【判例】否認権の行使と詐害行為取消権との関係(最判平24.10.12)
否認権の行使と詐害行為取消権との関係に関する最高裁判例を解説。破産手続における否認権と民法上の詐害行為取消権の要件・効果の異同、訴訟構造の違いを網羅的に分析します。
この判例のポイント
破産法上の否認権と民法上の詐害行為取消権は、いずれも債務者の責任財産の保全を目的とする制度であるが、その要件・効果・訴訟構造には重要な差異がある。本判決は、否認権と詐害行為取消権の関係を整理し、破産手続開始前に提起された詐害行為取消訴訟の帰趨と破産手続における否認権行使の関係について重要な判断を示した。
事案の概要
Xは、債務者Aに対する金銭債権を有する債権者であった。AはBに対して不動産を贈与し、所有権移転登記を完了した。Xは、Aの上記贈与行為が詐害行為に該当するとして、Bに対して詐害行為取消訴訟を提起した。
その後、Aについて破産手続開始決定がなされ、破産管財人Yが選任された。Yは、Aの上記贈与行為について否認権を行使した。
本件の争点は、詐害行為取消訴訟の係属中に債務者について破産手続が開始された場合、詐害行為取消訴訟の帰趨はどうなるか、また、否認権と詐害行為取消権の要件・効果の差異がこの場面にどのように影響するかという点にあった。
争点
- 詐害行為取消訴訟の係属中に債務者が破産した場合、訴訟はどうなるか
- 否認権と詐害行為取消権の要件・効果の異同は何か
- 詐害行為取消権の行使は破産手続開始後も可能か
判旨
破産手続開始決定がされた場合には、破産者の財産の管理処分権は破産管財人に専属するところ、詐害行為取消権は総債権者の利益のためにその共同担保を保全するものであるから、破産手続開始後は、破産管財人のみが否認権を行使することができ、個々の債権者が詐害行為取消権を行使することはできない
― 最高裁判所第二小法廷 平成24年10月12日 平成23年(受)第1514号
最高裁は、破産手続開始後は、個々の債権者による詐害行為取消権の行使は許されず、破産管財人の否認権行使に一元化されると判示した。
その理由として、破産手続開始により破産者の財産の管理処分権が破産管財人に専属すること(破産法78条1項)、および詐害行為取消権は総債権者の共同担保を保全するための制度であるから、破産手続開始後は破産管財人が否認権として行使すべきであることを挙げた。
ポイント解説
否認権の意義と類型
否認権とは、破産手続開始前に債務者がした破産債権者を害する行為の効力を破産手続との関係で否認し、逸出した財産を破産財団に回復する制度である(破産法160条以下)。否認権には以下の類型がある。
- 詐害行為否認(160条1項): 破産者が破産債権者を害することを知ってした行為の否認
- 無償行為否認(160条3項): 破産者が支払停止等の前6月以内にした無償行為の否認(主観的要件不要)
- 偏頗行為否認(162条): 破産者が特定の債権者に対してした弁済等の否認
- 対抗要件否認(164条): 破産者が権利変動の対抗要件を具備させた行為の否認
詐害行為取消権との比較
否認権と詐害行為取消権は、いずれも債務者の責任財産の保全を目的とする制度であるが、以下の重要な差異がある。
行使主体: 否認権は破産管財人のみが行使できるのに対し、詐害行為取消権は個々の債権者が行使できる。
手続: 否認権は否認の訴え(破産法173条)または否認の請求(同174条)により行使されるのに対し、詐害行為取消権は詐害行為取消訴訟により行使される。
効果: 否認権の行使は破産財団のために効力を生じるのに対し、詐害行為取消権の行使は総債権者の利益のために効力を生じるが、取消債権者が事実上の優先弁済を受けうるとする判例がある。
主観的要件: 否認権の主観的要件と詐害行為取消権の主観的要件には差異がある。特に無償行為否認(160条3項)では主観的要件が不要とされる点で、詐害行為取消権よりも要件が緩和されている。
破産手続開始と詐害行為取消訴訟の帰趨
詐害行為取消訴訟が係属中に債務者について破産手続が開始された場合の処理は以下のとおりである。
- 詐害行為取消訴訟は当然に終了する: 破産手続開始後は個々の債権者による詐害行為取消権の行使は許されないから、係属中の詐害行為取消訴訟は訴えの利益を欠くものとして却下されるべきである
- 破産管財人が訴訟を受継する場合がある: 破産管財人は、係属中の詐害行為取消訴訟を否認訴訟として受継することが可能であるとする見解もある
令和2年民法改正と詐害行為取消権
令和2年の民法改正により、詐害行為取消権の規定が大幅に改正された(民法424条以下)。改正法では、以下の点が変更された。
- 被告適格: 改正前は受益者のみが被告とされていたが、改正法では転得者に対する取消訴訟も明文化された(民法424条の5)
