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わいせつ表現と青少年保護とは

わいせつひょうげんとせいしょうねんほご

憲法 表現の自由

わいせつ表現と青少年保護とは、わいせつ文書の頒布処罰が性的秩序と最小限度の性道徳の維持という公共の福祉によって正当化され、青少年の健全な育成を目的とする有害図書の規制が成人の知る自由への制約を伴いつつ合憲とされてきた、性表現の規制をめぐる問題です。

書店や自動販売機で売られる本や写真集も、表現の自由で守られる表現物です。それでも、性的な描写が露骨な文書を売ると刑法175条で処罰され、青少年に有害な図書は条例で自動販売機に入れられません。表現の自由も、性的秩序を守り最小限度の性道徳を維持するという公共の福祉による制限を免れず、思慮分別の未熟な青少年を守ることも社会共通の認識だからです。裁判所は、どの文書がわいせつに当たるかを文書全体を見て判断します。

法廷の場面。先生が裁判官役(札「裁判所」)で、手に一冊の本(表紙に「写真集」)を持って全体をめくっている。被告人席の男性(札「出版社」)の吹き出し「表現の自由があるのに、本を売っただけで刑法175条で処罰されるのか」。先生の吹き出し「表現の

わいせつ文書の処罰は、性的秩序と最小限度の性道徳の維持で正当化されます

わいせつ表現の規制は、刑法175条によるわいせつ文書等の頒布処罰が中心です。最大判昭和32年3月13日(チャタレイ事件)以来、判例は、徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反することという三つの要素でわいせつ性を定義し、性的秩序を守り最小限度の性道徳を維持することが公共の福祉の内容をなすとして、処罰を合憲としてきました。性行為の非公然性は人類の文化的所産であり、これを維持することは社会秩序の基礎に関わるという理解です。ここでは、表現の自由といえども公共の福祉による制限を免れないという古典的な枠組みが用いられており、内容規制であることを理由に厳格な審査を要求する構成は採られていません。被害者が特定できない性表現をなぜ処罰できるのかという問題提起や、見たくない者の自由を保護する構成、青少年への流入を防ぐ構成など、正当化根拠の組み替えが学説上議論されてきましたが、短答で問われるのは判例の定式そのものです。三つの要素はすべて満たされる必要があり、芸術性が認められても、それだけでわいせつ性が否定されるわけではありません。芸術性は次の段落で述べる全体的考察の中で、性的刺激を緩和する要素として考慮されるにとどまるからです。

  • 徒らに性欲を興奮又は刺激せしめること性的刺激を与えることに向けられていること
  • 普通人の正常な性的羞恥心を害すること一般人の感覚を基準とする
  • 善良な性的道義観念に反すること社会通念上の性道徳に反すること
  • 全体的考察文書の一部ではなく全体との関連で判断する

わいせつ性は、文書全体との関連で判断されます

最大判昭和44年10月15日(悪徳の栄え事件)は、文書の個々の章句の部分だけを取り出して判断するのではなく、文書全体との関連において判断すべきだとしました。最判昭和55年11月28日(四畳半襖の下張事件)は、この全体的考察をさらに具体化し、露骨な描写の程度と手法、全体に占める比重、思想との関連性、構成や展開、芸術性や思想性による性的刺激の緩和の程度を挙げ、全体としてみて主として好色的興味に訴えるものといえるかを問うとしました。最判平成20年2月19日(メイプルソープ写真集事件)は、この枠組みを写真集に当てはめ、作者が写真による現代美術の第一人者として美術評論家から高い評価を得ていたことなど芸術性という性的刺激を緩和させる要素の存在、問題となる写真の写真集全体に占める比重、表現手法の観点から、写真集を全体としてみたときに主として見る者の好色的興味に訴えるものとは認め難いとしました。「問題となっている写真集のわいせつ性については,芸術など性的刺激を緩和させる要素の存在,問題となっている各写真の写真集に占める比重,作者に対する当該分野の評論家からの評価,その表現手法等の観点から,写真集を全体としてみて判断すべきである」という肢は正しいです。芸術性があればわいせつ性が消えるのではなく、性的刺激を緩和する要素の一つとして考慮されるにとどまります。

法廷の場面。先生が裁判官役(札「裁判所」)で机の上に開いた厚い本を置き、左手で本全体を、右手で一ページだけを指している。一ページの上に札「露骨な描写の部分」、本全体の上に札「全体に占める比重・思想との関連性・構成や展開・芸術性による性的刺激

判断の主体は裁判所であり、一般社会の良識が基準になります

わいせつ性の判断は、作者や読者の主観ではなく、その時代の社会通念に従って裁判所が行います。判例は、社会通念が一般社会において行われている良識すなわち社会的妥当性を指すものであって、個々人の認識の集合ではないとしてきました。裁判官が自らの感覚で決めるのでも、読者層の受け止めで決めるのでもなく、その時代の社会一般の良識を裁判所が認定するという建て付けです。したがって、当該分野の評論家の評価は、性的刺激の緩和を示す事情として考慮されることはあっても、それ自体が判断を決めるものではありません。芸術的、思想的価値のある文書であっても、これと相反する場合があり得るのであって、わいせつ性が否定されるわけではないというのが判例の立場です。

