自己利用文書とは?文書提出義務が否定される判断基準(最決平11.11.12)
自己利用文書とは何かを解説。民訴法220条4号ニの除外事由にあたるための3要件(内部利用性・開示による不利益・特段の事情)を、貸出稟議書を自己利用文書とした最決平11.11.12で整理します。
この判例のポイント
民訴法220条4号は一般的な文書提出義務を定めるが、同号ニは「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(自己利用文書)を提出義務の対象から除外している。本決定は、自己利用文書の該当性の判断基準を示し、文書が専ら内部利用のために作成されたものであり、外部に開示することが予定されていない場合には提出義務の除外が認められるとした重要判例である。
用語の定義(はじめに)
このページは「自己利用文書とは何か」「文書提出命令とは何か」を最短で知りたい方のために、まず端的な定義を示し、その後に要件・判例・あてはめ・答案の書き方へと掘り下げていく構成になっている。急いでいる場合は、この節の定義だけ読めば全体像がつかめる。
文書提出命令とは
文書提出命令とは、ある文書を所持する者に対し、裁判所がその文書の提出を命じる裁判(決定)をいう(民事訴訟法221条以下)。 民事訴訟では、立証に必要な文書を相手方や第三者が握っており、申立人の手元にない(=証拠の偏在)という状況がしばしば生じる。文書提出命令は、こうした証拠の偏在を是正し、文書を所持する者に提出を強制することで、当事者の立証活動を実質的に保障するための制度である。
ポイントは次の三点に整理できる。
- 対象: 提出義務(民訴法220条)の認められる文書であること。所持者が提出義務を負わない文書(除外事由に当たる文書)には命令を出せない。
- 手続: 申立人が文書の表示・趣旨・所持者・証明すべき事実・提出義務の原因を明らかにして申し立て(221条1項)、裁判所が決定の形式で発令する。発令の前提として所持者の審尋が必要とされる場面もある(223条2項)。
- 効果: 命令に従えば文書が証拠として取り調べられる。従わなければ、後述のとおり民訴法224条によって文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めうるという不利益(真実擬制)が課される。
つまり文書提出命令は、「提出義務があるか(=220条の要件・除外事由)」と「どう手続を進めるか(=221条以下)」の二段階で理解するのが要点であり、本稿の中心テーマである自己利用文書は前者の「除外事由」の問題に位置づけられる。
自己利用文書とは
自己利用文書とは、民訴法220条4号ニにいう「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」をいい、一般的文書提出義務(同号本文)の対象から除外される文書類型を指す。 ひらたく言えば、外部に見せることをそもそも想定せず、所持者が自分(または組織内部)の都合のためだけに作った文書のことである。個人の日記、企業の社内検討メモ、内部稟議のための起案書などが典型的にイメージされる。
なぜ除外されるのか。文書提出義務は原則として広く認められる(後述の平成8年改正)一方で、外部に見せない前提で作られた文書まで一律に強制開示の対象にすると、率直な記載や自由な意思形成が萎縮してしまう。そこで、所持者のプライバシーや内部的な意思形成過程を保護するため、一定の文書を提出義務から外したのが自己利用文書の除外である。
ここで重要なのは、「内部文書である」というだけで当然に自己利用文書になるわけではない、という点である。本決定(最決平11.11.12)は、自己利用文書に当たるかどうかを判断するための具体的な基準を示した。その中身が本稿の核心であり、次節以降で要件・判例・あてはめの順に詳述する。
三者の関係を一文で
文書提出命令(=制度)の可否は文書提出義務(=220条)の有無で決まり、その提出義務を否定する代表的な除外事由が自己利用文書(=220条4号ニ)である。検索意図として並ぶ「文書提出命令/自己利用文書とは/自己利用文書」は、いずれもこの一本の筋の上にある論点だと押さえておけばよい。
事案の概要
