相続法改正の全体像
2018年・2019年相続法改正の全体像を解説。配偶者居住権・自筆証書遺言の保管制度・遺留分の金銭債権化・特別寄与料制度・預貯金仮払い制度を体系的に整理します。
この記事のポイント
2018年(平成30年)及び2019年(令和元年)の相続法改正は、約40年ぶりの大規模改正である。配偶者居住権の新設による配偶者保護の強化、自筆証書遺言の方式緩和と法務局保管制度の創設、遺留分制度の金銭債権化、特別寄与料制度の新設、預貯金の仮払い制度の創設など、相続法の多岐にわたる分野で重要な変更が行われた。本記事では、これらの改正事項を「なぜ改正されたのか(趣旨)」「旧法とどう違うのか(比較)」「要件・効果はどうなっているのか(論点)」という三つの視点から体系的に整理し、論文式試験・短答式試験のいずれにも対応できる水準で解説する。
改正の経緯と背景
改正の背景事情
相続法(民法第5編)の本格的な改正は、1980年(昭和55年)の配偶者法定相続分の引上げ等以来、実に約40年ぶりのことであった。この間、わが国の社会構造は大きく変化し、特に高齢化の進展が相続実務に深刻な影響を及ぼすようになった。配偶者の一方が死亡した時点で、生存配偶者自身も高齢であるケースが一般化し、「住む場所の確保」と「老後の生活資金の確保」をいかに両立させるかが切実な課題となった。
| 社会的背景 | 内容 |
|---|---|
| 高齢化の進展 | 配偶者も高齢であり、居住確保と生活資金の両立が困難 |
| 相続紛争の増加 | 遺産分割事件の増加と長期化 |
| 遺言利用の低迷 | 自筆証書遺言の方式の厳格さが利用の障壁 |
| 最決平成28年12月19日 | 預貯金債権も遺産分割の対象となることが確認され、仮払いの必要性が認識 |
旧法のもとでは、配偶者が居住建物の所有権を取得しようとすると、その建物の評価額が高額である場合には、遺産分割において配偶者の取得分の大部分を住居が占めてしまい、預貯金など生活資金にあてるべき財産をほとんど取得できないという不都合が生じていた。この「住むか、生活費か」という二者択一を解消することが、配偶者居住権新設の最も重要な動機である。
また、自筆証書遺言については、その方式が極めて厳格であり(旧968条1項では全文・日付・氏名の自書と押印が要求された)、わずかな方式の不備で遺言全体が無効になるリスクが高かった。そのため遺言の利用が低迷し、結果として遺産分割をめぐる紛争が増加・長期化していた。改正は、遺言の作成・保管のハードルを下げることで、被相続人の最終意思を相続に反映させやすくすることを狙ったものである。
改正法の施行時期
改正事項は一括して施行されたわけではなく、制度ごとに段階的に施行された。試験では施行日そのものが直接問われることは少ないが、複数の改正事項が時期を異にして施行された点は、経過措置の理解にもつながるため押さえておきたい。
| 改正事項 | 施行日 |
|---|---|
| 自筆証書遺言の方式緩和 | 2019年1月13日 |
| 配偶者居住権、遺留分改正、特別寄与料等 | 2020年7月1日 |
| 自筆証書遺言の法務局保管制度 | 2020年7月10日 |
配偶者の居住権の保護
配偶者居住権(1028条〜1036条)
配偶者居住権とは、被相続人の配偶者が、被相続人の財産に属していた建物に相続開始時に居住していた場合に、原則として終身にわたってその建物を無償で使用・収益することができる権利をいう(民法1028条1項)。配偶者短期居住権と区別して「配偶者長期居住権」と呼ばれることもある。
成立要件
配偶者居住権が成立するためには、次の要件をみたす必要がある。
- 被相続人の配偶者であること(法律上の配偶者に限られ、内縁配偶者は含まれない)
- 被相続人の財産に属した建物に、相続開始の時に居住していたこと
- 次のいずれかにより配偶者居住権を取得したこと
- 遺産分割(協議・調停・審判)
- 遺贈
- 死因贈与(554条による遺贈規定の準用)
