【判例】夫婦間の不法行為と第三者の責任(最判昭44.2.27)
夫婦間の不法行為に関する最判昭44.2.27を解説。配偶者の一方と不貞行為をした第三者の損害賠償責任、婚姻関係の保護法益としての性質、慰謝料請求の要件と射程を詳しく分析します。
この判例のポイント
夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は、故意又は過失がある限り、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法として不法行為責任を負うとした判例。第三者の不貞行為への加担に対する損害賠償請求の可否について、婚姻共同生活の平和の維持という権利ないし法的保護に値する利益の侵害を認め、民法709条に基づく慰謝料請求を肯定した重要判例である。
事案の概要
本件は、妻Xが、夫Aと不貞関係にあった女性Yに対して、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を請求した事案である。
夫Aは、婚姻関係が継続している間に、被告Yと継続的な不貞関係を持った。原告Xは、この不貞関係により精神的苦痛を受けたとして、Yに対し、民法709条・710条に基づき慰謝料を請求した。
第一審および控訴審は、いずれもXの請求を認容した。Yは、不貞行為の相手方である第三者は他方配偶者に対して不法行為責任を負わないとして上告した。
争点
- 配偶者の一方と不貞行為をした第三者は、他方の配偶者に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負うか
- 夫婦関係における「権利」ないし「法的保護に値する利益」とは何か
判旨
最高裁は、以下のように判示してYの上告を棄却した。
夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持つた第三者は、故意又は過失がある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によつて生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、右他方の配偶者の被つた精神上の苦痛を慰藉すべき義務があるというべきである
― 最高裁判所第二小法廷 昭和44年2月27日 昭和42年(オ)第1428号
すなわち、最高裁は、不貞行為の相手方である第三者について、以下の点を明らかにした。
- 第三者が配偶者を積極的に誘惑したかどうかは問わない
- 両者の関係が自然の愛情に基づくものであるかどうかも問わない
- 故意又は過失がある限り、不法行為責任を負う
ポイント解説
婚姻関係の法的保護
本判決は、婚姻関係を不法行為法上も保護に値する権利ないし利益として位置づけた。ここで保護される利益は、具体的には以下のものと解される。
- 婚姻共同生活の平和の維持という権利ないし法的利益
- 配偶者としての地位に基づく利益(精神的利益を含む)
- 貞操を守ることを相互に求める権利
民法770条1項1号が不貞行為を離婚原因として定めていることからも、婚姻関係における貞操義務の重要性が法律上認められている。
「権利侵害」から「違法性」への発展
本判決において注目すべきは、「権利を侵害し、その行為は違法性を帯び」という表現を用いている点である。これは、不法行為の成立要件について、大正末期から昭和初期にかけて展開された「権利侵害」から「違法性」への発展を反映したものである。
民法709条は、当時「他人ノ権利ヲ侵害シタル者」と規定していたが、判例・学説は、必ずしも権利侵害に限定せず、法的保護に値する利益の侵害があれば不法行為が成立しうるとの立場を採っていた。本判決もこの流れに位置づけられる。
第三者の過失の認定
本判決は、第三者の「故意又は過失」を要件としている。実務上、第三者の故意・過失は以下のように判断される。
- 故意: 相手方に配偶者がいることを知りつつ不貞関係を持った場合
- 過失: 相手方に配偶者がいることを知り得たにもかかわらず、注意を怠って不貞関係を持った場合
- 免責の余地: 相手方が独身であると偽り、第三者において配偶者の存在を知り得なかった場合には、過失が否定される余地がある
損害賠償の範囲
不貞行為による損害賠償は、主として精神的損害に対する慰謝料として認められる。その額は、以下の要素を総合考慮して判断される。
- 婚姻期間の長短
- 不貞関係の期間・態様
- 子の有無・年齢
- 婚姻関係破綻の程度
- 当事者の社会的地位・資力
学説・議論
肯定説(判例の立場)
判例の立場を支持する見解は、以下のように論じる。
- 婚姻関係は法的に保護された制度であり、貞操義務は婚姻の本質的義務である
- 第三者がこの義務の違反に加担した場合、共同不法行為(民法719条)又は独自の不法行為として責任を負うべきである