国内で既に流通している表現物でも、輸入規制の対象にできます

わいせつ表現物の規制は、頒布の処罰だけでなく輸入の段階でも行われます。最大判昭和59年12月12日(税関検査事件)は、輸入禁制品を定める規定の「風俗を害すべき書籍、図画」等をわいせつな書籍、図画等に限られると解したうえで、わいせつ表現物の頒布や販売は刑法175条で禁止されており、性的秩序を守り最小限度の性道徳を維持するという公共の福祉の要請に基づく規制として合理性があり、みだりに国外から流入することを未然に防止する必要があるとして、輸入規制を合憲としました。さらに最判平成20年2月19日(メイプルソープ写真集事件)は、既に国内で流通しているという事情があっても、そのことによって当該表現物が適法に流通しているとはいえず、輸入規制の対象になるとしました。「我が国において既に頒布され,販売されているわいせつ表現物を,税関検査による輸入規制の対象とすることは,憲法第21条第1項の規定に違反するものではない」という肢は正しいです。国内で既に流通している以上、輸入を止めても意味がないという議論はありますが、国内で流通していることは刑法175条に反する状態が生じているというだけで、輸入を認める理由にはならないからです。なお、税関検査が検閲に当たらないとされたのは、表現物が国外で既に発表済みであり、発表の機会が全面的に奪われるわけではないことによるもので、国内で流通しているかどうかとは別の論点です。この二つの理由づけは分けて押さえておきます。

空港の税関の場面。カウンターの向こうに先生が裁判官役(札「裁判所」)が立ち、手前の旅行者の男性(札「輸入者」)がスーツケースから写真集を出して吹き出し「この写真集は日本の書店でもう売られている。輸入を止めても意味がないのではないか」。先生の

有害図書の自動販売機規制は、成人との関係でも合憲とされます

最判平成1年9月19日(岐阜県青少年保護育成条例事件)は、有害図書の自動販売機への収納を禁止する規定について、有害図書が思慮分別の未熟な青少年の性に関する価値観に悪い影響を及ぼし、青少年の健全な育成に有害であることは社会共通の認識になっており、自動販売機による販売は対面販売と異なり心理的抑制が働かず、購入が容易で、深夜でも周囲の目を気にせず購入できて時間帯の規制も及ばないことを理由に、規制の必要性と合理性を認めました。そのうえで、青少年に対する関係で21条1項に違反しないことはもとより、成人に対する関係でも、有害図書の流通を幾分制約することにはなるものの、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う必要やむを得ない制約であるから、21条1項に違反しないとしました。「青少年保護育成条例による有害図書の自動販売機への収納の禁止は、青少年との関係では、その健全な育成を保護するための必要やむを得ない制約であり、憲法第21条第1項に反しないし、成人との関係でも、設置を禁止する場所を指定するなど、一定の限定が付加される限り、同項に反しない」という肢は誤りです。判例は、成人との関係で場所の限定といった条件を付さずに合憲としており、必要やむを得ない制約という言い回しも成人との関係で用いたものだからです。

夜の路上で自動販売機の前の場面。自動販売機に「有害図書 収納禁止」の張り紙、その横に先生が裁判官役(札「裁判所」)が立つ。成人の男性(札「成人」)の吹き出し「私は大人だ。場所を限るなどの限定もなく、成人まで買えなくするのは知る自由の侵害では

有害図書の指定と淫行処罰では、明確性が別途問題になります

青少年保護を目的とする条例では、規制の正当化とは別に、何が規制対象かが読み取れるかという明確性の問題が生じます。最大判昭和60年10月23日(福岡県青少年保護育成条例事件)は、淫行を処罰する規定について、青少年との性行為一般ではなく、心身の未成熟に乗じた不当な手段による性交等、又は青少年を単に自己の性的欲望を満足させる対象として扱っているとしか認められない性交等に限られると解し、この解釈は通常の判断能力を有する一般人の理解に困難を生じさせないとしました。規制の必要性が高い領域ほど広い文言が使われやすく、限定解釈による救済と明確性の要請の緊張がはっきり現れます。有害図書の指定についても、指定の基準が包括的であることや、個別指定と包括指定の使い分けが問題になりますが、判例は青少年の健全な育成という目的の重要性を前提に、規制の合理性を広く認めています。

最判昭和55年11月28日(四畳半襖の下張事件)

文書がわいせつの文書にあたるかどうかの判断にあたっては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として読者の好色的興味にうったえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要である。

論文ではこう使う

論文では、まずわいせつ表現の定義を三要素で示し、全体的考察の枠組みを規範として立てます。そのうえで、露骨な描写の程度と比重、思想との関連性、芸術性による緩和の程度を事実から拾い、主として好色的興味に訴えるかを判断します。青少年保護の事案では、目的の重要性を認めたうえで、手段が成人の知る自由をどこまで制約するかを検討し、対面販売との違いや時間帯規制の限界といった具体的事情を当てはめます。規制文言が評価的であれば、明確性と過度の広汎性の主張を別に立て、限定解釈が一般人に読み取れるかを吟味します。

試験ではこう問われる

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