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用語集 / 憲法 / 生存権の合憲性判定基準と1項2項分離論

生存権の合憲性判定基準と1項2項分離論とは

せいぞんけんのごうけんせいはんていきじゅんといちこうにこうぶんりろん

憲法 社会権

生存権の合憲性判定基準とは、憲法25条を具体化する法律や、それに基づく処分の合憲性をどの密度で審査するかの枠組みで、判例は立法府の広い裁量を前提に、著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ない場合に限って違憲とします。1項2項分離論とは、25条1項を救貧、2項を防貧の規定と読み分け、1項の場面では審査を厳しくすべきだとする学説で、判例はこれを採用していません。

障害福祉年金を受けている母親が、子どもを育てるための児童扶養手当も申請したところ、法律の併給調整の規定で断られたとします。母親は「これでは健康で文化的な最低限度の生活ができない」と裁判所に訴えますが、裁判所は年金や手当の額をいくらにするかを自分で決め直すことはしません。何をどこまで給付するかは財政や制度全体の設計に関わる政策判断なので、まず国会が決めるべきことであり、裁判所はその決め方が著しく不合理な場合にだけ違憲と言うからです。

裁判所の法廷の場面。先生が裁判官役(札「裁判所」)で法壇に座り、左手前に子どもを連れた女性(札「障害福祉年金の受給者」)が「児童扶養手当 不支給(併給調整)」と書かれた通知を手に立ち、吹き出し「年金と手当を両方もらえないと最低限度の生活がで

堀木訴訟は、著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ない場合に限って違憲としました

最大判昭和57年7月7日(堀木訴訟)は、障害福祉年金と児童扶養手当の併給を禁じた児童扶養手当法の規定の合憲性について、憲法25条にいう健康で文化的な最低限度の生活はきわめて抽象的・相対的な概念であり、これを現実の立法として具体化するには国の財政事情を無視できず、多方面にわたる複雑多様で高度の専門技術的な考察とそれに基づく政策的判断を必要とすると述べました。そのうえで、25条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるとしました。肢はこの文言をそのまま使って作られます。「憲法第25条の趣旨を立法により実現することについては,多方面にわたる複雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とする」とし,「したがって,憲法第25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられるが,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合には裁判所が審査判断するのであるから,憲法第25条は裁判規範性を持つといえる」という肢は正しいです。裁量の逸脱・濫用がある場合には裁判所が審査判断するのですから、緩やかな審査であっても25条の裁判規範性は否定されていません。

分離論は、救貧の1項で審査を厳しくし、防貧の2項で広い裁量を認めます

1項2項分離論は、25条1項を事後的な救貧、2項を事前の防貧の規定と読み分けます。2項は国民が貧困に陥らないようあらかじめ備える施策を講ずる努力義務を定め、1項はそれでもなお最低限度を下回った者を救い上げる責務を定めていると読むので、1項の場面では最低限度の生活という比較的はっきりした基準で審査でき、2項の場面では制度設計や財源配分に関わるため立法府の広い裁量を認めることになります。堀木訴訟の控訴審である大阪高判昭和50年11月10日がこの読み方を採りました。「憲法第25条第2項は事前の積極的防貧施策をなすべき国の努力義務を定め,第1項は第2項の防貧施策の実施にかかわらずなお落ちこぼれた者に対し,「最低限度の生活」を確保するため事後的救貧施策をなすべき国の責務を定めている」とし,「したがって,第1項にかかわる生活保護の受給資格等が争われる事案は,国民年金法による障害福祉年金の受給制限が争われる第2項に関する事案よりも厳格な司法審査が行われる」という肢は、分離論の説明としては筋が通りますが、判例の立場ではないため誤りとされます。分離論に立つ場合の帰結としては、「この見解によると,憲法第25条第1項により保障される権利への侵害の有無が問題になった場合には,より厳格度を高めた司法審査が行われ得る」という肢が正しいです。1項による最低限度の生活の水準は、その時代のその社会ではある程度客観的に決められるので、現実の給付がその線を下回っていないかを裁判所が実質的に審査できるからです。一方で「この見解によると,一般的に,憲法第25条第1項に基づいて一定の給付を請求する具体的権利が認められる」という肢は誤りです。審査密度が高まることと、1項を直接の根拠にして特定の給付を請求する権利が生まれることは別だからです。また「この見解によると,憲法第25条第1項により保障される権利を具体的に実現するために,同条第2項に基づいて国の各種の施策が実施されることになる」という肢も誤りです。1項で保障される権利を実現するために2項の施策が行われるという関係は、1項を理念、2項をその実現手段と読む一体的な読み方であって、1項と2項を役割で分ける分離論からは、1項の権利は1項に基づく施策で実現され、2項の施策は最低限度を上回る生活のためのものだという逆の説明になります。

