【判例】放火罪の重要判例(公共の危険・焼損)
放火罪の重要判例を解説。焼損の意義(独立燃焼説vs効用喪失説)、公共の危険の意義と認識の要否、自己所有建造物への放火について判例・学説を分析します。
この判例のポイント
放火罪の「焼損」の意義について、判例は火が媒介物を離れて目的物に燃え移り独立して燃焼を継続しうる状態に達したこと(独立燃焼説)をいうとしてきた。また、「公共の危険」については、108条・109条1項に規定する建造物等に延焼する危険に限定されず、不特定多数の人の生命・身体・財産に対する危険を含む広い概念であることが示された。
事案の概要
焼損の意義(大判大7.3.15)
被告人は、住居に放火し、火が壁板・天井板等に燃え移ったが、消防活動により建物全体が焼失するには至らなかった。「焼損」とはどの程度まで燃焼することをいうかが問題となった。
公共の危険の意義(最決平15.4.14)
被告人は、自己所有の自動車に放火した事案。刑法110条1項の「公共の危険」がどのような危険を意味するかが争われた。
公共の危険の認識(最決平15.7.17)
被告人が自己所有物に放火した事案において、被告人に「公共の危険」の認識が必要かどうかが争われた。刑法110条の故意として公共の危険の認識が要求されるか否かが問題となった。
自己所有建造物への放火と保険目的(最判昭33.10.14)
被告人は、自己所有の建物に火災保険をかけた上でこれに放火し、保険金を詐取しようとした。自己所有の建造物であっても、抵当権が設定されている場合や差押えを受けている場合には刑法109条1項の適用があるかが問題となった。
争点
- 「焼損」の意義(独立燃焼説・効用喪失説・毀棄説)
- 「公共の危険」の意義と範囲
- 公共の危険の認識の要否
- 自己所有建造物に対する放火罪の適用範囲
判旨
焼損の意義
放火罪にいう焼損とは、火が媒介物を離れて目的物に燃え移り、独立して燃焼を継続しうる状態に達したことをいう
― 大審院 大正7年3月15日
この判断は、いわゆる独立燃焼説を採用したものであり、以後の判例において一貫して維持されてきた。この定義によれば、目的物が全焼する必要はなく、火が媒介物(マッチ・新聞紙等)を離れて目的物自体が独立に燃焼を開始すれば「焼損」が認められる。
公共の危険の意義
刑法110条1項にいう「公共の危険」は、必ずしも同法108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険のみに限られるものではなく、不特定又は多数の人の生命、身体又は財産に対する危険も含まれる
― 最高裁判所第二小法廷 平成15年4月14日 平成14年(あ)第542号
本決定は、「公共の危険」を建造物等への延焼の危険に限定しない広い解釈を採用した。不特定多数の人の生命・身体に対する危険(例えば、自動車への放火により通行人に火傷を負わせる危険)も「公共の危険」に含まれるとした。
公共の危険の認識
刑法110条1項の罪の故意としては、火を放って同条所定の物を焼損する認識のほか、公共の危険の発生を認識していることを要するが、公共の危険の認識の程度としては、公共の危険の発生する可能性を認識していれば足りる
― 最高裁判所第一小法廷 平成15年7月17日 平成15年(あ)第526号
本決定は、110条の罪の故意として公共の危険の認識が必要であるとしつつ、その認識の程度は可能性の認識(未必の故意)で足りるとした。
ポイント解説
焼損の意義をめぐる学説
「焼損」の意義について、以下の学説が対立してきた。
- 独立燃焼説(判例): 火が媒介物を離れて目的物に燃え移り、独立して燃焼を継続しうる状態に達したことをいう。放火罪の成立時期が比較的早い段階で認められるため、既遂時期が早い
- 効用喪失説: 目的物がその重要な部分の効用を喪失する程度に達したことをいう。建造物の場合は、建造物としての使用に支障が生じる程度の燃焼が必要とされる。既遂時期が遅くなる