ここで重要な論点が、被相続人が相続開始時に当該建物を配偶者以外の者と共有していた場合には、配偶者居住権は成立しないという点である(1028条1項ただし書)。配偶者居住権は無償で建物全体を使用収益する強力な権利であるところ、これを他の共有者に対抗できるとすると、共有者の持分が著しく害されてしまうためである。被相続人と配偶者の二人だけの共有であった場合には成立する点に注意を要する。
効果と性質
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 存続期間 | 原則として配偶者の終身(遺産分割・遺言で別段の定め可、1030条) |
| 使用収益 | 無償で建物全体を使用・収益できる |
| 対抗要件 | 登記(1031条1項により所有者は登記義務を負う) |
| 譲渡 | 不可(1032条2項、一身専属的な権利) |
| 賃貸 | 所有者の承諾があれば第三者に使用収益させることができる(1032条3項) |
| 修繕・費用 | 通常の必要費は配偶者が負担(1034条1項) |
配偶者居住権は「建物の使用収益権」という財産的価値をもつため、遺産分割においてはこれを評価額として算定する。配偶者居住権の評価額は所有権そのものの評価額より低くなるため、配偶者は従来であれば所有権取得に消費していた相続分の枠を温存し、その分を預貯金など他の財産の取得に振り向けることができる。これが「住む場所」と「生活資金」を両立させる仕組みである。
配偶者短期居住権(1037条〜1041条)
配偶者短期居住権とは、配偶者が相続開始時に被相続人所有の建物に無償で居住していた場合に、遺産分割により居住建物の帰属が確定する日(または相続開始から6か月を経過する日のいずれか遅い日)まで、その建物を無償で使用できる権利をいう(1037条1項)。
旧法下では、最判平成8年12月17日が、共同相続人の一人が被相続人の許諾を得て建物に同居していた場合について、被相続人と相続人との間に使用貸借契約が成立していたものと推認し、配偶者の居住を保護していた。しかし、これはあくまで当事者の意思の推認による保護であり、被相続人が居住建物を第三者に遺贈した場合など、推認が及ばないケースでは配偶者の居住が直ちに失われるおそれがあった。配偶者短期居住権は、こうした不安定さを解消し、配偶者に最低限の居住の猶予期間を法律上保障するものである。
| 項目 | 配偶者居住権 | 配偶者短期居住権 |
|---|---|---|
| 居住の範囲 | 建物全体 | 居住していた部分 |
| 存続期間 | 原則終身 | 遺産分割確定日または相続開始から6か月のいずれか遅い日 |
| 取得原因 | 遺産分割・遺贈・死因贈与 | 法律上当然に発生(要件をみたせば取得手続不要) |
| 対抗要件 | 登記可(第三者対抗力あり) | 登記不可(第三者対抗力なし) |
| 収益 | 可 | 不可(使用のみ) |
配偶者短期居住権は登記ができず第三者への対抗力を欠くが、その代わり遺産分割等の取得手続を要せず、要件をみたせば当然に発生する点に特徴がある。両者は名称が似ているため、論文式・短答式のいずれでも混同を狙った出題がなされやすい。「終身か短期か」「登記の可否」「収益の可否」の三点で正確に区別できるようにしておきたい。
遺言制度の見直し
自筆証書遺言の方式緩和(968条2項)
旧法のもとでは、自筆証書遺言は、その全文・日付・氏名を遺言者が自書し、これに押印しなければならなかった(旧968条1項)。財産が多数にわたる場合、財産目録まですべて手書きしなければならず、高齢の遺言者にとって大きな負担であり、また書き間違いによる方式違背で遺言が無効となるリスクも高かった。
改正により、自筆証書遺言に添付する財産目録については、自書を要しないこととされた(968条2項前段)。これにより、財産目録をパソコンで作成したり、不動産登記事項証明書や預貯金通帳の写しを目録として添付したりすることが可能となった。
| 部分 | 旧法 | 改正法 |
|---|---|---|
| 遺言本文 | 全文自書 | 全文自書(変更なし) |
| 財産目録 | 全文自書 | 自書不要(パソコン作成、不動産登記事項証明書添付等が可能) |