- 取消しの効果: 改正前の判例法理では取消しの効果は相対的であるとされていたが、改正法では債務者に対しても効力が及ぶことが明文化された(民法425条)
- 詐害行為取消権と否認権の調整: 改正法のもとでも、破産手続開始後の詐害行為取消権の行使は否認権に一元化されるとする本判決の法理は維持されると解されている
学説・議論
否認権と詐害行為取消権の関係をめぐる学説
否認権と詐害行為取消権の関係については、以下の学説上の対立がある。
- 同質説: 否認権と詐害行為取消権は本質的に同一の制度であり、否認権は詐害行為取消権の破産手続における特則であるとする。この見解によれば、両制度の要件・効果の差異は手続の違いに由来する技術的なものにすぎない
- 異質説: 否認権と詐害行為取消権は本質的に異なる制度であるとする。否認権は破産財団の回復を目的とする固有の破産法上の制度であり、詐害行為取消権は個別的な債権回収を補助する民法上の制度であるとする
- 折衷説(通説): 両制度は共通の基盤(責任財産の保全)を有するが、行使主体、手続、効果において重要な差異があり、その差異は各制度の目的と機能の違いに由来するとする
破産手続開始と詐害行為取消訴訟の受継をめぐる議論
破産管財人が詐害行為取消訴訟を否認訴訟として受継できるかについては、以下の議論がある。
- 肯定説: 訴訟の蒸し返しを防止し、訴訟経済に資するため、破産管財人が詐害行為取消訴訟を否認訴訟として受継することを認めるべきとする
- 否定説: 否認権と詐害行為取消権は要件・効果が異なるため、詐害行為取消訴訟をそのまま否認訴訟に転換することは訴訟法上困難であるとする。破産管財人は改めて否認の訴えを提起すべきであるとする
否認権行使の除斥期間との関係
否認権の行使には除斥期間の制限があり(破産法176条)、破産手続開始の日から2年を経過したとき、または行為の日から20年を経過したときは行使できない。この除斥期間と詐害行為取消権の行使期間(民法426条)との関係も議論がある。
判例の射程
民事再生手続における否認権
本判決の射程は、民事再生手続における否認権(民事再生法127条以下)にも及ぶ。民事再生手続が開始された場合にも、個々の債権者による詐害行為取消権の行使は制限されると解される。
会社更生手続における否認権
会社更生手続における否認権(会社更生法86条以下)についても同様の法理が妥当する。
破産手続開始前の詐害行為取消訴訟の確定判決
破産手続開始前に詐害行為取消訴訟の確定判決が出ている場合については、既判力の問題として別途検討が必要である。確定判決の効果は破産手続によっても否定されないのが原則であるが、否認権の行使との調整が問題となる。
反対意見・補足意見
本判決には特段の反対意見は付されていないが、破産手続と詐害行為取消訴訟の関係については下級審でも判断が分かれていた問題であり、最高裁の統一的判断が示された意義は大きい。
試験対策での位置づけ
否認権と詐害行為取消権の関係は、民法・民事訴訟法・倒産法が交錯する横断的な論点であり、司法試験・予備試験において重要な位置を占める。
主な出題パターンは以下のとおりである。
- 否認権と詐害行為取消権の要件・効果の比較: 両制度の異同を正確に整理する問題
- 破産手続開始と詐害行為取消訴訟の帰趨: 本判決の射程を問う問題
- 否認権の類型と要件: 詐害行為否認、無償行為否認、偏頗行為否認の各要件
- 令和2年民法改正との関連: 改正後の詐害行為取消権の規律と否認権の関係
答案作成のポイントとしては、両制度の共通基盤(責任財産の保全)を示しつつ、行使主体・手続・効果の差異を正確に論じることが求められる。
答案での使い方
論証パターン
否認権と詐害行為取消権の関係を答案で展開する際の基本的な論証の流れは以下のとおりである。
まず、両制度の共通基盤を示す。
「否認権(破産法160条以下)と詐害行為取消権(民法424条以下)は、いずれも債務者の責任財産を保全し、債権者の共同担保を確保することを目的とする制度である。」
次に、差異を示す。
「もっとも、否認権は破産管財人が破産財団の回復のために行使するものであるのに対し、詐害行為取消権は個々の債権者が行使するものであり、行使主体・手続・効果において重要な差異がある。特に、破産手続開始後は、破産者の財産の管理処分権が破産管財人に専属するから(破産法78条1項)、個々の債権者による詐害行為取消権の行使は許されず、破産管財人の否認権行使に一元化される(最判平24.10.12)。」
答案記述例
「本件では、Xが債務者Aの贈与行為について詐害行為取消訴訟を提起した後、Aについて破産手続開始決定がなされている。破産手続開始により、Aの財産の管理処分権は破産管財人Yに専属するところ(破産法78条1項)、詐害行為取消権は総債権者の共同担保を保全する制度であるから、破産手続開始後はYが否認権として行使すべきである。したがって、Xの詐害行為取消訴訟は訴えの利益を欠き、却下されるべきである。」