- 毀棄説: 火力により目的物の全部又は一部が毀損されたことをいう。独立燃焼説と効用喪失説の中間に位置する
判例は一貫して独立燃焼説を採用している。独立燃焼説の根拠は、放火罪が公共の危険を発生させる犯罪(抽象的危険犯ないし具体的危険犯)であり、目的物が独立に燃焼を開始した時点で既に公共の危険が発生していると評価できる点にある。
放火罪の体系と保護法益
放火罪は、社会的法益としての公共の安全を保護法益とする犯罪であり、以下の体系で構成されている。
| 条文 | 犯罪類型 | 危険犯の種別 | 公共の危険の要否 |
|---|---|---|---|
| 108条 | 現住建造物等放火 | 抽象的危険犯 | 不要(危険が擬制される) |
| 109条1項 | 非現住建造物等放火(他人所有) | 抽象的危険犯 | 不要 |
| 109条2項 | 非現住建造物等放火(自己所有) | 具体的危険犯 | 必要 |
| 110条1項 | 建造物等以外放火(他人所有) | 具体的危険犯 | 必要 |
| 110条2項 | 建造物等以外放火(自己所有) | 具体的危険犯 | 必要 |
108条と109条1項は抽象的危険犯であり、焼損の結果が生じれば公共の危険の発生を証明する必要がない。これに対し、109条2項と110条は具体的危険犯であり、公共の危険の発生が構成要件要素として要求される。
「建造物」の意義
放火罪における「建造物」の意義について、判例は土地に定着し、屋根を有し、壁又は柱によって支持され、少なくともその内部に人が出入りすることができる構造を有するものと解している。
建造物の一部と評価される物(例えば、建造物に取り付けられた雨戸、障子等)への放火は、建造物への放火として扱われる(一体性の理論)。これに対し、建造物とは物理的に独立した物(例えば、建造物の敷地内に置かれた自動車)への放火は、建造物以外の物への放火(110条)に当たる。
自己所有建造物と「他人の物」
自己所有の建造物であっても、差押えを受け、物権を負担し、賃貸し、又は保険に付したものは「他人の物」と同様に扱われる(刑法115条)。したがって、抵当権が設定された自己所有建造物への放火は、109条1項(他人所有の非現住建造物等放火)として処罰されうる。
学説・議論
独立燃焼説に対する批判
独立燃焼説に対しては、以下の批判がある。
- 既遂時期が早すぎる: 壁板や天井板の一部が独立に燃焼を開始しただけで既遂となるのは、放火罪の重い法定刑(108条は死刑を含む)に照らして均衡を欠くとの批判がある
- 「独立燃焼」の判断が困難: どの程度の燃焼をもって「独立して燃焼を継続しうる状態」というかの判断は、実際上は容易ではないとの指摘がある
- 効用喪失説の合理性: 放火罪の保護法益が公共の安全であるとしても、建造物等の効用が失われない程度の軽微な燃焼では、公共の安全に対する危険は十分に発生していないとの見解がある
公共の危険の認識に関する議論
110条の故意として公共の危険の認識が必要かどうかについては、以下の対立がある。
- 認識必要説(判例・通説): 公共の危険は110条の構成要件要素であるから、故意としてその認識が必要である。平成15年決定はこの立場を明確にした
- 認識不要説: 公共の危険は客観的処罰条件であるから、行為者の認識は不要である。行為者が物に放火した認識があれば足り、公共の危険の発生は客観的に判断されるとする
判例が認識必要説を採用したことにより、この論争は一応の決着をみたが、認識の程度(確定的認識か未必の認識で足りるか)について平成15年決定は未必の認識で足りるとし、故意の成立を緩やかに認めている。
現住性の判断
108条の「現に人が住居に使用し」という要件(現住性)の判断については、犯行当時に現実に人が在室していることは必要でないとされている。日常的に住居として使用されている建造物であれば、犯行時にたまたま不在であっても現住建造物に当たる。問題は、長期間不在の場合や使用頻度が極めて低い場合に現住性が認められるかであり、判例は個別事案ごとに判断している。
