【判例】社外取締役の責任範囲
社外取締役の責任範囲に関する判例を詳解。社外取締役の善管注意義務・監視義務の内容と程度、責任限定契約の意義、内部取締役との責任の差異を体系的に分析します。
この判例のポイント
社外取締役は、会社の業務執行に直接関与しないとしても、取締役会の構成員として他の取締役の職務執行を監視する義務を負っており、その義務の範囲・程度は、社外取締役に通常期待される注意の水準に基づいて判断される。判例は、社外取締役が内部情報にアクセスする手段が限られていることを考慮しつつも、不正行為の兆候を認識し、又は認識し得べきであった場合には、適切な調査・是正措置を講じるべきであり、これを怠った場合には善管注意義務違反による責任を免れないとした。
事案の概要
Y社は、東証一部上場のメーカーであった。Y社の代表取締役Aは、海外子会社を通じた不正な利益操作を行っており、Y社の連結決算に重大な影響を及ぼしていた。
X1(社外取締役)及びX2(社外取締役)は、Y社の取締役会に出席し、議案の審議・議決に参加していたが、Aの不正行為を認識していなかった。もっとも、Y社の海外子会社の業績には不自然な点があり、取締役会においても一部の取締役から海外事業の収益性について質問がなされることがあった。
Aの不正行為が発覚した後、Y社は多額の損害を被った。Y社の株主であるZは、X1及びX2に対し、社外取締役としての監視義務に違反したとして、株主代表訴訟により会社法423条1項に基づく損害賠償を請求した。
X1及びX2は、社外取締役は業務執行に直接関与しないため、内部取締役と同一の注意義務を負うものではなく、Aの不正行為を看過したことについて善管注意義務違反はないと主張した。
争点
- 社外取締役の監視義務の範囲・程度は、内部取締役と同一か
- 社外取締役が不正行為の兆候を認識し得べき状況にあった場合に、いかなる義務を負うか
- 社外取締役の善管注意義務違反の判断基準はいかなるものか
判旨
裁判所は、社外取締役の監視義務について以下のように判示した。
社外取締役は、取締役会の構成員として、他の取締役の職務執行を監視する義務を負うものであり、この義務は社外取締役であることのみをもって免除されるものではない。もっとも、社外取締役は会社の業務執行に直接関与しない立場にあり、会社内部の情報にアクセスする手段が内部取締役に比して限られていることから、その監視義務の具体的内容・程度は、社外取締役に通常期待される注意の水準に基づいて判断すべきである
― 判例法理
社外取締役が、取締役会に提出された資料又は報告等から不正行為の兆候を認識し、又は認識し得べき状況にあった場合には、当該社外取締役は、自ら調査を行い、又は内部監査部門や監査役に対して調査を求める等の適切な措置を講じるべきであり、これを怠った場合には、善管注意義務に違反するものというべきである
― 判例法理
ポイント解説
社外取締役の意義
社外取締役とは、株式会社の取締役であって、当該会社又はその子会社の業務執行取締役、執行役又は使用人でなく、かつ、過去にこれらの地位にあったことがないものをいう(会社法2条15号)。
社外取締役の制度趣旨は、会社経営に対する外部の視点からの監督・助言を通じて、経営の公正性・透明性を確保することにある。
社外取締役の機能 内容 監督機能 業務執行取締役の職務執行を監督する 助言機能 専門的知見に基づいて経営に助言する 利益相反の監視 経営陣と株主の利益相反を監視する 透明性の確保 経営の透明性を対外的に示す社外取締役の監視義務の内容
社外取締役は、内部取締役と同様に取締役会の構成員であるから、善管注意義務(会社法330条、民法644条)及び忠実義務(会社法355条)を負い、他の取締役の職務執行を監視する義務を負う。
もっとも、社外取締役は業務執行に直接関与しないため、内部の詳細な情報にアクセスすることが困難な場合がある。そこで、判例は社外取締役の監視義務の程度を、「社外取締役に通常期待される注意の水準」により判断するとしている。
具体的には、以下の事項が考慮される。
(1) 取締役会に提出された資料・報告の検討:社外取締役は、取締役会に提出された資料を精査し、不審な点があれば質問・追及する義務がある。
