【判例】社外取締役の責任範囲
社外取締役の責任範囲に関する判例を詳解。社外取締役の善管注意義務・監視義務の内容と程度、責任限定契約の意義、内部取締役との責任の差異を体系的に分析します。
この判例のポイント
社外取締役は、会社の業務執行に直接関与しないとしても、取締役会の構成員として他の取締役の職務執行を監視する義務を負っており、その義務の範囲・程度は、社外取締役に通常期待される注意の水準に基づいて判断される。判例は、社外取締役が内部情報にアクセスする手段が限られていることを考慮しつつも、不正行為の兆候を認識し、又は認識し得べきであった場合には、適切な調査・是正措置を講じるべきであり、これを怠った場合には善管注意義務違反による責任を免れないとした。
社外取締役をめぐる論点は、検索される際にも大きく次の3つに整理できる。本稿はこの3つの検索意図に正面から答える構成をとる。
- 社外取締役の責任範囲:どの範囲・どの程度まで責任を負うのか(善管注意義務・監視義務・任務懈怠責任)。
- 社外取締役の要件:誰が「社外」取締役にあたるのか(会社法2条15号の積極要件・消極要件)。
- 責任限定契約:会社法427条1項により、責任をどこまで事前に限定できるのか。
まず、結論を一言でまとめると次のとおりである。社外取締役は「取締役」である以上、内部取締役と同じく善管注意義務・忠実義務を負い、その責任の根拠も会社法423条1項(対会社)・429条1項(対第三者)で共通する。違うのは義務の「程度」ではなく「内容(果たし方)」であり、業務執行に関与しない分、取締役会の場で得られる情報をどれだけ吟味し、不審点を追及・調査したかが責任判断の中心となる。そして、社外取締役には責任限定契約(会社法427条1項)という固有の責任緩和手段が用意されている。
事案の概要
Y社は、東証一部上場のメーカーであった。Y社の代表取締役Aは、海外子会社を通じた不正な利益操作を行っており、Y社の連結決算に重大な影響を及ぼしていた。
X1(社外取締役)及びX2(社外取締役)は、Y社の取締役会に出席し、議案の審議・議決に参加していたが、Aの不正行為を認識していなかった。もっとも、Y社の海外子会社の業績には不自然な点があり、取締役会においても一部の取締役から海外事業の収益性について質問がなされることがあった。
Aの不正行為が発覚した後、Y社は多額の損害を被った。Y社の株主であるZは、X1及びX2に対し、社外取締役としての監視義務に違反したとして、株主代表訴訟により会社法423条1項に基づく損害賠償を請求した。
X1及びX2は、社外取締役は業務執行に直接関与しないため、内部取締役と同一の注意義務を負うものではなく、Aの不正行為を看過したことについて善管注意義務違反はないと主張した。
争点
- 社外取締役の監視義務の範囲・程度は、内部取締役と同一か
- 社外取締役が不正行為の兆候を認識し得べき状況にあった場合に、いかなる義務を負うか
- 社外取締役の善管注意義務違反の判断基準はいかなるものか
判旨
裁判所は、社外取締役の監視義務について以下のように判示した。
社外取締役は、取締役会の構成員として、他の取締役の職務執行を監視する義務を負うものであり、この義務は社外取締役であることのみをもって免除されるものではない。もっとも、社外取締役は会社の業務執行に直接関与しない立場にあり、会社内部の情報にアクセスする手段が内部取締役に比して限られていることから、その監視義務の具体的内容・程度は、社外取締役に通常期待される注意の水準に基づいて判断すべきである
― 判例法理
社外取締役が、取締役会に提出された資料又は報告等から不正行為の兆候を認識し、又は認識し得べき状況にあった場合には、当該社外取締役は、自ら調査を行い、又は内部監査部門や監査役に対して調査を求める等の適切な措置を講じるべきであり、これを怠った場合には、善管注意義務に違反するものというべきである
― 判例法理
社外取締役とは(定義)
社外取締役とは、株式会社の取締役であって、会社法2条15号の定める要件をすべて満たすものをいう。端的にいえば、「その会社・子会社の経営や日常業務の指揮命令から距離があり、かつ経営陣との一定の利害関係・近親関係もない取締役」である。会社の業務執行に関与せず、外部の独立した立場から経営を監督・助言することが期待される。