判例の射程
公共の危険の意義に関する判例の射程
平成15年4月決定が「公共の危険」を建造物等への延焼の危険に限定しないとしたことにより、自動車や物置等への放火であっても、不特定多数の人の生命・身体・財産に対する危険が認められれば110条の罪が成立することが明確になった。この判断は、放火の対象が建造物以外の物である場合に広く適用される。
焼損の意義に関する判例の射程
独立燃焼説は、108条から110条まですべての放火罪に共通する「焼損」の解釈であり、その射程は放火罪全体に及ぶ。もっとも、近年の建築材料の変化(不燃材料の普及等)により、独立燃焼の意義をどのように解するかが新たな問題として浮上している。不燃材料でできた建造物の場合、壁板等が独立に燃焼を継続することが困難であり、独立燃焼説の適用に困難が生じる可能性がある。
反対意見・補足意見
平成15年4月決定(公共の危険の意義)および平成15年7月決定(公共の危険の認識)のいずれにも個別の反対意見は付されていない。両決定とも裁判官全員一致の意見であり、放火罪の解釈について最高裁の見解が統一されたことを示している。
試験対策での位置づけ
放火罪は、司法試験・予備試験の刑法科目において社会的法益に対する罪の中核的論点である。短答式では各条文の構造と要件の正確な理解が、論文式では焼損の認定・公共の危険の判断・現住性の認定が問われる。
短答式試験では、108条・109条・110条の各放火罪の区別(現住建造物と非現住建造物の区別、抽象的危険犯と具体的危険犯の区別)、焼損の意義(独立燃焼説)、「公共の危険」の意義と認識の要否が繰り返し出題されている。115条の「他人の物とみなす」規定の適用範囲も頻出である。
論文式試験では、平成28年予備試験刑法で放火罪が正面から出題された。同年の出題趣旨では、建造物の一体性の判断、焼損の認定、公共の危険の認識の有無について丁寧に検討することが求められた。令和2年の司法試験でも放火罪に関連する出題がなされている。
出題パターンとしては、(1)焼損の意義と既遂時期の判断、(2)建造物の一体性(現住部分と非現住部分が接続する場合)の認定、(3)公共の危険の認識の要否と程度、(4)自己所有建造物への放火と115条の適用の4類型が典型的である。特に(2)の一体性の問題は、複合建造物への放火事案として出題されやすい。
答案での使い方
基本的な論証パターン
パターン1: 焼損の認定を論じる場合
「本件では、甲が建物に放火し、壁板の一部が焼けた段階で消火されている。現住建造物等放火罪(刑法108条)の既遂が認められるかは、『焼損』の意義に関わる。
この点、放火罪にいう焼損とは、火が媒介物を離れて目的物に燃え移り、独立して燃焼を継続しうる状態に達したことをいう(独立燃焼説・判例)。本件では、甲が点火した新聞紙から壁板に火が燃え移り、壁板が独立して燃焼を継続しうる状態に達しているから、焼損が認められる。したがって、現住建造物等放火罪の既遂が成立する。」
パターン2: 建造物の一体性を論じる場合
「本件では、甲が非現住部分(倉庫)に放火しているが、当該倉庫は現住部分(住居)と壁を共有し構造的に接続している。この場合、倉庫部分への放火が現住建造物等放火罪(108条)に当たるかは、建造物の一体性の問題である。
判例は、非現住部分と現住部分が物理的に接続し、又は機能的に一体となっている場合には、全体が現住建造物に当たるとする。本件では、倉庫と住居は壁を共有し、出入口で行き来が可能であるから、物理的一体性が認められる。したがって、倉庫部分への放火は現住建造物等放火罪に該当する。」
パターン3: 公共の危険の認識を論じる場合
「本件では、甲が自己所有の自動車に放火した行為について、建造物等以外放火罪(110条1項)の成否が問題となる。110条1項の故意として公共の危険の認識が必要かが争点となる。