Xは、Yに対する損害賠償請求訴訟において、Yが所持する内部調査報告書について文書提出命令の申立てをした。この内部調査報告書は、Y社内で生じた事故について社内調査委員会が作成したものであり、Y社の内部的な経営判断のために利用されることを目的として作成されたものであった。
Yは、当該報告書は「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(民訴法220条4号ニ、自己利用文書)に該当し、文書提出義務の対象外であると主張して、文書提出命令の申立てに反対した。
原審は、当該報告書が自己利用文書に該当するとして文書提出命令の申立てを却下した。Xが許可抗告を申し立て、自己利用文書の該当性の判断基準が争われた。
争点
- 自己利用文書(民訴法220条4号ニ)の意義と判断基準は何か
- 内部調査報告書は自己利用文書に該当するか
- 自己利用文書の除外事由と文書提出義務の一般原則の関係はいかなるものか
判旨
ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たる
― 最高裁判所第二小法廷 平成11年11月12日 平成11年(許)第2号
最高裁は、自己利用文書の該当性について以下の判断基準を示した。
第一に、当該文書が専ら内部の者の利用に供する目的で作成されたものであること。
第二に、当該文書が外部の者に開示することが予定されていないものであること。
第三に、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあること(プライバシーの侵害、自由な意思形成の阻害など)。
これらの要件を満たす場合には、特段の事情がない限り、自己利用文書に該当するとした。
ポイント解説
文書提出義務の体系
民訴法220条は、文書提出義務について以下のように規定している。
- 1号: 当事者が訴訟において引用した文書(引用文書)
- 2号: 申立人が文書の所持者に対してその引渡しまたは閲覧を求めることができる文書(引渡請求権ある文書)
- 3号: 文書が申立人の利益のために作成された文書または申立人と所持者との間の法律関係について作成された文書(利益文書・法律関係文書)
- 4号: 上記以外の文書で、同号イからニに定める除外事由に該当しないもの(一般的文書提出義務)
220条4号は一般的文書提出義務を定めるものであり、平成8年の民事訴訟法改正により導入された。改正前は1号から3号の限定列挙であったが、改正により原則として全ての文書について提出義務が認められるようになった。
この改正の意義は大きい。旧法下では、提出義務が引用文書・引渡請求権ある文書・利益文書・法律関係文書という限定された類型にしか及ばず、これらに該当しない文書は所持者が任意に出さない限り証拠として用いることができなかった。これは証拠の偏在に苦しむ当事者にとって大きな障害だった。新法は発想を逆転させ、「原則として提出義務はある。ただし一定の除外事由に当たるものは出さなくてよい」という構造を採用した。したがって現行法では、まず4号本文によって広く提出義務が肯定されることを出発点とし、所持者の側が同号イからホの除外事由のいずれかに当たることを基礎づけて初めて義務を免れる、という思考順序になる。自己利用文書(ニ)の議論も、この「原則義務あり・例外として除外」という土俵の上で展開される点を見失ってはならない。
文書提出命令の手続の流れ
自己利用文書という実体論に入る前に、文書提出命令という制度の手続の骨格を押さえておくと、論点の位置づけが明確になる。
第一に、申立てである。文書提出命令は職権ではなく当事者の申立てによって始まる。申立てにあたっては、(1)文書の表示、(2)文書の趣旨、(3)文書の所持者、(4)証明すべき事実、(5)文書の提出義務の原因を明らかにしなければならない(民訴法221条1項)。これらは申立ての特定の問題であり、特に大量の電子データなどでは(1)文書の表示・(2)趣旨の特定が実務上の難所となる。
第二に、審理である。裁判所は提出義務の有無を審理する。提出義務の存否を判断するために文書の内容そのものを見る必要がある場合には、裁判所だけが文書を見分し当事者には開示しないインカメラ手続(民訴法223条6項)を用いることができる。自己利用文書の該当性のように、文書の中身を見なければ判断できない争点では、この手続が機能する。