ただし、無制限に方式を緩和すると偽造・変造のおそれが高まるため、自書によらない財産目録については、その毎葉(用紙の各ページ。両面に記載がある場合は両面)に署名し、押印しなければならない(968条2項後段)。この署名・押印を欠くと、当該財産目録の部分について方式違背となる。なお、緩和されたのはあくまで「財産目録」の部分であり、遺言の本文(誰に何を相続させる・遺贈するという意思表示の中核部分)は依然として全文自書が要求される点を取り違えてはならない。
自筆証書遺言の法務局保管制度
「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(遺言書保管法)により、自筆証書遺言を法務局(遺言書保管所)に保管してもらう制度が創設された。自筆証書遺言は自宅で保管されることが多く、紛失・改ざん・隠匿・未発見といった問題が生じやすかったが、この制度はそれらを抜本的に解決するものである。
メリット
- 遺言書の紛失・改ざん・隠匿の防止(原本が法務局に保管される)
- 家庭裁判所における検認が不要(遺言書保管法11条)
- 保管申請時に遺言書の外形的・形式的な確認が行われる
- 相続開始後、相続人等の請求により遺言書情報証明書の交付を受けられ、また一定の場合に相続人等への通知制度がある
特に試験対策として重要なのは、法務局に保管された自筆証書遺言については検認手続が不要になるという点である(遺言書保管法11条)。通常の自筆証書遺言・秘密証書遺言は、相続開始後に家庭裁判所の検認を要する(1004条1項)が、公正証書遺言と並んで、保管制度を利用した自筆証書遺言も検認が不要となる。ただし、保管制度はあくまで保管時に「形式」を確認するにとどまり、遺言の内容の有効性を保証するものではない点に注意が必要である。内容に争いがあれば、別途遺言無効確認の訴え等で争うことになる。
遺留分制度の見直し
遺留分侵害額請求権への転換
遺留分制度は、被相続人の兄弟姉妹以外の相続人(配偶者・子・直系尊属)に対し、遺産の一定割合を最低限保障する制度である。旧法の遺留分減殺請求権は、これを行使すると、遺贈または贈与がその限度で失効し、目的物の所有権(持分)が当然に遺留分権利者に復帰するという物権的効力を有していた。
この物権的構成には深刻な問題があった。たとえば被相続人が事業用の不動産や自社株式を後継者に集中して遺贈・贈与したケースで、他の相続人が遺留分減殺請求権を行使すると、事業用財産が遺留分権利者との共有状態になってしまい、円滑な事業承継が阻害されたのである。
改正法は、遺留分を侵害された者は、受遺者・受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求できると定め、遺留分を金銭債権へと転換した(1046条1項)。これを遺留分侵害額請求権という。
| 項目 | 旧法(遺留分減殺請求) | 改正法(遺留分侵害額請求) |
|---|---|---|
| 法的性質 | 物権的効力(共有持分の回復) | 金銭債権 |
| 効果 | 目的物の共有状態が生じる | 金銭の支払請求 |
| 問題点 | 事業用財産の共有化により事業承継が困難 | 金銭支払いにより事業用財産の分散を防止 |
| 行使の性質 | 形成権の行使 | 形成権の行使(行使により金銭債権が発生) |
なお、遺留分侵害額請求権も形成権であり、その行使によってはじめて金銭債権が発生する点は旧法の減殺請求権と同様である。また、遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が相続の開始及び減殺すべき贈与・遺贈があったことを知った時から1年間、相続開始時から10年間行使しないと時効により消滅する(1048条)。この期間制限は旧法の減殺請求権の規律を引き継いだものである。
旧法下の判例である最判昭和54年3月22日は、遺留分減殺請求権が形成権であり、その行使は受遺者等に対する意思表示によって足り、必ずしも裁判上の請求による必要はないとした。この「形成権・意思表示で足りる」という点は改正後の侵害額請求権にも妥当する。
遺留分の算定方法(1043条・1044条)
改正法は、遺留分の基礎となる財産(遺留分を算定するための財産の価額)の算定方法を明確化した。