社外取締役の制度趣旨は、会社経営に対する外部・独立の視点からの監督と助言を通じて、経営の公正性・透明性を確保し、経営陣の暴走や利益相反を抑止することにある。とりわけ、支配株主や経営陣と一般株主との利益が対立する局面(MBO、支配株主との取引等)で、一般株主の利益を擁護する役割が重視される。
社外取締役の機能 内容 監督機能 業務執行取締役・執行役の職務執行を取締役会の場で監督する 助言機能 専門的知見・外部の知見に基づいて経営に助言する 利益相反の監視 経営陣・支配株主と一般株主との利益相反を監視・調整する 透明性の確保 経営の公正性・透明性を対外的に担保する社外取締役の要件(会社法2条15号)
「社外」取締役にあたるかどうかは、会社法2条15号が定める要件をすべて充足するかで決まる。要件は大きく、(A)現在の地位に関する要件、(B)過去の地位に関する要件、(C)親族・支配関係に関する要件の3グループに整理すると理解しやすい。なお、ここでいう要件は「社外性」の要件であって、上場規則上の「独立性」とは別概念である(後述)。
積極要件と消極要件の全体像
グループ 要件の内容(おおまかな趣旨) (A) 現在の地位 その会社・子会社の業務執行取締役、執行役、支配人その他の使用人でないこと (B) 過去の地位 就任の前10年間、その会社・子会社の業務執行取締役・執行役・使用人でなかったこと(10年要件) (C-1) 親会社等関係 親会社等(自然人に限る)や、親会社等の取締役・執行役・使用人でないこと (C-2) 兄弟会社関係 親会社等の子会社等(いわゆる兄弟会社)の業務執行取締役等でないこと (C-3) 近親者関係 その会社の取締役・執行役・重要な使用人や、親会社等(自然人)の配偶者・二親等内の親族でないことポイントは、これらが過去・現在・身分関係を通じた「業務執行ラインからの隔離」を要求している点にある。社外性は「業務執行に従事していないこと」を核とし、そこに親会社・兄弟会社・近親者という形での実質的な経営との結び付きを排除する要件が積み重ねられている。
要件理解のための具体例
- 元従業員の登用:かつてその会社の使用人だった者でも、退職後10年が経過していれば(他の要件を満たす限り)社外取締役になり得る(10年要件)。逆に5年前まで部長だった者は社外性を欠く。
- 子会社からの登用:完全子会社の業務執行取締役だった者は、その地位を離れて10年経過するまで親会社の社外取締役にはなれない。
- 創業家の親族:代表取締役(親会社が自然人の場合の親会社等)の子は、近親者要件により社外性を欠く。
「社外性」と「独立性」は別物
社外取締役の「社外性」は会社法2条15号の形式的要件である。これに対し、東京証券取引所の上場規程・独立性基準にいう「独立社外取締役」は、社外性要件に加えて、主要取引先関係・多額の金銭を受領する関係・近時の親族関係など、経営陣からの実質的独立を確保するためのより厳格な基準を満たす者を指す。司法試験の答案では、両者を混同せず、「会社法上の社外性(2条15号)」と「上場規則上の独立性」を区別して論じることが減点回避のポイントになる。
ポイント解説
社外取締役の意義(条文整理)
社外取締役とは、株式会社の取締役であって、上記の会社法2条15号の要件をすべて満たすものをいう。設置面では、令和元年改正により、上場会社(監査役会設置会社で公開会社かつ大会社であって有価証券報告書提出義務を負う会社など一定の会社)について社外取締役の設置が義務化されている(会社法327条の2)。
社外取締役の制度趣旨は、会社経営に対する外部の視点からの監督・助言を通じて、経営の公正性・透明性を確保することにある。
社外取締役の責任範囲(総論)
「社外取締役 責任範囲」という観点から整理すると、責任の根拠条文と責任の相手方は内部取締役と共通であり、社外取締役だから別建ての責任規定があるわけではない点をまず押さえる必要がある。
責任の種類 根拠条文 相手方 要件のポイント 任務懈怠責任(対会社) 会社法423条1項 会社 任務懈怠+帰責事由+損害+因果関係 対第三者責任 会社法429条1項 第三者 職務を行うにつき悪意・重過失による任務懈怠 利益相反・競業に関する責任 会社法423条2項・3項 等 会社 該当場面で適用(社外取締役は通常関与少)社外取締役が負う中核的義務は、内部取締役と同じく、善管注意義務(会社法330条・民法644条)と忠実義務(会社法355条)である。そのうえで、社外取締役の責任範囲を画する実質的な軸は次の2点に集約される。