第三に、発令である。裁判所は決定の形式で文書提出を命じる。提出を命じる前提として、裁判所は文書の所持者を審尋しなければならない場面がある(民訴法223条2項)。
第四に、不服申立てである。文書提出命令の申立てについての決定(提出を命じる決定・申立てを却下する決定のいずれも)に対しては即時抗告ができる(民訴法223条7項)。本決定が許可抗告事件(平成11年(許)第2号)として最高裁に係属したのも、この不服申立ての流れの先にある。
第五に、不提出の効果である。当事者が命令に従わないときは、裁判所は当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる(民訴法224条1項)。さらに、相手方が当該文書の記載内容を具体的に主張することおよび当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる(同条3項)。この真実擬制こそが文書提出命令の実効性を担保する制裁である。
220条4号の除外事由
220条4号は一般的文書提出義務の対象から以下の文書を除外している。
- イ: 文書の所持者またはその親族等が刑事訴追を受け、または有罪判決を受けるおそれのある事項が記載された文書
- ロ: 公務員の職務上の秘密に関する文書(公務秘密文書)
- ハ: 専門職の守秘義務に関する文書(医師、弁護士等の職業上の秘密)
- ニ: 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(自己利用文書)
- ホ: 刑事事件に係る訴訟に関する書類等
自己利用文書の判断基準の詳細
本決定が示した自己利用文書の判断基準は、以下の三つの要素から構成される。
第一要素(作成目的の内部性): 文書が専ら内部の者の利用に供する目的で作成されたものであるか。作成の目的が外部に開示することにある場合(例えば、顧客への報告のために作成された文書)には、この要素を満たさない。
第二要素(外部開示の非予定性): 文書が外部の者に開示することが予定されていないか。作成当初から外部開示が予定されている文書や、外部の者にも閲覧が認められている文書は、この要素を満たさない。
第三要素(開示による看過し難い不利益): 開示によって所持者に看過し難い不利益が生じるおそれがあるか。個人のプライバシーの侵害、個人や団体の自由な意思形成の阻害、企業秘密の漏洩などが具体的な不利益として挙げられている。
この三要素は、いずれか一つを満たせばよいという選択的なものではなく、すべてを満たして初めて自己利用文書性が肯定される累積的な要件として理解するのが一般的である。したがって、たとえば作成目的が内部利用にあっても(第一要素充足)、その文書が取引相手にも交付されている(第二要素不充足)のであれば、自己利用文書には当たらない。あてはめの際は、三要素を機械的に並べるのではなく、各要素が相互に関連し合っていること(内部利用目的だからこそ外部開示が予定されず、外部開示が予定されないからこそ率直な記載がなされ、それゆえ開示による意思形成阻害という不利益が生じる)を意識すると、説得力のある論述になる。
なお、第三要素の「看過し難い不利益」は、単に「開示されると困る」という程度では足りない。文書提出義務の原則を覆して例外的に提出を免れさせるだけの、質的に重い不利益であることが要求される。プライバシー侵害や自由な意思形成の阻害が例示されているのは、これらが個人の私生活や組織の意思決定の根幹に関わる重大な利益だからである。単なる体裁の悪さや、訴訟上不利になるといった程度の事情は、ここでいう不利益には当たらないと解される。
「特段の事情」の意義
本決定は、三つの要素を満たす場合には「特段の事情がない限り」自己利用文書に該当するとしている。この「特段の事情」とは、文書の開示が所持者にとっての不利益を上回る高度の必要性を有する場合や、所持者が既に一部を開示している場合などが想定されている。
学説・議論
自己利用文書の除外の正当化根拠をめぐる学説
自己利用文書が文書提出義務の対象から除外される根拠については、以下の学説がある。
