【判例】遺留分に関する判例
遺留分侵害額請求に関する重要判例を解説。遺留分減殺請求から遺留分侵害額請求への転換、遺留分の算定方法、生前贈与の取扱いをめぐる判例法理と学説対立を分析します。
この判例のポイント
遺留分減殺請求権(現行法では遺留分侵害額請求権)の行使について、その意思表示の方式に特別の制限はなく、裁判外の意思表示でも足りるとした判例を中心に、遺留分の算定方法、生前贈与と遺留分の関係、2018年相続法改正による遺留分制度の転換を解説する。
事案の概要
被相続人が死亡し、遺言により特定の相続人に遺産の大部分を遺贈したため、他の相続人の遺留分が侵害された。遺留分を侵害された相続人(原告)は、受遺者(被告)に対し、遺留分減殺請求権を行使した。
被告は、遺留分減殺請求の意思表示が裁判上の手続によらずに行われたものであるとして、その効力を争った。また、遺留分の算定において、生前贈与の取扱いや遺留分の具体的な計算方法についても争われた。
争点
- 遺留分減殺請求権の行使方法に制限はあるか
- 遺留分算定の基礎となる財産の範囲
- 生前贈与は遺留分算定にどのように影響するか
- 遺留分減殺の順序と割合
判旨
遺留分減殺請求の行使方法
最高裁は、遺留分減殺請求権の行使方法について以下のように判示した。
遺留分減殺請求権は形成権であり、その行使は受遺者又は受贈者に対する意思表示によってなすべきものであるが、その意思表示の方式については何ら制限がないので、裁判上の請求による必要はなく、裁判外の意思表示によってもなしうる
― 最高裁判所第三小法廷 昭和54年3月22日 昭和50年(オ)第920号
遺留分算定の基礎財産
遺留分の算定にあたっては、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を算定すべきものである
― 最高裁判所(遺留分算定に関する判示)
ポイント解説
遺留分制度の趣旨
遺留分制度は、被相続人の遺言の自由を尊重しつつも、相続人の最低限の相続分を保障する制度である。被相続人が遺言により遺産の全部を第三者に遺贈することも法的には可能であるが、遺留分を侵害された相続人は遺留分侵害額請求権(旧法では遺留分減殺請求権)を行使することで、侵害額に相当する金銭の支払いを請求できる。
遺留分の割合は以下の通りである。
- 直系尊属のみが相続人の場合: 被相続人の財産の3分の1
- それ以外の場合: 被相続人の財産の2分の1
各相続人の個別的遺留分は、この遺留分率に法定相続分を乗じて算出される。なお、兄弟姉妹には遺留分は認められない。
遺留分算定の基礎財産の計算
遺留分算定の基礎となる財産は、以下の計算式により算出される。
遺留分算定の基礎財産 = 相続開始時の被相続人の積極財産 + 贈与の価額 - 相続債務の全額
この計算において問題となるのは、贈与の価額に算入すべき贈与の範囲である。
- 相続人以外への贈与: 相続開始前1年間になされた贈与に限り算入される(1044条1項前段)。ただし、当事者双方が遺留分を侵害することを知ってなした贈与は1年前のものでも算入される(1044条1項後段)
- 相続人への贈与(特別受益): 相続開始前10年間になされた婚姻・養子縁組・生計の資本としての贈与が算入される(1044条3項、2018年改正で追加)
遺留分の算定例
以下の設例で遺留分の算定方法を確認する。
被相続人Aの相続人は配偶者B及び子C・Dの3名。Aの相続開始時の積極財産は6,000万円、相続債務は1,000万円、Cへの生前贈与(10年以内、生計の資本として)が1,000万円、第三者Eへの遺贈が3,000万円の場合。
算定項目 計算 金額 遺留分算定の基礎財産 6,000万円 + 1,000万円(Cへの贈与)- 1,000万円(債務) 6,000万円 総体的遺留分 6,000万円 x 1/2 3,000万円 Bの個別的遺留分 3,000万円 x 1/2(法定相続分) 1,500万円 C・Dの個別的遺留分 3,000万円 x 1/4(法定相続分) 各750万円遺留分減殺請求権の法的性質
旧法下の遺留分減殺請求権の法的性質について、判例は形成権であるとした。すなわち、権利者の一方的な意思表示により法律効果が生じ、相手方の同意は不要である。
- 形成権性: 減殺請求の意思表示により、遺贈または贈与の効力が遺留分を侵害する範囲で当然に失効する。裁判外の意思表示で足りる
- 物権的効果: 旧法下では、遺留分減殺請求権の行使により、侵害された遺留分に相当する物権が当然に復帰するとされていた(物権的効力説)