この点、110条の罪の故意としては、火を放って同条所定の物を焼損する認識のほか、公共の危険の発生を認識していることを要するが、その認識の程度としては、公共の危険の発生する可能性を認識していれば足りる(最決平15.7.17)。本件では、甲は住宅密集地の駐車場で自動車に放火しており、付近の建物や通行人に延焼・危害が及ぶ可能性を認識していたと認められるから、公共の危険の認識が肯定される。」
答案作成上の注意点
- 放火罪の体系(108条〜110条の区別)を正確に把握すること。抽象的危険犯と具体的危険犯の区別は公共の危険の立証要否に直結する
- 焼損の認定は独立燃焼説に従って行うこと。効用喪失説に言及する場合は反対説として位置づける
- 建造物の一体性の判断では、物理的一体性(構造的接続)と機能的一体性(用途上の一体性)の両面から検討すること
- 公共の危険の認識は未必の認識(可能性の認識)で足りることを正確に指摘すること
重要概念の整理
焼損の意義に関する学説の比較
| 学説 | 焼損の定義 | 既遂時期 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|---|---|
| 独立燃焼説(判例) | 火が媒介物を離れて目的物が独立に燃焼を継続しうる状態 | 早い | 公共の危険発生と整合的 | 既遂時期が早すぎるとの批判 |
| 効用喪失説 | 目的物の重要部分の効用を喪失する程度の燃焼 | 遅い | 法定刑との均衡 | 効用喪失の判断が困難 |
| 毀棄説 | 火力により目的物の一部が毀損 | 中間 | 中間的立場 | 毀損の程度が不明確 |
放火罪の体系と法定刑の一覧
| 条文 | 罪名 | 危険犯の種別 | 法定刑 | 公共の危険の認識 |
|---|---|---|---|---|
| 108条 | 現住建造物等放火 | 抽象的危険犯 | 死刑又は無期若しくは5年以上の懲役 | 不要 |
| 109条1項 | 非現住建造物等放火(他人所有) | 抽象的危険犯 | 2年以上の有期懲役 | 不要 |
| 109条2項 | 非現住建造物等放火(自己所有) | 具体的危険犯 | 6月以上7年以下の懲役 | 必要 |
| 110条1項 | 建造物等以外放火(他人所有) | 具体的危険犯 | 1年以上10年以下の懲役 | 必要 |
| 110条2項 | 建造物等以外放火(自己所有) | 具体的危険犯 | 1年以下の懲役又は10万円以下の罰金 | 必要 |
「建造物の一体性」の判断要素
| 判断要素 | 一体性肯定方向 | 一体性否定方向 |
|---|---|---|
| 構造的接続 | 壁・天井・廊下で接続 | 独立した構造物 |
| 延焼可能性 | 容易に延焼する構造 | 防火壁等で遮断 |
| 機能的関連性 | 同一の用途に供される | 異なる用途 |
| 出入りの可否 | 内部で行き来が可能 | 独立の出入口のみ |
発展的考察
不燃建造物と独立燃焼説の課題
近時の建築物は不燃材料や耐火構造の採用が進んでおり、従来の木造建築を前提とした独立燃焼説の適用に困難が生じる場面がある。コンクリート造の建造物の場合、内壁の表面材に火がついても建造物自体が独立に燃焼を継続する状態に至ることは困難であり、既遂の認定が問題となる。この場合、建造物の一部である内装材(壁紙、カーペット等)への燃焼をもって焼損と認めうるかが議論されており、独立燃焼説の現代的な適用のあり方が問われている。学説では、不燃建造物の場合には効用喪失説に近い判断が実質的に行われているとの指摘もある。
放火罪と保険詐欺
自己所有建造物への放火は、火災保険金の詐取を目的として行われることが多い。この場合、放火罪(109条2項又は110条2項)のほか、詐欺罪(246条1項)が別途成立する。両罪は牽連犯(刑法54条1項後段)の関係に立つとするのが判例の立場である。また、115条により、保険に付された自己所有物は「他人の物」と同様に扱われるため、自己所有建造物であっても109条1項が適用される場合がある。
失火罪との関係