  • 1項(救貧)すでに最低限度を下回っている者を救い上げる事後的な施策。生活保護がこれにあたる
  • 2項(防貧)最低限度を下回らないようあらかじめ備える事前の施策。年金や各種手当がこれにあたる
  • 分離論の帰結1項の場面では国の責務が明確なので審査密度を高め、2項の場面では広い立法裁量を認める
学校の教室の場面。先生(札「先生」)が黒板の前に立ち、黒板は縦線で左右に分かれている。左側に「25条1項 救貧」と書かれ、その下に「生活保護」の札を持って倒れかけた人を支える小さな絵と「最低限度の生活という基準で厳しく審査」の文字。右側に「

判例は分離論を採らず、朝日訴訟でも堀木訴訟でも同じ緩やかな基準を用いました

「憲法第25条第2項で定める防貧施策については広い立法裁量が認められる一方,同条第1項で定める救貧施策については,国は国民の最低限度の生活を保障する責務を負い,前者よりも厳格な違憲審査基準が用いられる」という肢は誤りです。堀木訴訟の最高裁は1項と2項を分けて基準を使い分けることをせず、25条全体について立法府の広い裁量を認めました。最大判昭和42年5月24日(朝日訴訟)は生活保護の保護基準という1項側の事案、堀木訴訟は年金と手当の併給調整という2項側の事案ですが、分離論に立てば前者では審査を厳しくすべきことになるところ、判例はどちらにも同じ緩やかな基準を用い、生活保護の基準設定でも厚生大臣の広い裁量を認めています。分離論そのものの理解を問う肢も出ます。「憲法第25条第1項で定める救貧施策においては国民の最低限度の生活を保障しなければならないが,同条第2項で定める防貧施策においては広い立法裁量が認められると解する立場によっても,救貧施策は生活保護法による公的扶助に限定されないと解することはできる」という肢は正しいです。堀木訴訟の控訴審は救貧の役割を担うのは生活保護法による公的扶助だと捉えましたが、分離論に立ったからといって生活保護だけが救貧施策だと解さなければならない理由はなく、生活保護法は申請保護を原則とするため要保護者が必ず保護されるとは限らないことを考えると、障害福祉年金や児童扶養手当が実質的に救貧施策の機能を果たす場合もあり得るからです。「憲法第25条第1項は,将来に向けた政策の指針を定めたもので,国民の権利を保障するものではないと解するプログラム規定説によっても,裁判所が同項に基づいて個々の法律について国民の生存権を侵害するか否かを判断できる」という肢は誤りです。プログラム規定説は25条1項を国の政治的・道義的義務を定めたにとどまる規定と読むので、同項は裁判規範にならず、裁判所が同項を基準に個別の法律を審査すること自体ができません。

裁判所の法廷の場面。先生が裁判官役(札「裁判所」)で法壇に座り、左に「生活保護の保護基準」と書かれた札を持つ男性(札「朝日訴訟」)、右に「年金と手当の併給調整」と書かれた札を持つ女性(札「堀木訴訟」)が並んで立っている。先生の両手からそれぞ