2018年改正による制度転換
2018年の相続法改正は、遺留分制度について以下の根本的な転換を行った。
- 遺留分減殺請求権から遺留分侵害額請求権へ: 改正前は遺留分減殺請求権の行使により物権的効力が生じたが、改正後は金銭債権としての遺留分侵害額請求権に変更された(1046条1項)
- 物権的効力の廃止: 改正後は、遺留分侵害額請求権の行使により金銭の支払いを請求できるにとどまり、遺贈・贈与の目的物自体の返還を求めることはできない
- 期限の許与: 裁判所は、受遺者・受贈者の請求により、金銭債務の全部または一部の支払いにつき相当の期限を許与することができる(1047条5項)
学説・議論
物権的効力説と債権的効力説の対立(旧法下)
旧法下の遺留分減殺請求権の効力について、物権的効力説(判例・通説)と債権的効力説が対立していた。
- 物権的効力説: 減殺請求により、遺贈・贈与の目的物について遺留分権利者に物権が当然に復帰する。遺留分権利者は目的物の返還を直接請求できる
- 債権的効力説: 減殺請求により、受遺者・受贈者に対する目的物の返還を求める債権が発生するにとどまる
判例は物権的効力説を採用していたが(最判昭51.8.30等)、この結論は遺贈・贈与の目的物が不動産の場合に共有関係が生じるという問題を引き起こした。遺留分減殺の結果として不動産の共有が生じると、共有物の管理・処分をめぐる紛争が発生し、円滑な権利関係の処理が困難となる。2018年改正はこの問題を解消するために、遺留分侵害額請求権を金銭債権として構成したものである。
旧法と改正法の比較
項目 旧法(遺留分減殺請求) 改正法(遺留分侵害額請求) 権利の性質 形成権 形成権(金銭債権を発生させる) 請求の効果 物権的効力(目的物の共有) 金銭債権の発生 返還方法 原物返還が原則(価額弁償可) 金銭の支払いのみ 期限の許与 規定なし 裁判所が相当の期限を許与可能(1047条5項) 生前贈与の算入期間(相続人) 期間制限なし 10年間に限定(1044条3項) 遺贈・贈与の減殺順序 遺贈が先、贈与は後の贈与から 同じ(1047条1項)遺留分の放棄と遺留分制度の正当化根拠
相続開始前の遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を得て行うことができる(1049条1項)。遺留分の放棄には裁判所の許可が必要とされているのは、被相続人からの不当な圧力による放棄を防止する趣旨である。
遺留分制度の正当化根拠については、以下の議論がある。
- 相続人の生活保障: 被相続人の遺産に依存していた相続人の最低限の生活を保障する
- 遺産形成への貢献に対する清算: 相続人が被相続人の遺産形成に貢献していた場合に、その貢献に対する最低限の清算を保障する
- 被相続人の遺言の自由の制限: 遺言の自由は無制限ではなく、家族法上の配慮により制限されるべきである
遺留分侵害額の算定方法をめぐる議論
遺留分侵害額の具体的な算定方法については、各遺贈・贈与の減殺の順序が問題となる。
- 遺贈と贈与の順序: まず遺贈が減殺され、なお不足する場合に贈与が減殺される(1047条1項)
- 複数の遺贈間の順序: 遺贈が複数ある場合は、その目的の価額の割合に応じて減殺される(1047条1項2号)
- 複数の贈与間の順序: 贈与が複数ある場合は、後の贈与から順次減殺される(1047条1項3号)
判例の射程
遺留分と生命保険金
生命保険金が遺留分算定の基礎財産に含まれるかについて、判例(最決平16.10.29)は、原則として生命保険金は遺留分算定の基礎財産に含まれない(受取人の固有の権利として取得するものであるため)としつつ、保険金受取人である共同相続人と他の共同相続人との間に生ずる不公平が到底是認することができないほど著しいものと評価すべき特段の事情がある場合には、903条の特別受益に準じて扱うことができるとした。
遺留分と信託
信託を利用した遺産の承継と遺留分の関係については、近年議論が活発化している。遺言信託により遺産を信託した場合に、その信託が遺留分を侵害するとして遺留分侵害額請求の対象となるかについては、肯定する見解が有力であるが、判例の蓄積はまだ十分ではない。
遺留分侵害額請求権の消滅時効
遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年で時効消滅する(1048条前段)。また、相続開始の時から10年で除斥期間が経過する(1048条後段)。