放火罪の故意が認められない場合には、失火罪(刑法116条以下)の成否が問題となる。失火罪は過失犯であり、放火罪とは法定刑に著しい差がある(失火罪は50万円以下の罰金)。放火の故意と失火の過失の境界線上にある事案では、未必の故意の認定が重要となる。特に、火災の危険を認識しながら不注意な行為を行った場合に、未必の故意による放火罪が認められるか、過失による失火罪にとどまるかの判断は、実務上も微妙な問題である。
放火罪の量刑傾向
現住建造物等放火罪(108条)は法定刑に死刑を含む極めて重い犯罪であり、裁判員裁判の対象事件でもある。放火により人を死亡させた場合には、現住建造物等放火罪と殺人罪の観念的競合又は牽連犯として処理される場合がある。量刑においては、放火の動機・態様、被害の規模、人的被害の有無、被告人の反省の程度等が考慮されるが、特に住宅密集地における放火は公共の安全に対する重大な脅威として厳しい量刑がなされる傾向にある。
よくある質問
Q1: 独立燃焼説では、建物のどの部分が燃えれば焼損になるのですか。
独立燃焼説によれば、目的物(建造物)の一部に火が燃え移り、その部分が独立して燃焼を継続しうる状態に達すれば焼損が認められる。建物全体が焼失する必要はなく、壁板・天井板・柱等の建造物の一部が独立に燃焼を開始すれば足りる。例えば、壁板の一部に火が移り、その壁板が媒介物なしに燃え続ける状態になれば、その時点で焼損が認められ、放火罪は既遂となる。消火活動により建物全体の焼失を免れた場合でも、既遂の認定には影響しない。
Q2: 自分の持ち物に火をつけても放火罪になりますか。
自己所有物への放火であっても、公共の危険を生じさせた場合には放火罪が成立する。自己所有の建造物については109条2項(6月以上7年以下の懲役)、自己所有の建造物以外の物については110条2項(1年以下の懲役又は10万円以下の罰金)が適用される。また、自己所有であっても差押えを受け、物権を負担し、賃貸し、又は保険に付したものは「他人の物」と同様に扱われるため(115条)、より重い刑が科される。
Q3: 抽象的危険犯と具体的危険犯の違いは何ですか。
抽象的危険犯とは、行為自体が定型的に危険を有するものとして、公共の危険の発生を立証する必要がない犯罪類型をいう。108条(現住建造物等放火)と109条1項(他人所有の非現住建造物等放火)がこれに当たる。具体的危険犯とは、公共の危険が現実に発生したことの立証が必要な犯罪類型をいう。109条2項と110条がこれに当たり、「よって公共の危険を生じさせた」ことが構成要件要素として明示されている。
Q4: 隣接する建物に延焼する危険がなければ放火罪にはなりませんか。
必ずしもそうではない。最決平成15年4月14日は、「公共の危険」は建造物等への延焼の危険に限られず、不特定又は多数の人の生命、身体又は財産に対する危険も含まれるとしている。例えば、駐車場で自動車に放火した場合、近くに建造物がなくても、通行人への危険や他の車両への延焼の危険が認められれば、公共の危険が肯定される。
Q5: 放火罪の「現住性」はどのように判断されますか。
108条の現住性は、建造物が「現に人が住居に使用し」ているかどうかで判断される。犯行時に現実に人が在室していることは必要でなく、日常的に住居として使用されている建造物であれば、一時的に不在であっても現住性が認められる。例えば、住人が買い物に出かけている間の住居は現住建造物に当たる。問題となるのは、長期の入院や旅行等で住人が不在の場合であるが、帰宅の予定がある限りは現住性が維持されるとするのが一般的理解である。
既存セクションの拡充についての補足
ポイント解説の補足: 放火罪の実行の着手時期
放火罪の実行の着手時期は、火を放つ行為の開始時点に認められる。具体的には、マッチに火をつけて媒介物に点火した時点が着手とされる。もっとも、媒介物への点火が着手と認められるためには、媒介物から目的物への延焼が客観的に可能な状況にあることが必要である。