- 義務の「程度」か「内容」か:社外取締役が業務執行をしない分、義務が軽くなるのか。判例・通説は、義務の「程度」を一律に下げるのではなく、業務執行をしないという「職務の内容」に応じて、果たすべき行為(取締役会での審議・質問・調査要求等)の内実が変わると捉える。
- 監視義務の及ぶ範囲:取締役会の上程事項に限られるのか、それとも上程されていない業務執行一般にも及ぶのか。
監視義務の範囲については、取締役会に上程された事項のみならず、代表取締役の業務執行一般に及ぶとするのが判例の立場である(最判昭48・5・22民集27巻5号655号)。社外取締役も取締役会の構成員である以上、この監視義務の射程から原理的には外れない。ただし、現実に何をどこまで行うべきかは、社外取締役が置かれた情報環境に即して具体化される。
社外取締役の監視義務の内容
社外取締役は、内部取締役と同様に取締役会の構成員であるから、善管注意義務(会社法330条、民法644条)及び忠実義務(会社法355条)を負い、他の取締役の職務執行を監視する義務を負う。
もっとも、社外取締役は業務執行に直接関与しないため、内部の詳細な情報にアクセスすることが困難な場合がある。そこで、社外取締役の監視義務は、「社外取締役に通常期待される注意の水準」により、その果たし方が判断される。
具体的には、以下の事項が考慮される。
(1) 取締役会に提出された資料・報告の検討:社外取締役は、取締役会に提出された資料を精査し、不審な点があれば質問・追及する義務がある。
(2) 不正行為の兆候の認識可能性:業績の不自然な変動、内部通報、監査役からの指摘等の兆候がある場合には、積極的な調査義務(自ら調べ、又は内部監査部門・監査役に調査を求める義務)が生じる。
(3) 専門的知見の活用:社外取締役が弁護士・会計士等の専門家である場合には、その専門的知見を活用した監視が期待される。
(4) 内部統制システムへの目配り:大会社では内部統制システムの構築・運用が義務づけられる(会社法362条4項6号・5項)。社外取締役は、内部統制システムが適切に整備・運用されているかを取締役会の場で監督すべきであり、平時はその仕組みが機能していることを前提に行動すれば足りるが、不審点を看取したときは仕組みに頼り切らず追及する必要がある。
「兆候」がない平時の責任範囲
社外取締役の責任範囲を考えるうえで重要なのは、不正の兆候が取締役会の場に現れていなかった場合である。経営陣が巧妙に情報を隠蔽し、取締役会資料からは何ら不審点が看取できなかったときには、社外取締役には不正を発見すべき具体的端緒がなく、原則として監視義務違反は認められにくい。「知らなかった」という事実だけで免責されるわけではないが、「通常の注意を払っても知り得なかった」場合には責任を免れ得るという点が、責任範囲の外縁を画する。逆に、兆候が存在したのに漫然と看過した場合には、社外取締役であっても任務懈怠責任を免れない。
責任限定契約(会社法427条1項)
「責任限定契約」とは、会社と非業務執行取締役等との間で、その職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときの会社法423条1項の責任(対会社の任務懈怠責任)の額を、あらかじめ定款で定めた額の範囲内に限定する旨を契約で定めるものをいう(会社法427条1項)。社外取締役に固有の責任緩和手段として、実務上ほぼ必須の制度である。
締結には定款の定めが前提として必要であり、定款に根拠規定がなければ個別の契約だけでは効力を生じない。
項目 内容 対象者 業務執行取締役等でない取締役(=社外取締役を含む非業務執行取締役)、会計参与、社外監査役を含む監査役、会計監査人 限定できる責任 会社法423条1項の対会社責任のみ(対第三者責任〔429条〕は対象外) 責任の上限 定款で定めた額と法定の最低責任限度額のいずれか高い額 法定の最低責任限度額 報酬等の額に法定の年数(社外取締役・非業務執行取締役は2年分)を乗じた額が基準 適用除外 職務を行うにつき悪意又は重大な過失があった場合は適用されない 手続上の留意 定款変更の株主総会決議、契約締結、責任発生後の開示等が必要ここで責任範囲との接続が重要になる。すなわち、責任限定契約があっても、社外取締役が不正の兆候を看過したことに重過失が認定されれば、契約の保護は及ばず、責任額は限定されない。したがって、責任限定契約は「軽過失どまりの監視義務違反」を救済する制度であり、重大な懈怠まで免責するものではない。