- プライバシー保護説: 自己利用文書の除外は、文書の所持者のプライバシーや内部的な意思形成過程を保護するためのものであるとする。個人の日記や団体の内部議事録などがその典型例である
- 自由な意思形成保護説: 自己利用文書の除外は、団体や組織の自由な意思形成過程を保護するためのものであるとする。内部文書が訴訟で開示される可能性があると、率直な意見交換や自由な議論が阻害されるおそれがある
- 情報の質の確保説: 内部的な利用のために作成される文書は、外部に開示されることを前提としないため、率直な記述が可能であるという利点がある。提出義務を課すと、このような率直な記述が行われなくなり、結果的に情報の質が低下するとの指摘がある
- バランス論: 一般的文書提出義務の導入により文書提出義務の範囲が大幅に拡大された中で、自己利用文書の除外は所持者の利益と申立人の証拠収集の利益のバランスを図るためのものであるとする
自己利用文書の範囲に関する批判
自己利用文書の除外については、以下の批判がなされている。
- 証拠収集の実効性への懸念: 自己利用文書の除外が広く認められると、一般的文書提出義務の趣旨が没却され、証拠の偏在に苦しむ当事者の権利が十分に保護されないとの批判がある
- 判断基準の曖昧さ: 本決定の示した三要素基準は、その適用が個別の事案に依存するため、判断の予測可能性が低いとの批判がある
- 企業文書への適用の問題: 企業の内部文書は広く自己利用文書に該当しうるため、企業不祥事に関する証拠収集が困難になるとの批判がある
銀行の稟議書に関する判例との関係
本決定と同時期に、銀行の稟議書が自己利用文書に該当するかが争われた最決平11.11.12(稟議書事件)がある。最高裁は、銀行の貸出稟議書について自己利用文書に該当するとした原決定を破棄し、稟議書は銀行内部の意思決定過程を記録したものではあるが、融資の相手方との関係で法律関係文書(220条3号後段)に該当する可能性があるとして差し戻した。
判例の射程
企業の内部調査報告書
本決定の直接の射程として、企業の内部調査報告書(コンプライアンス調査報告書、事故調査報告書等)が自己利用文書に該当するかが実務上重要な問題となっている。本決定の三要素基準に照らせば、専ら内部利用のために作成され、外部開示が予定されておらず、開示により自由な意思形成が阻害されるおそれがある場合には自己利用文書に該当しうる。
企業の内部調査報告書については、その作成のきっかけが外部(監督官庁の指導、報道、株主からの追及など)にあったり、調査結果が対外公表を前提としていたりする場合には、第一要素・第二要素を満たさず自己利用文書性が否定されやすい。逆に、純粋に経営判断の資料とするためだけに作成され、社外秘として厳格に管理されていた報告書は、自己利用文書に当たる方向に傾く。本決定の三要素は、こうした個別事情を拾い上げて評価するための枠組みとして機能している。
個人の日記・手帳
個人の日記や手帳は、自己利用文書の典型例とされる。日記は通常、専ら自分のために記され(第一要素)、他人に見せることを予定せず(第二要素)、開示されればプライバシーが深く侵害される(第三要素)から、三要素を素直に満たす。もっとも、日記が訴訟の争点となる事実関係を記載している場合には、「特段の事情」として提出義務が認められる余地がある。プライバシー保護の要請と立証の必要性の衡量が、ここでの実質的な判断軸となる。
国・地方公共団体の内部文書
国や地方公共団体の内部文書については、220条4号ロの公務秘密文書の除外事由との関係も問題となる。行政機関の内部検討文書が自己利用文書にも該当しうるが、情報公開制度との関連で開示が認められる場合には、自己利用文書としての除外が否定される可能性がある。
反対意見・補足意見
本決定には特段の反対意見は付されていないが、自己利用文書の範囲については下級審で判断が分かれていた問題であり、最高裁が明確な判断基準を示した意義は大きい。もっとも、本決定の三要素基準の具体的な適用については、その後の下級審においても判断のばらつきが見られる。
試験対策での位置づけ
文書提出義務と自己利用文書は、司法試験・予備試験の民事訴訟法において頻出の論点である。220条の文書提出義務の体系と4号の除外事由は短答式試験で繰り返し出題されており、論文式試験でも文書提出命令の可否を検討させる問題が出題されている。