- 被害配偶者の精神的苦痛は現実のものであり、法的救済を否定すべき理由はない
限定説(破綻後の不貞行為に関する議論)
その後の判例(最判平8.3.26等)は、婚姻関係が既に破綻した後の不貞行為については、第三者の不法行為責任を否定する方向を示している。これは以下の理由による。
- 婚姻関係が破綻した後は、保護すべき法的利益が既に消滅している
- 破綻後の関係にまで法的責任を課すことは、人格的自由の過度な制約となる
否定説(少数説)
学説上は、不貞行為の相手方に対する損害賠償請求自体に批判的な見解もある。
- 貞操義務は配偶者間の義務であり、第三者にまで拡張すべきではない
- 不貞行為は本質的に配偶者自身の自由意思に基づくものであり、第三者に責任を転嫁すべきではない
- 欧米諸国では、不貞行為の相手方に対する損害賠償請求を否定する傾向にある
判例の射程
本判決の射程については、以下の点が問題となる。
婚姻関係が破綻していない場合
本判決が直接判断したのは、婚姻関係が継続し未だ破綻していない場合における第三者の責任である。この場合には、判例の立場によれば、第三者は不法行為責任を負う。
婚姻関係が破綻した後の場合
最判平8.3.26は、婚姻関係がその当時既に破綻していた場合には、特段の事情のない限り、第三者は不法行為責任を負わないとした。したがって、本判決の射程は、婚姻関係が破綻していない段階での不貞行為に限定される。
内縁関係への拡張
判例は、法律上の婚姻関係のみならず内縁関係についても同様の保護を認めている。内縁の配偶者に対しても、第三者の不貞行為による慰謝料請求が認められる場合がある。
同性パートナー関係への拡張可能性
近年、同性パートナー関係に対しても同様の法的保護を認めるべきかが議論されている。下級審では、同性パートナー間の関係を内縁に準じて保護する判断も見られるようになっている。
反対意見・補足意見
本判決では、全員一致の判断が示されており、個別の反対意見・補足意見は付されていない。もっとも、本判決の結論をめぐっては、学説上の議論が活発に行われている(上記「学説・議論」参照)。
なお、本判決に先立つ大審院判例(大判大15.7.20)も、不貞行為の相手方に対する損害賠償請求を肯定しており、本判決はこの立場を最高裁として確認したものと位置づけられる。
試験対策での位置づけ
出題可能性
本判決は、民法の不法行為と親族法の交錯領域における重要判例であり、以下の観点から出題される可能性がある。
- 不法行為の保護法益の問題として(権利ないし法的保護に値する利益の内容)
- 第三者の不貞行為に対する損害賠償請求の可否(論文式試験の定番テーマ)
- 婚姻関係の破綻との関係(最判平8.3.26との関連で)
- 親族法における婚姻の効力の問題として
短答式試験での出題ポイント
- 不貞行為の相手方である第三者は、故意又は過失がある限り、不法行為責任を負う(○)
- 第三者が配偶者を積極的に誘惑した場合にのみ不法行為責任を負う(×)
- 婚姻関係が破綻した後の不貞行為についても第三者は不法行為責任を負う(×・最判平8.3.26)
答案での使い方(論証パターン)
基本論証
不貞行為の相手方である第三者Yの不法行為責任について検討する。
この点、判例(最判昭44.2.27)は、「夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は、故意又は過失がある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び」るとして、第三者の不法行為責任を肯定する。
その趣旨は、婚姻共同生活の平和の維持が法的保護に値する利益であり、第三者がこれを侵害した場合には不法行為法上の救済を認めるべきとの考えに基づく。
破綻後の場合の追加論証
もっとも、婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、原則として、第三者が不法行為責任を負うことはない(最判平8.3.26)。破綻後は保護すべき婚姻共同生活の平和が既に失われているからである。
重要概念の整理
不貞行為に関する判例の展開
| 判例 | 判示内容 | 意義 |
|---|---|---|
| 大判大15.7.20 | 不貞行為の相手方の不法行為責任を肯定 | 大審院段階での先例 |
| 最判昭44.2.27 | 誘惑の有無を問わず責任肯定 | 最高裁での確認 |
| 最判平8.3.26 | 婚姻破綻後は原則責任否定 | 射程の限定 |
不法行為の成立要件(本件への当てはめ)
| 要件 | 本件での内容 |
|---|---|
| 故意・過失 | 配偶者のある者と知りつつ不貞関係を持った |
| 権利・利益侵害 | 婚姻共同生活の平和の維持という利益の侵害 |
| 違法性 | 貞操義務違反への加担 |
| 損害 | 他方配偶者の精神的苦痛 |
| 因果関係 | 不貞行為と精神的損害との間の因果関係 |
慰謝料算定の考慮要素
