制度後退禁止原則とは
せいどこうたいきんしげんそく
制度後退禁止原則とは、憲法25条を具体化する法律が制定されると、その法律は25条と一体をなして生存権の内容を具体化するので、法律の定める給付水準を正当な理由なく引き下げることは憲法上許されないとする考え方です。判例はこの原則を採用せず、引下げも厚生労働大臣の裁量権の逸脱・濫用の有無として総合的に判断します。
70歳以上の生活保護の受給者に長年上乗せされてきた老齢加算が、保護基準の改定で段階的に減らされ、最後には廃止されたとします。受給者は、いったん法律と保護基準で決まった給付を正当な理由もなく下げるのは憲法25条に反すると訴えます。生存権はもともと法律で具体化して初めて形になるのですが、いったん形になった制度については今の水準を出発点にして引下げの理由を求めようというのが、制度後退禁止原則の発想です。判例はこの原則を採らず、引下げも大臣の裁量の逸脱・濫用があるかという枠組みで審査します。
制度後退禁止原則は、いったん具体化された給付水準の引下げを憲法で縛ります
この原則は、生存権が本来は立法裁量に委ねられることを認めたうえで、25条を具体化する法律が制定されたことで生存権の内容が具体化された以上、その法律は25条と一体をなし、給付水準を引き下げる側に正当な理由の説明を求めます。この原則の内容を述べた肢が繰り返し出題されます。「憲法第25条の生存権を具体化する趣旨の法律として,生活保護法等の法律が制定された場合,その法律は憲法第25条と一体をなし,かかる法律の定める給付水準を正当な理由なくして引き下げることは憲法上許されない」という肢は、原則の説明としては正しくても、判例の趣旨に照らして正しいかを問われる形では誤りになります。最高裁がこの原則を採用したことはなく、堀木訴訟が示すとおり25条をどう具体化するかは立法府の広い裁量に委ねられるので、いったん定められた給付水準が25条と一体化して固定されるとは解されていないからです。設問が「最高裁判所の判例の趣旨に照らして」と書いてあるかどうかで答えが変わるので、設問文を必ず読みます。
- 出発点法律が制定されると、その法律は25条と一体となって生存権の内容を具体化する
- 帰結給付水準の引下げには正当な理由が必要となり、引下げの側に合理性の説明が求められる
- 判例の立場この原則を採らず、引下げも所管大臣の裁量権の逸脱・濫用があるかどうかで判断する
判例はこの原則を採らず、引下げを裁量権の逸脱・濫用の問題として扱います
最判平成24年2月28日(生活保護基準改定による老齢加算廃止)は、堀木訴訟を引用したうえで、生活保護法8条に基づく保護基準の設定や改定は厚生労働大臣の専門技術的かつ政策的な見地からの裁量に委ねられているとしました。そして、老齢加算の廃止が最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続における過誤や欠落によって裁量権の逸脱・濫用に当たるか、激変緩和措置の要否を含む廃止の具体的な方法について裁量権の逸脱・濫用があるか、という枠組みで審査しました。同判決は、老齢加算の支給を前提に生活設計を立てていた被保護者については、保護基準によって具体化されていた期待的利益の喪失を来す側面があることも否定できないとしつつ、大臣はその期待的利益にも可及的に配慮するために廃止の具体的な方法について裁量権をもつと述べており、期待的利益の喪失は考慮要素の一つとして扱われるにとどまります。「最高裁判所は、生活保護基準の改定による老齢加算の廃止について、保護基準によって具体化されていた被保護者の期待的利益の喪失を、裁量権の逸脱・濫用を総合判断する際の一要素として考慮するにとどめ、この見解に立脚していない」という肢は正しいです。
不利益変更だからといって大臣の裁量が狭くなるわけではなく、生活保護法56条も保護基準の改定には及びません
「「健康で文化的な最低限度の生活」は,抽象的かつ相対的な概念であって,その具体的内容は,その時々における経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるが,老齢加算を廃止する保護基準の改定については,不利益変更であることに鑑み,厚生労働大臣に専門技術的かつ政策的見地からの広範な裁量権は認められない」という肢は誤りです。前段は判例のとおりですが、同判決は、老齢加算に係る部分を改定するに際しても、老齢であることに起因する特別な需要が存在するといえるか、改定後の生活扶助基準の内容が健康で文化的な生活水準を維持できるものかの判断について、厚生労働大臣に専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められると明言しています。不利益な変更であることは審査を厳しくする理由にならず、考慮要素の一つにとどまります。同じ事件で、「生活保護法に基づいて生活保護を受けるのは,単なる国の恩恵ないし社会政策の実施に伴う反射的利益ではなく,法的権利であるから,保護基準の改定(老齢加算の廃止)に基づく保護の不利益変更は,その改定自体に正当な理由がない限り違法となる」という肢も誤りです。生活保護の受給が法的権利であることは最大判昭和42年5月24日(朝日訴訟)が認めたとおりですが、生活保護法56条が定める、正当な理由がなければ既に決定された保護を不利益に変更されないという保障は、いったん決定された個別の保護について、変更の手続を正規に執るまでその内容の保護を受ける法的地位を保障する趣旨の規定です。同判決は、そこにいう正当な理由がある場合とは保護基準の定める変更・停止・廃止の要件に適合する場合を指し、保護基準自体が改定されて保護の内容が減額される場合は同条が規律するところではないとしました。したがって、改定自体に正当な理由がない限り違法になるという法律上の主張は立たず、改定の是非は裁量権の逸脱・濫用の有無で判断されます。