主な出題パターンは以下のとおりである。
- 文書提出義務の体系(220条1号~4号): 各号の要件と適用場面の整理
- 自己利用文書の判断基準: 本決定の三要素基準の当てはめ
- 文書提出命令の手続: 申立て、審理、発令、不服申立ての各段階
- 文書提出命令に従わない場合の制裁: 民訴法224条の文書の成立・記載内容の擬制
- 公務秘密文書と自己利用文書の関係: 除外事由の競合
答案作成のポイントとしては、本決定の三要素基準を正確に示し、具体的な文書について各要素の充足性を丁寧にあてはめることが重要である。
答案での使い方
論証パターン
自己利用文書の該当性を答案で展開する際の基本的な論証の流れは以下のとおりである。
まず、文書提出義務の一般原則を示す。
「民訴法220条4号は、同号イからニに定める除外事由に該当しない限り、文書の所持者は一般的な文書提出義務を負うと規定する。」
次に、自己利用文書の判断基準を示す。
「もっとも、同号ニは『専ら文書の所持者の利用に供するための文書』(自己利用文書)を提出義務の対象から除外している。自己利用文書に該当するか否かは、(1)専ら内部の者の利用に供する目的で作成されたものであるか、(2)外部の者に開示することが予定されていないか、(3)開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるか、を総合的に判断して決定される(最決平11.11.12)。」
答案記述例
「本件の内部調査報告書は、Y社の社内調査委員会が経営判断のために作成したものであり、(1)専ら内部の者の利用に供する目的で作成されている。(2)外部に開示することは予定されておらず、社外秘として管理されている。(3)開示されると、社内調査における率直な意見交換が阻害され、自由な意思形成が妨げられるおそれがある。したがって、特段の事情がない限り、当該報告書は自己利用文書に該当し、文書提出義務の対象外である。」
答案で差がつくポイント
第一に、思考の順序を守ることである。いきなり自己利用文書の検討から始めるのではなく、まず220条4号本文によって原則として提出義務が肯定されることを示し、次に同号ニの除外事由に当たらないかを検討する、という順序を踏むと、現行法の「原則義務あり・例外として除外」という構造を理解していることが伝わる。
第二に、三要素を累積的に丁寧にあてはめることである。三要素のうちどれか一つだけを論じて結論を出すのは避け、各要素について本件の事実(作成経緯、名宛人、管理方法、開示による具体的不利益)を拾って評価する。特に争いになりやすいのは第二要素(外部開示の非予定性)であり、当該文書が取引相手や監督官庁に交付・提出されていなかったかを丁寧に検討すると差がつく。
第三に、他号・他の除外事由との振り分けを意識することである。問題文の文書が取引相手との法律関係について作成された文書であれば、自己利用文書(4号ニ)ではなく法律関係文書(3号後段)の検討が本筋になることがある。逆に公務員の職務上の秘密が問題になるなら公務秘密文書(4号ロ)が主戦場である。どの除外事由のフィールドで戦う問題なのかを取り違えないことが、論点抽出の精度を左右する。
第四に、結論として文書提出命令の可否に着地することである。自己利用文書性の検討はあくまで提出義務の有無を決めるための作業であり、最終的には「したがって文書提出命令を発令できる/できない」という制度レベルの結論まで書き切る。不提出の場合の真実擬制(224条)まで触れられれば、制度全体を見渡した答案になる。
重要概念の整理
文書提出義務の体系
| 号数 | 対象文書 | 具体例 |
|---|---|---|
| 1号 | 引用文書 | 当事者が訴訟で引用した契約書等 |
| 2号 | 引渡請求権ある文書 | 所有権に基づき引渡請求できる文書 |
| 3号 | 利益文書・法律関係文書 | 申立人のために作成された文書、当事者間の法律関係に関する文書 |
| 4号 | 一般的提出義務 | 上記以外の文書(除外事由に該当しないもの) |
220条4号の除外事由
| 除外事由 | 内容 | 保護法益 |
|---|---|---|
| イ | 刑事訴追のおそれ | 自己負罪拒否特権 |
| ロ | 公務秘密文書 | 公務上の秘密 |