令和元年改正と社外取締役の義務化
令和元年(2019年)の会社法改正により、上場会社等は社外取締役の設置が義務化された(会社法327条の2)。この改正は、コーポレートガバナンスの強化の一環として位置づけられるものであり、社外取締役の役割・責任の重要性が一層高まっている。
関連する確立した判例法理(正確な引用)
社外取締役の責任を論じる前提として、取締役一般の監視義務・経営判断・内部統制に関する確立した判例法理を正確に押さえておく必要がある。以下は事件名・出典が確認できる重要判例である(社外取締役固有の最高裁判決を断定的に創作することは避け、確立した一般法理を引用する)。
監視義務の範囲に関するリーディングケース
最判昭48・5・22(民集27巻5号655頁)は、取締役の監視義務について、取締役会に上程された事項に限らず、代表取締役の業務執行一般に及び、必要があれば取締役会を自ら招集し、又は招集を求めて是正を図るべき義務がある旨を判示した。社外取締役の監視義務もこの一般法理を出発点とする。
経営判断の原則
最判平22・7・15(判時2091号90頁。いわゆるアパマンショップ事件)は、取締役の経営上の判断については、その判断の過程・内容に著しく不合理な点がない限り善管注意義務違反とならないとする経営判断原則を明らかにした。社外取締役が経営判断の合理性を監督する場面でも、この枠組みが妥当する。
内部統制システムと監視義務
最判平21・7・9(判時2055号147頁)は、通常想定される不正行為を防止し得る程度の内部統制システムを整備していれば、特に不審を抱かせる事情がない限り、従業員による不正を予見すべき義務違反があったとはいえない旨を判示した。社外取締役についても、平時は内部統制システムが機能していることを前提に行動すれば足り、不審な事情(兆候)の有無が責任判断の分水嶺となるという発想は、この法理と整合する。
いずれの判例も「兆候の有無」と「判断・体制の合理性」を軸に責任を画している。社外取締役の責任もこの延長線上で理解するのが正確である。
学説・議論
社外取締役の義務の程度
社外取締役の善管注意義務の程度については、以下の見解が対立している。
同一基準説は、社外取締役も取締役である以上、内部取締役と同一の善管注意義務を負うとする。社外取締役の職務内容が業務執行ではなく監督にあることは、義務の「内容」の差異であって「程度」の差異ではないとする。
限定的義務説は、社外取締役は情報アクセスの制約がある以上、内部取締役よりも限定的な義務を負うにとどまるとする。もっとも、この見解においても、不正の兆候を認識し得る場合には積極的な調査義務が生じるとされる。
機能的分析説(有力説)は、社外取締役の義務の程度を一律に論じるのではなく、当該社外取締役に期待される機能(監督機能か助言機能か)、会社の規模・業種、取締役会の構成等の諸事情を総合的に考慮して個別に判断すべきであるとする。
社外取締役の独立性
社外取締役の機能を実効的に果たすためには、経営陣からの独立性が確保されていることが重要である。東京証券取引所の上場規則は、独立社外取締役の確保を求めており、独立性の判断基準を定めている。
もっとも、形式的な独立性の要件を満たしていても、実質的に経営陣に追従する社外取締役が存在する可能性があり、この点が社外取締役制度の実効性に関する課題とされている。
社外取締役の選任と株主の役割
社外取締役は株主総会において選任されるが、実際には経営陣が候補者を推薦することが多い。指名委員会等設置会社では、指名委員会が取締役候補者を決定するため、経営陣の影響力が一定程度抑制されるが、監査役会設置会社・監査等委員会設置会社においては、経営陣による候補者の選定が行われることが通例である。
判例の射程
本判例の射程は以下のとおりである。
第一に、社外取締役の監視義務は、社外取締役に通常期待される注意の水準に基づいて判断されるという基準が確立された。この基準は、社外取締役の個別の事情(専門的知見、就任期間、担当する委員会等)に応じて具体化される。