- 遺留分算定の基礎財産 = 相続開始時の積極財産 + 贈与の価額 − 債務の額(1043条1項)
- 相続人に対する贈与:相続開始前10年間にされた、婚姻・養子縁組のため又は生計の資本としての贈与(特別受益にあたる贈与)の価額が算入対象となる(1044条3項)
- 第三者(相続人以外)に対する贈与:相続開始前1年間にされた贈与の価額が算入対象となる(1044条1項前段)
旧法では、相続人に対する特別受益にあたる贈与は期間制限なく持戻しの対象とされ得たが、改正法は、相続人に対する贈与については「相続開始前10年間」という期間制限を設けた。これにより、古い贈与まで無制限に算入されることによる法的不安定が緩和された。ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与した場合には、期間にかかわらず算入される(1044条1項後段・3項)点に注意を要する。
期限の許与(1047条5項)
遺留分が金銭債権化したことの帰結として、受遺者・受贈者が侵害額に相当する金銭を直ちに用意できないという事態が想定される。そこで、裁判所は、受遺者・受贈者の請求により、金銭債務の全部または一部の支払につき相当の期限を許与することができる(1047条5項)。これは金銭債権化に伴う受遺者側の酷を緩和するための調整規定である。
特別寄与料制度(1050条)
制度趣旨
旧法の寄与分制度(904条の2)は、共同相続人に限って適用されるものであった。そのため、典型的には長男の妻が被相続人(義父母)の療養看護を長年献身的に行っていたとしても、長男の妻は相続人ではないため、寄与分を主張できず、相続によって何ら報われないという不公平が生じていた。仮に長男が先に死亡していれば、長男の妻は相続人でも代襲相続人でもなく、まったくの蚊帳の外に置かれてしまう。
制度内容
改正法は、被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続放棄をした者、欠格・廃除により相続権を失った者を除く)は、相続人に対し、その寄与に応じた額の特別寄与料の支払を請求できるとした(1050条1項)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 請求権者 | 被相続人の親族(相続人を除く) |
| 要件 | 無償の療養看護等の労務提供により財産の維持・増加に特別の寄与 |
| 請求の相手方 | 相続人(複数いる場合は各相続人に法定相続分等に応じた額を請求) |
| 協議不調の場合 | 家庭裁判所が処分(額)を定める(1050条2項) |
| 行使期間 | 相続開始及び相続人を知った時から6か月、又は相続開始から1年を経過すると協議に代わる処分の申立てができない(1050条2項ただし書) |
特別寄与料の要件として重要なのは、「無償の労務の提供」が必要であり、金銭の出資による財産的寄与は対象外とされている点である(条文は「療養看護その他の労務の提供」と限定している)。また、請求権者は「親族」に限られるため、まったくの第三者(友人・知人など)が献身的に介護をしても、本制度による請求はできない。「親族」とは6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族をいう(725条)。
預貯金の仮払い制度
最決平成28年12月19日との関係
従来の判例は、預貯金債権のような可分債権は相続開始と同時に当然に各相続人へ法定相続分に応じて分割帰属し、遺産分割の対象とはならないとしていた。ところが最決平成28年12月19日(大法廷決定)は、判例を変更し、普通預金債権・通常貯金債権・定期貯金債権は、相続開始と同時に当然分割されることはなく、遺産分割の対象となると判示した。
この決定により、遺産分割が成立するまでの間、各相続人は単独では預貯金を払い戻すことができなくなった。その結果、被相続人の葬儀費用、相続債務の弁済、生存配偶者の当面の生活費などを、遺産分割の完了を待たずに支出する必要があるのに、預貯金を引き出せないという深刻な不都合が生じた。仮払い制度は、この不都合を解消するために創設されたものである。