| 考慮要素 | 増額方向 | 減額方向 |
|---|---|---|
| 婚姻期間 | 長期間 | 短期間 |
| 不貞の期間・態様 | 長期・悪質 | 短期・偶発的 |
| 子の有無 | 未成年の子あり | 子なし |
| 婚姻関係への影響 | 離婚に至った | 関係修復 |
| 反省の態度 | なし | あり |
発展的考察
配偶者間の求償問題
不貞行為は、配偶者とその相手方の共同不法行為(民法719条)と構成される場合がある。この場合、第三者が慰謝料を支払った後、不貞をした配偶者に対して求償できるかが問題となる。最判令4.3.24は、不貞行為の相手方から不貞をした配偶者への求償を認めている。
不貞行為概念の拡張
近年の裁判例では、必ずしも肉体関係がなくても、婚姻共同生活の平和を害するような親密な交際が不法行為を構成する場合があるとするものも見られる。SNSやインターネットの普及に伴い、不貞行為の概念自体が拡張される傾向にある。
比較法的視点
欧米諸国の多くは、不貞行為の相手方に対する損害賠償請求を認めていない。フランスでは従来認められていたが、個人の自由を重視する観点から批判が強まっている。日本法における第三者の責任肯定の立場は、比較法的には少数派であるという認識が必要である。
人格権・プライバシーとの緊張関係
不貞行為の相手方に対する損害賠償請求は、一面において当事者のプライバシーや性的自己決定権との緊張関係を生じさせる。今後、個人の自由と婚姻制度の保護のバランスがさらに問われる可能性がある。
よくある質問
Q1: 不貞行為の相手方が配偶者の存在を知らなかった場合でも責任を負いますか?
A1: 判例は「故意又は過失がある限り」責任を負うとしています。したがって、配偶者の存在を知らず、かつ知り得なかった場合(過失もない場合)には、責任を負わないと解されます。ただし、一般的に成人同士の交際において、相手に配偶者がいるかどうかの確認は通常求められる程度の注意義務と考えられるため、過失が否定される場面は限定的です。
Q2: 婚姻関係が破綻した後の不貞行為について、第三者は責任を負いますか?
A2: 最判平8.3.26により、婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、原則として第三者は不法行為責任を負いません。ただし、「特段の事情」がある場合には例外的に責任を負う余地が残されています。
Q3: 内縁関係の場合にも同様の保護が認められますか?
A3: はい。判例は、内縁関係についても法律婚に準じた保護を認めています。内縁の配偶者に対する不貞行為の相手方の不法行為責任も、同様の枠組みで肯定されます。
Q4: 不貞行為の慰謝料の相場はどの程度ですか?
A4: 実務上の目安として、概ね100万円から300万円程度が一般的とされていますが、個別の事情により大きく異なります。婚姻期間、不貞の態様、子の有無、離婚に至ったかどうか等の要素が総合考慮されます。
Q5: 配偶者と不貞相手の双方に慰謝料を請求できますか?
A5: はい。不貞行為は配偶者と相手方の共同不法行為と構成できるため、両者に対して請求可能です。ただし、損害は一個であるため、両者から二重に満額の賠償を受けることはできません(不真正連帯債務)。
関連条文
- 民法709条(不法行為による損害賠償):故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
- 民法710条(財産以外の損害の賠償):他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
- 民法719条(共同不法行為者の責任)
- 民法770条1項1号(裁判上の離婚):配偶者に不貞な行為があったとき
関連判例
- 大判大15.7.20:不貞行為の相手方に対する損害賠償請求を肯定した大審院判例
- 最判平8.3.26:婚姻関係が破綻した後の不貞行為について第三者の不法行為責任を原則否定
- 最判令4.3.24:不貞行為の相手方から不貞配偶者への求償を肯定
- 最判昭54.3.30:不法行為による慰謝料請求権の相続性を肯定
まとめ
最判昭44.2.27は、夫婦の一方と不貞関係を持った第三者が、他方配偶者に対して不法行為責任を負うことを明確にした重要判例である。本判決は、第三者の誘惑の有無や自然の愛情の有無を問わず、故意又は過失がある限り責任を肯定するという明確な基準を示した。その後の判例(最判平8.3.26)により、婚姻関係が既に破綻している場合の例外が認められているが、婚姻共同生活の平和の維持が不法行為法上の保護法益であるという基本的な枠組みは維持されている。試験対策としては、不法行為の保護法益論、婚姻関係の法的保護、破綻後の射程制限の3点を正確に理解しておくことが重要である。
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