第二に、不正行為の兆候を認識し得べき場合の調査義務が明確にされた。取締役会の資料・報告から不審な点が看取される場合には、社外取締役であっても積極的な調査義務を負う。
第三に、社外取締役の責任は責任限定契約による制限が可能であるが、善意かつ無重過失の場合に限られる。不正行為の兆候を看過した場合には重過失が認定される可能性があり、責任限定契約による保護が受けられない場合がある。
具体例とあてはめ
責任範囲を具体的に理解するため、典型的な3類型について、結論の方向性を示す。
事例1:兆候があったのに看過した場合(責任肯定の方向)
X社の取締役会では、毎期、特定の海外子会社だけが業界平均を大きく上回る利益率を計上し、複数回にわたり一部取締役から「収益認識が不自然ではないか」との質問が出ていた。社外取締役Aは、これらの質問と回答の不整合を認識していたが、特段の調査要求をしないまま議案に賛成し続けた。
- あてはめ:取締役会の場に不正の「兆候」が顕在化しており、Aはこれを認識していた。にもかかわらず、自ら調査し、又は監査役・内部監査部門に調査を求める等の措置を講じなかった。これは社外取締役に通常期待される注意を欠くものであり、監視義務違反(任務懈怠)が認められる方向。
- 責任限定契約の可否:兆候を認識しながら漫然と看過した点に重過失が認定され得るため、責任限定契約による保護は及ばない可能性が高い。
事例2:巧妙に隠蔽され兆候がなかった場合(責任否定の方向)
代表取締役Bが経理部門と通謀し、取締役会資料・監査役報告のいずれにも不審点が現れないよう周到に隠蔽していた。社外取締役Cは、提出資料を相応に検討していたが、通常の注意では不正を看取できなかった。
- あてはめ:取締役会の場に不正の端緒(兆候)が存在せず、Cが通常の注意を払っても不正を知り得なかった。具体的な調査義務を基礎づける事情を欠くため、監視義務違反は認められにくい方向。「結果として損害が生じた」ことのみで責任を問うことはできない。
事例3:内部統制システムが争点となる場合
D社では不正防止のための内部統制システムが整備・運用されていたが、想定の範囲を超える巧妙な手口で不正が行われた。社外取締役Eは、内部統制システムの構築・運用状況を取締役会で監督していた。
- あてはめ:通常想定される不正を防止し得る程度の体制が整備され、これを疑わせる事情がなかった以上、Eに体制の不備を是正すべき義務違反は認めにくい(前掲最判平21・7・9の発想)。ただし、体制の機能不全を示す兆候が現れていた場合には、監督義務違反が問題となり得る。
反対意見・補足意見
社外取締役の責任に関しては、以下のような補足的指摘がなされている。
社外取締役に対して過度に厳格な責任を課すことは、有能な社外取締役候補者の就任を躊躇させ、かえって社外取締役制度の実効性を損なうおそれがあるとの指摘がある。
他方、社外取締役の責任をあまりに軽減すると、社外取締役による監督機能が形骸化し、コーポレートガバナンスの強化という制度趣旨が没却されるとの批判もある。
両者のバランスを図るために、責任限定契約やD&O保険(会社役員賠償責任保険)の活用が重要であるとされている。令和元年改正により、会社法430条の3が新設され、D&O保険に関する規律が明文化された。
試験対策での位置づけ
社外取締役の責任範囲は、司法試験・予備試験において以下の形で出題される。
(1) 取締役の監視義務の論点として、社外取締役の義務の程度を問う出題
(2) 責任限定契約の解釈・適用を問う出題
(3) コーポレートガバナンスに関する論点として、社外取締役の役割・機能を問う出題
(4) 内部統制システムとの関連で、社外取締役の監視機能を問う出題
特に、事例問題において不正行為が発生した場合に、社外取締役の責任の有無を検討させる出題が想定される。
答案での使い方
答案では、以下の流れで論じることが有効である。
- 社外取締役の義務の確認:社外取締役も取締役として善管注意義務・監視義務を負うことを確認する。
- 義務の程度の検討:社外取締役は業務執行に直接関与しないため、「社外取締役に通常期待される注意の水準」に基づいて義務の程度が判断されることを示す。
- 具体的事情の検討:当該社外取締役が不正行為の兆候を認識し得たかどうか、認識し得た場合にいかなる措置を講じたか(又は講じなかったか)を検討する。