| 行為段階 | 着手の認定 | 理由 |
|---|---|---|
| 放火の計画策定 | 着手なし | 予備段階にすぎない |
| ガソリンの散布 | 着手の可能性あり | 目的物に対する現実的危険の発生 |
| 媒介物への点火 | 着手あり | 放火行為の開始 |
| 目的物の独立燃焼 | 既遂 | 焼損の成立 |
学説・議論の補足: 放火罪と不能犯
不燃材料でできた建造物に対して放火した場合、目的物が独立に燃焼を継続することが客観的に不可能であったときは、不能犯として不可罰となる可能性がある。もっとも、不能犯の成否は行為時の具体的状況を基礎として判断されるため、行為者が不燃建造物であることを知らずに放火した場合でも、一般人の立場から見て燃焼の危険が認められれば、不能犯とはならず未遂犯が成立する。この問題は、独立燃焼説と不能犯論の交錯点として、学説上も議論がある。
関連条文
放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
― 刑法 第108条
放火して、現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない建造物、艦船又は鉱坑を焼損した者は、二年以上の有期懲役に処する。
― 刑法 第109条第1項
放火して、前二条に規定する物以外の物を焼損し、よって公共の危険を生じさせた者は、一年以上十年以下の懲役に処する。
― 刑法 第110条第1項
関連判例
- 刑法上の因果関係の判例 - 放火行為と結果の因果関係
- 名誉毀損罪と真実性の証明の判例 - 社会的法益に対する罪の比較
試験に出るポイント(5つ)
- 短答式: 放火罪の体系(108条〜110条の区別) --- 現住建造物等放火(108条)と非現住建造物等放火(109条)の区別、抽象的危険犯(108条・109条1項)と具体的危険犯(109条2項・110条)の区別、各条文の法定刑を正確に答える正誤問題が定番。
- 短答式: 焼損の意義(独立燃焼説) --- 「火が媒介物を離れて目的物に燃え移り、独立して燃焼を継続しうる状態に達したこと」という定義を正確に記憶する。効用喪失説との対比を問う出題も頻出。
- 論文式: 公共の危険の認識の要否と程度 --- 110条の故意として公共の危険の認識が必要であるが、未必の認識(可能性の認識)で足りるという最決平15.7.17の規範を正確に引用し、事実へのあてはめを行う出題がある。
- 論文式: 建造物の一体性の判断 --- 非現住部分(倉庫等)と現住部分(住居)が物理的に接続している場合に、全体を現住建造物と評価するか否かの判断が問われる。構造的接続・延焼可能性・機能的関連性・出入りの可否等の要素から認定する。
- 論文式: 自己所有建造物への放火と115条の適用 --- 保険に付された自己所有建造物は「他人の物」とみなされること(115条)、抵当権が設定された場合も同様であることを正確に論じ、適用される条文(109条1項か2項か)を確定する出題が典型的。
覚えるべき要点
キーフレーズ
- 「放火罪にいう焼損とは、火が媒介物を離れて目的物に燃え移り、独立して燃焼を継続しうる状態に達したことをいう」(大判大7.3.15・独立燃焼説)
- 「刑法110条1項にいう『公共の危険』は、必ずしも同法108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険のみに限られるものではなく、不特定又は多数の人の生命、身体又は財産に対する危険も含まれる」(最決平15.4.14)
- 「公共の危険の発生を認識していることを要するが、公共の危険の認識の程度としては、公共の危険の発生する可能性を認識していれば足りる」(最決平15.7.17)
数字・日付
- 焼損の意義: 大判大正7年3月15日
- 公共の危険の意義: 最決平成15年4月14日(平成14年(あ)第542号)
- 公共の危険の認識: 最決平成15年7月17日(平成15年(あ)第526号)
