Bに対する殺人既遂罪とAに対する殺人未遂罪が成立し、一個の行為で二個の犯罪が成立するから、観念的競合(54条1項前段)となる。」

一故意犯説: 「一個の故意は一個の構成要件的結果にのみ対応すると解すべきであり、甲の殺意はBに対する殺人既遂に吸収される。Aに対しては殺人未遂罪の故意は認められず、過失傷害罪の成否が問題となるにとどまる。」

具体的符合説に立つ場合の論証

「故意責任の本質は、具体的な法益侵害の認識に基づく非難可能性にある。故意の認定においては、行為者の認識した具体的な攻撃対象と、現実に結果が生じた客体との間に具体的な符合が必要であると解する(具体的符合説)。甲はAに対する殺意を有していたにとどまり、Bの存在を認識していなかった。したがって、Bに対する殺人罪の故意は認められず、Bに対しては過失致死罪が成立するにとどまる。Aに対しては殺人未遂罪が成立する。」

答案記述上の注意点

  • 学説の選択を明示する: どの学説に立つかを明確にし、その理由を簡潔に示す
  • 帰結の違いを意識する: 法定的符合説と具体的符合説で結論が異なることを理解したうえで論述する
  • 罪数処理まで行う: 複数の犯罪が成立する場合の罪数関係(観念的競合・併合罪)まで論じる

重要概念の整理

錯誤の類型と各学説の帰結

錯誤の類型 具体例 法定的符合説の帰結 具体的符合説の帰結 客体の錯誤 AだとおもってBを殺害 Bに殺人既遂 Bに殺人既遂 方法の錯誤(Bのみ死亡) Aを狙い弾がそれてBに命中 Bに殺人既遂 Aに殺人未遂+Bに過失致死 方法の錯誤(A負傷・B死亡) Aを狙い弾がそれてA負傷・B死亡 Bに殺人既遂+Aに殺人未遂(数故意犯説) Aに殺人未遂+Bに過失致死 方法の錯誤(AもBも死亡) Aを狙い弾がそれてAもBも死亡 Aに殺人既遂+Bに殺人既遂(数故意犯説) Aに殺人既遂+Bに過失致死

法定的符合説内部の対立

項目 数故意犯説 一故意犯説 故意の数 構成要件的結果の数だけ故意が認められる 一個の故意は一個の結果にのみ対応 A負傷・B死亡の場合 Bに殺人既遂+Aに殺人未遂(観念的競合) Bに殺人既遂のみ(Aには故意犯不成立) 理論的根拠 構成要件的符合がある以上、故意は複数認められる 一つの意思決定から複数の故意犯は不自然 批判 一つの殺意から複数の殺人罪を認めるのは故意の過大評価 Aへの攻撃行為の評価が不十分

発展的考察

共犯と方法の錯誤

共犯関係において方法の錯誤が生じた場合の処理は複雑な問題を提起する。例えば、甲が乙にAの殺害を教唆し、乙がAを狙って発砲したが弾がそれてBに命中した場合、乙に方法の錯誤が生じている。法定的符合説に立てば乙にBに対する殺人既遂の故意が認められるが、甲の教唆犯の成否をどう考えるかが問題となる。甲の教唆はAの殺害に向けられたものであり、Bに対する結果について教唆の故意が認められるかが争われる。

抽象的事実の錯誤との接続

方法の錯誤が同一構成要件内の錯誤(具体的事実の錯誤)であるのに対し、異なる構成要件間の錯誤(抽象的事実の錯誤)は別の問題である。例えば、人を撃つつもりで犬に命中した場合、殺人罪と器物損壊罪という異なる構成要件間の錯誤が問題となる。この場合、法定的符合説からも故意の符合は認められず、殺人未遂罪のみが成立する。

近時の学説動向

近時は、法定的符合説と具体的符合説の二者択一ではなく、結果の発生が行為の危険性の現実化といえるかどうかを基準にする見解(危険の現実化説との接続)や、故意の内容を行為時の認識を基準に判断する見解が有力に主張されている。これらは因果関係論と錯誤論を統合的に理解しようとする試みである。

故意責任の本質論との関係

方法の錯誤の問題は、究極的には故意責任の本質をどう理解するかに帰着する。故意責任の本質を「反規範的人格態度に対する非難」と捉える立場(人格責任論)からは法定的符合説が、「具体的法益侵害の認識に基づく非難」と捉える立場(行為責任論の徹底)からは具体的符合説が、それぞれ整合的である。


よくある質問

Q1: 法定的符合説と具体的符合説のどちらで書くべきですか

司法試験の答案では、法定的符合説で書くのが無難である。判例の立場であり、多数の受験生が採用する立場である。ただし、具体的符合説で書いても減点されるわけではなく、説得的な理由づけと正確なあてはめができていれば評価される。いずれの立場でも、なぜその立場を採用するのかの理由を示すことが重要である。

Q2: 客体の錯誤と方法の錯誤の区別はどう判断しますか

行為者の認識の内容に基づいて判断する。行為者が攻撃対象の人物を取り違えた場合(AだとおもってBを攻撃)が客体の錯誤であり、行為者は意図した客体に向けて攻撃したが結果が別の客体に生じた場合(Aを狙ったが弾がそれてBに命中)が方法の錯誤である。法定的符合説からは両者の区別に実益は乏しいが、具体的符合説からは結論が異なるため重要な区別となる。

Q3: 数故意犯説と一故意犯説のどちらが判例ですか

判例は必ずしも明確に態度を決しているわけではないが、数故意犯説に親和的であるとされる。もっとも、一故意犯説も有力な学説であり、答案では理由を示してどちらかの立場を選択すれば足りる。

Q4: 法定的符合説で、異なる構成要件間の錯誤はどうなりますか

法定的符合説は同一構成要件内での符合を要求する。異なる構成要件間の錯誤(例えば、人を狙って物に命中した場合)では構成要件的符合がないため、故意は認められない。この場合は意図した客体に対する未遂罪のみが成立する。ただし、構成要件が重なり合う部分がある場合(窃盗と横領など)には、重なり合う限度で故意が認められるとするのが通説である。

Q5: 方法の錯誤と因果関係の錯誤の関係はどうなりますか

両者は別の問題である。方法の錯誤は客体のずれ(結果が別の客体に生じた場合)の問題であるのに対し、因果関係の錯誤は因果経過のずれ(結果は意図した客体に生じたが、因果の経路が予期と異なった場合)の問題である。もっとも、両者が同時に生じる場合もあり(例えば、Aを狙って弾がそれ、壁に跳ね返ってBに命中した場合)、その場合は両方の問題を検討する必要がある。


関連条文

罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。

― 刑法 第38条第1項


関連判例


まとめ

方法の錯誤に関する判例は、法定的符合説の立場を採用し、構成要件の範囲内で認識と事実の符合があれば故意犯の成立を認めている。この立場は、故意を構成要件的故意として把握する立場に基づくものであり、処罰の実質的妥当性からも支持されている。もっとも、具体的符合説からは故意責任の希薄化に対する批判があり、両説の対立は刑法学において最も基本的な問題の一つとして現在も議論が継続している。法定的符合説内部の数故意犯説と一故意犯説の対立も含め、方法の錯誤の問題は故意論の核心に関わるものである。

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