| ハ | 専門職の守秘義務文書 | 医師・弁護士等の職業上の秘密 |
| ニ | 自己利用文書 | プライバシー・自由な意思形成 |
| ホ | 刑事事件関係書類 | 刑事手続の適正 |
自己利用文書の三要素基準
| 要素 | 内容 | 判断のポイント |
|---|---|---|
| 作成目的の内部性 | 専ら内部利用目的で作成 | 作成経緯、名宛人、利用態様 |
| 外部開示の非予定性 | 外部開示が予定されていない | 管理方法、アクセス制限、開示実績 |
| 開示による不利益 | 看過し難い不利益のおそれ | プライバシー侵害、意思形成阻害、企業秘密漏洩 |
文書提出命令と文書送付嘱託の比較
文書を入手する手段としての両制度の違いは、短答・論文の双方で問われやすい。
| 比較項目 | 文書提出命令(221条以下) | 文書送付嘱託(226条) |
|---|---|---|
| 性質 | 提出義務に基づく強制 | 任意の協力依頼 |
| 前提 | 220条の提出義務が必要 | 提出義務の有無を問わない |
| 不応諾の制裁 | 真実擬制(224条)あり | 制裁なし |
| 典型場面 | 相手方・非協力的第三者の文書 | 官公庁・任意協力先の文書 |
不提出の効果(真実擬制)
| 場面 | 条文 | 効果 |
|---|---|---|
| 当事者が命令に従わない | 224条1項 | 文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めうる |
| 文書の使用妨害目的で滅失等 | 224条2項 | 同上 |
| 記載内容の主張・他の証拠による立証が著しく困難 | 224条3項 | 当該文書で証明すべき事実に関する主張を真実と認めうる |
発展的考察
自己利用文書の現代的課題
第一に、電子メール・チャットと自己利用文書の問題がある。企業内部のメールやチャットのやり取りは自己利用文書に該当しうるが、その範囲は膨大であり、文書提出命令の対象として特定することが困難な場合がある。eディスカバリーとの関連で、電子データの提出義務の範囲が議論されている。
第二に、内部通報制度と自己利用文書の問題がある。公益通報者保護法に基づく内部通報の記録は自己利用文書に該当しうるが、内部通報制度の実効性確保の観点から、通報者の匿名性を保護しつつ文書提出義務の範囲を画定する必要がある。
第三に、弁護士・依頼者間秘匿特権(legal privilege)との関係がある。弁護士が作成した法律意見書やメモは、220条4号ハの専門職秘密文書に該当しうるとともに、自己利用文書にも該当しうる。両除外事由の適用関係が議論されている。
第四に、情報公開制度との整合性の問題がある。行政機関情報公開法のもとで開示対象となる行政文書について、民事訴訟で自己利用文書としての除外を主張できるかは議論がある。情報公開法のもとでの開示義務と民訴法上の文書提出義務は異なる制度であるが、両者の整合性の確保が求められている。
よくある質問
Q1: 文書提出命令に従わない場合、どのような制裁がありますか。
文書提出命令に従わない場合、裁判所は、(1)当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができ(民訴法224条1項)、(2)当事者が当該文書の内容に基づいてする相手方の主張を真実と認めることができる(同条3項)。これを文書の記載内容の擬制という。
Q2: 文書提出命令の申立てが却下された場合、不服申立てはできますか。
文書提出命令の申立てを却下する裁判に対しては、即時抗告をすることができる(民訴法223条7項)。また、抗告審の決定に対しては許可抗告の申立てが認められている。
Q3: 自己利用文書の判断は誰が行いますか。
自己利用文書の該当性は、文書提出命令の申立てを受けた裁判所が判断する。裁判所は、所持者から文書の提示を受けて(インカメラ手続、民訴法223条6項)、文書の内容を確認したうえで自己利用文書の該当性を判断することができる。
Q4: 法人の内部文書はすべて自己利用文書に該当しますか。