最低限度を上回る部分の引下げには、25条1項から歯止めを引けないという批判があります
制度後退禁止原則に対しては、「この見解に対しては,憲法第25条第1項が禁止しているのは「健康で文化的な最低限度の生活」の水準を下回ることだけであり,保護基準の引下げによってもかかる水準を上回る場合にまで,正当な理由を必要とする根拠は同条項から導くことはできないとの批判が可能である」という批判が向けられます。これは正しい指摘です。25条1項が保障するのは健康で文化的な最低限度の生活を営む権利であり、その文言上、国に求められているのは最低限度の水準を確保することにとどまるので、法律が最低限度に上乗せした給付を定めていても、その上乗せ部分まで憲法が守っているとは読みにくいからです。ただし、この批判を制度後退禁止原則の側の帰結と取り違えてはいけません。「この見解によれば、既存の給付水準が憲法第25条の要求する最低限度を満たしていたにすぎない場合には、その引下げは違憲であるが、立法政策によって最低限度から上積みされていたものであった場合には、それを引き下げても立法裁量の範囲内であり違憲とはいえない」という肢は誤りです。この見解が憲法上の具体的権利になるかどうかの分かれ目に置くのは、その給付が憲法の要求する最低限度そのものかどうかではなく、現に法律や保護基準によって具体化されているかどうかです。上積みされた部分でも法律や保護基準として制度化されている以上は25条と一体をなして権利の内容になるので、その引下げも自由権の制限と同じように審査され、直ちに立法裁量の範囲内だとはいえません。
過去の国会が将来の国会を拘束することへの批判もあり、堀木訴訟からこの原則を導くことはできません
もう一つの批判が、立法の自由に対する制約です。「この見解によれば,過去の国会の判断が現在及び将来の国会を拘束することになるが,憲法第25条を具体化する趣旨の法律についてのみ,かかる拘束が憲法上要請されていると解することは困難であるとの批判が可能である」という肢は正しいです。国会は唯一の立法機関として社会経済情勢や財政事情の変化に応じて法律を自由に改廃できるのが原則で、過去の国会の政策的判断が後の国会を縛ることはないのに、25条を具体化する法律だけを特別扱いする理由が見つけにくい、というのがこの批判の核心です。なお、「この見解は,憲法第25条を具体化する立法措置の選択決定は立法府の広い裁量に委ねられているとした,最高裁判所の判決(最高裁判所昭和57年7月7日大法廷判決,民集36巻7号1235頁)の趣旨から論理的に導くことができる」という肢は誤りです。堀木訴訟は、法律で保護基準を設定する場面だけでなくその後に変更する場面でも立法府の広い裁量を認める判決ですから、引下げに正当な理由を要求して裁量を限定する制度後退禁止原則を、そこから論理的に導くことはできません。
併給禁止規定の新設による引下げでも、この原則に立てば引下げ自体に正当な理由が要ります
給付の額をそのまま下げるのではなく、他の給付との併給を禁じることで実質的に水準を下げる場面もあります。「この見解によれば、既存の給付水準が併給禁止規定の新設によって引き下げられた場合、給付規定と併給禁止規定が一体となって新たな給付水準となるから、その新たな給付水準が憲法第25条の要求する最低限度を下回るか否かを審査すれば足りる」という肢は誤りです。給付規定と併給禁止規定を一体として捉え、引下げ後の水準が最低限度を下回らないかだけを問う審査は、従前の水準からの引下げという不利益変更を独立の憲法問題として扱わない発想で、併給調整を立法政策の問題とした堀木訴訟の側の考え方です。制度後退禁止原則に立つのであれば、いったん具体化された給付水準は25条と一体をなす憲法上の具体的権利になるので、新しい水準が最低限度を下回るかだけを見るのでは足りず、引下げ自体に正当な理由があるかを審査しなければ原則を立てた意味がなくなります。あわせて、生活保護法56条は既に決定された個別の保護の不利益変更を規律する規定なので、保護の停止や廃止が争われる事案では、まずこの法律上の主張を立て、そのうえで25条違反を主張するのが順序です。抽象的権利説からは、法律違反の主張に25条違反の主張を重ねることができます。憲法だけを持ち出して法律の条文に触れない答案は、具体的な救済につながらないため評価が下がります。
最判平成24年2月28日(生活保護基準改定による老齢加算廃止)
生活保護法による保護の内容は、厚生労働大臣の専門技術的かつ政策的な見地からの裁量にゆだねられており、老齢加算の廃止に係る判断の過程及び手続に過誤、欠落があるか否か等の観点から審査されるべきものである。
論文ではこう使う
論文では、給付水準の引下げが問題になったとき、まず制度後退禁止原則を主張として立てます。法律が25条と一体となって生存権を具体化したこと、引下げは具体化された地位を奪うことを理由に、引下げ側に正当な理由の説明を求める構成です。そのうえで、判例はこの原則を採らず裁量権の逸脱・濫用で判断していることを述べ、判断の過程と手続に過誤・欠落がないか、統計や専門委員会の検討を踏まえているか、経過措置が置かれているかを当てはめます。上積み部分の引下げか最低限度を割る引下げかで論じ分けると、批判に耐える答案になります。個別の保護の停止や廃止であれば生活保護法56条の主張を先に立て、保護基準自体の改定であれば同条は及ばないので裁量審査に進みます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。