仮払い制度の内容
仮払いには、家庭裁判所の関与を要するものと要しないものの二系統がある。
1. 家庭裁判所の保全処分による仮払い(家事事件手続法200条3項)
遺産分割の審判又は調停の申立てがあった場合に、家庭裁判所は、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により必要があると認めるときは、申立てにより、仮払いを認める保全処分をすることができる。要件は緩和されているが、家庭裁判所の判断を要する点で機動性に欠ける。
2. 家裁の判断を経ない仮払い(909条の2)
各共同相続人は、家庭裁判所の関与なしに、遺産に属する預貯金債権のうち、次の額まで単独で払戻しを受けることができる。
相続開始時の当該預貯金債権額 × 1/3 × 当該払戻しを求める相続人の法定相続分
ただし、同一の金融機関(複数の支店に預貯金がある場合はその合算)に対する権利行使については、150万円を上限とする(法務省令で定める額)。この仮払いを受けた預貯金は、当該相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなされる(909条の2後段)ため、後の遺産分割で精算される。
たとえば、被相続人の普通預金が1,200万円あり、相続人が配偶者と子1人(法定相続分各1/2)である場合、子が単独で払い戻せる額は「1,200万円 × 1/3 × 1/2 = 200万円」と計算されるが、上限150万円の制約により、実際に払い戻せるのは150万円となる。
その他の改正事項
遺産分割前の処分(906条の2)
遺産分割前に、共同相続人の一人が遺産に属する財産を処分(無断で預貯金を引き出すなど)した場合、旧法下では、処分された財産は遺産から逸出してしまい、これを遺産分割の対象に戻すには全相続人の合意が必要と解されていた。すると、処分をした張本人が合意を拒めば組戻しができず、かえって不当な財産の取得を許す結果となりかねなかった。
改正法は、遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合、共同相続人全員の同意により、当該処分された財産を遺産分割時に遺産として存在するものとみなすことができるとした(906条の2第1項)。そして、処分をした共同相続人がいるときは、その処分をした相続人の同意を得ることを要しない(906条の2第2項)。処分者本人の拒否によって組戻しが妨げられないようにした点に、この規定の眼目がある。
相続の効力に関する見直し(899条の2)
旧法下では、遺産分割や「相続させる」旨の遺言による権利取得は、登記等の対抗要件を備えなくても第三者に対抗できるとする判例(特に「相続させる」旨の遺言に関する最判平成14年6月10日等)があり、取引の安全を害するおそれが指摘されていた。
改正法は、相続による権利の承継は、遺産分割によるものかどうかにかかわらず、法定相続分を超える部分については、登記・登録その他の対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないとした(899条の2第1項)。これにより、法定相続分の範囲内の取得は対抗要件なくして対抗できるが、それを超える部分は対抗要件主義に服することが明確化された。相続を信頼して取引に入った第三者の保護を図り、取引の安全を重視する立場を採ったものである。
改正事項の一覧表
| 改正事項 | 条文 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 配偶者居住権 | 1028条〜1036条 | 配偶者の終身居住権 |
| 配偶者短期居住権 | 1037条〜1041条 | 短期的居住保護 |
| 自筆証書遺言の方式緩和 | 968条2項 | 財産目録の自書不要 |
| 遺言書保管制度 | 遺言書保管法 | 法務局での保管・検認不要 |
| 遺留分の金銭債権化 | 1046条 | 物権的効力から金銭債権へ |
| 遺留分の算定方法 | 1043条・1044条 | 相続人への贈与は10年以内に限定 |