重要概念の整理
否認権と詐害行為取消権の比較
比較項目 否認権 詐害行為取消権 行使主体 破産管財人 個々の債権者 効果の帰属 破産財団 総債権者(事実上は取消債権者) 行使方法 否認の訴え・否認の請求 詐害行為取消訴訟 主観的要件 類型による(無償行為否認は不要) 債務者の詐害意思が必要 期間制限 破産手続開始から2年、行為から20年 債権者が取消原因を知った時から2年、行為から10年 適用場面 破産手続中 破産手続外否認権の類型
類型 要件 根拠条文 詐害行為否認 破産債権者を害する行為+破産者の認識 破産法160条1項 無償行為否認 支払停止等の前6月以内の無償行為 破産法160条3項 偏頗行為否認 既存の債務の弁済等+支払不能等 破産法162条 対抗要件否認 対抗要件具備行為 破産法164条破産手続開始と各種訴訟の関係
訴訟の類型 破産手続開始後の処理 根拠 詐害行為取消訴訟 却下(否認権に一元化) 本判決 債権者代位訴訟 破産管財人による財産管理に一元化 破産法78条1項 個別執行 中止・失効 破産法42条 本案訴訟(破産債権に関するもの) 中断・受継 破産法44条発展的考察
否認権の現代的課題
第一に、事業再生と否認権の調整の問題がある。事業再生の過程で行われた取引が否認の対象となるかは、再生手続の円滑な遂行に影響を与える。特に、私的整理における取引の安全と否認権の行使の調整が課題となっている。
第二に、国際倒産と否認権の問題がある。外国で行われた債務者の行為について日本の破産管財人が否認権を行使できるかは、国際倒産法の重要な問題である。
第三に、否認権の行使と善意の転得者の保護の問題がある。破産法170条1項は転得者に対する否認権の行使について規定しているが、善意の転得者の保護の範囲については議論がある。
第四に、令和2年民法改正後の詐害行為取消権と否認権の統合的理解の必要性がある。改正法では詐害行為取消権の要件・効果が大幅に整備されたが、否認権との調整については引き続き解釈に委ねられている部分がある。
よくある質問
Q1: 否認権と詐害行為取消権は同時に行使できますか。
破産手続が開始されていない場合は詐害行為取消権のみが行使でき、破産手続が開始された場合は否認権のみが行使できる。したがって、両制度が同時に行使されることは原則としてない。破産手続開始前に提起された詐害行為取消訴訟は、破産手続開始後に訴えの利益を欠くものとして却下される。
Q2: 否認権は破産管財人以外の者が行使できますか。
否認権を行使できるのは破産管財人のみである。個々の破産債権者が否認権を行使することはできない。もっとも、破産管財人が否認権を行使しない場合に、破産債権者がその行使を促すことは可能である。
Q3: 詐害行為取消権の令和2年改正の主な変更点は何ですか。
主な変更点は、(1)詐害行為の類型化と要件の明確化(424条の2~424条の4)、(2)転得者に対する取消請求の明文化(424条の5)、(3)取消しの効果が債務者にも及ぶことの明文化(425条)、(4)受益者・転得者の反対給付の返還に関する規律の整備(425条の2~425条の4)である。
Q4: 偏頗行為否認とは何ですか。
偏頗行為否認とは、破産者が特定の債権者に対して行った弁済等の行為を否認する制度である(破産法162条)。破産手続においては債権者平等原則が妥当するため、支払不能後に特定の債権者に対して行われた偏頗的な弁済は否認の対象となりうる。
関連条文
次に掲げる行為は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。一 破産者が破産債権者を害することを知ってした行為
― 破産法 第160条第1項
債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。
― 民法 第424条第1項
関連判例
- 債権者代位訴訟に関する判例 - 債権者保護の訴訟構造の比較
- 既判力の客観的範囲に関する判例 - 確定判決の効力と破産手続の関係
まとめ
否認権と詐害行為取消権の関係に関する本判決は、破産手続開始後は個々の債権者による詐害行為取消権の行使は許されず、破産管財人の否認権行使に一元化されることを明確にした重要判例である。両制度は債務者の責任財産の保全という共通の基盤を有するが、行使主体・手続・効果において重要な差異があり、破産手続開始の有無によって適用される制度が明確に区分される。否認権と詐害行為取消権の関係は、民法・民事訴訟法・破産法が交錯する横断的な論点であり、令和2年民法改正も踏まえた体系的な理解が不可欠である。