併給調整は立法裁量の範囲内で、14条1項違反にもなりません

堀木訴訟の14条の処理も頻出です。同判決は、社会保障給付の全般的公平を図るため併給調整を行うかどうかも立法府の裁量事項だとしたうえで、25条の要請にこたえて制定された法令が受給者の範囲、支給要件、支給金額等について何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをしたり、個人の尊厳を毀損するような内容を定めたりしているときは、別に14条及び13条違反の問題を生じ得ることは否定できないと述べました。そのうえで、併給調整条項によって障害福祉年金を受けられる者とそうでない者との間に児童扶養手当の受給について差別が生じるとしても、身体障害者や母子に対する諸施策と生活保護制度の存在などに照らして総合的に判断すると、その差別は何ら合理的理由のない不当なものとはいえないとしました。「憲法第25条の規定の要請にこたえて制定された法令において、憲法第14条違反の問題を生じる余地はあるが、併給調整を行うかどうかは立法府の裁量の範囲内に属し、併給調整条項の適用により、児童扶養手当の受給に関して差別を生ずることになるとしても、身体障害者、母子に対する諸施策及び生活保護制度の存在などに照らして総合的に判断すると、かかる差別はなんら合理的理由のない不当なものであるとはいえないとした」という肢は正しいです。25条の裁量が広いことから14条の審査まで一切働かなくなるわけではない点と、結論として合理性が認められた点の両方を押さえます。

25条違反の問題と14条違反の問題は、別々に審査されます

「社会保障給付の受給が争われている場合には,法令等の憲法第25条違反の問題と第14条第1項違反の問題は一括して審査され,法令等の内容が著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ない場合を除き,違憲とは判断されない」という肢は誤りです。給付の内容そのものが最低限度を下回るかという25条の問題と、給付の区別に合理的理由があるかという14条の問題は別の審査であり、堀木訴訟もまず25条違反の主張を立法裁量の枠組みで判断し、次に14条違反の主張を差別の合理性という枠組みで判断しています。最判平成19年9月28日(学生無年金障害者訴訟)も、国民年金制度は25条の趣旨を実現するための社会保障上の制度であるとして堀木訴訟の枠組みを踏襲し、無拠出制の年金を支給するかどうかは立法府の裁量としつつ、25条の趣旨にこたえて制定された法令において受給権者の範囲や支給要件等につき何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをするときは別に14条違反の問題を生じ得ると明示して、学生とそれ以外の区別を14条の枠組みで検討しました。「国民年金制度は,憲法第25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上の制度であるから,同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量にゆだねられており,著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除いて,裁判所が審査判断するに適しない事柄であり,何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いがあっても,憲法第14条違反の問題は生じ得ない」という肢は誤りです。前半の立法裁量の説明は判例どおりですが、合理的理由のない差別的取扱いがあっても14条違反の問題が生じないとする後半が判例と逆です。なお最判平成元年2月7日(総評サラリーマン税金訴訟)は、所得税の課税最低限が25条に反するかが争われた事案で、堀木訴訟と同じ枠組みで立法府の広い裁量を認めており、国民が自らの手で最低限度の生活を維持することを国家が阻害してはならないという読み方までは採っていません。

裁判所の書記官室のような場面。先生が裁判官役(札「裁判所」)で机に向かい、机の上に2つの箱があり、左の箱に「25条 最低限度を下回るか → 立法府の広い裁量」、右の箱に「14条 区別に合理的理由があるか → 別に審査」と書かれている。先生は

最大判昭和57年7月7日(堀木訴訟)

憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄である。

論文ではこう使う

論文では、まず堀木訴訟の基準を規範として立てます。そのうえで、問題の給付が救貧にあたるか防貧にあたるかを事実から評価し、救貧にあたるなら分離論を採って審査密度を上げる、という順で書きます。判例は分離論を採らないので、採る場合は1項と2項の文言の違い(権利の保障と努力義務)を理由として示すことが必要です。当てはめでは、代替となる制度の有無、財政事情、専門技術的判断の要否を拾い、最後に14条1項の平等審査を独立に行います。

試験ではこう問われる

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