| 期限の許与 | 1047条5項 | 金銭債務の支払猶予 |
| 特別寄与料 | 1050条 | 相続人以外の親族の寄与 |
| 預貯金仮払い | 909条の2 | 遺産分割前の払戻し |
| 遺産分割前の処分 | 906条の2 | 処分財産の遺産への組戻し |
| 相続の対抗要件 | 899条の2 | 法定相続分超過は対抗要件必要 |
具体例で考える
設例1:配偶者居住権による調整
被相続人Aが死亡し、相続人は配偶者B(高齢)と子Cの二人。遺産は自宅建物・土地(評価額2,000万円)と預貯金2,000万円の合計4,000万円。法定相続分は各1/2である。
旧法的な発想では、Bが自宅(2,000万円)を取得すると、Bの相続分2,000万円をすべて住居が占めてしまい、Bは預貯金を一切取得できず生活資金に窮する。ここで配偶者居住権を活用し、配偶者居住権の評価額を1,000万円、負担付き所有権の評価額を1,000万円と仮定すると、Bは配偶者居住権(1,000万円)+預貯金1,000万円を取得して住居と生活費を両立でき、Cは負担付き所有権(1,000万円)+預貯金1,000万円を取得する。これが配偶者居住権の核心的な機能である。
設例2:遺留分侵害額請求の計算
被相続人Aが、全財産(評価額6,000万円。すべて事業用不動産)を後継者である子Dに「相続させる」旨の遺言を残して死亡。相続人は子D・子Eの二人。Eの遺留分は、総体的遺留分1/2 × Eの法定相続分1/2 = 1/4。遺留分額は6,000万円 × 1/4 = 1,500万円。
旧法であれば、Eの減殺請求により事業用不動産がDとEの共有となり、事業承継が困難になった。改正法では、EはDに対して1,500万円の金銭の支払を請求できるにとどまり、不動産そのものはDに帰属したまま事業承継が円滑に行える。Dが直ちに1,500万円を用意できなければ、Dは裁判所に期限の許与を求めることができる(1047条5項)。
答案での書き方
論文式試験で相続法改正に関連する論点が出題された場合、次の流れを意識すると、説得力のある答案を書きやすい。
- 条文の指摘から入る:配偶者居住権なら1028条、遺留分なら1046条というように、まず根拠条文を正確に示す。改正法は条文番号自体が新しいので、条文を正確に挙げられること自体が大きな加点要素となる。
- 改正の趣旨に触れる:「なぜこの制度が設けられたのか」を一文添える。たとえば配偶者居住権なら「配偶者の居住の確保と生活資金の確保の両立を図る趣旨」、遺留分の金銭債権化なら「事業用財産等の共有化を防ぎ円滑な事業承継を可能にする趣旨」と書く。
- 要件を一つずつあてはめる:配偶者居住権であれば、(1)配偶者であること、(2)相続開始時に居住していたこと、(3)遺産分割・遺贈等による取得、(4)共有建物でないこと(1028条1項ただし書)を順に検討する。特に「第三者との共有建物では成立しない」という消極要件は出題者が好むポイントである。
- 旧法との対比を示す:余裕があれば、旧法ではどう処理されていたか(例:遺留分減殺請求の物権的効力、最判平成8年12月17日による使用貸借の推認)に触れると、制度理解の深さを示せる。
短答式試験では、数値・期間の正確な記憶が勝負を分ける。配偶者短期居住権の「6か月」、遺留分侵害額請求の消滅時効「知った時から1年・相続開始から10年」、遺留分算定における相続人への贈与の「10年」と第三者への贈与の「1年」、預貯金仮払いの「1/3×法定相続分・上限150万円」、特別寄与料の行使期間「6か月・1年」を、混同せずに暗記しておくこと。
FAQ
Q1. 配偶者居住権は内縁の配偶者にも認められますか。
A. 認められません。配偶者居住権の「配偶者」は法律上の婚姻関係にある配偶者を指します。内縁配偶者は相続人ではないため、配偶者居住権を取得することはできません。
Q2. 自筆証書遺言の本文もパソコンで作成してよいのですか。
A. いいえ。方式緩和の対象は添付する「財産目録」だけです。遺言の本文(誰に何を相続させる・遺贈するという意思表示部分)は、従来どおり全文を自書しなければなりません。財産目録についても、自書しない場合は毎葉に署名・押印が必要です(968条2項後段)。