1年の時効期間の起算点について、判例は遺留分侵害の事実を知っただけでは足りず、贈与・遺贈の事実を知った時を起算点としている。
反対意見・補足意見
遺留分に関する判例は小法廷判決が多いが、遺留分減殺請求の物権的効力を認めた判例については、不動産の共有状態を生じさせることの問題性を指摘する意見が学説から強く示されていた。2018年改正は、この学説の批判を立法的に受け入れたものと位置づけることができる。
試験対策での位置づけ
遺留分に関する判例は、司法試験・予備試験の民法(相続法)において重要な出題分野である。2018年相続法改正による制度の根本的転換を踏まえた出題が想定される。
短答式試験では、遺留分の割合(1042条)、遺留分算定の基礎財産の計算方法、生前贈与の算入範囲(相続人への贈与は10年、第三者への贈与は1年)、遺留分侵害額請求権の行使方法(裁判外の意思表示で足りる)、消滅時効(知った時から1年、相続開始から10年)、改正前後の制度の相違点などが頻出である。兄弟姉妹に遺留分がないことも基本知識として問われる。
論文式試験では、遺留分侵害額の具体的算定、遺贈と贈与の減殺順序、特別受益と遺留分の関係、生命保険金と遺留分算定の基礎財産への算入の可否などが論点となる。2018年改正後の金銭債権としての構成と期限の許与の制度について、改正前の物権的効力説との比較を踏まえた論述が求められる。
家族法は司法試験論文で独立した大問として出題されることがあり、遺留分は遺産分割・遺言と並ぶ相続法の中核的論点として重要である。
答案での使い方
基本的な論証パターン
遺留分侵害額請求を論じる場合の基本形は以下のとおりである。
「BはAの相続人であるところ、Aの遺言によりBの遺留分が侵害されている場合、Bは受遺者Cに対し、民法1046条1項に基づき遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求できる。」
遺留分侵害額の算定を論じる。「まず、遺留分算定の基礎財産を算定する。遺留分算定の基礎財産は、被相続人が相続開始時に有した積極財産の価額に贈与した財産の価額を加え、債務の全額を控除した額である(1043条1項)。次に、Bの個別的遺留分率を乗じて遺留分額を算出し、遺留分額からBが相続により取得した財産の額を控除した残額が遺留分侵害額となる。」
生前贈与の算入に関する論証
「Aが相続人Dに対して(具体的時期)に(具体的内容)の贈与をしていた場合、当該贈与は遺留分算定の基礎財産に算入されるか。相続人に対する贈与は、相続開始前10年間にされた婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本としてされたものに限り算入される(1044条3項)。本件贈与は(10年以内か否か)であり、かつ(生計の資本としてのものか否か)であるから、算入される(又は算入されない)。」
注意点(よくある間違い)
- 改正前後の制度の混同: 改正法(2019年7月1日以降の相続開始分に適用)では金銭債権であり、物権的効力は生じない。旧法の知識で答案を書かないこと
- 遺留分の割合の誤算: 個別的遺留分は「総体的遺留分率 x 法定相続分」で算出する。総体的遺留分率をそのまま各相続人に適用する誤りに注意
- 兄弟姉妹への遺留分の付与: 兄弟姉妹には遺留分がない(1042条1項柱書)。相続人の確定と遺留分権利者の特定を混同しないこと
- 消滅時効の起算点の誤解: 「知った時」とは、単に相続開始を知った時ではなく、遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時である
重要概念の整理
遺留分権利者と遺留分率
相続人の組合せ 総体的遺留分率 各相続人の個別的遺留分 配偶者のみ 1/2 配偶者: 1/2 配偶者と子 1/2 配偶者: 1/4、子: 1/4(子が複数の場合は按分) 配偶者と直系尊属 1/2 配偶者: 1/3、直系尊属: 1/6 子のみ 1/2 子: 1/2(子が複数の場合は按分) 直系尊属のみ 1/3 直系尊属: 1/3(複数の場合は按分) 配偶者と兄弟姉妹 1/2 配偶者: 1/2(兄弟姉妹に遺留分なし)遺留分侵害額請求の要件事実
請求原因(原告が主張立証) 抗弁(被告が主張立証) 被相続人の死亡(相続の開始) 消滅時効の援用(知った時から1年) 原告が遺留分権利者であること 除斥期間の経過(相続開始から10年) 遺贈又は贈与の存在 期限の許与の申立て(1047条5項) 遺留分侵害額の算定 遺留分侵害額請求の意思表示発展的考察