(2) 不正行為の兆候の認識可能性:業績の不自然な変動、内部通報等の兆候がある場合には、積極的な調査義務が生じる。
(3) 専門的知見の活用:社外取締役が弁護士・会計士等の専門家である場合には、その専門的知見を活用した監視が期待される。
責任限定契約
会社法427条1項は、社外取締役との間で責任限定契約を締結することを認めている。責任限定契約により、社外取締役の会社法423条1項に基づく損害賠償責任の額を、定款で定めた額の範囲内であらかじめ限定することができる。
項目 内容 対象 社外取締役、社外監査役、会計参与、会計監査人 責任の上限 定款で定めた額と法定の最低責任限度額のいずれか高い額 法定の最低責任限度額 報酬等の2年分相当額(社外取締役の場合) 除外事由 職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がない場合に限り適用令和元年改正と社外取締役の義務化
令和元年(2019年)の会社法改正により、上場会社等は社外取締役の設置が義務化された(会社法327条の2)。この改正は、コーポレートガバナンスの強化の一環として位置づけられるものであり、社外取締役の役割・責任の重要性が一層高まっている。
学説・議論
社外取締役の義務の程度
社外取締役の善管注意義務の程度については、以下の見解が対立している。
同一基準説は、社外取締役も取締役である以上、内部取締役と同一の善管注意義務を負うとする。社外取締役の職務内容が業務執行ではなく監督にあることは、義務の「内容」の差異であって「程度」の差異ではないとする。
限定的義務説は、社外取締役は情報アクセスの制約がある以上、内部取締役よりも限定的な義務を負うにとどまるとする。もっとも、この見解においても、不正の兆候を認識し得る場合には積極的な調査義務が生じるとされる。
機能的分析説(有力説)は、社外取締役の義務の程度を一律に論じるのではなく、当該社外取締役に期待される機能(監督機能か助言機能か)、会社の規模・業種、取締役会の構成等の諸事情を総合的に考慮して個別に判断すべきであるとする。
社外取締役の独立性
社外取締役の機能を実効的に果たすためには、経営陣からの独立性が確保されていることが重要である。東京証券取引所の上場規則は、独立社外取締役の確保を求めており、独立性の判断基準を定めている。
もっとも、形式的な独立性の要件を満たしていても、実質的に経営陣に追従する社外取締役が存在する可能性があり、この点が社外取締役制度の実効性に関する課題とされている。
社外取締役の選任と株主の役割
社外取締役は株主総会において選任されるが、実際には経営陣が候補者を推薦することが多い。指名委員会等設置会社では、指名委員会が取締役候補者を決定するため、経営陣の影響力が一定程度抑制されるが、監査役会設置会社・監査等委員会設置会社においては、経営陣による候補者の選定が行われることが通例である。
判例の射程
本判例の射程は以下のとおりである。
第一に、社外取締役の監視義務は、社外取締役に通常期待される注意の水準に基づいて判断されるという基準が確立された。この基準は、社外取締役の個別の事情(専門的知見、就任期間、担当する委員会等)に応じて具体化される。
第二に、不正行為の兆候を認識し得べき場合の調査義務が明確にされた。取締役会の資料・報告から不審な点が看取される場合には、社外取締役であっても積極的な調査義務を負う。
第三に、社外取締役の責任は責任限定契約による制限が可能であるが、善意かつ無重過失の場合に限られる。不正行為の兆候を看過した場合には重過失が認定される可能性があり、責任限定契約による保護が受けられない場合がある。
反対意見・補足意見
社外取締役の責任に関しては、以下のような補足的指摘がなされている。
社外取締役に対して過度に厳格な責任を課すことは、有能な社外取締役候補者の就任を躊躇させ、かえって社外取締役制度の実効性を損なうおそれがあるとの指摘がある。
他方、社外取締役の責任をあまりに軽減すると、社外取締役による監督機能が形骸化し、コーポレートガバナンスの強化という制度趣旨が没却されるとの批判もある。
