投票の秘密(15条4項)とは
とうひょうのひみつ
投票の秘密とは、選挙人が誰に投票したかを他人に知られない利益で、憲法15条4項が「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない」と定め、選挙人はその選択について公的にも私的にも責任を問われないとしています。自由な投票を実質的に確保するための制度的な保障です。
投票所で誰に投票したかを、あとで会社の上司や町内会に報告しなければならないとしたら、多くの人は本心と違う名前を書くでしょう。投票の秘密が守られているからこそ、人は誰の目も気にせず自分の判断で投票できます。憲法15条4項はこれを保障し、公職選挙法は投票用紙に自分の名前を書かせない無記名投票の仕組みで支えています。この保障は、選挙の結果を争う裁判で「誰が誰に投票したか」を調べたいという要求にも、原則として譲りません。
投票の秘密は無記名投票制度によって担保されます
憲法15条4項を受けて、公職選挙法46条4項は投票用紙に選挙人の氏名を記載してはならないと定め、無記名投票制度を採用しています。投票の秘密は、選挙人が他からの干渉や事後の不利益を恐れずに自分の真意どおりに投票できる状態を制度として確保するもので、選挙の自由と公正を支えます。「選挙や当選の効力に関する争訟において,誰が誰に対して投票したかを解明し,これを公表することは,選挙投票の全般にわたってその秘密を確保しようとする無記名投票制度の精神に反する」という肢は正しいです。最大判昭和23年6月1日は、議員の当選の効力を定めるにあたって何人が何人に対して投票したかを公表することは、選挙権の有無にかかわらず選挙投票の全般にわたってその秘密を確保しようとする無記名投票制度の精神に反するとしました。制度としての無記名投票と、個々の選挙人の秘密とが一体のものとして保障されている、という理解が出発点です。この肢は司法試験と予備試験の双方で出されています。15条4項は個人の利益を守る規定であると同時に、選挙制度そのものを組み立てる規定でもあります。投票用紙に候補者の氏名以外を書けば無効になるのも、記載から投票者が特定されることを防ぐためです。
- 無記名投票投票用紙に選挙人の氏名を書かせない。秘密を守る最も基本的な仕組み
- 責任の免除投票の選択を理由に、刑事責任も私法上の責任も問われない
- 代理投票心身の故障等で自書できない選挙人のための例外。補助者に守秘義務が課される
- 罰則投票の秘密を侵す行為に対する処罰(公職選挙法227条以下)
無効投票であっても、その投票先を明らかにすることは許されません
「憲法第15条第4項は、「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない」として投票の秘密を明文で保障しているが、選挙の公正が担保されることは、代表民主制の根幹をなすもので極めて重要であるから、選挙権のない者又は代理投票をした者の投票のような無効投票が存在する場合における議員の当選の効力を判断する手続の中で、こうした無効投票の投票先を明らかにするとしても、その限度では投票の秘密を侵害するものではない」という肢は誤りです。最判昭和25年11月9日(投票の秘密)は、選挙権のない者又はいわゆる代理投票をした者の投票についても、その投票が何人に対してなされたかは、議員の当選の効力を定める手続において取り調べてはならないとしました。選挙権のない者がした投票や代理投票のように、そもそも効力のない投票であっても、その投票先を調べて当選の効力の判断に用いることは投票の秘密を侵します。無効な投票なら秘密を守る必要がない、という理屈は通りません。ある投票が有効か無効かは、投票の中身を調べて初めて分かることが多く、無効投票に限って探索を認めれば、結局すべての投票が調査の対象になりかねないからです。当選の効力を判断するために必要だという主張も、同じ理由で退けられます。無効投票の数だけを認定して結論を出す、という処理がとられます。
選挙人は投票の選択について公私いずれの責任も問われません
15条4項後段は、責任の免除を国家との関係に限っていません。私人が投票先を理由に不利益な取扱いをすることも、この規定の趣旨に反します。使用者が従業員の投票先を調査する、団体が構成員に投票先の報告を求めるといった行為は、たとえ強制を伴わなくても、自由な投票を萎縮させるものとして問題になります。選挙運動として誰に投票するかを求めること自体は自由ですが、事後にその選択を確かめる行為は別に評価されます。労働組合が組合員に特定の候補者への投票を求める場面でも、どの政党やどの候補者を支持するかは投票の自由と表裏をなすものとして組合員各人が自主的に決定すべき事柄だとされており、協力義務の限界を画する根拠になっています。私人間の場面でも15条4項の趣旨が働く、という読み方です。
選挙の公正の確保も、投票の秘密を破る理由にはなりません
選挙の公正は代表民主制の根幹をなす重要な利益ですが、判例はこれと投票の秘密とを衡量して秘密を後退させることを認めていません。詐偽投票をした者についても、その者がどの候補者に投票したかを取り調べることは許されないと解されています。投票の秘密が破られる可能性があれば、それだけで自由な投票が損なわれ、結果として選挙の公正そのものが失われるからです。買収や利益誘導が行われた事案でも、投票先を確認できないことが捜査の限界になりますが、その不便を理由に秘密を緩めることは認められていません。秘密が守られているからこそ、買収の約束が履行されたかを確かめられず、買収の実効性そのものが下がるという説明もされます。選挙訴訟の仕組みは選挙訴訟で扱います。
代理投票など、秘密の例外にあたる場面には歯止めが置かれています
自書できない選挙人のための代理投票では、投票を補助する者が選挙人の指示を知ることになります。公職選挙法48条は、補助者を投票所の事務に従事する者から定め、職務上知り得た秘密の保持を求めています。在外投票や郵便等による不在者投票でも、秘密の確保が制度設計の前提になります。例外を認める場面でも、秘密が漏れる範囲を最小限にする仕組みが置かれているかを見るのが、この分野の考え方です。開票の場面でも、投票用紙を投票者ごとに管理せず混ぜてから開くこと、投票所ごとの得票数を公表する単位を一定以上にすることなどが、秘密を守るための運用として意味をもちます。制度の細部が憲法上の保障を支えている典型例です。近年は投票所における撮影や、投票先を撮影して送信させる形の干渉も問題になりますが、ここでも規律の当否は、秘密が漏れる範囲をどこまで抑えられるかという同じ物差しで判断されます。選挙権そのものの性格は選挙権の法的性格で扱います。
秘密選挙は、普通・平等・直接とならぶ選挙の基本原則の一つです
近代選挙の原則は、財産や納税額で選挙権を制限しない普通選挙、一人一票と投票価値の平等を含む平等選挙、選挙人が当選人を直接選ぶ直接選挙、誰に投票したかを秘密にする秘密選挙、投票するかどうかも含めて強制されない自由選挙の五つです。憲法は15条3項で普通選挙を、同条4項で秘密選挙を明文で保障し、平等選挙は14条1項と44条ただし書から導かれます。直接選挙は93条2項が地方の長と議員について明記しており、国会議員については名簿式比例代表制が直接選挙に反しないかという形で問われます。投票の秘密は、このうち自由選挙を実質的に支える役割を担っています。
憲法 第15条 第4項
すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
論文ではこう使う
論文で正面から出ることは多くありませんが、選挙運動の規制や団体内部の統制が問題になる事案で、投票の秘密が理由づけとして効きます。労働組合が組合員に統一候補への投票を求める場面では、どの候補者を支持するかが投票の自由と表裏をなす事柄であることを15条4項から導き、協力義務の限界を画します。選挙訴訟で投票内容の調査が求められた場合は、無記名投票制度の精神と、秘密が破られることで自由な投票が失われるという帰結から、調査を否定します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。