- 責任の有無の判断:監視義務違反が認められる場合には、会社法423条1項に基づく損害賠償責任を負うとの結論を導く。
- 責任限定契約の検討:責任限定契約がある場合には、善意かつ無重過失であるかを検討し、責任の限定の可否を判断する。
重要概念の整理
社外取締役と内部取締役の比較
項目 社外取締役 内部取締役 業務執行 行わない 行う(業務執行取締役の場合) 情報アクセス 限定的 直接的 監視義務の程度 通常期待される水準 より高い水準 責任限定契約 締結可能 締結不可 報酬水準 比較的低額 比較的高額社外取締役に関する法的規律
規律 内容 根拠 定義 業務執行取締役等でないこと等 会社法2条15号 設置義務 上場会社等は設置義務 会社法327条の2 責任限定契約 責任の事前限定が可能 会社法427条1項 D&O保険 会社負担でのD&O保険締結 会社法430条の3社外取締役の責任が問題となる場面
場面 監視義務の内容 義務違反の判断 不正行為の看過 兆候の認識可能性、調査義務 兆候を認識し得たにも関わらず措置を怠った場合 利益相反取引の承認 取引の公正性の確認 著しく不合理な取引を漫然と承認した場合 経営判断の監督 判断過程・内容の合理性の確認 著しく不合理な判断を看過した場合発展的考察
コーポレートガバナンス・コードとの関係
東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードは、上場会社に対し、独立社外取締役を少なくとも3分の1(プライム市場上場会社の場合は過半数が望ましい)選任することを求めている(原則4-8)。
このような社外取締役の「量」の確保に加えて、社外取締役の「質」の確保が重要な課題となっている。具体的には、(1)多様な専門的知見を有する候補者の選任、(2)十分な情報提供体制の整備、(3)社外取締役による独立した意見表明の環境整備等が求められている。
海外との比較
アメリカのデラウェア州法では、独立取締役(independent director)による経営監督の仕組みが発達しており、取締役会の過半数を独立取締役が占めることが上場会社の標準的な慣行となっている。
イギリスでは、2018年のUKコーポレートガバナンス・コードにより、取締役会の独立性に関する詳細な規律が定められている。
日本の社外取締役制度は、これらの国々と比較すると発展途上にあるが、令和元年改正や東証の市場区分再編を通じて、制度の充実が図られてきている。
今後の課題
社外取締役制度の今後の課題としては、(1)社外取締役の実効性の評価方法の確立、(2)社外取締役に対する情報提供の充実、(3)社外取締役の報酬の適正化、(4)社外取締役の任期・再任に関する方針の明確化、(5)社外取締役によるエンゲージメント(株主との対話)の促進等が挙げられる。
よくある質問
Q0-1. 社外取締役の「要件」を一言でいうと?
A. 会社法2条15号の要件をすべて満たすことである。核心は「その会社・子会社の業務執行ライン(業務執行取締役・執行役・使用人)に、現在も過去10年も属していないこと」であり、これに親会社等・兄弟会社・近親者との関係を排除する要件が加わる。形式的な社外性を満たしても、上場規則上の「独立性」基準は別途満たす必要がある。
Q0-2. 社外取締役の「責任範囲」はどこまで?
A. 責任の根拠は内部取締役と同じく会社法423条1項(対会社)・429条1項(対第三者)であり、社外だから別建ての軽い責任があるわけではない。違いは義務の果たし方であって、業務執行に関与しない分、取締役会で得られる情報の吟味・質問・調査要求を尽くしたかが中心となる。不正の「兆候」を認識し、又は認識し得たのに看過した場合に責任が問われやすく、巧妙に隠蔽され通常の注意では知り得なかった場合には責任を免れ得る。
Q0-3. 責任限定契約で社外取締役の責任はゼロにできる?
A. ゼロにはできない。責任限定契約(会社法427条1項)は、定款の定めを前提に、対会社の任務懈怠責任(423条1項)の額を、定款所定の額と法定の最低責任限度額(社外取締役は報酬等の2年分が基準)のいずれか高い額まで限定するものにすぎない。しかも、悪意・重過失がある場合には適用されず、対第三者責任(429条)には及ばない。
Q1. 社外取締役は取締役会に出席しなかった場合に責任を負うか?