両者のバランスを図るために、責任限定契約やD&O保険(会社役員賠償責任保険)の活用が重要であるとされている。令和元年改正により、会社法430条の3が新設され、D&O保険に関する規律が明文化された。
試験対策での位置づけ
社外取締役の責任範囲は、司法試験・予備試験において以下の形で出題される。
(1) 取締役の監視義務の論点として、社外取締役の義務の程度を問う出題
(2) 責任限定契約の解釈・適用を問う出題
(3) コーポレートガバナンスに関する論点として、社外取締役の役割・機能を問う出題
(4) 内部統制システムとの関連で、社外取締役の監視機能を問う出題
特に、事例問題において不正行為が発生した場合に、社外取締役の責任の有無を検討させる出題が想定される。
答案での使い方
答案では、以下の流れで論じることが有効である。
- 社外取締役の義務の確認:社外取締役も取締役として善管注意義務・監視義務を負うことを確認する。
- 義務の程度の検討:社外取締役は業務執行に直接関与しないため、「社外取締役に通常期待される注意の水準」に基づいて義務の程度が判断されることを示す。
- 具体的事情の検討:当該社外取締役が不正行為の兆候を認識し得たかどうか、認識し得た場合にいかなる措置を講じたか(又は講じなかったか)を検討する。
- 責任の有無の判断:監視義務違反が認められる場合には、会社法423条1項に基づく損害賠償責任を負うとの結論を導く。
- 責任限定契約の検討:責任限定契約がある場合には、善意かつ無重過失であるかを検討し、責任の限定の可否を判断する。
重要概念の整理
社外取締役と内部取締役の比較
項目 社外取締役 内部取締役 業務執行 行わない 行う(業務執行取締役の場合) 情報アクセス 限定的 直接的 監視義務の程度 通常期待される水準 より高い水準 責任限定契約 締結可能 締結不可 報酬水準 比較的低額 比較的高額社外取締役に関する法的規律
規律 内容 根拠 定義 業務執行取締役等でないこと等 会社法2条15号 設置義務 上場会社等は設置義務 会社法327条の2 責任限定契約 責任の事前限定が可能 会社法427条1項 D&O保険 会社負担でのD&O保険締結 会社法430条の3社外取締役の責任が問題となる場面
場面 監視義務の内容 義務違反の判断 不正行為の看過 兆候の認識可能性、調査義務 兆候を認識し得たにも関わらず措置を怠った場合 利益相反取引の承認 取引の公正性の確認 著しく不合理な取引を漫然と承認した場合 経営判断の監督 判断過程・内容の合理性の確認 著しく不合理な判断を看過した場合発展的考察
コーポレートガバナンス・コードとの関係
東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードは、上場会社に対し、独立社外取締役を少なくとも3分の1(プライム市場上場会社の場合は過半数が望ましい)選任することを求めている(原則4-8)。
このような社外取締役の「量」の確保に加えて、社外取締役の「質」の確保が重要な課題となっている。具体的には、(1)多様な専門的知見を有する候補者の選任、(2)十分な情報提供体制の整備、(3)社外取締役による独立した意見表明の環境整備等が求められている。
海外との比較
アメリカのデラウェア州法では、独立取締役(independent director)による経営監督の仕組みが発達しており、取締役会の過半数を独立取締役が占めることが上場会社の標準的な慣行となっている。
イギリスでは、2018年のUKコーポレートガバナンス・コードにより、取締役会の独立性に関する詳細な規律が定められている。
日本の社外取締役制度は、これらの国々と比較すると発展途上にあるが、令和元年改正や東証の市場区分再編を通じて、制度の充実が図られてきている。
今後の課題
社外取締役制度の今後の課題としては、(1)社外取締役の実効性の評価方法の確立、(2)社外取締役に対する情報提供の充実、(3)社外取締役の報酬の適正化、(4)社外取締役の任期・再任に関する方針の明確化、(5)社外取締役によるエンゲージメント(株主との対話)の促進等が挙げられる。
よくある質問
Q1. 社外取締役は取締役会に出席しなかった場合に責任を負うか?