- 関連条文: 刑法108条(現住建造物等放火・死刑又は無期若しくは5年以上の懲役)、109条1項(非現住他人所有・2年以上の有期懲役)、109条2項(非現住自己所有・6月以上7年以下)、110条1項(建造物等以外他人所有・1年以上10年以下)、110条2項(建造物等以外自己所有・1年以下又は10万円以下)、115条(他人の物とみなす規定)
対比表
| 比較項目 | 独立燃焼説(判例) | 効用喪失説 |
|---|---|---|
| 焼損の定義 | 火が媒介物を離れて独立に燃焼を継続しうる状態 | 目的物の重要部分の効用を喪失する程度 |
| 既遂時期 | 早い(壁板等への燃え移りで既遂) | 遅い(建造物の機能喪失が必要) |
| 根拠 | 独立燃焼の時点で公共の危険が発生 | 法定刑の重さとの均衡 |
| 批判 | 既遂時期が早すぎる | 効用喪失の判断が困難 |
| 判例 | 一貫して採用 | 採用されていない |
論証への活かし方
規範の明示
答案で引用すべき規範は以下のとおりである。
焼損の認定:
「放火罪にいう焼損とは、火が媒介物を離れて目的物に燃え移り、独立して燃焼を継続しうる状態に達したことをいう」(独立燃焼説・判例)
公共の危険の意義:
「刑法110条1項にいう『公共の危険』は、108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険のみに限られず、不特定又は多数の人の生命、身体又は財産に対する危険も含まれる」(最決平15.4.14)
公共の危険の認識:
「110条の罪の故意としては、火を放って同条所定の物を焼損する認識のほか、公共の危険の発生を認識していることを要するが、その認識の程度としては、公共の危険の発生する可能性を認識していれば足りる」(最決平15.7.17)
論文での引用例
「本件では、甲が建物に放火し、壁板の一部が焼けた段階で消火されている。現住建造物等放火罪(108条)の既遂が認められるか。放火罪にいう焼損とは、火が媒介物を離れて目的物に燃え移り、独立して燃焼を継続しうる状態に達したことをいう(独立燃焼説)。本件では、甲が点火した新聞紙から壁板に火が燃え移り、壁板が媒介物なしに燃焼を継続しうる状態に達しているから、焼損が認められ、現住建造物等放火罪の既遂が成立する。建物全体の焼失を免れたことは既遂の認定に影響しない。」
あてはめのコツ
- 焼損の認定は「媒介物を離れて」「独立して」の二点を明示する: 「新聞紙(媒介物)から壁板(目的物)に火が燃え移り、壁板が独立して燃焼を継続しうる状態に達した」と、定義に即した事実認定を行う
- 建造物の一体性は物理的一体性と機能的一体性の両面から検討する: 「倉庫と住居は壁を共有し構造的に接続している(物理的一体性)」「内部で行き来が可能であり同一用途に供されている(機能的一体性)」等、判断要素を明示する
- 公共の危険の認識は場所的状況から推認する: 「甲は住宅密集地の駐車場で自動車に放火しており、付近の建物や通行人に延焼・危害が及ぶ可能性を認識していた」等、放火場所の客観的状況から認識を推認する
- 115条の適用は保険・抵当権・賃貸等の事実を正確に拾う: 「甲の自己所有建造物には火災保険が付されているから、115条により他人の物とみなされ、109条1項が適用される」と条文操作を正確に行う
まとめ
放火罪の判例は、焼損の意義、公共の危険の意義、公共の危険の認識の要否という三つの重要論点について判断を示してきた。焼損については独立燃焼説が一貫して維持され、公共の危険については建造物等への延焼の危険に限定されない広い概念であることが明らかにされた。公共の危険の認識については必要とされるものの未必の認識で足りるとされている。放火罪は公共の安全を保護する重罪であり、その構成要件の解釈は処罰の適正な範囲画定に直結するものとして、引き続き精緻な検討が求められる。
科目を選び、肢別演習で知識を確かめられます。