Q3. 遺留分侵害額請求権を行使すると、対象の不動産は当然に共有になりますか。
A. なりません。改正法では遺留分は金銭債権化されたため、行使しても発生するのは金銭支払請求権であり、不動産が共有になることはありません。これが旧法の減殺請求(物権的効力)との最大の違いです。
Q4. 法務局に保管した自筆証書遺言は、相続開始後に検認が必要ですか。
A. 不要です(遺言書保管法11条)。通常の自筆証書遺言は検認が必要ですが(1004条1項)、保管制度を利用したものは公正証書遺言と同様に検認が不要となります。ただし保管制度は遺言の内容の有効性まで保証するものではありません。
Q5. 預貯金の仮払いはいくらまで受けられますか。
A. 「相続開始時の預貯金債権額 × 1/3 × その相続人の法定相続分」が原則ですが、同一の金融機関ごとに150万円が上限です(909条の2)。これは家庭裁判所の判断を経ずに単独で払い戻せる制度です。
Q6. 長男の妻が義父を介護していました。遺産から何か受け取れますか。
A. 特別寄与料を請求できる可能性があります(1050条)。長男の妻は被相続人の「親族」(姻族)にあたり、無償の療養看護により被相続人の財産の維持・増加に特別の寄与をしたといえれば、相続人に対し特別寄与料を請求できます。ただし、相続開始及び相続人を知った時から6か月、または相続開始から1年を経過すると家庭裁判所への申立てができなくなる点に注意が必要です。
試験対策での位置づけ
相続法改正は、試験での出題可能性が極めて高いテーマである。改正からまだ年数が浅く、出題者が問いやすい新しい論点が多いためである。
特に押さえるべきポイントは以下の通りである。
- 配偶者居住権の成立要件と効果(特に共有建物の除外、1028条1項ただし書)
- 配偶者居住権と配偶者短期居住権の区別(終身か短期か、登記の可否、収益の可否)
- 遺留分の金銭債権化の趣旨と遺留分算定方法の変更(相続人への贈与は10年以内)
- 自筆証書遺言の方式緩和(財産目録の自書不要、毎葉の署名押印)の要件
- 遺言書保管制度における検認不要の効果
- 預貯金仮払いの計算方法(1/3 × 法定相続分、上限150万円)
- 特別寄与料制度の請求権者・要件・行使期間
- 899条の2による対抗要件主義の導入(法定相続分超過部分)
関連判例
- 最決平成28年12月19日:預貯金債権(普通預金・通常貯金・定期貯金)は当然分割されず遺産分割の対象となるとした大法廷決定。預貯金仮払い制度創設の直接のきっかけとなった。
- 最判平成8年12月17日:共同相続人の一人が被相続人の許諾を得て建物に同居していた場合に、被相続人と相続人との間に使用貸借契約の成立を推認し、配偶者の居住利益を保護した判例(配偶者短期居住権の前史にあたる)。
- 最判昭和54年3月22日:遺留分減殺請求権は形成権であり、その行使は受遺者等に対する意思表示で足り、裁判上の請求による必要はないとした判例(金銭債権化後の侵害額請求権の行使方法にも参考となる)。
まとめ
2018年・2019年の相続法改正は、高齢化社会における配偶者保護の強化、遺言利用の促進、遺留分制度の合理化、相続人以外の者の貢献への対応など、多角的な改正を行ったものである。とりわけ、(1)配偶者居住権による「住む場所」と「生活資金」の両立、(2)自筆証書遺言の方式緩和と法務局保管制度による遺言利用のハードル低下、(3)遺留分の金銭債権化による円滑な事業承継、(4)特別寄与料制度による相続人以外の貢献の評価、という四つの柱が改正の中核をなす。
各改正事項は相互に関連しており、全体像を把握した上で個別制度の要件・効果を正確に理解することが重要である。試験対策としては、改正の趣旨と旧法との比較を意識した学習が効果的であり、特に数値・期間(6か月、1年、10年、1/3、150万円)の正確な記憶が短答式での得点に直結する。論文式では、根拠条文の正確な指摘と趣旨の説明を踏まえつつ、要件を一つずつ丁寧にあてはめる姿勢が高評価につながる。
科目を選び、肢別演習で知識を確かめられます。