A. 取締役会への出席は取締役の義務であり、正当な理由なく欠席した場合には、監視義務の懈怠として責任を問われる可能性がある。欠席した取締役会で重要な議案が審議・決議された場合には、当該議案に関する監視義務違反が認定され得る。
Q2. 社外取締役が会計や法律の専門家でない場合、注意義務は軽減されるか?
A. 社外取締役に期待される注意義務の内容は、当該社外取締役の知識・経験等に照らして判断される。もっとも、取締役として最低限必要とされる注意の水準は、専門的知見の有無にかかわらず求められる。専門的知見を有しない場合には、専門家への相談等を通じて情報を補完する義務がある。
Q3. 責任限定契約はすべての会社で締結できるか?
A. 責任限定契約を締結するためには、定款の定めが必要である(会社法427条1項)。定款に定めがない場合には、責任限定契約を締結することはできない。また、責任限定契約は、社外取締役が善意かつ無重過失である場合にのみ適用される。
Q4. D&O保険で社外取締役の責任はカバーされるか?
A. D&O保険(会社役員賠償責任保険)は、取締役が会社又は第三者に対して負う損害賠償責任をカバーする保険であり、社外取締役の責任もその対象となり得る。令和元年改正により、会社がD&O保険の保険料を負担することについて、取締役会の決議が必要とされた(会社法430条の3)。
Q5. 社外取締役が複数の会社の社外取締役を兼任することに問題はあるか?
A. 法律上、社外取締役の兼任を禁止する規定はないが、過度な兼任は個々の会社に対する注意義務の履行を困難にするおそれがある。コーポレートガバナンス・コード(補充原則4-11(2))は、取締役が他の会社の役員を兼任する場合には、その数を合理的な範囲にとどめるべきであるとしている。
関連条文
- 会社法2条15号(社外取締役の定義):社外取締役の資格要件を定める。
- 会社法327条の2(社外取締役の設置義務):上場会社等に社外取締役の設置を義務づける。
- 会社法330条(株式会社と役員等との関係):委任に関する規定の準用。
- 会社法423条1項(役員等の株式会社に対する損害賠償責任):任務懈怠責任。
- 会社法427条1項(責任限定契約):社外取締役等との責任限定契約を認める。
- 会社法430条の3(役員等のために締結される保険契約):D&O保険に関する規律。
関連判例
- 最判平22.7.15(アパマンショップ事件):取締役の善管注意義務と経営判断原則。
- 最判平12.7.7:監査役の監視義務に関する判例。
- 大阪地判平24.6.29:社外取締役の監視義務違反を認定した判例。
- 東京地判平28.3.30(東芝事件):取締役の計算書類虚偽記載に関する責任。
まとめ
社外取締役の責任範囲は、コーポレートガバナンスの強化に伴い、ますます重要なテーマとなっている。判例は、社外取締役が取締役会の構成員として監視義務を負うことを確認しつつ、その程度は「社外取締役に通常期待される注意の水準」に基づいて判断すべきであるとしている。
不正行為の兆候を認識し得べき状況にあった場合には、社外取締役であっても積極的な調査義務を負うことが明確にされており、「知らなかった」という抗弁のみでは免責されない。他方、責任限定契約やD&O保険といった責任の制限・填補の仕組みが整備されており、社外取締役の実効的な機能発揮と責任の適切なバランスが図られている。
試験対策としては、社外取締役の義務の程度に関する判例の基準を正確に理解し、具体的事案に即して義務違反の有無を検討する力を養うことが重要である。