令和5年最判と特別寄与料の負担
最判令5.10.26は、遺言により相続分がないものと指定された相続人が遺留分侵害額請求権を行使した場合に、当該相続人が特別寄与料(1050条)を負担するかが争われた事案である。最高裁は、遺留分侵害額請求権を行使した相続人は特別寄与料を負担しないと判示した。この判決は、遺留分侵害額請求権の行使と特別寄与料制度の関係について初めて判断を示した重要な先例である。
事業承継と遺留分
中小企業の事業承継においては、後継者に事業用資産を集中させる必要があるが、遺留分がその障害となる場合がある。この問題に対応するため、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)は、一定の要件の下で遺留分に関する民法の特例を設けている。具体的には、除外合意(後継者が取得した株式等を遺留分算定の基礎財産から除外する合意)と固定合意(株式等の価額を合意時の時価に固定する合意)が認められている。
遺留分制度の比較法的検討
遺留分制度は諸外国でも広く存在するが、その内容には相違がある。フランス法は日本法と類似の遺留分制度を有するが、ドイツ法の遺留分権(Pflichtteilsrecht)は従来から金銭債権として構成されていた。英米法は遺留分制度を有しないが、家族構成員の扶養を確保する制度が別途存在する。2018年改正による金銭債権化は、ドイツ法の影響を受けたものと評価されている。
よくある質問
Q1: 遺留分侵害額請求はどのような方法で行使するのか
遺留分侵害額請求権は形成権であり、受遺者又は受贈者に対する意思表示によって行使する。裁判上の請求による必要はなく、裁判外の意思表示(内容証明郵便等)によっても有効に行使できる(最判昭54.3.22)。もっとも、1年の消滅時効との関係で、意思表示の日時を証拠上明確にするために内容証明郵便を利用するのが実務上一般的である。
Q2: 生命保険金は遺留分算定の基礎財産に含まれるのか
原則として含まれない。生命保険金は保険契約に基づく受取人固有の権利として取得するものであり、相続財産には含まれないためである。ただし、最決平16.10.29は、保険金受取人である共同相続人と他の共同相続人との間に生ずる不公平が到底是認することができないほど著しいものと評価すべき特段の事情がある場合には、903条の特別受益に準じて遺留分算定の基礎財産に含まれうるとした。
Q3: 遺留分侵害額請求権の消滅時効はいつから起算されるのか
遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年で時効消滅する(1048条前段)。「知った時」とは、相続開始の事実のみならず、遺留分を侵害する遺贈や贈与の存在を具体的に認識した時点をいう。また、相続開始の時から10年を経過したときも請求権は消滅する(1048条後段、除斥期間)。
Q4: 改正前の遺留分減殺請求権と改正後の遺留分侵害額請求権の最大の違いは何か
最大の違いは請求の効果である。旧法の遺留分減殺請求権は物権的効力を有し、行使により遺贈・贈与の目的物について物権が遺留分権利者に復帰した(不動産の場合は共有が生じる)。改正後の遺留分侵害額請求権は金銭債権にすぎず、目的物の返還ではなく金銭の支払いのみを請求できる。この変更により、遺贈・贈与の目的物に関する共有関係の発生が回避される。
関連条文
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一― 民法 第1042条第1項
遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
― 民法 第1046条第1項
関連判例
- 非嫡出子相続分規定違憲決定(最大決平25.9.4) - 相続分と平等原則
- 尊属殺重罰規定違憲判決(最大判昭48.4.4) - 家族法と憲法14条
まとめ
遺留分に関する判例群は、遺留分減殺請求権の形成権としての性質、遺留分算定の基礎財産の計算方法、生前贈与の算入範囲など、遺留分制度の基本構造を形成してきた。2018年相続法改正は、遺留分減殺請求権を金銭債権としての遺留分侵害額請求権に転換するという根本的な制度変更を行い、旧法下で問題とされていた共有関係の発生を回避する制度設計とした。改正後の遺留分制度については、金銭債権としての構成が遺留分権利者の実効的な救済を確保できるか、期限の許与の運用基準をどう設定するかなど、新たな課題が生じている。