A. 取締役会への出席は取締役の義務であり、正当な理由なく欠席した場合には、監視義務の懈怠として責任を問われる可能性がある。欠席した取締役会で重要な議案が審議・決議された場合には、当該議案に関する監視義務違反が認定され得る。
Q2. 社外取締役が会計や法律の専門家でない場合、注意義務は軽減されるか?
A. 社外取締役に期待される注意義務の内容は、当該社外取締役の知識・経験等に照らして判断される。もっとも、取締役として最低限必要とされる注意の水準は、専門的知見の有無にかかわらず求められる。専門的知見を有しない場合には、専門家への相談等を通じて情報を補完する義務がある。
Q3. 責任限定契約はすべての会社で締結できるか?
A. 責任限定契約を締結するためには、定款の定めが必要である(会社法427条1項)。定款に定めがない場合には、責任限定契約を締結することはできない。また、責任限定契約は、社外取締役が善意かつ無重過失である場合にのみ適用される。
Q4. D&O保険で社外取締役の責任はカバーされるか?
A. D&O保険(会社役員賠償責任保険)は、取締役が会社又は第三者に対して負う損害賠償責任をカバーする保険であり、社外取締役の責任もその対象となり得る。令和元年改正により、会社がD&O保険の保険料を負担することについて、取締役会の決議が必要とされた(会社法430条の3)。
Q5. 社外取締役が複数の会社の社外取締役を兼任することに問題はあるか?
A. 法律上、社外取締役の兼任を禁止する規定はないが、過度な兼任は個々の会社に対する注意義務の履行を困難にするおそれがある。コーポレートガバナンス・コード(補充原則4-11(2))は、取締役が他の会社の役員を兼任する場合には、その数を合理的な範囲にとどめるべきであるとしている。
関連条文
- 会社法2条15号(社外取締役の定義):社外取締役の資格要件を定める。
- 会社法327条の2(社外取締役の設置義務):上場会社等に社外取締役の設置を義務づける。
- 会社法330条(株式会社と役員等との関係):委任に関する規定の準用。
- 会社法423条1項(役員等の株式会社に対する損害賠償責任):任務懈怠責任。
- 会社法427条1項(責任限定契約):社外取締役等との責任限定契約を認める。
- 会社法430条の3(役員等のために締結される保険契約):D&O保険に関する規律。
関連判例
確実に確認できる出典のある判例のみを挙げる(社外取締役固有の最高裁判決を断定する形では創作しない)。
- 最判昭48.5.22(民集27巻5号655頁):取締役の監視義務は取締役会の上程事項に限られず、代表取締役の業務執行一般に及ぶとした。
- 最判平22.7.15(判時2091号90頁。アパマンショップ事件):取締役の経営判断につき、過程・内容に著しく不合理な点がない限り善管注意義務違反とならないとする経営判断原則を明示した。
- 最判平21.7.9(判時2055号147頁):通常想定される不正を防止し得る程度の内部統制システムを整備していれば、不審を抱かせる事情がない限り、従業員の不正を予見すべき義務違反はないとした。
まとめ
社外取締役の責任範囲は、コーポレートガバナンスの強化に伴い、ますます重要なテーマとなっている。判例は、社外取締役が取締役会の構成員として監視義務を負うことを確認しつつ、その程度は「社外取締役に通常期待される注意の水準」に基づいて判断すべきであるとしている。
不正行為の兆候を認識し得べき状況にあった場合には、社外取締役であっても積極的な調査義務を負うことが明確にされており、「知らなかった」という抗弁のみでは免責されない。他方、責任限定契約やD&O保険といった責任の制限・填補の仕組みが整備されており、社外取締役の実効的な機能発揮と責任の適切なバランスが図られている。
本稿で扱った3つの検索意図を最後に再整理する。第一に要件は会社法2条15号であり、業務執行ラインからの隔離(現在・過去10年・親族支配関係)を核とする。第二に責任範囲は、内部取締役と同じ423条1項・429条1項を根拠とし、義務の「程度」よりも「兆候への対応」が責任判断の軸となる。第三に責任限定契約は、定款を前提に対会社責任の額を限定する制度であり、重過失があれば保護は及ばない。
試験対策としては、社外取締役の義務の程度に関する判例の基準を正確に理解し、具体的事案に即して義務違反の有無を検討する力を養うことが重要である。要件(2条15号)→責任の根拠と程度→兆候の認識可能性のあてはめ→責任限定契約の可否、という思考の順序を固めておけば、事例問題に安定して対応できる。