法人の内部文書であっても、すべてが自己利用文書に該当するわけではない。本決定の三要素基準に照らし、個別の文書ごとにその作成目的、外部開示の予定の有無、開示による不利益の有無を検討して判断する必要がある。例えば、取引相手との間の法律関係について作成された契約書や見積書は、仮に社内で保管されていたとしても、220条3号の法律関係文書に該当し、自己利用文書の除外は認められない。
Q5: 「自己利用文書とは」一言でいうと何ですか。
自己利用文書とは、外部に開示することを予定せず、専ら所持者が自分(または組織内部)の利用のために作成・保有している文書のことである。条文上は民訴法220条4号ニの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」を指す。これに当たると判断されると、たとえ立証に役立つ文書であっても、文書提出命令の対象から外れる。
Q6: 自己利用文書に当たるかどうかは、どの基準で判断しますか。
最決平11.11.12が示した三要素基準による。すなわち、(1)専ら内部の者の利用に供する目的で作成されたか、(2)外部の者に開示することが予定されていないか、(3)開示によって所持者に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるか、を総合的に判断し、これらを満たす場合には特段の事情がない限り自己利用文書に当たる。三つは累積的な要件であり、いずれか一つでも欠ければ自己利用文書性は否定される。
Q7: 文書提出命令と文書送付嘱託は何が違いますか。
文書提出命令(民訴法221条以下)は、提出義務を負う所持者に対して文書の提出を強制し、従わない場合には真実擬制(224条)という制裁が及ぶ制度である。これに対し、文書送付嘱託(民訴法226条)は、文書の所持者に任意の協力を求めて文書の送付を依頼する制度であり、強制力を伴わない。相手方や非協力的な第三者から証拠を引き出す必要がある場面では文書提出命令が、官公庁など任意の協力が見込める場面では送付嘱託が用いられることが多い。
Q8: 自己利用文書に当たっても提出が認められる場合はありますか。
ある。本決定は三要素を満たす場合でも「特段の事情がない限り」自己利用文書に当たるとしており、裏を返せば、特段の事情があれば提出義務が肯定される余地を残している。所持者が文書の一部を既に開示しているような場合や、開示による所持者の不利益を上回る高度の開示の必要性が認められる場合などが、特段の事情として議論される。
関連条文
次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。(中略)四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。(中略)ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書
― 民事訴訟法 第220条第4号ニ
裁判所は、文書提出命令の申立てについて決定をする場合には、文書の所持者を審尋しなければならない。
― 民事訴訟法 第223条第2項
関連判例
- 証明責任の分配に関する判例 - 証拠収集と証明責任の関係
- 自由心証主義の限界に関する判例 - 証拠評価と事実認定
まとめ
自己利用文書と文書提出義務に関する本決定は、民訴法220条4号ニの自己利用文書の該当性について明確な判断基準を示した重要判例である。本決定の三要素基準は、(1)専ら内部利用目的での作成、(2)外部開示の非予定性、(3)開示による看過し難い不利益のおそれを総合的に判断するものであり、文書提出命令の実務において広く参照されている。一般的文書提出義務の導入により証拠収集の手段は拡充されたが、自己利用文書の除外はプライバシーや自由な意思形成の保護という正当な利益に基づくものであり、証拠収集の利益と所持者の利益のバランスを図る上で重要な機能を果たしている。
関連記事
文書提出命令の全体像
- 証拠法の体系|証拠調べの手続・文書提出命令・証人尋問 - 証拠法の体系|証拠調べの手続・文書提出命令
- 【判例】文書提出命令と提出義務(最決平12.3.10) - 自己利用文書の判断が示された同時期の決定
- 【判例】文書提出命令と自己利用文書(最決平12.3.10・最決平12.12.14) - 【判例】文書提出命令と自己利用文書
科目を選び、肢別演習で知識を確かめられます。